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カリブ海で何が起きているのか?――ベネズエラ情勢とコムーナ(共同体) 駐日ベネズエラ大使 セイコウ・イシカワ

(2025年10月29日付掲載)

米軍がカリブ海でベネズエラの「麻薬密売船」として撃沈した船舶の映像(9月2日にトランプ大統領がSNSに投稿した動画より)

アメリカの主権侵害に対してベネズエラ国内では800万人が「ボリバル民兵」に志願している

 8月末から南米カリブ海に軍を派遣したトランプ米政府は「麻薬密輸の撲滅」を掲げてベネズエラ沖を航行する民間船舶を次々と攻撃して撃沈している。これに抗議するベネズエラやコロンビアの大統領を「麻薬カルテルの親玉」と罵倒し、政権転覆のための地上侵攻まで示唆するなど、国際法無視の軍事行動で中南米情勢を緊迫させている。明治学院大学国際平和研究所(PRIME)は10月22日、「ベネズエラ情勢とコムーナ(共同体):国家による戦争の時代に地域共同体はいかなる意味を持つのか」と題する公開研究会を開き、駐日ベネズエラ大使のセイコウ・イシカワ氏(日系2世)、東京外国語大学名誉教授の西谷修氏が講演をおこなった。日本では欧米メディアの受け売りで「独裁」「麻薬密輸」などの負のレッテル一色に染まったメディア報道が垂れ流される一方で、ベネズエラ情勢の真相について知る機会は少ない。本号では、イシカワ大使の講演要旨、本紙インタビューの内容を掲載する。

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イシカワ大使

 最近、アメリカのベネズエラに関するさまざまな行動についてのニュースを目にすることが増えているかと思う。その行動は今、3000万人のベネズエラ国民のみならず南米全体に対する大きな脅威になっている。

 

 ベネズエラは南米大陸北端に位置し、カリブ海と大西洋に面している。国土の40%が自然保護区に指定され、非常に豊かで多様な自然に恵まれた国だ。地下資源にも恵まれ、なかでも原油の埋蔵量は世界一を誇る。

 

 カリブ海は美しく平和な海だ。ベネズエラの中央に位置するアラグア州の西岸は、世界的にも珍しいほど透明度が高く、豊かな生態系を育んでいる。通常、透明度の高い海は枯れていて魚が少ないといわれるが、この地域では豊かなプランクトンが生まれ、それを餌に小魚が育ち、小魚を目当てにジンベイザメやマグロが集まってくる。

 

 ベネズエラでは、2009年から大型トロール漁業の操業を禁止し、伝統的な小型船の漁業のみが許されている。カリブ海のこの地域では、生態系のなかで人間が存在することを許されるレベルで持続的な営みが大切にされてきた。

 

 想像してみてほしい。カリブ海の紺碧(こんぺき)の海、海面にいくつかの漁船が静かに浮かび、風がかすかに帆を揺らしている。突然、静寂を破って轟音が鳴り響き、火花が舞い、小舟は炎に包まれる。乗員は叫び、黒煙だけを残して船は乗員とともに海中に沈んでいく――。

 

 8月19日以来、アメリカのトランプ政権は、カリブ海のベネズエラ近海に、原子力潜水艦、巡航ミサイルを搭載した軍艦を配備し、小型船を攻撃して、これまでに35人以上を殺害したとしている【表参照】。

 

 この暴挙に対して、ベネズエラ国内では800万人の市民が立ち上がった。ボリバル民兵に志願した市民の数だ。アメリカの暴挙はベネズエラの主権侵害であると強い抗議の声を上げた。端から見るとそれはまるで戦争の用意をしている、あるいは国のために命を投げ出そうとしているように映るかもしれない。だが、事実はそうではない。市民は国家からの命令で動員されているわけではなく、自発的に「ある大切なもの」を守ろうと声を上げている。それはベネズエラで建設が進んでいる「コムーナ」と呼ばれる地域共同体だ。

 

