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ついに市職員が教授に就任 教員大量流出の下関市立大学 3年で半数が去る異常

 全国の大学関係者のなかで、ここ数年は「日本で一番崩壊している大学」と評されるようになっている下関市立大学では、市長や政治家、市幹部職員OBの介入による恣意的な人事や独裁的な大学運営に愛想を尽かせて、毎年のように教員が大量流出してきた。今年3月末にも同大学を支えてきたベテランたちを含む教員8人が去り、この3年間で合わせて25人(定年退職者を含む)がやめ、その数は50数人の教員集団の半数にものぼっている。「大学間競争にうち勝つための大学改革が必要だ。そのために“カレッジ(単科大学)からユニバーシティ(総合大学)に持って行きたい」といって、人事も教育内容も理事会で決定できるように定款を変更し、教員らがもの言えぬ体制をつくった結果、わずか3年で教員の半数が逃散していく事態となっている。本紙ではくり返し市立大学の実情について伝えてきたが、新年度の人事を巡ってまたまた物議を醸す事態が起こっていることから、その実態を記者たちで描いてみた。

 

  ここ数年は教員が次々と他大学に転出していく流れに歯止めがかからず、今年も3月末で8人(うち2人は定年退職)の教員がやめた。一部の定年退職者を除いて多くの教員が大学運営に嫌気がさして、逃げるように次の勤務先へ転出している。教員に対する恫喝や処分がくり返され、「もうやってらんない…」というのが本音だろう。「今のご時世に次の勤務先がすぐに決まるのは、市大には優秀な教員が多かったという証左だ」という声もあるが、多くが前途ある比較的若い教員か、長年、市立大学で研究と教育に従事してきたベテラン教員だ。屋台骨を支えてきたといっても過言でない教員も含まれている。

 

 一方で新規採用者は10人と発表された。うち4人は数学やデータサイエンス、経済学を専門とする教員で、山口大学大学院や帝京大学、防衛省海上自衛隊小月教育航空隊などから赴任した。そして残り六人が一年契約の「特命教授」「特別招聘教授」だ。驚くのは3月末まで事務局長で副学長も兼務していた砂原雅夫氏(市役所OB)が公共マネジメント学科の特命教授となっていることだ。また3月まで学長だった川波洋一氏が、学長ポストを追われて姿を消すのかと思いきや、大学院の特別招聘教授となった。お役御免と思われたところ、しっかりと下関市立大学のなかにポストを得ている。

 

 その他、九州大学の年配の関係者が3人と、クジラ研究者の市役所職員が早期退職して特命教授となっている。砂原と合わせると市役所職員が2人も大学教員デビューを果たしたことになる。これには、いったい何を学生たちに教えるというのだろうか? と市役所内部でも大半の人が疑問視している状態だ。「砂原さんは退職後も何年も年収1000万円以上の事務局長ポストにしがみついてきて、今度は特命教授として給料をもらうなんてずるい」という市職員だっている。「砂原教授」という響きにみんなが「はぁ?」と反応している。

 

 B 3月末で市大を去った教員のうち3人は周南公立大学(旧徳山大学)へと移っていった。周南公立大学は、この4月から周南市が設置者となり公立大学へと移行した。元々が私立の徳山大学だ。周南公立大学は、学費の値下げなど「公立ブランド」で、昨年は志願者が1・04倍だったものが、今年は11倍の13・47倍となった。大学が大きく変わった場合、初年度は「ご祝儀入学」があるとはよくいわれるものの、県内に市が設置した公立大学が2校となったことで大学間競争も激しくなると見られている。3人の転出は、まるで人材が引っこ抜かれたような光景にも見える。

 

