(2025年7月23日付掲載)

「農家に欧米並みの所得保障を」と訴えて行進する参加者(7月21日、広島県北広島町)
広島県山県郡北広島町で7月21日、「令和の百姓一揆」(主催/令和の百姓一揆ひろしま実行委員会)がおこなわれた。令和のコメ騒動で表面化した日本の食料問題は、農業現場の窮状と直結しており、生産費負担増や高齢化、後継者不足などの問題が生産者に重くのしかかっている。こうしたなか、全国の生産者や消費者が繋がり、国に対して日本の食料生産を守るための農業政策を求める声が高まり、「令和の百姓一揆」のとりくみは活動予定を含め20都道府県に広がってきた。今回の北広島町での百姓一揆では、広島県内の農家が中心となって約70人が集まって集会をおこなった後、トラクター10台、軽トラ10台を先頭に、県内外から集まった農家や消費者がデモ行進をおこなった。参加者たちは「農家に欧米並みの所得補償を」「限界こえてる農家を守ろう」「今が正念場!」と訴えた。

デモ行進出発の前に円陣を組んでスローガンを唱和する参加者たち(7月21日、北広島町)
開会にあたり、北広島町の酪農家で実行委員長の西原美和氏は「暑い中だが思いをひとつにして今日は行進したい。思いだけを強く持てば、すべてが繋がっていくと思う」と呼びかけた。
東京から駆けつけた令和の百姓一揆実行委員会事務局長・高橋宏通氏も「広島の地でも令和の百姓一揆実行委員会を立ち上げてもらい、感謝する。広島の田園風景、里山の風景をなくしてはならない。令和の百姓一揆のとりくみが全国に広がっているが、東京だけで集会をやるのではなく、農業現場で農家の人々の気持ちを多くの人たちに伝えていくことが大事だ」と呼びかけた。
その後、参加者全員で円陣を組み、中央で生産者が思いをのべた。
尾道市因島から来た女性は「本業は鉄工所経営だが、2年前から農業に目覚め、命を繋ぐ食を大事にしなければならないと気づいた。今日は静岡県浜松市でも百姓一揆がおこなわれていると聞いた。全国47都道府県の国民が毎日食べている食べ物は大事にしないといけない。誰かにやってもらうのではなく、ここにいる一人一人が小さくても声を上げていかないといけない。生産者と消費者が一つになって日本を守るという思いを持って、種を守り、農を守り、食を守っていこう」と訴えた。
コメ農家の男性は「百姓一揆があることを一昨日知り、トラクターで駆けつけた。私は広島県で独自の種子条例を作るよう求める活動をおこなってきた。種を大切にしなければ農業はできない。また、人も土地も大切にしないと農業はできない。新自由主義的な今だけ、カネだけ、自分たちだけの農業をやっていては食っていけなくなるということは、今回のコメ騒動でよくわかったはずだ。生産量が不足し、国の農政の失敗は明らかだが、国はそれを認めていない」と語った。
酪農家の男性は「毎日酪農作業をしていて、普段から農業についていいたいことはたくさんあるが、いう機会はなかなかない。少しでも農業や酪農をしながらまともな生活ができるようになってほしい。酪農を継ぎたいといっている息子たちが、酪農をしながら普通の人たちと同じような当たり前の生活ができるような状態であってほしい。そうした声を少しでも国に届けたい」と語った。
集会の最後に、実行委員会の男性が「今日はみんなと一緒に希望を繋ぐ行進をしたい。私たちの希望の行進だ。頑張ろう!」と訴え、全員で拳を上げた。
その後、町内約2㌔の道のりをデモ行進した。先導する10台のトラクターには、「皆が安心して国産の食を手にするために」「すべての農民に所得補償を」「未来の子どもたちに国産の食を味わってもらうために」などの幟が掲げられた。軽トラも10台、その後ろに生産者や消費者が続き、リズムに合わせて全員で「欧米並みの所得の補償を!」「今動かなくちゃ農業守れない!」などのコールをおこなった。自宅から出てきて手を振る住民や、すれ違う車の窓から手を振る親子などもおり、地域の人々からも声援が飛んだ。
コールの合間には、宣伝カーから以下のようなアピールを読み上げた。
あなたの食べ物は誰が作っていますか? コメ農家は自給10円ともいわれ、農家の限界はとっくにこえた状態でこれまで頑張ってきました。今日は令和の百姓一揆として、各地域から農家がトラクター・軽トラックで集まり、私たちと一緒に行動しています。……日本の食と農の問題は深刻。私たちの命の問題です。私たち令和の百姓一揆では、「農家が生活できる、欧米並みの所得の補償」を求めています。
今こそ農政の転換が必要です。農業を守り、私たちの食と命を守ること。未来の子どもたちのためにみんなで立ち上がりましょう! 応援して下さい。
東京での一揆皮切りに 同日には浜松市でも

トラクターを先頭に出発した広島・令和の百姓一揆(7月21日、北広島町)