 今日は、二つのことを話したい。今、なぜ美しいカリブの海でアメリカの軍事行動が激しくなっているのか? その暴挙に抗議する市民の声はいかなるものか? 「麻薬密輸対策」というフェイクにもとづいておこなわれている軍事作戦の実態について、ベネズエラの地域共同体との関係で話したい。

 

 カリブ海では8月19日以降、ベネズエラ沖で米軍艦、原子力潜水艦、上陸作戦のための強襲揚陸艦が派遣され、直近の報道や米国政府発表を元に整理すると、これまでに船舶への攻撃は8回におよび35人以上が殺害されている。

 

 9月2日、米軍がカリブ海の国際水域で「麻薬密輸」が疑われる船舶に対して攻撃をおこない、11人を殺害したと報じられている。トランプ政権は、その船が「ベネズエラから出航し、麻薬を輸送中であった」と主張し、「麻薬テロリスト」と名づけて攻撃を正当化しようとした。しかし、本当に麻薬を運んでいたという証拠はこれまで何一つ示されていない。たとえ麻薬を運んでいたとしても、本来は船舶を止めて検査し、証拠を押さえて司法手続きに乗せるべきだ。民間船舶への一方的攻撃は、明らかな国際法違反であり、アメリカ自身が定めた法律にも違反している。

 

 さらにアメリカ側は、これまで海上に集中していた軍事作戦を陸路(陸上ルート)へ拡大することを示唆しており、国境地帯や隣国を巻き込む形での軍事介入の可能性が高まっている。

 

 トランプ政権はベネズエラ政府が麻薬取引に関与しているというが、根拠はなく、それはあり得ないことだ。アメリカの人権啓発団体「WOLA」は、ベネズエラの麻薬取引量は地域全体やコロンビアなどに比べて小さいというデータを示し「国家ぐるみの麻薬流通体制」という説明は無理があると指摘している。

 

 米国政府機関の調査でも、ベネズエラは南米からの麻薬流出の主要な拠点ではないことが明らかにされている。米国政府自身が「ベネズエラは麻薬国家」というものがフェイク・ストーリーであることを重々承知で行動に出ているのだ。

 

 では、カリブ海での軍事行動の狙いは何か? ベネズエラ政府に「麻薬国家」のレッテルを貼り、「ならずもの国家だから何をしてもいい」「国際法も国連も関係ない」という構図をつくり、軍事行動の正当性をアピールするためだ。そして、現在のベネズエラ政権を転覆させ、石油資源・利権を確保するための長年のプランに基づいた行動といえる。麻薬対策を口実にして隣国コロンビアに長期に介入し、親米政権を支えてきた歴史を忘れてはならない。

 

 ブラジル日報(9月3日付)の記事によれば、トランプ氏は2023年に公言している。「もし私が2020年の大統領選に勝っていたら、ベネズエラを奪い、石油を手に入れていただろう」と。一国の大統領がしてよい発言だろうか? ブラジルのメディアも、アメリカの今回の軍事行動は石油略奪を意図したものだとはっきり認識している。

 

米国の介入の目的は? 政権転覆のため挑発か

 

 ただ、これがそのままベネズエラ本土への軍事侵攻に展開していくかといえば、私はそうはならないと見ている。理由はいくつかある。

 

 一つ目は、アメリカ内に世論を含め、ベネズエラへ本格的に軍事侵攻することへのコンセンサス(合意)がない。米上院で最近、共和、民主両党の議員が共同で政府が勝手にベネズエラに対して軍事行動を起こすことを止める決議案を提出したことからも明らかだ。

 

 二つ目は、アメリカはこれまでイラク、アフガニスタンなどで痛い経験をしており、長期的な抵抗に遭う戦争には踏み切れない。トランプ政権はコストを考える。

 

