(2026年3月9日付掲載)

北海道千歳市に建設された半導体工場ラピダスは、回路線幅2㌨㍍(ナノは10億分の1)という世界最先端半導体の量産化をめざす国策プロジェクトとして、政府が累計約3兆円を投資し、2027年の量産ライン立ち上げをめざしている。このラピダスをめぐって、量産化後にPFAS(ピーファス)を排出する可能性があることが明らかになり、多くの市民が不安の声を上げている。ラピダスは日本で規制対象となっている特定PFASの3物質は使わないとしているものの、規制対象外PFASの使用と排出の可能性は認めているからだ。ところが2人の市議会議員が、北海道とラピダス社が締結した水利用に関する協定や4者会議の議事録を情報公開請求すると、開示されたのはほとんどが黒塗りの文書。ラピダスの排水口よりも下流で水道水を取水する江別市の議会は昨年9月18日、全会一致で情報開示を求める意見書を採択した。さっぽろ自由学校「遊」の公開講座「半導体産業リスクを地域社会の市民目線から検証する」で報告された内容をもとに、なにが起こっているのかをまとめた。
さっぽろ自由学校「遊」で報告
この公開講座は、昨年10月から今年2月にかけて5回おこなわれた。第3回は「国策・半導体工場ラピダスがもたらす負の影響とは?」をテーマに、江別市議会議員の干場芳子氏が報告した。
国策の負の影響 千場芳子市議の報告
干場氏は、「江別市民が水道水の水源として利用している千歳川に、ラピダスから排出されるPFASが流されると知り、これはたいへんな問題だと受けとめた」とのべた。
PFASとは、1万種類以上あるとされる有機フッ素化合物の総称で、自然界で分解されにくく、人体や環境中に長期に残留するため「永遠の化学物質」と呼ばれる。その一部は発がん性や免疫低下、新生児の出生体重低下などの健康被害リスクが報告されており、世界的に規制を求める市民の運動が高まっている。
国際条約・ストックホルム条約(POPs条約)は、PFASのうちPFOS、PFOA、PFHxSの3物質(特定PFASと呼ぶ)などについて、製造・使用・輸出入を禁止している。また、その難分離性、生物蓄積性、人および動植物に対する慢性毒性から、この3物質などを廃絶の対象としている。
一方、日本の国内法「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」は、PFOS、PFOA、PFHxSの3物質だけについて、製造と輸入を原則禁止している。
また日本では、水道水や地下水、河川の水質についての暫定目標値として、PFOSとPFOAの合計で1㍑当たり50㌨㌘が設定されてきた。水道法の改正で、今年4月1日からこの目標値が正式な水質基準に引き上げられ、法的拘束力を持つものになる。ただし専門家は、欧米と比べて日本のこの基準値は甘く、毒性などの研究もほとんどなされず、国内データも不足していると指摘している。
干場氏も「PFASの問題点としては、生殖と発育に問題が起こったり、がんになったり、免疫系の障害が出るといわれている。環境中のPFASは微量であっても、長期にわたって曝露することで不可逆的な健康被害をもたらす可能性があることを、私たちは認識しなければならない」と強調した。
勉強会や水質調査活動へ
干場氏は、「まずは市民が知ることが大切だと、勉強会を始めた」とのべた。千歳市では半導体工場ラピダスが建設されたが、半導体工場では特定PFAS以外のPFASなど多くの化学物質が使用されており、洗浄のためなどで大量の水を使用すること、ラピダスの水は安平川から取水して、排水は千歳川に流すこと、などを確認した。

問題は、その千歳川の水を多くの江別市民が利用していることだ。江別市(人口約11万8000人)は水道水の水源の2分の1以上を千歳川に頼っており、千歳川から取水して上江別浄水場で水道水にしている。千歳川の水は、酪農や農業用水にも利用されている【地図参照】。
2024年9月、千歳市議会議員の相沢晶子氏を招き、「水の勉強会in江別」をおこなった。相沢氏は、4者会議(国と北海道、千歳市、ラピダス社)が開催され、ラピダスが安平川から取水し千歳川に排水することが決定されたこと、決定の経緯を明らかにしてほしいと多くの市民から声があがったため、4者会議の議事録の情報公開を請求したところ、開示されたのはほとんどが黒塗りの文書だったことを報告し、参加者から驚きの声があがった。会議の構成メンバーも黒塗りだった。
