いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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連載 安倍2代を振り返る ~国民の幸せのためにどのような貢献をしたのか~(1)

 本紙記者を含む下関市内の各界有志で構成する調査チームはこれまでに、下関市長の後援者が下関市立大学に損害を与えながらその弁償について真相が曖昧にされていた「下関市立大学トイレ改修問題」や、下関市議会の議長・副議長が夜な夜な飲み会帰りに公用タクシーチケットを使い放題だった「下関市議会議長・副議長の公用タクシーチケット問題」など、下関の街で起こる不正や疑義について調査し、あるいは情報を持ち寄って整理し、市民の皆様に問題を提起してきた。今回、地元選出の代議士として君臨してきた安倍晋太郎、安倍晋三親子が二代にわたって何をしてきたか、当時を知る人たちの証言も含めて振り返ってみた。副題にあるように、彼らは衆議院議員として国民の幸せのためにどのような貢献をしたのかを検証したい。

 

Ⅰ はじめに

 

 総理大臣をはじめ政治家や官僚は公権力を行使するが、公権力は国民を幸せにするために国民から与えられたものである。従って、公権力は国民の幸せ実現のために行使すべきものであって、総理大臣等が自分たちの利益のために使うことは絶対に許されない。

 

 また、公金や公有財産は、国民の税金など国民のお金であり、財産である。公金等の使い道や使い方は政治家や官僚に委ねられているが、国民の幸せのために使うべきであって、決して政治家たちが自分たちのために使ってはならない。国民に対して、公正、公平に使わなければならない。そして、公金を使ったときはどのように使ったかという説明、いわゆる国民に対する説明責任を果たさなければならない。

 

 これが国、地方公共団体を問わず政治、行政の大原則である。政治家や官僚が絶対に守らなければならない基本中の基本である。

 

 権力が強い人ほどこの原則を厳格に遵守することが求められる。この原則を守ることを最も求められるのは最高権力者である総理大臣である。万一、総理大臣が公権力や公金等を自分や自分の支持者、取り巻きのために使う、そして国民に対する説明責任を何一つ果たさないというようなことがあれば、国民の政治不信は増すばかりで、やがては国の破滅である。民主主義国家は成り立たない。

 

 過去これまでに、公権力等を国民のために適正に使わず、自己の利益のために使った政治家は多くいる。いわゆる大物政治家といわれる人たちでは、田中角栄元首相は数々の金脈事件で辞任し、結局、ロッキード事件で逮捕された。竹下登元首相はリクルート事件で引責辞任した。金丸信元幹事長も東京佐川事件、日債銀事件等多くの疑惑事件の常連だったが、結局、逮捕され失脚した。その他多くの政治家、官僚が不正をおこない失脚している。

 

 下関市を選挙地盤としている安倍晋三前首相は、二度にわたる総理大臣就任で、最長の総理大臣となった。最近では三度目の総理就任か、とも一部でいわれている状況である。安倍氏はどのような政治家であり、どのような総理大臣であったのか。安倍氏は先述の原則に照らしてみて、国民にとって良い総理大臣であったのかを考えてみたい。

 

 安倍総理の下での最近の「モリ、カケ、桜、黒川、河井」事件等をみても、公権力や公金等を総理自身あるいは自分の支援者たちのために使ったと疑われる事件が多く、使い方が正しかったのか大きな疑惑が残ったままになっている。国民に対する説明責任もまったく果たしていない。責任も「あるある」いいながら何一つとっていない。

 

 安倍氏はかつて官房副長官時代にテレビで、田中角栄元首相とその長女である田中眞紀子元外相に対して「地元に利益を与えるという原型を作ったのは田中元首相だといわれている。その名声の上に眞紀子さんの現在がある。父親の田中角栄元首相をどう思っているのかを眞紀子さんはいうべきだ」と痛烈に批判している。

 

 安倍氏は「地元下関への利益誘導は、してはいけないのでしなかった。しかし、自分や支持者への利益誘導は、しても良いと考えていたので『モリ、カケ、桜』などでは自分や支持者への利益誘導をした」というのだろうか。

 