 フロリダ大学教授のフランク・モラ氏(元米国防省次官補)は「ベネズエラに軍事介入して政権を転覆すると、アメリカはベネズエラの治安部隊の再建を主導せざるを得なくなり、米軍は長期的駐留を余儀なくされる。この場合、介入に伴う社会、経済、治安対策のコストがその恩恵をはるかに上回る。それが限定的な空爆であれ、全面的な地上軍の投入であれ、初期の戦闘が終了した後、ベネズエラを安定化させるための長く困難な作戦が必要になる」とのべ、コスト的にあり得ないとのべている。

 

 三つ目に、もっとも大きい理由として、仮に米軍がベネズエラに侵攻して現政権を転覆しても、現在のベネズエラ国内にはアメリカが頼れる受け皿となる勢力がない。現政権を「独裁」と呼び、批判している一部野党がアメリカから資金提供を受けて活動しているものの、ごく一部であり、市民的な基盤はない。それは最近の選挙結果を見ても明らかだ。

 

 では、現在起きているカリブ海での軍事行動をどう見るべきか? それは総合的に考える必要がある。これまでアメリカがベネズエラに対してかけてきた圧力の主要なものは、過酷な経済制裁だった。命を守るための最低限の薬や医療器具、食料の輸入も規制され、その酷さについては、国連の人権独立専門家が「人道に対する罪」と批判する報告を出し、米国内のCEPR(経済政策調査研究センター)も「集団的処罰としての経済危機」という報告で制裁で4万人が命を落としたと発表している。しかし、そうした制裁にベネズエラは持ちこたえ、今では成長軌道に入っている。その意味ではアメリカの経済制裁による圧力は失敗したといって良い。

 

 つまり、今起きていることは、新たなベネズエラに対する政権転覆シナリオの1ページ目だと考えられる。大掛かりな軍を動員して「麻薬対策」のパフォーマンスをし、ベネズエラ政府に「ならずもの国家」というレッテルを貼り、政権転覆の正当性をつくる。同時にアメリカはマドゥロ大統領逮捕に繋がる情報提供の懸賞金を74億円という法外な額に引き上げ、国際世論、特に各国の支持を喚起している。

 

 そこで起きたのが、ベネズエラの野党指導者マリア・コリナ・マチャド氏のノーベル平和賞受賞だ。彼女は、ベネズエラ国内でアメリカの資金で政治団体をでっち上げ、先の大統領選挙でアメリカ傀儡(かいらい)候補を担いだ人物だ。そして、アメリカに対して「ベネズエラに攻め込んでくれ」と懇願するなど、発言も行動も「平和」とはかけ離れている。今回のマチャド氏の平和賞受賞にはマルコ・ルビオ米国務長官の強力な後押しがあったという。

 

 さらにマチャド氏は先日、イスラエルのネタニヤフ首相と会話し、イラン攻撃に感謝したり、ガザでのイスラエルの行動を賞賛している。受賞後にマチャド氏が「この平和賞をトランプ大統領に捧げる」と発言していることからも、彼女の正体は明らかではないだろうか?(ノルウェー平和評議会は「今年の平和賞受賞者は本評議会の基本的な価値観に沿わない」として祝賀イベントを取りやめることを発表した)

 

 この挑発ともとれるアメリカのカリブ海での軍事行動に対して、ベネズエラ政府の姿勢は明確だ。力による対抗ではなく、アメリカに対しては冷静にその違法性を抗議し、国際社会に対しても理解と地域の平和維持への協力を訴えている。

 

 カリブ海域での軍事力展開は、カリブ諸国や中南米諸国、さらには国際社会に対する力による威嚇でもある。「麻薬国家」という偽りの対決構図を作りながら、今は実態のないベネズエラ国内の対抗勢力を育成していくための行動だ。現在進んでいるのは、地政学、軍事、情報戦、経済戦を統合した複合的なベネズエラに対する侵略と見なすべきだ。それがいかなるシナリオなのか詳細はまだ見えない。今指摘できることは、これまでよりもギアの上がった異質な策動であるということだ。

 

地域共同体「コムーナ」 ベネズエラの社会基盤

 