続いて2025年4月、市民バイオテクノロジー情報室の天笠啓祐氏を招き、講演会「ラピダス本格操業で私たちの暮らしはどうなる」を開催。会場には市民があふれ、国策として進められるラピダスの事業があまりにも情報が公開されないまま進んでいることへの質問があいついだ。同年12月には酪農学園大学の中谷暢丈教授を招き、諸外国にはPFASに対する規制が厳しい国がある一方で、日本の規制は緩いことを学んだ。

北海道PFAS調査隊の水質調査(2025年8月)
そうした最中の2024年7月3日、北海道がおこなった、ラピダス社が使う安平川を水源とする苫小牧地区工業用水の水質検査で、暫定目標値1㍑当たり50㌨㌘をこえる健康に有害なPFOA、PFOSが検出された。ところが工業用水を供給する北海道は、原因はわからないとし、法令に規制がないからとPFASの除去もおこなわなかった。
道の検査体制があまりにも不十分なため、市民の手で水質調査をおこなおうと住民たちが北海道PFAS調査隊を結成した。千歳川では千歳14カ所、江別5カ所、北広島2カ所、恵庭1カ所、安平川では苫小牧4カ所でおこない、調査項目は特定PFASを含めてPFAS43種類とした。8月19日に採水調査を総勢17名で実施し、成分分析は京都大学の専門家に依頼した。
干場氏はそうした活動を消費者リポートに投稿し、「最優先されるべきは命と健康です。法整備が遅れていることは問題です。半導体政策は、行政が監視できるしくみ、情報の公開が不可欠です」と訴えた。
江別市議会が全会一致で開示要求決議
干場氏は、2024年12月から2025年9月にかけて、江別市議会で「安全安心な水道水」に関連する質問をおこなった。実は江別市が、ラピダスが安平川の水を取水して千歳川に排水することを初めて知ったのは2023年7月で、それは千歳市から伝えられた。ラピダスも道も江別市議会や市民に説明をしてこなかった。
干場氏はとくに、2025年1月30日にラピダス社と北海道が締結した「ラピダス株式会社の水利用に関する協定」の内容について質問した。協定内容はA4版1枚の要旨が公表されているだけで、その詳細は今も公開されていない。
そこで同年6月、北海道に対し、同協定の情報公開請求をおこなった。ところが、住民の安全安心を確保するための協定であるにもかかわらず、出てきたのは3分の2が黒塗りの文書だった【写真参照】。要ともいえる第一条の基本的考え方が黒塗り、第二条は全部黒塗りでなんの項目かもわからず、第三条の事故等の措置も半分が黒塗りだった。

そうしたなかで江別市議会(25人)の多くの議員が、会派を問わず「江別市にとって大きな課題だ」という認識を持つようになり、同年9月18日、「ラピダスの半導体製造工場本格稼働へ向けたPFASに関する積極的な情報開示と検査体制の充実を求める意見書」が全会一致で採択された。
この意見書はまず、「千歳市に建設されるラピダス株式会社の半導体製造工場稼働にともない、PFAS等の化学物質が含まれている可能性のある工場排水が千歳川に流されることになる。(江別市の)上江別浄水場では、工場排水地点よりも下流で取水をしていることから、ラピダス株式会社の排水が千歳川に流れることは、水道水の水質に悪影響を及ぼし、市民の健康や地域の農業に深刻な被害をもたらすのではないかと、多くの市民が強い懸念を抱いている」「さらに、2025年1月に北海道とラピダスが締結した水利用に関する協定では、その内容・細目についての情報提供や公開が不十分であり、市民の不安を増大させている」としている。
続けて、「全国的にPFASの検出が相次ぐ中、熊本県では、菊陽町のTSMC工場について、TSMCの生産子会社JASMが使用するPFASの3種類を調査し公表した。熊本県知事の会見では、このPFAS3種類をモニタリング調査の対象に含め、検査し、何らかの報告をするとのことだった」とし、北海道の対応を問うている。