 A 下関市立大学の2022年度の新体制を見てみると、理事長として市幹部職員OBの山村重彰氏(江島市長時代の副市長)、学長(副理事長)が韓昌完氏(前田市長が2019年に規程などを飛びこえて採用)、副学長が教授の杉浦勝章氏、そして事務局長が吉鹿雅彦氏(元市役所総務部長)となった。大きな変化は、韓氏が副学長から学長になり、川波氏が大学院に招聘教授として引き続き在籍することと、事務局長だった砂原氏が公共マネジメント学科の特命教授となったことだ。

 

  砂原氏は2016年3月に市役所を退職し、1年間は「天下り待機室」と呼ばれた退職OBたちの特別室にいた。2017年4月から下関市立大学の事務局長となり、2020年度からは新たに設けられた副学長ポストを兼務してきた。下関市立大学の事務局長ポストといえば、役所の天下りポストとしては水道局長などと並んで厚遇ポストになるわけだが、そこで5年間収入が保証されてきた関係だ。今後は「特命教授」として残るようで、年俸制の1年契約の教員で、年収約600万円といわれている。他の市退職者たちの嘱託としての給料に比べると、はるかに恵まれているといえる。

 

  昨年7月、韓昌完(ハン・チャンワン)氏が次期学長に選任されることが明らかになったさい、市役所界隈では「砂原事務局長が次期理事長ポストを狙っているのではないか」と話題になっていた。前田市長及び安倍派の面々が崇め奉るように連れてきた教授の採用をやってのけ、就任早々に理事に就任させ、副学長ポストをはじめとした権限を集中させ、定款変更については議会の承認をとり付けるために貢献したのが砂原氏で、市立大学改革の最大の功労者(執行部から見た)は「砂原以外にいない」からだ。

 

山口県労働委員会の命令に従い、大学側が2月の10日間校内掲示板に貼りだした文書

  ところが今年1月末に山口県労働委員会が、大学が設置した理事会規程など3つの規程について、大学の教員組合とのあいだでの「不当労働行為」と認定し、法人側に対して組合との団体交渉を誠実におこなうことなどを求めた。この3年間、「大学の自治」などあってないような恣意的人事などが公然とおこなわれてきたが、第三者の行政機関である労働委員会が、大学法人側を問題視する認定を下した。これは大学執行部側にとって「誤算」だったのかも知れない。

 

 砂原氏が事務局長や副学長をやめたのも、今回の労働委員会の認定に対する「詰め腹を切らされた」という見方もある。大学の関係者は「この2、3年で経験のある優秀な教員が、他大学に引っぱられて活躍されている。教員を次々やめさせたあげくに市役所OBの自分が教授になるとはめちゃくちゃだ。前田市長は“総合大学化”を公約に掲げてきたが、教員がいなくなっている実態を知っているのだろうか」と首を傾げていた。教員がいなくなるなら、自分たち(市職員)が教授になってしまえ! をやっているようにも見えて、この先、本当に下関市立大学は大丈夫なのか? と思われている。

 

公募審査も会議もなし 強まるトップダウン

 

  「学問の自由」「大学の自治」といわれるが、それは公平で客観的な人事方法にあらわれてきた。学長の判断で人事が決まること自体、学術的世界の常識とかけ離れているが、規程変更でそれさえも可能になった。また月に一度、定期的に開かれていた教授会も昨年度からまったく開かれなくなり、カリキュラムなど教育内容を論議する場に教員が関われないシステムがつくられており、大学内の情報が共有されない。これが大学関係者たちの認識形成を非常に困難にしている。

 

 また大学で教員採用するさいは公募が基本で、その人物の経歴や論文などについて教授会で審査し、意見聴取をするのが本来であればあたりまえだ。ところが市立大学の場合は、4月に入っても、新たに採用された人物が、どんな研究や業績を残してきたのか教員たちは何も知らない。通常、大学でカリキュラムがかわる場合は、学科会議や教務委員会で検討され教授会で報告されるが、市立大学では担当教員に対して昨年夏ごろに事後報告されただけだ。まるで教員はコマ扱いみたいになっている。トップダウンで物事が決められるように定款変更や規程変更がやられてきた結果、命令する側と命令されるコマみたいな関係となり、教員たちの創造性や能動性を発揮して文殊の知恵で大学を作り上げていくという風土が失われてしまった。定款変更や規程変更がもたらした権力一極集中の結果、必然的にそのようになっている。