ベネズエラ全土にあるコムーナ(共同体組織)は住民自身が社会建設の主体を担っている

 ここで冒頭に申し上げた「800万人のコムーナの市民の声」に耳を澄ませてみたい。結論からいえば、今、アメリカの軍艦と対峙しているのは、人間の尊厳を求める地域共同体「コムーナ」そのものだといえる。

 

 コムーナ(Comuna/共同体)とは何か?チャベス大統領(在任1999~2013年)の頃から始まったとりくみで、医療・教育から、農業などの生産活動に至るまで生活に必要なあらゆることを住民の合意で決め、自立して実行していく地域共同体だ。

 

 ベネズエラ全土には3600以上のコムーナがあり、都市、農村、漁村など地域の特性に合わせてさまざまなバリエーションがある。一つ一つの共同体は数千人程度で構成され、そのなかで200~400家族ほどの住民評議会に分かれている。

 

 コムーナの主な活動内容は次のようなものだ。

 

 ・地域の意志決定 道路の補修、水の供給、食料の配給など、地域の問題を住民の総会でなんでも話し合う。自分たちのかわりに議論してくれる人を選ぶのではなく、住民自身が直接議論する。

 

 ・生産活動 コムーナ内で農場、パン工場、縫製工場などを共同で運営し、生産したものを地域で消費したり、他のコムーナと交換したりする。

 

 ・行政サービスの管理 政府から委託され、学校や診療所の運営など、本来は行政が担う役割の一部を担うこともある。

 

 たとえば、ベネズエラ西部バリーナ州(チャベス元大統領の生誕地)は、平原地帯で牧畜やとうもろこし、ソルガムなどの栽培が盛んなところだが、そこのコムーナでは、地域の生活や生産に必要とされるさまざまな委員会をつくり、みんなで任務を分担する。委員は公正な選挙で選ばれる。委員会の数は、金融、プロジェクト監査、経済活動、農地の利用、高齢者福祉、規則、紛争調停(簡易裁判)、医療、ガス、電気、水道、教育、障害者福祉、スポーツ、音楽など文化活動、自立した市民育成など19分野にのぼっている。

 

 なぜ人々はコムーナを特別に大切なものと考えているのか? それを知るためには、チャベス大統領登場前、アメリカから大きな影響を受けていた時代の記憶について触れなければならない。

 

 1940~80年代、ベネズエラは石油のおかげで繁栄したが、その富は国内に均等に分配されず、石油資本や一部のオリガルキー(寡頭支配層)と呼ばれる財閥が独占し、人々は貧困のなかに捨て置かれた。そのため仕事やよりよい生活を求めて農村から都市部(特に首都カラカス)へ大規模な人口移動が発生したが、住宅供給やインフラ整備が追いつかず、都市部には「バリオ」と呼ばれるスラムが増大し、貧困が深刻化した。

 

 だが、チャベス大統領が進めたさまざまな政策によって事態は改善する。貧困率は80年代は22%、チャベス大統領登場の直前には44%にのぼっていたが、2009年には26%にまで改善し、特に生存にかかわる絶対的貧困率は7%へと劇的に減少した。

 

 これは現政権が引き継ぎ、2016年には食料配給システム「CLAP(供給生産地域委員会)」が始まり、困窮家庭に家を供給するため住宅供給も継続されている(今年は500万戸を達成)。さらに参加型民主主義を推進するためコムーナによる住民自治が全国各地で発展した。チャベス政権時代から始まった複合的な社会プログラム「ミシオン」は、社会のあらゆる分野に及び、現在も継続されている。

 

 これらの政策でベネズエラ経済は2021年から回復に向かい、2024年(第1四半期)にはGDP8・5%増を記録し、南米で最も高い経済成長率を記録した。今日、ベネズエラは、さまざまな分野で国内生産を発展させているが、特に食料生産を非常に増やしている。(チャベス政権誕生前には15%程度だった食料自給率は、現在90%をこえている)

 

