いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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維新150年でぶっ壊された憲政 近代国家を否定する統治あらわる

低俗な私物化政治の末路 

 

 森友疑惑を巡ってついに財務省が公文書の改ざんを認め、12日にその原本がごっそりと出てきた。もはや「書き換え」と表現できるような代物ではなく、大幅な改ざん・隠蔽にほかならないことが明るみになっている。ことここまできて浮き彫りになっているのは、憲政が音を立てて崩壊し、国家というものが国民全体に奉仕するという建前をかなぐり捨て、特定の個人のために便宜供与したり、あるいは利益を分配する道具に成り下がっていることだ。そして国会では嘘がはびこり、三権分立などどこ吹く風で法治主義は既に飾り物と化している。明治維新から150年にして、近代国家の看板を外さなければならないような局面を迎えている。記者座談会で政局も含めた動きや問題の性質を論議した。

 

  ようやく財務省が音を上げて改ざんを認めた。近畿財務局で改ざんに関与した職員が自殺し、佐川辞任、原本提出と急転直下で事態が動いている。今頃になって会計検査院がペラペラと話し始めているが、あれらも2つの文書が存在することを「知っていた」と証言して驚かせている。流れが変わったこともあるだろうが、公正を標榜している組織としてもっと早く暴露せんかい! と思うものがある。とはいえ、官僚たちもたまらない思いが鬱積しているのだろう。それにしても、末端で公文書改ざんの任務を負わされた職員が精神を病み、自ら命を絶たなければならないというのは、ほんとうに罪作りな話だ。このような疑獄になると巨悪が眠り続けるためにいつも死人が出る。第1次安倍内閣の時期にも何人死んだことか。地元でも第1次内閣の放り投げの後、後援会幹部が巨額の負債を残して死んでいったのを思い出す。銀行群の無担保融資を原資にしていたあのカネは、いったい何に消えていたのだろうかと思う。

 

  原本が出てわかったことは、首相夫人である「安倍昭恵」や「鴻池祥肇」「平沼赳夫」「鳩山邦夫」といった登場人物たちの名前をすべて削除していたことだった。財務省に働きかけてきた事実等等を丸ごと削除していた。財務省としては理事長の籠池康博について「日本会議大阪代表・運営委員」と認識していたこともわかった。そして、日本会議については超党派による日本会議国会議員懇談会が設立され、特別顧問に麻生太郎財務大臣、会長に平沼赳夫、副会長に安倍晋三総理らが就任している組織であると認識していた。さらに、森友学園に来訪して講演した中山成彬、平沼赳夫、視察した維新の会女性局の三木圭恵、杉田水脈、上田小百合(上西の誤り)、安倍昭恵総理夫人が講演・視察した事実なども文章に記して、国有地払い下げの相手が誰なのか、どのような背後を持っている学校建設なのかをしっかりと把握していたことがわかる。

 

  昨年から1年間以上にもわたって森友疑惑は世間を賑わせてきたが、この問題は要するに、「美しい国」を標榜する日本会議界隈の右傾化勢力が教育勅語を暗唱させるような小学校(安倍晋三記念小学校)の建設を目論み、維新の大阪府知事・松井が私学設置の認可を下ろして、そのために安倍政府が国有財産をタダ同然で払い下げていたという単純な問題だ。「お国のために」とか「日本の伝統」などと説教してきた者たちが、安倍晋三が首相になったのを追い風にしてお国の財産をかすめとっていたという、何とも笑えない話だ。そして作ろうとしていたのは「安倍晋三記念小学校」だった。「安倍首相がんばれ、安倍首相がんばれ!」と幼稚園児たちに運動会で叫ばせるほど籠池は安倍界隈に投機していたし、そんな学校建設のために鴻池とか平沼赳夫、名誉校長だった安倍昭恵や大阪維新が協力していたというのが真相だろう。学校教育の場で教育勅語の復活等等を動かしているさなかにあって、右傾化勢力にとっては全国どこにもない悲願の「愛国小学校」建設だったことがわかる。だから徒党をなして籠池を応援していたわけだ。

 

  ところが豊中市議の告発によって国有地の不可解な払い下げが問題になり始めると、これらの仲間たちは危険を察知し、あとは籠池にみな罪をかぶせて蜘蛛の子を散らすように逃げていった。「か、かごいけさんでしたか?」と国会でしらばっくれたり、日本会議の秘蔵っ子・稲田朋美になると籠池の顧問弁護士も務めていたのに無関係を装ったり、ひどいハシゴ外しをした。そして「自分1人を悪者にするとは許せない」といって籠池が反乱を開始した。国会証人喚問においても堂堂と事の真相を語るし、腹を括って反撃に出たものだから、ついには口封じのために拘留されてしまった。司法もグルになって首相の邪魔者を世間から隔離するようなことをしている。はじめから終わりまで、いったい何時代なのかと思うような前近代的なことがやられている。

 

