(2025年11月19日付掲載)

トランプ政府に抗議する「NO,KINGS」行動で声をあげるシアトル市の若者たち(10月)
米国ワシントン州シアトルの市長選がおこなわれ、「社会主義者」を自称するケイティ・ウィルソン氏(43)の当選が13日に確実となった。同市はアマゾンやマイクロソフトなどの「ビックテック」と呼ばれる大手テクノロジー企業をはじめ、物流大手のコストコやノルドストローム、またスターバックスなど世界的有名企業の本拠地でもある。これらの大企業は現職市長を後押ししたが、物価や住宅費の高騰が深刻化するなかで「安価で安定した住まいを」という市民要求をくみ取り、労働者や市民のために機能する市政を進める公約を打ち出したウィルソン氏が大幅に支持を伸ばし、政治家経験は皆無ながらわずか9カ月の選挙戦で当選を果たした。「資本主義の本拠地」でおこなわれた市長選挙という意味では、ニューヨーク市長選で当選を果たしたゾーラン・マムダニ氏の選挙とも共通点が多い。1%の富裕層のための独裁政治ではなく、99%の市民のための政治を求める世論と運動は米国中に拡大しており、米国内の地方選挙で次々に変化があらわれている。
シアトル市長選は4日に開票を迎えたが、ワシントン州では郵便による投票が採用されているため、開票作業は18日現在も続いている。さらに今回の選挙はまれに見る接戦となったため、当選確実の報道が出るまでに時間を要した。しかし対抗馬であり現職市長のブルース・ハレル氏が13日に敗北演説をおこなったことでウィルソン氏の当選が確実となった。
シアトル市の有権者登録者数は約50万5000人。13日時点で約28万票が集計された状況での得票数と得票率は以下の通り。
▼ケイティ・ウィルソン…13万8489票(50・2%)
▼ブルース・ハレル…13万6513票(49・5%)
両者の得票数は僅差だが、今後ウィルソン氏とハレル氏の得票が逆転することはないとの見方が強く、現職のハレル氏が先に敗北を認めた。

市長選勝利を受け、ストライキ中のスターバックス従業員の前で演説するウィルソン氏(13日)
現職の敗北宣言を受けて勝利演説をおこなったウィルソン氏は「今年はじめには、いかなる政治的地位にも立候補するつもりがなかった」と語った。だが、現在のシアトルの街はホームレス問題、労働者世帯にとって住居が手狭なこと、階級や人種、地域社会による分断の拡大といった大きな問題を抱えていることに触れ「9カ月前、私は市当局がシアトルの人々と足並みを揃えておらず、有権者が新たな方向性を求めていると感じたため、市長選に立候補することを決意した。そして私たちの問題には新たなリーダーシップが必要だと感じた。苦しい9カ月間だったが、今たたかいは終わり、団結するときが来た」とのべた。
ウィルソン氏は、選挙期間を通じたキャンペーンの立役者は何千人ものボランティアだといい、「この9カ月間、時間とエネルギーと努力を捧げてくれた」と謝意をのべた。8月におこなわれた予備選挙以来、徹底した草の根運動により市民ボランティアが5万2000戸以上を訪問して支持を訴えたことに触れ「ボランティアの方々に感謝の意を表したい。彼らの努力なしには、この選挙戦に勝つことは到底不可能だった」とのべた。
そして「富裕層は、私の当選を阻止するために(ハレル陣営の)政治活動委員会に約200万㌦を注ぎ込んだ。なぜなら私たちの街の一部の人々にとって、現状はまさに彼らの意図した通りに機能しているからだ。労働者や貧困層の人々にとっては住宅価格が高騰しているように見えるかもしれないが、一部の人々にとってはただのいつもの光景に過ぎない。彼らにはお金があるかもしれないが、私たちには人材がいた。そして、今回の選挙結果がそれを証明している」「私たちの街の労働者は疲弊している。彼らは何か新しいもの、より希望に満ち公正で公平なものを求めている。そして私は、私たちの共通のビジョンを実現するために人間として可能な限り全力を尽くしてたたかうことを決意している」とのべた。
また、市長として実現したいことについて「この偉大な街のすべての人々に、屋根の下で暮らせる住まいを与えたい。普遍的な保育と、幼稚園から高校までの夏季保育の無償化、世界クラスの公共交通機関、子どもたちが思いきり走り回れる安全で快適な公共空間、賃貸住宅に住む人々のための安定した手頃な価格の公営住宅、企業ではなく地域社会がより多くの土地と富を所有し、管理することを望む。そして、活気のある中小企業、質の高い最低賃金の仕事、そして労働者の強力な権利を備えた力強い経済を望む。健康的な食事、医療へのアクセス、そして支え合うコミュニティなど、誰もが尊厳ある生活の基本を享受できる都市を望む。健康、平均寿命、そして子どもたちの未来が郵便番号や人種に左右されない都市を望む」とのべた。