コムーナでは、食料生産、教育、社会福祉にいたる地域生活にかかわる問題を住民の合議によって決めるため参加型民主主義といわれる

 社会建設の核となっているコムーナには各国にある協同組合とは大きな違いがある。ベネズエラでは、このコムーナこそが国を作る基本であり、誤解を恐れずにいえば、政府の省庁よりも強い権限を持つ。最近では、全国に4万8000ほどある地域人民委員会(コンセホ・コムナール)で住民自身が地域の問題解決を目的としたプロジェクトを提案・議論し、投票で優先したいものを決める。それを上の段階の約5000の「コムーナ・サーキット」で絞り、そこに政府が資金を提供する。大統領は国家予算の30%をこれに投入することを目標にしている。

 

 これはチャベス大統領の時代から、中央の国家権力が肥大化して民衆から離れていくことを避けるために、もっとも草の根の地域に国の基本となる権力の基礎を置こうと決めて始めたとりくみだ。ベネズエラでは、時間をかけてこのコムーナを基盤にした社会建設をおこなおうとしている。

 

 力の源は「自分たちのことは自分たちで決め、生きる道を切り拓いていく」というベネズエラに根付いた「尊厳ある自由」と自立の思想にある。

 

 米艦船による威嚇が続く10月15日、カラカスでマドゥロ大統領も出席して「主権を守るための国民集会」が開かれた。そこで漁業のコムーナの女性は、「私たちの海では100隻をこえる零細漁船がみんなでベネズエラ初の生産ブランドを確立しようとしている。これは私たちにとって大きな成果だ。しかし、それはベネズエラの主権と平和があってこそ得られる成果だ。だからこそ私たちは主権を守り、私たちの海、川を守る。なぜなら私たち漁師は、国ではなく、私たち自身の汗と努力、そして偉大な勇気によってのみ故郷は築かれることを理解しているからだ。私たちは国の漁師を代表して、国家の主権と平和を築き続けることを改めて表明する」と力強くのべた。ちなみにコムーナの委員(リーダー)の6割が女性だ。

 

 コムーナはようやく歩き始めた子どものようなものであり、政府が資金や知識を提供し、サポートしながら育成する途上にある。しかし、それは確実に人々の暮らしを支えるかけがえのないものになっている。

 

 かつてベネズエラの石油資源は、アメリカに支配され、経済的支配を通じて、民衆は長く格差や貧困に喘いでいた。コムーナに集う人々はその記憶を忘れていない。その意味では、コムーナの人々にとって、アメリカからの軍事圧力は今、自分たちが手掛けている「自立した尊厳ある生活」を破壊しようとするものと捉えられている。

 

 アメリカの介入に対して抗議する800万人の民衆の声は、祖国を守るという意識のみならず、わが町を、わが暮らしを、わが共同体を守る、つまり、みずからの尊厳を守るという熱い思いだ。

 

 コムーナに根ざした人々は、すでに生産・生活共同体を創りあげ、地域の自治・相互扶助の文化を育んでいる。その思想と実践は、ブラジル、コロンビア、ボリビアなどラテンアメリカ諸国の民衆の自立を目指す活動ともつながっている。だから、アメリカの圧力に抗議する声は南米大陸に広範に広がっている。

 

 改めて申し上げたい。カリブ海でおこなわれているのは、「麻薬との戦い」などという単純な物語ではない。明確な主権侵害であり、資源を狙ったベネズエラの間接的な植民地化だ。ベネズエラ側の抗議と国際的な表明は、暴力への即時対応ではなく、世界の世論への平和的な訴えだ。その象徴がコムーナに根差す800万人の住民たちの「日常からの抵抗」なのだ。

 

 どうか研究者、ジャーナリスト、市民の皆さんには、この800万人市民の声に耳を澄ましてほしい。きっと欧米メディアの偏ったニュースや、違法なアメリカの軍事行動、不可思議な平和賞受賞といった動きの向こう側にある真実が見えてくるはずだ。

 

 「主権への侵害にNOを!――コムーナとともに!」。この言葉を胸に刻んでいただき、カリブ海、そしてベネズエラでこれから起きようとしている事態をしっかり見つめていただきたい。

 

■■ 本紙インタビューより

 

 ――トランプが「麻薬対策」を介入の口実にする背景として、アメリカ社会で麻薬やドラッグの氾濫が社会問題化しているという現実がある。この問題の根源はどこにあるのだろうか?