  昨日までの仲間を1人悪者にして逃げていくのは薄情きわまりない行動だ。しかし、それで怒った籠池が財務省との交渉録音データや昭恵とのやりとり、谷査恵子のFAXなどを表に出さなかったら、今日までの解明には至っていない。籠池については「あなたたちが作ろうとしていた学校ではないか」という主張が一貫している。むしろその後の経過をよくよく見てみると、籠池が話していた通りの事実が裏付けをともなって立証されている。今回の公文書も、結局のところ籠池が話していたことがすべて事実だったということを証明した。だから、拘置所に閉じ込めてないで、あの夫婦を早急に外に出すべきだ。検察とか裁判所も司法としての独立性を問わないといけない。なぜ首相やその夫人絡みの疑惑を追及させないために司法が尽くしているのかと。

 

  森友疑惑全体を見たときに、公文書改ざんは一連の過程のなかで起こった一部分にほかならない。「私や私の妻が関与していたら、総理も議員も辞める」と安倍晋三が叫んだことから、財務省の佐川をはじめとした官僚が首相夫人やその界隈を守るために国会で虚偽答弁をやり、書類も改ざんして立法府に偽の「公文書」を提出していた。その文書からは首相夫人や日本会議界隈の存在がばっさりと削られていたわけだ。何を削り、誰を守ろうとしていたのかは歴然としている。

 

 A 目下、公文書改ざんをした財務省がけしからん! といって大騒ぎになっている。確かに公文書改ざんはそれ自体が憲政を揺るがすような大問題だ。ただ、今度は財務省だけを悪者にしたり、いわんや佐川だけを悪者にするのも的外れだ。佐川には公文書改ざんの罪があるが、土地取引の決済をしていたのは山口県出身者でもある迫田だ。虚偽答弁や公文書改ざんと引き替えに国税庁長官に出世するというのも情けない話だが、この森友疑惑全体のなかでは部分に過ぎない。佐川はしかるべき罰を受けなければならないが、問題はそれにとどまらない。従って、巨悪を引きずり出して白黒はっきりさせるまで、森友疑惑はエンドレスで続く。仮に総辞職や退陣に追い込まれたとしても、真相解明はきっちりやらなければならない。そして朴正煕の娘みたいに、国家の私物化や国有財産の不当な払い下げが認定されたときには、しっかりと罪を負うのが道理だろう。日本という国は法治国家なのかが問われている。

 

  安倍昭恵をはじめとした登場人物や、理財局長だった迫田、佐川、首相夫人秘書官として財務省に問い合わせをした谷査恵子、大阪府知事の松井、関与した財務省職員など、みな国会で証人喚問して真相解明しなければならない。

 

光当てられた闇の勢力

 

  とはいえ、昨年からの騒動によって既に大概のことは暴露されていて、大方の国民が全貌をおぼろげながら捉えている。安倍晋三なり界隈が逃げ回って誤魔化しているだけで、長引けば長引くほど次なる事実が浮かび上がり、薄皮をめくるように嘘や欺瞞が引っ剥がされ、その度に狼狽している関係だ。いったい何の追いかけっこなのかと思うが、非を認めず権力にしがみついているために、次次とボロが出ている。終いには公文書改ざんにまで手を染めていたのがわかって、統治機構への信頼が音を立てて崩れている。こうした状態が続くことは統治機構全体の利益から見たときにはマイナスでしかないが、安倍晋三の首に鈴を付ける者がいない。かつてなら総辞職に追い込まれて当然の事態であるにもかかわらず、麻生太郎を見ても開き直っているし、安倍晋三もカチコチの表情をしつつ、まだ粘れると思っている風だ。この死にあがきが延延と続く過程で、周囲に屍が累累と折り重なっていく。関わった官僚にしても決して死んではならない。安倍界隈のために生まれた命ではないのだから。

 

  佐川が泣きそうな顔をしていたが、麻生も前日まで「適材適所」とかいっておきながら、翌日には「すべて佐川です」と責任を投げつけるのだからひどい話だ。首相や首相夫人の存在をかき消すために役人としてやってはならないことに手を染め、挙げ句に「全部佐川が悪い」といわれて、今本人はどんな気持ちなのだろう。あれだけニュースで顔も出されて、忖度役人の代名詞みたいに世間から認識されてしまった。自宅まで特定されて、仮に自分が家族だったらたまらないだろうな…と思う。籠池みたいに全部話してしまえば世間も見方を変える可能性があるが、安倍界隈と心中する道を選ぶのだろうか。確かに公文書改ざんはけしからんが、「土地取引の責任は迫田さんじゃないですか!」とか思いの丈をぶつけたほうが気も楽になるだろうに。

 