ウィルソン陣営に対する企業政治活動委員会の寄付は約41万㌦だったのに対し、現職のハレル市長陣営へのそれは約180万㌦と四倍以上にのぼった。大企業からの多額の支援をうけてたたかう現職に対し、ウィルソン氏は少ない資金ながら市民ボランティアを中心とした地道な戦略で勝利した。
市内外のさまざまな労働組合や組織のほか、住民団体やシアトル市労働組合までも公式にウィルソン氏の支援に回った。
一方、ハレル陣営は、ウィルソン氏が経験不足で公職に不適格な人材だという主張をくり返してネガティブキャンペーンを展開したが、すでに「経験豊富」な政治家に期待などしていない有権者がハレル氏になびくことはなかった。
ウィルソン氏の当選確実の報道をうけ、先のニューヨーク市長選で当選を果たしたゾーラン・マムダニ氏は自身のソーシャルメディアでウィルソン氏を祝福し、「シアトルの有権者の声は届いている。彼らは新しい政治を求めている。企業政治活動委員会の資金提供を拒否し、働く人々のために尽くす政治だ。当選した市長とスタッフ一同、あなたの成功を祈っている。シアトルは素晴らしい手に委ねられている」と書き込んだ。
公約は市民要求を形に 住宅や公共交通など
ウィルソン氏は今年初めのインタビューで「私は極端にイデオロギー的な人間ではなく、社会主義の旗を振り回しているわけでもない。そのレッテルが選挙で有利かどうかも分からないが、社会主義者と呼ばれても構わない」とのべている。
20代の頃に現在の夫とシアトルに移住したウィルソン氏は、2011年にシアトルとキング郡の労働者組織「シアトル公共交通利用者組合」(TRU)の設立に共同設立者として携わり、現在事務局長を務めている。10年来同組織を率いて、ボランティアやスタッフたちの活動を指揮するとともに、交通機関の改善や労働者の賃金上昇、賃貸住宅の保護強化やより手頃な住宅価格を求める運動を組織してきた経験を持つ。
こうした長年の活動のなかで庶民のコミュニティに根を張り、人々の経験に耳を傾け、交通、住宅、仕事に関する要求を把握するための調査チームを主導してきた。また、そうした調査をもとにシアトル市における法案の起草や可決、施行にも携わってきた。活動内容や市政に関する情報の広報キャンペーンにも携わり、記事や報告書を執筆しながら数百人のボランティアを育成。そして地元の非営利団体、労働組合、公選職員、市や郡の各部署の職員と連携して市民運動に根ざした市政変革の実現に尽力してきた。
ウィルソン氏自身は政治家としての経験はまったくないものの、10年以上もの間人々の暮らしに根を張ったとりくみを通じてシアトル市における社会問題や市民要求をつかんできた。また、自身も選挙戦に出馬を決めて以降はニューヨークで大学教授をしている両親に育児費用を頼っていることを認めるなど、日々生活費が高騰するなかで生活費の捻出に苦労しているという。そうした活動のなかから生まれた要求をシアトル市長選の公約としてうち出し、その内容は広範な市民からの支持を獲得した。
ウィルソン氏の公約は、先のニューヨーク市長選で当選したマムダニ氏の公約と共通する内容が多い。市民への手頃な公営住宅の拡充をはじめ労働者の生活に向けた政策や、連邦政府が公共予算を大きく削減するなか、市の財政基盤を強化して市民生活を支えるために大富豪に対する累進課税を導入することなどが含まれている。
ウィルソン氏は自身のウェブサイトに、当選した場合に最優先してとりくむ事例として以下の公約を掲げている。
▼市内のホームレス問題へのとりくみ
2021年の市長選で、ハレル市長は「就任1年目に2000戸の緊急住宅・シェルターを新設する」との公約をうち出した。だがその約束は果たされず、目標達成にはまったくほど遠い。ハレル氏の在任中、シアトルのシェルターの収容能力は毎年減少しており、とくに複雑なニーズを持つ人々に適した包括的なサービスを備えた非集合住宅型のシェルターの部屋が減ったことが大きな問題となっている。そのため今後4年間で4000戸の新たな緊急住宅および避難所の建設が必要だ。さらにフェンタニル等の薬物による「オピオイド危機」に対処するセンターの契約とリースをより効率的に実施する。
▼手頃な価格の住宅と住宅供給の問題
シアトルでは、住宅の賃貸料や購入費があまりにも高すぎる。多くの世帯が収入の3分の1をゆうにこえる住宅費を支払っており、シアトルから完全に立ち去った人もいる。家賃の高騰はホームレスの増加も招く。指導者たちの怠慢をこれ以上容認できない。社会住宅を建設し、手頃な価格の住宅のために10億㌦の債券を目指すとともに、家主の慣行を改革し、悪徳家主や会社による住宅購入を制限する。