 また、安倍氏はリクルート事件等を起こしながら(関与しながら)説明しなかった父親安倍晋太郎元幹事長のことを、どう思っているのだろうか。田中眞紀子氏に父親のことを説明すべきだといった本人が、ほおかぶりして説明しようとしないでは世間の嘲笑をかうことになろう。ぜひ説明を聞きたいものである。

 

 安倍首相は国会で、民主党政権時の政治、行政をあれほど厳しく批判しておきながら、みずからの不祥事、疑惑、疑問に対しては、質問しても肝心な点は何一つ答えようとしなかった。ようやく答えたかと思えば、虚偽答弁ばかりという状況である。「森友学園問題では139回」「桜を見る会問題では118回」。これが安倍首相の虚偽国会答弁の回数である。国権の最高機関である国会での虚偽答弁である。引責辞任に値する虚偽答弁回数である。

 

 安倍氏の一連の言動を見てみると、他人に対しては非常に厳しいが、自分に対しては極めて甘いということがよくわかる。

 

 森友学園問題では、近畿財務局の赤木さんが亡くなられた。国家公務員は全国民のために公正に働くということを信条に、誇りをもって働いてきた赤木さんが、犯罪行為に等しい公文書の改ざんを命じられ、それに抗議したが受け入れられなかったことを苦にしての死去である。その一方で、不正を命じた者や改ざん命令に加担して不正行為をおこなった人たちは、みんな出世している。遺族が真相を究明しようとすると、国家権力で隠蔽し、真相究明を阻止しようとする。こんな理不尽なことがあろうか。

 

 一国民としても絶対に許してはならないという気持ちだが、赤木さんとそのご遺族の無念の心中を思うと断腸の思いである。真面目に正義を貫こうとした人が亡くなり、不正をおこなった人たちが出世する、日本はどうしてこのような国になってしまったのか。このようなおかしな国にしたのは誰の責任なのか。

 

 多くの国民は安倍政権下で日本の政治、行政、社会、文化、人間性等すべてがおかしくなってきたと感じている。下関市民としては、「森友学園問題」では上記のように国民のために真面目に職務に精励された赤木さんが亡くなられたこと、「桜を見る会」では下関市民が優遇され、結果的に不公平な出席をしていたこと、これらのことから故赤木さんとそのご遺族の方々をはじめ全国各地の皆さんに対して、恥ずかしい気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 

 確かに下関市においては、政治、経済、社会等すべての分野において長年にわたって安倍氏の独裁、支配状態が続いている。安倍氏に背いたり批判したために痛めつけられ、不利益を被った政治家、企業、個人は多くいる。従って、今日では残念ながら下関市で安倍氏を批判したり、反安倍を公言する人はほとんど見かけないという状況である。

 

 ただ、下関市民も権力盲従者ばかりではない。表立って安倍批判はしないでも「安倍氏はおかしい。特にこの数年の公権力と公金の使い方、公私混同は目に余る。国民、市民に対して誠意ある謝罪はしていないし、反省もない。責任もとらない」と怒っている市民は多い。正義感を失っていない下関市民は多い。特に、高齢の方たちの間では、批判の声が渦巻いているようである。

 

 このような市民の方々から、下関市民の良識を示すためにも、安倍晋太郎氏の時代からこれまでどのような違法的あるいは不公正な公権力の行使と公金の使用があったのか、それらをまとめて総括すべきだという提案があり、関連する資料や証言、意見が多数寄せられた。そのなかにはこれまでまったく報じられたことのない、しかも限られた関係者しか知らない貴重な証言や意見もあった。ただ、ここでは事実関係が確認できている事件等のみをまとめた。

 

 未確認の事件や問題は、今後、事実関係を確認していきたいと考えている。

 

Ⅱ 安倍衆院議員の誕生及び安倍氏の関係した事件等について

 

 

(1) 安倍晋太郎、安倍晋三衆院議員の誕生

 

 下関市における安倍衆院議員の初当選から現在までの経過を見ると、安倍議員の始まりは昭和33年5月22日投票の衆院選に山口1区(中選挙区、定数4名)に安倍晋太郎氏が出馬し、初当選したことから始まる。