 

 イシカワ大使 ベネズエラにとって大きな問題だ。麻薬戦争というのは、歴史的にアメリカが中南米諸国に介入する一つのツールだ。「お前たちが麻薬を生産し、アメリカにたいへんな被害をおよぼしているから、われわれはアメリカを守るために介入しなければならない」というストーリーだ。

 

 だが、世界で麻薬の圧倒的な市場はアメリカだ。これについて哲学者ノーム・チョムスキー博士は「米国政府はたばこ政策では教育やPR、規制で売れなくさせたが、なぜ麻薬については何もしないのか?」と疑問を呈している。それに尽きる。アメリカがそれをしない理由をベネズエラの立場から考えると、アメリカ自身がそれを支援して作り出した問題だからだ。

 

 歴史的に見ても、英国が中国で起こしたアヘン戦争(1839年)に代表されるように、麻薬マフィアは西洋で生まれたものだ。この英国のモデルをアメリカが引き継いでいる。それによって膨大な資金を作り、金融セクターも潤っている現実がある。

 

 南米で「麻薬生産国」と名指しされている国は、その餌食にされてきた側だ。コロンビア、エクアドル、ペルー…そして、ベネズエラでは2005年にチャベス大統領が、米国麻薬取締局(DEA)が諜報活動や麻薬輸送の「隠れ蓑」となっているとして摘発し、国内の同局事務所を追放した。それによって麻薬問題が少しずつ解決してきた。ベネズエラ政府の麻薬押収量はそれ以前の10倍に増えている。

 

 国連やDEAのリポートでも、南米で生産される麻薬の8割以上が太平洋を通ってアメリカに流入していることがわかっている。そして15%ほどがコロンビアのカリブ海側から、残り5%がベネズエラを通過しているといわれるが、ベネズエラ政府の取り締まりでほとんど押収されている。

 

 トランプ政権は、麻薬マフィアの一つを「カルテル・デ・ロス・ソレス」(太陽のカルテル)と名付け、そのトップがベネズエラのマドゥロ大統領であるかのように主張している。これもでっち上げだ。2020年にベネズエラ政権転覆のクーデター未遂事件が起きたが、そのときに捕まった元米陸軍特殊部隊の傭兵(現在アメリカで裁判中)が最近、このときベネズエラで起きたことを描いたドキュメンタリー映画を制作し、最近のインタビューで「カルテル・デ・ロス・ソレスは90年代に麻薬取引を容易にするためにCIAがつくったものだ。これは秘密でもなんでもない」とはっきり証言している。

 

 このグリーンベレー出身の傭兵は、2019年にアメリカが「暫定大統領」として担ぎ出したベネズエラ議会議長(フアン・グアイド)が雇った人物だった。クーデターのために契約まで結んでいたことが証拠資料から明らかになっている。コロンビアからカリブ海を通ってボートでベネズエラに入ろうとしたところ地元漁師たちに捕まえられたのだ。そのようにベネズエラでは住民自身が国の主権に対して強い誇りを持っている。この傭兵は、あらゆる場所で軍事ミッションを成功させてきたが、ベネズエラで失敗したことを悔しがって映画を作ったようだ。

 

 ベネズエラでは、トランプのいう「麻薬カルテル」「麻薬対策」は創られたフェイクであり、ベネズエラ介入の延長線でおこなわれていることだとはっきり認識されている。

 

 ――隣国コロンビアが世界最大の麻薬生産国といわれるが、同国のグスタボ・ペトロ大統領もトランプの軍事行動を厳しく非難している。

 

