子どもの長時間のスマホ依存が問題になるなか、愛知県豊明市で、余暇時間のスマホ使用を1日2時間以内を目安に、また小学生は午後9時まで、中学生以上18歳未満は午後10時までを目安に各家庭でルールをつくるよう促す条例が制定された。欧米でもSNSによる摂食障害や自殺、児童性愛などが問題になり、小・中学校でのスマホ利用を制限・禁止する動きが広がっている。
この本は、こうした利用制限ではなく、デジタル・メディアのアルゴリズム(人間によって設計された動作のしくみ)を批判的に理解し、その影響を客観視して、なにが正しいかを自分の頭で考えられる力を持つことを提案している。著者は1977年生まれで、日本IBMや楽天でウェブ開発などを担当してきた。現在は武蔵大学社会学部准教授。
私たちは毎日、スマホやパソコンの検索エンジンを使うが、多くの場合、画面に出てきた検索結果のランキングをなんとなく上から確認し、最初の数件だけに注意を向けて満足する。SNSのタイムラインを眺めている場合はより直感的で、気になるものがないかとただスクロールしているのが実態ではないか――と著者はいう。デジタル・メディアが信頼できるのは、入力に対する出力の関係が一貫しているという点のみで、アルゴリズムによる処理によって提供される情報が「正しい」ということを保証していない。なのに「機械の出す結果には偏りがないはずだ」という「過剰な期待」にすり替わっていないか、と。
著者は、デジタル・メディアのアルゴリズムが「アテンション・エコノミー(注目経済)」に最適化するようつくられていることに注意を喚起する。Xやインスタグラム、フェイスブックなどのSNSでは、アカウントごとにパーソナライズされた「タイムライン」と呼ばれる投稿リスト画面が提供されている。パーソナライズとは、個々の利用者ごとに異なる過去の行動履歴(閲覧やクリック、購入など)を収集し、その利用者に最適化された情報を出し分けることだ。
多くのSNSでは、タイムライン画面を下にスクロールすればずっと過去にさかのぼって投稿を見続けることができるデザインになっている。この「無限スクロール」が、利用者の注目を途切れさせないようプラットフォームに長く滞在させ、多くのコンテンツを見せることを企図している。そしてプラットフォームのアルゴリズムによって、利用者のアクセス数やクリック率、滞在時間が最大化するような情報を選別して提供し、それがスマホ依存や中毒症を生むのだ。
投稿の真偽よりも注目度を重視する仕組みが構築されているので、それは偏見や差別を拡大したり、論理的でない判断をしたりする危険性と表裏一体だ。このアテンション・エコノミーを利用して、広告収入を得るためにいかにバズるかを競う人も増え、その中にはデマや虚偽情報を流す者も少なくないという。
極端な意見にシフトへ
さらにこのアルゴリズムは、個々の利用者それぞれがもっとも注目を払う情報を選別して送り続けるわけだが、それは次のような弊害も生む。つまり、「利用者は自分の好みや意見にあうものに選択的に接触し続け、また似たような意見を持つグループ内での情報交換を重ねることで、徐々に同じ方向の極端な意見にシフトしてしまう」。
これは、似たもの同士が相互に響きあい小部屋に閉じこもる様子から「エコーチェンバー」と呼ばれる。それは、内部で自分たちに都合のいい偏った解釈が信じられたり、自分たちの意見と違う他の意見の存在が見えなくなったり、異なる意見に不寛容になったりする弊害を生んでいるという。
また、個々の利用者が「快適」に感じるようなコンテンツを、アルゴリズムがあらかじめフィルタリング(特定の基準にもとづいて選別し、不要な情報を排除する)して送り続けることで、利用者が接触する情報が制限され、しかも利用者自身はそのこと自体を意識しにくいという現象もあらわれている。これは「フィルターバブル」と呼ばれる。
この「エコーチェンバー」と「フィルターバブル」があいまって、プラットフォーム企業には莫大な収益を生むが、その一方で、利用者が自分の頭で論理的に思考したり、物事の真偽を吟味したりすることを放棄することにもつながっているという。
最近、中学校の教師たちから次のような話を聞いた。最近の中学生はテレビを見ないし、家に新聞がないので、ニュースに触れる機会がない。そして毎日触れているのは、ユーチューブやティックトックのショート動画だ。すると、自分の好みの動画が次々と流れてくるので、生徒一人一人で情報の偏りが生まれ、客観的に今世界でなにが起きているかを知らない生徒がいる。しかもそれは人間関係にも影響し、自分と意見の異なる人の意見を受け入れることが難しいようだ、と。このような問題は各地で起こっているのではないか。
著者は、こうのべている。民主主義を機能させるためには、個々の成員が、社会全体においてどのような議題があり、どのような意見が交わされているかという客観的な社会像を知ることが非常に重要な前提となるし、そのなかで自分の情報環境に対して批判的な視点を持つことも重要だ。そのためにも日々使っているデジタル・メディアのメカニズムを俯瞰的な視点で客観視できる人が増えれば、その弊害を取り除く知恵も生まれてくるはずだ、と。傾聴すべき意見である。
(集英社新書、238ページ、定価1100円+税)





