そして、「国において、現在暫定目標値として設定されているPFOSとPFOAの合計値で1㍑当たり50㌨㌘以下が、2026年4月から水道法の水質基準に引き上げられ、検査や基準を超えた場合の改善が自治体や水道事業者に義務づけられることとなるが、江別市においてはラピダスで使用される特定PFAS以外のPFASが公表されていない以上、同社の半導体製造工場の本格稼働に向けた対策を練ることが困難な状況だ」とし、北海道知事に「PFASに関する積極的な情報開示」と「検査態勢の充実」を強く求めるとしている。
協定の非公開については、北海道議会でもある議員が質問した。干場氏は、道の情報公開に対して不服申し立てをしている。
「特定3物質以外の問題」 相沢議員や森川純氏より
公開講座の第5回は、「半導体産業リスクをめぐる総括討論」をおこなった。
千歳市議会議員の相沢晶子氏は、「半導体工場ラピダスが千歳市に建設されることが、2023年2月に突然決定された。そのとき市民から“最近、PFASが水を汚染しているというニュースをよく聞くが、ラピダスは大丈夫なのか”と声をかけられ、調査を始めた」とのべた。
そして、「メディアの報道では、今では企業が使用することができないPFOAとPFOS(ツートップと呼ばれる)ばかりが注目されている。ラピダスが使用するPFASは、これらの規制対象PFASではない。私が一番懸念しているのは、ツートップ以外のPFAS汚染がすでに起きているということだ。今後、ほかのPFASが規制されたとき、ようやく公害が明らかになると思っている。公害は隠れているだけではないか」と指摘した。
続けて、「現状では、PFASから国民を守る法律がない。どの工場でどの化学物質を使用しているかを国は把握しているようだが、自治体は把握していないという。使用する企業すら、把握していないと逃げる。国は国民を守る気がないように見える。住民が声を上げなければ地方自治体は動かない。町を守るために、私たち住民がまず知ることが大事だと思う」とのべた。
ジャーナリストの森川純氏は、「PFASは1万種類以上あるとされるが、そのうち化審法が製造・輸入を禁止しているのは3物質だけで、それ以外の規制対象外PFASは野放し状態だ。しかし、難分解性、蓄積性、拡散性、生物濃縮などを特徴とする点では、規制対象外PFASも同じ。PFASのうちの一部が人体に有害であることがわかっており、その他はわかっていないが、わからないということ自体が問題で、規制対象外PFASは“正体不明”という不安がある」とのべた。
森川氏は昨年秋、ラピダス社を取材し、次のような回答を得た。「半導体工場で使うレジスト(感光性塗布剤)に、規制対象外のPFASが含まれている可能性が高い。そして、使用済みレジストは回収して産廃業者が適正処分(高温焼却)するが、洗浄工程などで微量のレジストが水に溶け出す可能性がある。2027年の量産化後は活性炭除去装置を使ってそれを除去するように努めるが、短鎖PFAS(分子が小さいもので、PFBSなど)は回収困難なため、きわめて微量の規制対象外PFASが千歳川に排出される可能性がある」。
つまりラピダス社は、規制対象外PFASの使用を認め、それが千歳川に流れ出す可能性があることも認めている。その規制対象外PAFSはなにかと問うと、「われわれも把握していない」と答えたという。
森川氏によれば、ラピダスはPFOSなど規制3物質は使わない、持ち込まないと明言している。そして北海道も千歳市も、千歳川や周辺でおこなう環境調査対象のPFASは規制3物質に限定している。
一方、台湾積体電路製造(TSMC)の子会社・JASMが本格操業を始めた熊本県では、県が250種類のPFASを河川や地下水でモニタリングしているという。またTSMCも、規制対象外のPFBS、PFBA、PFPeSの3種類のPFASを使うと公表している。すると量産化後の昨年2月、坪井川の下流で、JASMが使うとしていたうちの2種類の数値が上昇した。「北海道は熊本県の対応を知っているはずだ。北海道ではなぜそれができないのか。ラピダスは使用する規制対象外PFASの種類を明らかにし、道庁はモニタリングをすべきだ」と森川氏は強調している。