 イシカワ大使 長く親米政権が続いたコロンビアで麻薬の取り締まりが本格化したのはペトロ政権(2022年~)になってからだ。それまではずっとアメリカが介入し、そのもとで麻薬生産もおこなわれてきた。コロンビアの闘いは非常に長い歴史があり、反政府左翼ゲリラの活動に対して、米国の支援でパラミリタリー(民間軍事会社)が作られたが、これは実際には麻薬密売を始めるための組織だった。コロンビア国内には公式には7つ、実際には9つの米軍基地がある。アメリカから直接国内に出入りできるため、その構造のなかでアメリカと対峙するペトロ大統領は、ベネズエラの大統領以上に身の危険にさらされながら敢然と闘っている。

 

経済制裁持ちこたえ成長 南米独立を牽引した誇り

 

 ――日本ではベネズエラの経済危機が報じられ、マドゥロ政権の失政によるものとされている一方、長期にわたるアメリカによる経済制裁の影響はあまり知られていない。制裁がベネズエラ社会にどのような影響を与えているのだろうか?

 

 イシカワ大使 ベネズエラにとってはたいへん深刻な影響だ。一方的制裁の数は1000以上で、世界で圧倒的に多い。オバマ大統領が2015年にベネズエラを「米国の安全保障上の脅威」と名指ししたころから厳しさを増し、2017年にはベネズエラは国際金融取引から排除され、貿易も困難になった。欧米にあるベネズエラ国家資産は凍結され、大使館の銀行口座も個人の口座さえ凍結されている状態だ。

 

 ベネズエラ経済は石油の輸出で成り立っており、外貨収入のほとんどを国営石油公社「PDVSA(ペデベーサ)」が採掘する石油で得ていた。最大市場はアメリカだった。エネルギー消費量世界一のアメリカのエネルギー市場にとって石油は“生命”と同じだ。船で4日あれば運べるベネズエラの石油は切っても切れない。だからブッシュ政権も制裁を科し、チャベス政権転覆のためのクーデターまで画策したにもかかわらず、石油取引だけは続けていた。

 

 それが崩れたのがトランプ政権になったときで、取り巻きのマイク・ペンス(元副大統領)、ボルトン(元大統領補佐官)、ポンペオ(元国務長官)、そして現在のマルコ・ルビオ国務長官などのネオリベ(新自由主義者)たちが「今ベネズエラは弱体化しているからこの機を逃すな」という話をでっち上げて、石油取引も差し止めさせた。現在はアメリカに石油を送ることはできても代金は支払われない。

 

 これによりベネズエラの外貨収入は100分の1に落ち、外貨がないため輸入も難しくなり、国内産業も運営できなくなり、食料品もなくなる。「人道的取引」は免除といいながら免除されていない。西側諸国では「危機」は語るが、その原因について何も語らない。あるのは「独裁政権が国民を苦しめている。だから転覆させろ」というナラティブだけだ。

 

 一番酷かったのは新型コロナの時期で、医薬品やワクチンが届かず、経済制裁によってアメリカからワクチンは買えない。国連には貧しい国がワクチンを買う制度があり、その制度を使ってワクチンを仕入れようとしたが、米国政府は製薬会社を呼びつけてベネズエラには売らないことを制約させることまでやった。最終的に中国、ロシア、キューバの協力でワクチンを含む必要な医薬品を得ることができた。

 

 ベネズエラは崩壊するのではないかといわれたなかで、実際には人口比でのコロナの死者数は日本とほとんど変わらなかった。ベネズエラ政府が制裁のなかでもいち早く解決のために動いたこと、さらには国民の高い意識の成果だ。大統領はコムーナを動かし、市民自身がコムーナの制度を使って地域で免疫力が弱い人や慢性疾患患者を洗い出して予防策を打つことができた。制裁は現在も続いているが、国民の強い意志で持ちこたえ、現在は経済の成長軌道に入っている。

 

 ――あわせて欧米メディアは「800万人が国外流出」と報じている。これは事実だろうか?