昨年12月に島根県吉賀町で初めておこなわれたトラクターデモは、その後全国へと拡大してきた。今年3月には東京、沖縄、福岡、熊本、山口、岐阜、静岡、富山、奈良、京都、滋賀で「令和の百姓一揆」統一行動を実施。その後も新潟、青森、鳥取、北海道でも全国の農家と生産者が立ち上がり声を上げ続けている。7月13日には鳥取県でも百姓一揆がとりくまれ、21日には北広島町での行動と合わせて静岡県浜松市でも同日開催となった。
今回の北広島町での百姓一揆は、3月に東京でおこなわれた百姓一揆に別々で参加していた広島県内の農業者たちが現地で出会ったことがきっかけだったという。その後、それぞれ地域は違うが連携を強めるなかで「広島県でもぜひ百姓一揆をやりたい」という思いが強くなり、コメ農家にとっては稲作で忙しい時期だが「農業と食、子どもたちの健康を守るために生産者、消費者の声を反映させよう」と実現に至った。
準備期間のなかで同じ思いを持った生産者や消費者、議員なども広島県内から続々と結集してスタッフとなり運営を担った。
事前にチラシを配布するなどして告知をおこなうなかで、人から人へと情報が広がっていったという。当日、会場となったJAひろしま千代田支店の駐車場には、開会前から幟を掲げたトラクターや軽トラがずらりと並び、それを見た農家が急遽飛び入りでトラクターデモに加わるなど、当初の予想を大きく上回る参加があった。
広島県内各地から集まった生産者や消費者は、現在の日本の農政の問題や、高齢化や後継者不足で継続が厳しくなっている農業現場の現状、そして今後の日本の食料生産の課題などについて口々に思いを語った。
広島県内のコメ農家の男性は、「私が農業をしている集落は、30年前まではコメ農家が十数世帯あったが、今は五世帯へと半減している。そのなかでも74歳の私が一番の若手で、高齢化は深刻だ。体力的に厳しく、やめたいと思っていても、自分一人が欠けたら集落全体の稲作が成り立たなくなるからみんなギリギリの状態で続けている。田の仕事だけでなく、草刈りや農道の整備、雷が落ちて川から取水する揚水ポンプが停電して止まったり、取水口にゴミが詰まったりするので、そうした部分も手を入れながら70~80代の農家がなんとか力を合わせてコメを作っている。コメづくりというのは、人数や面積などを掛け合わせれば収量が割り出せるほど単純なものではない。地域全体が機能して初めて収穫できる。その集落の機能が今、危機的な状況になっている。一人抜ければ集落全体のコメ作りが止まる。日本全国の中山間地のコメ農家はみな、私たちの集落と同じような問題をかかえている」と語る。
また、現在のコメ騒動の問題については「今年になって米不足が問題になったが、これは明らかに政府の農政の失敗によるものだ。作付け不足、生産量不足が根本的な問題だ。もともと食管法で国が生産者からコメを買い上げることで、生産者米価を保証しながら足りないところには国がお金を入れて消費者米価とのバランスを保ってきた。それを廃止してコメの自由化を強行した結果が今の生産現場の窮状を招いている。一部の政治家や学者は“米の自由化で消費者米価が下がったから成功だ”というが、生産者の犠牲の上にこれまでの“安さ”が維持されてきた。私は食管法廃止によって堤が切れ、国の生産力が落ちたと思っている」と語った。
そして、「新自由主義をとことん追求してきた結果、今になって農村の生産力は維持できなくなり、何とか兼業農家で生産を維持する歪(いびつ)な家族農業が常態化してきた。そうした農政と現場の矛盾が表面化したのが“令和のコメ騒動”だ。それなのに政府は今回の新農業基本法によって、これまでの新自由主義的な流れをさらに加速させようとしている。今年の作付けは昨年よりは増えたようだが、一方で飼料米や加工用米などの多用途米の作付けは減っている。結局、全体の作付け量は足りないし、そうした数字のごまかしみたいなことで何とかなる状況ではない」と指摘した。
国民の命守るために必要 農業の所得補償

「命を支える農家を守れ!」。消費者も一緒に声を上げた(北広島町)
北広島町のコメ農家の男性は「今年は梅雨明けが早く猛暑が続いているおかげで、昨年以上にコメの出来が悪くなる可能性が高い。高温が続くとコメが白くなる“乳白米”が増え、品質が落ちて収量も減る。とくにコシヒカリなどの早生品種が大きなダメージを受けるだろう。国が本気で増産に切り替えなければ、このまま生産量不足によるコメ不足はくり返されるだろう。“農家にヨーロッパ並の所得補償を”とだけ聞くと、農業を知らない人や一般の消費者などにとっては、簡単に受け入れられない部分もあるかもしれない。だからこうして農家の現状を知ってもらいたいと思って行動している。今国が手を打たなければ日本の食料生産がさらに危機的状況に陥るという崖っぷちの状況だ。もともと食管法で国のお金を投入して農家の生産を維持してきたのだから、所得補償というのは無理な話ではないはずだ。そうした歴史も一般の消費者に伝えて理解してもらう必要がある。農家への所得補償は、単なる“補助金”などと同じレベルではなく、国民の命を守るための“社会的費用”として必要なことだと知ってほしい」と訴えた。