▼トランプに負けないシアトル
セーフティネットプログラムの削減、地方サービスやインフラ整備事業を支える連邦政府の補助金削減、富裕層への減税、そして地域社会でもっとも弱い立場の人々への攻撃等、連邦政府の政策とたたかう。連邦政府の削減と行き過ぎた権限行使から身を守る市のリーダーが必要だ。累進的な収入を導入・利用して、連邦政府が削減した公共サービスを賄う。
▼交通と移動
誰もが安全に手頃な価格で、そして効率的に目的地まで行く権利がある。シアトルの人口は増加し続けており、街にこれ以上車を増やす余裕がないなかで公共交通機関や自転車、歩行者インフラへの投資により多くの住民が車を使わずに街中を移動することを可能にする。
▼働く家族のための都市
住宅費や保育料などの費用が急騰し、シアトルはますます住みにくい街になっている。幼い子どもを持つ家庭の多くが市外へ転出していることにより、就学率や財政危機、地域コミュニティの活気を失わせている。これに対し、賃金の引き上げから公共交通機関の運賃引き下げまで、働く世帯の懐にお金を取り戻す。さらに有給病気休暇や安全休暇法を拡張し、子どもが学校を休む夏季に有給休暇を取得できるよう有給休暇ポリシーを検討。対面診療法を拡大する。
ウィルソン氏が掲げる公約には他にも「経済発展」「累進課税の導入」「気候変動対策」「公共の安全」の重点政策がある。
露骨な富裕層優遇への反発 公平に徴収せよの声
シアトル市およびその周辺には、アマゾンやマイクロソフトといった大手テクノロジー企業が本社を構える他、グーグルやメタなどの支社も集まっている。テクノロジー分野における好景気と高収入によって支えられた多様な経済はさらに富裕層を惹きつけており、米国国勢調査によるとシアトルの世帯収入の中央値は全米50大都市のなかで3番目に高く、12万4473㌦(約1900万円)となっている。
また、シアトル市があるワシントン州は全米でもっとも逆進的な税制を持つ州でもある。同州には所得税がないため、税収のほとんどが消費者からの売上と市民の財産から得られる。そのため貧しい人々ほど実効税率が高くなる一方で、富裕層の負担ははるかに低く抑えられている。大企業は所得税がないことを口実に従業員の給与を他の州よりも低く抑えることもできる。
シアトルに大手テクノロジー企業をはじめとする世界的企業が集中している理由は、西海岸というアジアにもっとも近い港湾地域であり、カナダの経済都市・バンクーバーと接していることなど地理的条件も大きい。だがそれだけではなく、米国内でも有数の富裕層優遇税制が採用されていることも無関係ではない。こうした不平等税制を改め、公平に大企業から徴税するよう求める世論が市内でも高まってきた。
また、テクノロジー企業の好景気が続くなかでシアトル市外から多くの労働力が職を求めて移住してくるため土地の価格が上がり、住宅ローンの負担が膨らんでいる。これにより、もともと住んでいた住民たちの固定資産税負担も大幅に増えている。交通渋滞も深刻化して大きな問題となっており、労働者や子育て世代が暮らしにくい街となっていくなかでシアトル圏を離れていく人もいる。市民が暮らしやすい街づくりの実現と、そのために安定した公営住宅を整備することは喫緊の課題となっていた。
住民投票運動の中から コミュニティと共に

シアトル市内のホームレスたちが暮らす「テントシティ」。現市政の下で撤去が進むも根本解決に至らず増え続けた
新型コロナウイルスによるパンデミック以降、シアトルでは市民が暮らしていけないほど家賃や物価の高騰が加速してきた。労働者をはじめ市民の多くを占める低所得層の生活が圧迫されるなか、ここ数年間「住まいは権利」を求める市民運動が広がり、2023年と今年2月の二度にわたり公的な住宅整備・拡充を求める住民投票がおこなわれた。
2023年の住民投票では、「公営住宅局」設立を圧倒的多数で承認。これにより混合所得住宅を取得・建設し、恒久的に手頃な価格で市の所有下に置くための新しい仕組みを実現させていた。公営住宅は主に低所得者層から中高所得者層を対象とした住宅で、居住者の家賃は月収の30%以下に設定されている。また、公的に所有されていることにより投機市場の影響を受けないため、自身の所得に見合う安定した居住が可能となる。