そして、短鎖PFASをはじめ、多くのPFASの特性は十分に解明されていない。すでに欧米では、水道水に含まれる短鎖PFBSなども規制対象になっており、PFAS規制の網を広げる動きになっている。たとえばアメリカでは、水道水のPFAS規制は、PFOSが4㌨㌘、PFOAが4㌨㌘だ。ドイツでは2026年から、20種のPFAS合計(短鎖を含む)で100㌨㌘、2028年からは4種合計で20㌨㌘と、規制対象を広げ、さらに数値を下げる規制強化を進めている。
森川氏は、「ラピダスの排水は、千歳市の下水処理場(PFAS用の処理装置はない)を経て千歳川に流され、下流の江別市で石狩川本流と合流し、石狩湾に注ぐ。“極めて微量”といっても、正体不明の規制対象外PFASを含む千歳川の水は、その間に1市2町(江別市、南幌町、長沼町)の水道水に使われ、農業用水にも使われ、石狩湾の魚介類が取り込む可能性がある。魚介類は生物濃縮をするため、より高濃度で蓄積される。徹底した排出抑制をし(可能ならPFAS不使用)、北海道庁が熊本県なみの幅広いモニタリングをすべきだ」とのべている。
最後に、公開講座の講師を務めた半導体研究会代表の藤原寿和氏に、本紙からの質問に答えてもらった。
熊本県や台湾では 藤原寿和氏に聞く
Q 半導体製造工場やAIのためのデータセンターは、大量の水と電力を使用して地域の住民生活を脅かすため、世界各地で建設反対の住民運動が起こっている。それに加えてPFAS垂れ流しの問題が浮上しているが、台湾や熊本県ではどうなっているか?
A TSMCの本社工場は台湾の新竹市にあるが、工場が大量の水を消費するため、周辺が水不足に陥り、農地の灌漑用水がストップしたりしている。熊本県のJASMでも、すでに大量の地下水を汲み上げているため、地下水賦存量(地下水の総量)が減っているようだ。JASMはリサイクルして地下水を涵養するといっているが、その効果は定かではない。これに対して熊本では5つぐらいの住民組織ができて、反対運動をおこなっている。なかでも熊本の環境を考える会は、活発に活動している。
熊本の環境を考える会は昨年3月に台湾で視察調査をおこない、台湾の環境団体や清華大学などの専門家と情報交換をおこなっている。JASMは現在、3㌨㍍の半導体をつくる第2工場の建設を始めている。これについても熊本の環境を考える会は、JASM代表取締役社長に宛てて、「3ナノウェハーの製造のために、地下水や電力の使用量が飛躍的に増大すると考えられるが、それはどこから調達するのか」「規制外PFASはなにが使用されるか」などを尋ねる公開質問状を出した。
Q 日本はPFASの規制が欧米に比べて緩いと問題になっている。
A 内閣府の食品安全委員会が、水道水基準値の1㍑当たり50㌨㌘を決める委員会で、科学的な根拠となる論文の意図的な操作をおこなったことが明らかになっている。食品安全委員会・PFASワーキンググループの非公開会合で、CERI(化学物質評価研究機構)が選定した257論文の大半を捨て、理由を示さないままPFAS製造企業が資金提供した論文などに差し替え、「腎臓がんや出生体重の低下などの健康影響は認められない」という結論を導き出している。昨年3月、高木基金PFASプロジェクトの研究者たちが記者会見を開いて明らかにした。
Q 高市政権はAI・半導体を成長戦略の目玉の一つとして推進しているが、それで住民の健康や生命が脅かされるのでは本末転倒だ。しかし、ラピダスで日本の半導体復活はできるのか。
A ラピダスは失敗するだろうと、問題点をあげて指摘する専門家は少なくない。2ナノ半導体はTSMCやサムスン電子、インテルなども手掛けており、先手争いが激烈化してくると思う。そうなると資金面でまだ多額のコストがかかる2ナノの量産体制にラピダスが進むことができるか不安材料があるし、2ナノ半導体が市場にダブついてくると安定した販路の確保が困難になるのではと思われる。その他に、半導体製造に欠かせないレアアースが、日中間の政治摩擦によって中国から日本への供給が削減されると、生産に多大な影響をもたらすので、この面からも日本の半導体産業の復活はかなり難しいのではないかと思う。




















