かつて高度経済成長期の頃、マスコミが「日本は一億総中流社会」と騒いだことがあった。それは、国民の多くが自分の暮らしが上流でも下流でもなく、その中間に位置していると考えるような世相を映し出していた。だが、日常の生活を送るうえでのそうしたある種の安心感は、今日の歴然たる格差社会のもとで砕け散った感がある。
本書は戦後の日本社会の階級構造がこの間どのように激変したのか、またそのことが人々の生活スタイルや意識の変化とどのように関係しているのかについて、最新のデータ(2022年調査)をもとにくわしく展開している。
80年代以降、階級構造一変 砕けた「一億総中流」
資本主義社会には生産手段(機械や道具・原料・建物など)を所有する資本家階級(企業の経営者・役員)と生産手段を持たず労働力を売って生計を立てる労働者階級が存在しているが、そのほかに二つの中間階級(独立自営の農業や商工業を営む人々と、企業で働く専門職・管理職・事務職)が存在するとされてきた。著者は、1980年代に始まった格差拡大がそのような階級構造を一変させ、日本社会を新しい階級社会へと変貌させたことを浮き彫りにしている。
その大きな特徴は、かなりの規模を占めていた中間階級が縮小したこと、労働者階級が分裂して新たな階級「アンダークラス」(非正規雇用労働者〈パート主婦を除く〉)が形成されたことだ。著者はそこから、今日の日本社会の階級構成を資本家階級、新中間階級(専門職・管理職・正規雇用の事務職)、正規労働者階級(正規雇用労働者)、アンダークラス、旧中間階級(自営業者・家族従業者)という五つに分けて考察している。そして、各階級が社会に占める比重や性別、学歴、さらにはその意識の特徴、国の政策や政党支持などとの関係を掘り下げている。
そこからまず浮かび上がるのは、新自由主義・グローバル化のもとでいっきに進んだ富む者と貧しい者との二極分化が、日本社会を閉塞させ、少子化を深めて社会を成り立たせなくさせていることだ。
非正規労働者からなるアンダークラスはどの階級よりも女性の比率が高く、唯一女性が過半数をこえている(56・8%)。さらに格差拡大の結果として、この階級が結婚して家族を形成することがきわめて困難な状況に置かれてきたことが鮮明になっている。本書から、こうしたアンダークラスの配偶関係にあらわれた傾向について、次のように理解することができる。
子育て費ケチる資本家階級 少子化の元凶
アンダークラスが形成される以前の労働者階級の賃金には一家を養い、子どもを産み育てることができること、つまり次世代の労働力を再生産する費用が含まれていた。今日の正規労働者階級の賃金はいかに低賃金であっても、そのような観点から定められている。しかし、アンダークラスの賃金はそのような考えから排除され、次世代の労働力を再生産する費用は含まれなくなったのである。
これまで、労働者階級の賃金は長期にわたって生存し労働し続けることを保障するものでなければならないというのは、異議を挟む余地のない考え方であった。そうでなければ、資本主義自体が存続の危機に陥るからだ。
しかし現代のアンダークラスは労働力の価値に見合う賃金を得ておらず、子孫を残せない「再生産不可能な階級」として存在している。この事態は、「労働力の流動化」の名のもと、非正規労働者が企業にとって必要に応じて活用できる安価な道具、まさに消耗品として扱われるなかで生み出された。派遣労働者が経理上、物品扱いされていることがそのことを偽りなく物語っているように思われる。
著者はさらに、このようにみずからは労働力の再生産ができないアンダークラスではあるが、格差の拡大が続く限りその階級としての消滅には向かわないことに目を向けている。それは他の階級に属する人々が産み育てた子どもたちが、アンダークラスに転落してくるからだ。そして彼ら彼女たちも家族を形成し、子どもを産み育てることができないという悪循環で、社会全体が持続不可能な方向に先細っていく道筋が敷かれている。これは、金融寡頭支配のもとで目前の営利追求のみに視野を狭めた現代の資本家階級が「資本主義の長期的な存続など知ったことではない。子育ての分なんか負担したくない」という観念に縛られた帰結だといえるだろう。
近年、にわかに為政者がとなえる「少子化対策」「子育て支援」がこうした現実からかけ離れたいかに無力なものであるか。このことも、それらの対策が子どもを産み育てることができる者(新中間階級、正規労働者階級など)への支援にとどまり、そこにたどりつけない人々(アンダークラス)が対象から除外されていることに見てとることができる。
著者は、このような労働者をモノ扱いする「新しい階級社会」が出現した背景には、グローバル化と新自由主義のもとで、国内外において労働力と生産手段の流動性を段階を画して高める資本主義の構造的な変化があったことを強調している。またそこに「所得再分配」という対症療法だけでは問題の解決には行き着かない根拠を見ている。いわば、ここまで行き着いた弱肉強食の資本の論理そのものを覆し、階級構造を変革する戦略・展望こそが求められているのだといえる。
それでは、人々が所属する所属階級と政治的態度の関係はどの様に変化したのか。この点については、これまでは階級としての社会的地位が政策や支持政党(とくに与党か野党か)などを決定する傾向が強いとされていた。しかし近年、階級と政党支持との対応関係が弱くなってきたことがわかる。
たとえば、資本家階級は依然として自民党支持の傾向が強いが、他の階級ではいずれも無党派が多数を占めるようになったことがある。とくに、アンダークラスでは自民党支持率がきわだって低いにもかかわらず野党支持率が高いわけではなく、無党派が七割を占めている。既存の政党がアンダークラスはもとより諸階級の苦難から目を背け、党利党略で右往左往していることへの反発がいかに強いかを示している。
(講談社現代新書、330ページ、1200円+税)






















日本だけでなく、世界中の資本主義先進国で、中産階級は下方に流れ、貧富の差はますます拡大し、それが、1970年代以降の新自由主義の実態となっている。確かに、その流れは日本では加速しており、労働運動は弱体化し、組織的抵抗はほとんどできていない。政治のカテゴリーでは、極右勢力は増大し、欧州の社民政党でも顕著なように中道派は右傾化を続けている。左派は、日本の場合、特に衰退の一途をたどっている。
その暗い状況の中でも、NY市長選での左派の勝利は、一般民衆を巻き込んだ運動が、極右だけでなく、左派でも可能なことを示したことを、左派は教訓とすべきだ。