今年2月の住民投票では、公営住宅局に対する資金提供の是非とその方法をめぐる投票がおこなわれた。この投票では既存の税収の一部を活用するか、新たに企業に対して課税を求めるかという案で争った。これまでシアトルでは、「ジャンプスタート税」を財源に、社会住宅開発業者に年間1000万㌦を支給していた。ジャンプスタート税は手頃な価格の住宅を賄うために民間雇用主に対して給与税を課すために2020年に導入されたもので、ウィルソン氏も当時は同税制の創設運動に大きく関わっていた。しかしハレル現市長はこのジャンプスタート税による財源を本来の住宅プロジェクトではなく「市の予算の均衡を図るため」として他の事業に振り向けると提案し、市民からの批判が強まっていた。
2月の住民投票では、「アメリカ民主社会主義者(DSA)シアトル支部」が主体となって新たな税制を提案。その内容は、シアトルに拠点を置く企業で従業員に100万㌦をこえる高額報酬を支払っている場合、雇用主に対して超過分に5%の「超過報酬税」を課すというものだ。この新税制によって年間5000万㌦の歳入が見込まれるという。
アマゾンやマイクロソフトをはじめとする大企業経営者・大富豪らによる「シアトル都市圏商工会議所」は新税制に反対し、従来のジャンプスタート税を引き継ぐ案を支持。現職のハレル市長やシアトル市議会を反対運動の旗頭として担ぎ、そこへ多額の資金をつぎ込んで新税制の導入を阻止しようとした。しかし、住民の投票の結果は、得票率63%対37%で大企業に対する新たな税制を導入する案が有権者からの圧倒的な支持を集め大勝した。
この住民投票の勝利が市長選出馬の大きな決め手となったとウィルソン氏は語っており、今年3月に正式に市長選への出馬を決めた。重視する三つの課題は当初から「住宅問題」「ホームレス問題」「連邦政府の措置からシアトル市民を守ること」だった。出馬を決めたさいのインタビューで、ウィルソン氏は「この選挙戦では私は間違いなく劣勢だが、選挙活動が軌道に乗り一般市民の間で勢いが増すにつれ多くの支持を獲得できるようになるだろう」「私たちは街の人々の心に響く政策と計画を策定し、その勢いを増していくつもりだ」「有権者の声に耳を傾け、支援者企業ではなく市内の人々の利益のために統治する指導者が必要だ」と意気込みを語っていた。
その言葉通り、今年8月におこなわれたシアトル市長選無党派予備選挙では、現職のハレル市長に10%近い差を付けて勝利し、短い期間で一気に市長選の最有力候補となった。
こうした流れは、ニューヨーク市長選で4日に当選した同じ民主社会主義者を自称するゾーラン・マムダニ氏の選挙運動と共通している。
「資本主義の首都」と呼ばれるニューヨークと、アマゾンやマイクロソフト、コストコ、スターバックス、など世界に名だたる大企業の本社が集中するシアトルという二つの都市は、巨大な商業都市という意味でも共通している。両市とも、大企業をより巨大化させるために後押しする行政運営が続いてきたなかで、家賃の高騰をはじめ物価高は加速し、貧富の格差が拡大して働く人々や子育て世代といった末端の市民に対する公的支援の乏しさが浮き彫りとなってきた。ニューヨーク市長に当選したマムダニ氏も、公共住宅整備を中心にこれまでさんざん優遇されてきた富裕層に対する課税を強化(正常化)する政策を訴え、多くの支持を集めた。
米国内ではトランプ政府によっていっそう大富豪優遇政策がおし進められ、一方では連邦政府資金の削減や凍結、公務員削減などによって国民への公共サービスはどんどん縮小されている。一部の独裁者たちのための政治に対する批判は拡大しており、かつてない規模で全国的な抗議行動もくり広げられている。
こうした動きと合わせて大きな特徴となっているのが、民主党の分裂だ。ニューヨーク市長選をたたかったマムダニ氏とその対抗馬クオモ氏も民主党の候補者で、シアトル市長選をたたかったウィルソン氏とハレル氏は互いに「無所属」での出馬ながら民主党員だ。両市長選ともに民主党の分裂選挙となったが、いずれもこれまで権力を手中におさめてきた「中道派」候補を、30代や40代の若い「社会主義者」を自称する候補が退けて当選を果たす結果となった。
ニューヨークやシアトルといった商業都市での物価高騰による庶民の暮らしへの圧迫は米国のなかでも深刻度は高い。そんな市民の暮らしを救うために機能しない従来の民主党政治に対し、人々の期待はしぼみきっている。こうしたなかで、同じ民主党でありながら大企業や一部の者たちのための優遇政策をやめ、労働者や市民のための政治の実現を訴える「社会主義者」を自称する候補が急激に支持を拡大する流れが目立っている。こうした動きは米国における二大政党制の欺瞞を打ち壊す新たな勢力への期待の高まりを示しており、今後全米各地へと拡大する可能性をおおいにはらんでいる。





