北広島町内で稲作をしている農家は、全国で農家を中心に声を上げ始めたなかで、今後の農協の役割について「今こそ農協は困っている生産者のことを全面的にバックアップしなければならないと思う。今のままでは単なる金融機関だ。百姓一揆をやるとなったら、呼びかけに協力したり、生産者と一緒に声を上げるだけで農家はどれだけ励まされ、みずからの意見を訴え行動しやすくなることか。農家と消費者が一緒になって声を上げているこの令和の百姓一揆を“政治活動だから関わるべきではない”などといっている場合ではない。農協という組織は生産者とお互い様の関係なはずだ。日本の食を守る運動を前に進めるためにも、ぜひ協力してほしい」と話していた。
畜産業関係者の男性は「コロナ禍以降、飼料代の高騰によって牛も豚も鶏も、畜産業界はとても苦しい状況が続いている。肉にしても牛乳にしても卵にしても、どんなに生産してもそれにかかるコスト負担が大きく、最終利益が残らない。だからどの農家も次の投資ができず現状だけで手一杯というギリギリの経営が続いている」と語る。そして、「鳥インフルや豚熱などによって、今肉も卵も価格が高騰しているが、みな資金的な余裕がないなかで再生産に向けた次の一手が打てずに回復が遅れている。酪農業にしても、今回乳価が四円上がるそうだが、それだけ値上がりしても飼料代が高止まりしているのでまだ採算が合わない。“農家に所得補償を”というのは、農家が今以上にもうけるためなどではなく、生きるか死ぬかの瀬戸際で国は現場をなんとか救ってくれというギリギリの要求だ」と話していた。
農業は誇りある仕事 11月に広島市内で第2弾
デモ行進終了後、JAひろしま千代田支店で寄り合いを開催し、実行委員会と参加者らが意見や感想をのべた。また、11月22日には、広島市中区で第2弾のトラクター・軽トラ・参加者の行進を計画しており、今後に向けた課題や活動内容などを協議した。
実行委員長を務めた西原氏は、「トラクターで先頭を走っているとき、感動して涙が出た。農業の良さ、誇りある仕事だということを改めて実感し、私がこうして走っている意味を考えた。これから新しい未来に向けたネットワークを作っていきたい」と話した。
また、「今回の百姓一揆をやらなかったら絶対に出会うことのなかった人たちと繋がりができたことが一番嬉しい。何かしらの組織による上からの招集ではなく、それぞれの参加者が思いを持った自発的な集まりだ。参加者の数やトラクターの台数云々ではなく、とにかく広島で開催できたことがすごいことだと思う。本当は農家がこんなことをする必要がない社会が一番だ。それでもまた次もやりたいと思えるのは、未来に向けた農業の安定した基盤を作りたいからだ」と話した。
安芸高田市の男性農家は「農家の農業のやり方や考え方は一人一人それぞれ違うが、そうした農家が一つに集まって、“私たちはこれから何をすればいいのか”“何を考えなければならないのか”ということを語り合えることが希望だ。すぐに現状を打開できるわけではないが、次の未来に向けた話ができる。そういう活動をしているということをもっと多くの農家やそれ以外の人々に知ってほしい。今日はその一歩目を踏み出せたことに私は希望を感じている。次は広島市内でのデモも予定されているし、中国地方全体に広げていきたい。この活動を続けている以上、私たちには希望がある。今日百姓一揆をやって本当によかった」と語った。
令和の百姓一揆実行委員会事務局の高橋氏は「参議院選挙で各政党にアンケートをとったが、自民党も含めてほとんどの政党が“農家に何らかの所得補償をしなければならない”と回答していた。しかし農業現場の声を届ける生産者がいないし、声を上げる場所もないまま黙って耐えている人がたくさんいる。そこを打開できればもっと理解してもらえるはずだし、消費者も知らないことだらけなのでまずは現状を知らせることが必要だ。私たちが訴えていることは多数派の意見であり、決して異端児の運動ではない。必ず共感は得られるはずだ。今回の広島での活動が、他の地域で活動している人々の励みにもなる。この運動は“何万人動員しなさい”などというものではない。農家のみなさんはただでさえ忙しい時期なので、無理をしないでできることをしてほしい」と呼びかけた。
実行委員会の副委員長を務めた安芸高田市の市議は「私は稲作を始めて10年になる。3月に東京での百姓一揆に軽い気持ちで参加して、そこで広島から参加した他の生産者の皆さんと出会い、今回広島で百姓一揆を開催できた。予想を上回るたくさんの人が参加してくれ大成功だった。11月に広島市中区でおこなう第2弾の行動に向け、すぐにでも動かなければならないと思っている。一人でも多くの人に私たちの声を届けて仲間を増やしていきたい」と意気込みを語った。