 

 全国の大学関係者に下関市立大学の現状について意見を求めてみると、「文科省でさえ“大学の三つのポリシー”といって、“ディプロマ・ポリシー”“カリキュラム・ポリシー”“アドミッション・ポリシー”の三つの方針を明確にして大学運営をおこなえといっている。大学の方向性について教員はじめ全体で共有して進むということで、ある意味大学としてあたりまえのことだ。“大学の自治”の根底をなすものだ。市立大学の話を聞くと、“大学の自治”以前の問題であり、もう大学ではない」という意見もあった。

 

  そうしたなかで下関市は新学部設置に向けて予算を発表した。「データサイエンス学部」(2024年度設置)、「看護学部」(2025年度設置)のデータサイエンス棟建設経費と看護棟建設経費として、単年度で1億6920万円を計上しており、校舎建設に係る調査や設計業務委託などに予算を充てるとしている。2023、2024年度に本格的な建設が始まる予定だ。

 

 しかし、果たして前田晋太郎の願望通りに総合大学化とやらは動くのかだ。先ほどから指摘しているように、これまで市立大学を支えてきた教員が次々と流出するなかで、十分な教員の補充はなされていない。ポスドク問題も深刻なご時世なのに、あの小さな大学から3年で半数の教員が逃げていくというのは異常極まりない事態だ。はっきりいって、経済の単科大学としても大丈夫なのか? と心配されている有り様だ。特命教授はゼミは担当しないため、一人の教員が担当するゼミ定員がさらに増えると見られる。この2年間はコロナ禍でオンライン授業であったため、教員不足の実態は明るみになっていないが、対面授業が完全に再開されたときにどうなるのか、全体像が見えないなかで教員も心配している。

 

  これまで教員が足りない場合、退職教員にも幾つかコマを持ってもらったりもしていたが、この数年で退職した教員のなかには、すべての関係を断ち切って完全退職する人も少なくない。「もう関わりたくない」という感情があるのだろう。困っている大学を支えてやろうという気持ちにすらならないというのは考えさせられるものがある。ゼミについていえば、これまでも他大学に比べて下関市立大学の教員が受け持つ学生数は多い(教員数がそもそも少ないため)のが特徴だったが、こんなにやめていく教員が多くては、学生たちも卒業までに継続した学びができないことも心配されている。ただでさえ教員が少ないのに、そんな大学を支えてきた教員がさらに去って行き、苦肉の策で「特命教授」なる者をたくさん雇っているようなのだ。しまいには市退職者のただの公務員が「教授」を拝命する事態にまで行き着いている。それで果たして学問レベルが担保されるのかは疑問だ。

 

 C 総合大学化は前田晋太郎の公約で、目下、その開設を目指して市役所としては力を入れている。この春も市立大学の事務局に3人の職員が本庁から配置され、もともと同大学事務についてもベテラン組というから、あまりの崩壊っぷりに体制立て直しの力も加わっているのかも知れない。新しく事務局長ポストについた吉鹿氏(元市総務部長)については、「火中の栗を拾うようなもの…。よく引き受けたよな」と役所内でも驚きの声があったり、「今井さん(吉鹿氏の前の総務部長)なら蹴っているだろうな」とか反応はさまざまだ。この間、山村理事長と砂原事務局長との不和が生じていたり、それこそ教員の大量逃散が起きていたりするなかで、経済の単科大学どころか総合大学化を進めるというのだから大変な役回りであることは疑いない。同大学の運営について役所側で所管だった総務部長の新事務局長就任で、事態はどうなっていくのかは注目されている。

 

