7月の参議院選挙では、与党の自公が過半数割れを喫するとともに、右派ポピュリズムの新興政党がうさんくささをともないつつ台頭した。実はこれは世界的に起きている現象で、イタリアでは国粋主義を掲げる「イタリアの同胞・国民同盟」が2018年の総選挙で政権与党になり、2022年、同党党首のジョルジャ・メローニが首相になった。ドイツでは、「移民の排除」を掲げる「ドイツのための選択肢(AfD)」が2月の連邦議会選挙で躍進し、第二党になった。イギリスでは、保守党・労働党の二大政党の地盤が崩壊し、他方で「不法移民の送還」を掲げる「リフォームUK」が議席を伸ばしている。
この本の著者は、フィレンツェ市の副市長、イタリア首相のアドバイザーを務めた後、現在はパリ政治学院で教鞭をとっている研究者だ。
著者は、こうしたポピュリズムは二つの要素から成り立つという。第一に、社会的経済的にもっともな要因にもとづいて、人々のなかに怒りが存在すること。第二に、SNSのアルゴリズムを手段にして、この怒りを別方向に組織する「カオス(混沌)の仕掛け人」がいることだ。
1980年代にサッチャー政権やレーガン政権が始めた新自由主義とグローバリズムは、国営企業の民営化、労働者保護法制の規制緩和、国境をこえた労働力流動化による安い労働力の活用などによって、低賃金や失業、重税で苦しむ多数の人々を生み出した。人々の現状への憤りは充満している。
他方、英労働党のブレア政権がサッチャー路線の継承者となり、さらに2003年のイラク空爆に参加したことが英国民の激しい怒りを買ったように、各国の野党やリベラルの欺瞞が暴露され、人々の怒りの受け皿となる政党がなくなった。
そのなかで登場した「カオスの仕掛け人」は、外国人に対する恐怖や偏見、侮辱、人種差別などを虚実ないまぜにした言説で煽り、人々の怒りを排外主義の側に組織し始めた。これに対して既存のメディアや政治評論家、リベラル知識人などが右派ポピュリズムに対する非難をがなり立てれば立てるほど、社会から排除された人々は「自分たちの気持ちを代弁してくれるのはこの党だ」と思うようになった。それほど既存メディアやリベラルは信用を失っていたのだ。
カオスの仕掛人の存在
この本のなかで、「カオスの仕掛け人」として登場する一人が、アメリカの投資家、スティーブ・バノンである。著者によれば、バノンは「ブライトバート・ニュース・ネットワーク」をアメリカの右派ポピュリズムの拠点に変え、不法移民を糾弾し、クリントン一族の悪行をあばいた。「大衆vs.エリート」という単純な図式にもとづく政治的対立をつくり出すのが彼のやり方だ。
そしてSNS上での討論を支配するためにブロガーやサクラを動員し、政治にビッグデータを応用するコンサルティング会社ケンブリッジ・アナリティカ社の立ち上げに参加した。同社は2016年の大統領選で、Facebook、Google、Twitter社から派遣されたデジタルマーケティングの専門家とともに働き、「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ大統領誕生に貢献した。
その後、バノンは欧州に進出する。フランスの極右政党「国民戦線」の元党首マリーヌ・ルペンから党大会に招かれ、イタリアで政権与党となった「イタリアの同胞」にも働きかけた。バノンは「私の望みは、グローバルなポピュリスト運動のためのグローバルなインフラを整備することだ」といい、国際ポピュリスト協会を設立している。
感情を把握し政治利用
著者は、商業目的で開発されたSNSという強力な装置を政治活動に利用する、そのやり方に注意を喚起している。
Facebookの開発者の一人はこういった。「投稿した写真やコメントに“いいね!”をもらうたび、投稿者は承認欲求を満たされ、少量のドーパミンを得る。この仕掛けは人間の心理的な弱点を突いている」。この仕掛けは利用者を癒やすためにつくられたのではなく、常時不安で物足りない気分にさせるためにつくられた。利用者は少量のドーパミンを求めて、1日何十回、何百回もプラットフォームを訪れる。アメリカのある調査では、われわれはスマホに1日当たり平均2617回タップしている。これはまるで薬物依存症状態である。そうさせる仕組みなのだ。
また、YouTubeの元社員によれば、ネットでの動画視聴の7割を占めるYouTubeのアルゴリズムは、視聴者を極端な内容のコンテンツに向かわせることによって、このプラットフォームに釘付けにするよう設計されている。「現実を眺めさせるだけでは十分な時間は奪えない。利用者に怒り、不安、恐怖を感じさせる必要がある」と。そのような技術が政治活動に利用されている。
また、プラットフォーム企業は利用者を追跡し、その個人の習慣や嗜好、意見、さらには感情さえも割り出すことが可能な、大量のデータを集積している。これを政治活動に利用した「カオスの仕掛け人」たちは、特定の有権者の嗜好にあわせた説得力のあるメッセージを大量に送る。ネット上のクリック数からは、効果的なメッセージはなんなのかがリアルタイムでわかり、それに応じて最適化をくり返す。
不安、怒りの根源に目を
そしてSNS上では検閲やファクトチェックはほとんど機能しない。仮に内容が事実無根だとしても、政治家は「そんなことはいっていない」と否認するだけ。著者は、現在の世界中の選挙キャンペーンで、以上のやり方が一般的な手法になりつつあるという。
SNSの発展のなかで、また既存のメディアが真実を伝えないことが暴露されるなかで、全員が新聞やテレビのニュース番組などを通して同じ情報に接するという「公共圏」が廃れてきた。そのことが以上のような状況を助長している。
しかし、忘れてはならないことは、人々の怒りの根底には、きわめて現実的な原因があることだ。ガザやウクライナで戦争がやまないのは、戦争を欲するアメリカの軍産複合体の存在があるからであり、人々が貧困で苦しむのは1%vs.99%という格差社会の現実があるからだ。その根源に怒りを向け、政治によってそれをとり除かないかぎり問題は解決しない。
戦前のようにその怒りを排外主義に変え、若者を肉弾として近隣諸国との戦争に駆り立てるなら、いかなる結果が待っているかは、80年前の父祖たちの経験が証明している。
(白水社発行、四六判・210ページ、定価2200円+税)