  先ほども話になったが、籠池が話していた通り、この国有地払い下げによって学校を作ろうとしていたのは、日本会議やその仲間たちだったということだろう。安倍晋三がこの右傾化勢力に抱えられて再登板まで至ったことは知られていることだ。これに大阪維新なども連なっていた。財務省が恐れたのは安倍晋三とか昭恵単体がどうこうというより、この得体の知れない右傾化勢力の存在が大きく横たわっていたのに違いない。財務省内で出世したかった云云のちゃちな動機では説明がつかない。一連の黒幕の存在を引きずり出さなければ解決には至らないが、彼らはやましいという自覚があるのか、籠池1人を生け贄にして逃げ回っている。これらの憲法改正を悲願にして安倍晋三を御輿に担いできた闇の勢力が光を当てられて困ってしまい、闇へ闇へと逃げているような印象だ。お天道様の下に堂堂と出てこれないようなことでどうするのかと思う。この宗教勢力の存在は日本会議の研究本を出している菅野完や青木理の著作が詳しく展開していてわかりやすい。

 

延長戦で傷口は広がる一方

 

  いずれにしても、この騒動は逃げても誤魔化しても、どこまでも追いかけられて終わりがない。その間に暴露されてきたのは、森友疑惑がどっちを向いたか以上に、統治が崩壊していることだ。私物化政治が統治の建前や在り方を根底から覆し、官僚機構が右へ習えで汚染されていることを赤裸裸に暴露した。国会に改ざん文書が提出されて1年近く真顔で論議していたなど、ちょっと先進国としてはあり得ない恥ずべき事態で、首脳会議でバカにされるレベルの話だ。何が「法の支配」かだ。国会の地位については「国権の最高機関で、国の唯一の立法機関」(41条)であると規定しているが、おかまいなしで偽の文書を行政府が提出する。国権の最高機関などその程度のものなのだと見なしていることをあらわした。霞ヶ関のなかでも「省庁のなかの省庁」といわれてきた財務省がそれをやってのけた。子どもの頃からみなが公民の授業で習ってきた統治の常識を根底から覆した。

 

  明治維新から150年が経った現代社会において、その後築き上げてきたはずの憲政では嘘が公然とはびこり、法治国家とか議会制民主主義の建前すら吹っ飛んでしまっている。「明治維新50年も100年も長州出身の宰相だった。150年は私が」と安倍晋三が演説していたが、明治維新150年にして近代国家の成り立ちであるとか法治国家の有様をぶっ壊した男として認定すべきだろう。明治維新の遺産の上に乗っかっているだけで、行動においては明治維新が作り上げた近代国家の様式や枠組みを破壊している。そして人治主義へと時代を引き戻している。「バカではあるまいか」といったらそれまでだが、とにかく軽薄きわまりないのが特徴だ。

 

  安倍晋三や昭恵、その界隈が政府とか行政を私物化してしまって、国家機構が特定の個人に奉仕するものへと変質している。あまりにもあからさまで、統治機構としては品位も何もあったものではない。低俗というか、あけすけ過ぎるというか、身も蓋もない状態まで統治機構をぶっ壊してしまった。深刻なのは、このような状態にありながら安倍政府の首に鈴を付ける者がいないことだ。それほどまでに統治機構が劣化している。かつての自民党のように党内でバトルが勃発するわけでもなく、安倍一強体制のなかでみんなしてぬるま湯に浸かっている。そして、一方の野党もキャンキャン吠えてはいるものの、残念ながら成り代わってまともな統治をやるんだという勢力が見当たらない。もともと政党政治への幻滅の産物が安倍政府なのであって、一強といっても実は宙に浮いている。小選挙区のからくりで、国会の議席を独占しているに過ぎない。この腐敗堕落して国民から浮き上がった政党政治の状態を壊さないことには展望にならない。

 

  延延と続く追いかけっこを見せられて、統治機構の腐敗や劣化状態を日日認識し、いい加減にせいよ! という思いが強まっている。為政者の側は「まだいける」と思い上がっているかもしれない。しかし、このようなケジメのない状態が長続きすることで、憤激の世論はより強烈なものへと成長している。次につながる条件が醸成されている。

 

 A 潮目は明らかに変化している。今回ばかりは内閣総辞職まで発展する可能性がある。あるいは粘った末に自民党が「安倍とともに去りぬ」をやるのもよし。逃げるか、爺ちゃんが作った自民党もろとも叩きつぶされるかだ。中途半端に自民党が面子交代で乗り切るより、自浄能力のない政党として傷をめいっぱい広げればいい。それよりも考えなければならないのは、このような低俗な私物化政治に犯されている国会や統治機構の今後だ。日本社会は安倍晋三やその友達が牛耳る専制国家なのかどうか、またそれを認めるのか否かを国民が選択しないといけない。

 

 改憲というよりも、彼らは憲政を認めていないのだから、まずそこから問うことが重要だ。議員を選ぶといっても、国権の最高機関であることを否定された国会にいくら選出したところで行政府が嘘ばかりつくとか含めて、統治の在り方を根本から考えなければならない。他の先進国からバカではないかと思われるかも知れないが、そのようなバカみたいな出来事が真顔で起こっているのだから仕方がない。近代国家であることを否定して、150年前に打倒したはずの世界に引きずり戻されているのだから。

 

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