 A ただ総合大学化といっても、現状ではデータサイエンス学部と看護学部くらいなわけだが、この教員確保が大きな難関のようだ。データサイエンスはいま持て囃されている分野で、全国的にも研究者の引っ張り合いがすごいという。年収3000万円くらい支払わないと来ないのではないか? という指摘もあるほどだ。福岡の大学ではベネッセの通信教育でデータサイエンス部門を補っている例もある。そのなかで下関市立大学にわざわざ優秀な教授が来てくれるのか? だ。また、来てくれたとして下関市立大学の悪弊というか、経営側の恫喝や制裁体質に付き合ってくれるというのだろうか? という疑問もある。

 

 B 総合大学化を否定するつもりなどないが、いずれにしてもまずは大学運営の体質を変えることが先なのではないか。現状でも3年で半数の教員がやめていくほど荒れているのに、規模をでかくして果たして管理しきれるのかだ。それよりも、大学として安定した状態をとり戻す事の方が課題として急がれるように思う。その桎梏になっているのは市長や役所OB介在によるトップダウン型の運営であり、教員をことのほか抑え込んでいる状態だろう。大学運営の問題点について異なる意見をのべたりすると裁判に訴えられたり、市議会議員に実態を訴えたりすると情報漏洩といって懲戒処分を受けたり、幾人もの教員が経験してきた。嫌気がさして三行半を突きつける気持ちもわかる。こうした現状や体質そのままに規模拡大といっても、それは無理があるというのが客観的に見た姿だろう。

 

  教員が足りないなら市役所退職者が「教授」をやってしまえ、というような大学に果たして行きたいと思うだろうか。というか、市退職者の天下りポストを年収1000万円ごえの理事長や事務局長だけでなく、ちゃっかり「特命教授」にまで広げたわけで、どれだけ厚かましいのだろうかと思う。「それはおこがましいので引き受けられない」と断るのが普通だろうが、一線をこえているように思えてならない。およそ学術探究とは真反対の世界がそこにはある。大学をいったいなんだと思っているのかだ。

 

  下関市立大学は江島が市長だった頃も、中尾が市長だった頃も市長界隈の私物化がいつも問題視されてきたが、前田晋太郎が市長になったもとで、とりわけ恣意的な教員採用がやられて以後に混乱に拍車がかかっているように思う。この3年で半数の教員がやめていったのも、引き金はそこだった。現状の混乱の責任の一端は前田晋太郎にある。

 

  歴史的にも「変な教員がいる」「教員がけしからん」といって散々教員叩きをやってきたが、終いには役所退職者自身が教員になってしまうという笑えない事態であろう。それこそ世間的には「変な教員がいる」になってもおかしくないだけに心配している。一般的にはどうして市職員だった人間が教授なの?という素朴な疑問は生じるわけで、下関市民に対しても丁寧な説明が必要であろう。六月議会あたりで本池涼子の一般質問としてとりあげてもよいかもしれない。どう教授としてふさわしいと認識しているのか、学術的にどのような実績があるというのか、大学としての公式見解を聞いてみたいものだ。

 

 A 勤労青年の学びの場として開設された下関市立大学だが、昔のような教員たちの結束や熱気が影を潜め、物言えば唇寒しで元気を失っているのが一番の心配点だ。大学に王様と奴隷みたいな主従関係が持ち込まれているような光景で、支えていたみんなが逃げていく。「大学改革」なるものも足がからまってしまい、全国的にも悪い意味で注目される大学になってしまった。崩壊した状況を立て直すためにすべきは、まず教員と経営側の信頼関係を築くことだろうが、理事会がなんでもかんでも独善的に決めていく体制を改めることだろう。現場の教員の創意性ややる気に依拠しなければ展望はないのではないか。市議会が可決した定款変更を機に今日の混乱がもたらされているわけで、是正しなければいつまでも落ち着きなどとり戻せないように思う。

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