 

 イシカワ大使 国外に流出していることは事実だが、ベネズエラの人口が3000万人。800万人といえばその4分の1近くであり、誇張が過ぎる(公式な算出根拠が示されていない)。国外に流出させるというのもアメリカの狙いで、国の経済を疲弊させ、国民生活を厳しくして政権を潰すという戦略の一環だ。

 

 米国政府は「政権に対する制裁であり、国民を罰するものではない」というが、いまや誰もが国民全体への制裁だと実感している。そのなかで仕事がない、仕事をしても収入が少ないために海外に行く人がいるのは事実だ。一方で、ベネズエラは国に戻りたいという意志を持つ移住者の帰還を支援する制度を作り、それを活用して帰国する人たちが増えている。その数が考慮されていない。

 

 そもそも西側では「移民(移住)=罪」という概念で語られるが、誰がどこで暮らそうと個人の自由であり、それを政府は制限できない。独裁国家なら制限したり監視するだろうが、民主国家なら、出るのも自由だし、戻りたければ戻ることができる制度を作るのも国の役割だ。それが人権を守るということだ。

 

 だが、コロナ禍で国外移住者はとくに悲惨な目に遭った。異国の地で仕事を失い、稼ぎがないために路頭に放り出され、医療も受けられず、母国に帰りたくても帰れない。このときベネズエラ政府はいち早く、陸路で繋がる国にはバスを出し、遠い国には専用機を飛ばして、希望者を本国に戻すプログラムを開始した。数万単位の人々がこれを利用した。コロナは終わってもプログラムは継続しており、移住先で厳しい現実に直面して「母国に戻って頑張ろう」という人が増えている。このプログラムがもっとも活用されているのが、大統領が「移民排斥」を声高に叫ぶアメリカだ。

 

 アメリカはベネズエラ国家を制裁して生活を困難にしておきながら、アメリカに移住した人たちも排斥する。皮肉な話だ。問題が起きているのなら、そこの状況を改善すればいいだけの話だ。ベネズエラ政府としては、人々が国を出ざるを得ない状況の改善に向けてとりくんでおり、それは着実に実を結んでいる。

 

 ――その意味では、経済制裁が逆にコムーナを含むベネズエラの新しい社会建設を促したようにも思える。ベネズエラでは国が子どもたちに無償で楽器や音楽指導を提供する「エル・システマ」などの社会福祉プログラムが国際的にも注目されているが、米国の圧力にもちこたえる独自の力が育つ土壌があるということだろうか?

 

シモン・ボリバル

 イシカワ大使 中南米の国々には西洋とは違う文化がある。それは500年前の先住民の暮らしから来たものかもしれないし、長い植民地支配の抑圧のなかから生まれてきたものかもしれない。だが確かに違うものがある。とくにベネズエラには、改革者が生まれてきた歴史がある。最も有名なのが「ベネズエラ建国の父」といわれるシモン・ボリバル(1783~1830年)で、彼はカラカス(現在のベネズエラ首都)で裕福なスペイン人家庭に生まれながら、それをすべて捨てて南米全体を解放するために運動した。そこからコロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビアまで解放(独立)した。その背景もあり、現在もベネズエラ人が国に持つ誇りは他国とは違う特別なものがあり、外側から押しつけられた新自由主義や西洋の植民地主義的な枠組みには従わない。だからこそコムーナやエル・システマを含む新しいものが生まれてくる。今までやってきたことのない、自分たちの幸せを自分たちで創るというものが支持される土壌がある。

 

 コムーナについてはまだ発展途上だが、植民地化によって潰されてきた住民自治をチャベス大統領が理論化し、世界のあらゆる哲学者や専門家を招いた議論を経て法的枠組みを整備し、ベネズエラに最も適したモデルを提案した。今、国民がそのレガシーを受け継いで建設を続けている。だからベネズエラの進む未来には希望が持てる。国際社会には、一方的なレッテル貼りや軍事力で他国に介入し、平和な社会を破壊する道を追認するのではなく、対話による解決へ進むよう賛同と支援をお願いしたい。

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