 

 その前の衆院選(昭和30年2月27日投票)では、今澄勇、周東英雄、田中龍夫、細迫兼光が当選し、次点が吉武恵市であった。その後、吉武が参院選に回り、妻・洋子氏の父親である岸信介元首相のテコ入れもあって安倍晋太郎が衆院選出馬となったようである。

 

 その後、3回目の衆院選(昭和38年11月21日投票)で落選(次点)したが、次の衆院選で返り咲き、以後、平成2年2月18日投票の衆院選まで9回連続当選している(通算11期)。この間、内閣にあっては農相、官房長官、通産相、外相等を、自民党では政調会長、総務会長、幹事長等を歴任した。総理大臣を期待されたが平成3年5月15日、67歳で死去。

 

 その後継として二男の安倍晋三氏が平成5年7月18日投票の衆院選に出馬し当選。その後平成29年10月22日投票の衆院選まで連続9回当選している。

 

(2) 安倍2代が関係した事件等について

 

①リクルート事件

 

 リクルート事件は、求人情報誌規制問題などに関し、(株)リクルートが有利な取り計らいをしてもらおうと、昭和61年9月頃、政財官界に値上がり確実な関連5社の未公開株76万株を79人にばらまいたことから始まった。東京地検は「これは賄賂である」と認定し捜査に着手した。

 

 安倍晋太郎幹事長は1万7000株を安倍幹事長の秘書である清水秘書名義で取得。その後、この売却益は3700万円とされている。10月には清水秘書がリクルートの江副社長から、安倍幹事長の政治活動に関する寄付として、小切手50通、計5000万円を受けとっていたことも判明した。

 

 リクルート事件はマスコミでも連日大きくとりあげられ、リクルート疑惑の追及が国会でも本格化するなかで、平成元年3月にはNTTの真藤前会長や労働省の加藤元事務次官ら12人が逮捕された。

 

 平成元年4月にはリクルートから安倍夫人へ「顧問料」の名目で、昭和63年8月までの2年7カ月間にわたって、月30万円、合計約900万円が支払われ、これを受けとっていたことが判明した。このことについて安倍幹事長は「自分も妻も知らなかったこと」と弁明した。しかし、2年7カ月という長期にわたり、しかも900万円という大金を受けとっていたのに知らなかったということで、国民は納得するだろうか。知らなかったというのなら、そのお金はどう処理していたのだろうか。秘書が詐取していたのなら窃盗である。自分は知らなかったで済まされる問題ではない。

 

 また、安倍幹事長の二男で秘書の晋三氏が夫人とともに住んでいた東京都千代田区麹の超高級マンションはリクルートコスモス社の所有であった。昭和62年の秋ごろから住んでいたが、リクルート疑惑発覚直後にあわてるように退去。安倍幹事長側は「賃貸契約を結んで家賃も払っており問題はない」というが、それならなぜリクルート疑惑発覚直後に、あわてて引っ越したのかと多くの人が疑問を感じた。

 

 政治家は不祥事がばれるたびに「自分は知らなかった。秘書が--」と秘書の責任にしてしまうことに対して、平成元年3月14日のA紙の社説は「『秘書が--』はもう通らない」と題して次のように説いている。

 

 「秘書は政治家の分身であり、ふだんの政治家の金銭に対する緩んだ感覚がそこに反映しているのではないか。政治家と秘書は一心同体である。『秘書が--』は言い訳にならない」。

 

 さらに、同年4月18日の社説では、リクルート疑惑を解明して国民に説明すべきなのに、それをしようとしない自民党と、自身がリクルートから大金をもらいながら説明しない安倍幹事長に対し、「安倍幹事長に問う」と題して次のように説いている。

 

 「安倍幹事長は竹下首相との会談で、中曽根前首相の証人喚問は拒否し、自身のリクルート疑惑についても実態を公表しないことを確認した。これでは解明に真剣に取り組んでいるとはいえない。リクルート社の献金額などを公表しない理由として、自ら決めた『党見解』をあげた。この見解事態がおかしい。

 リクルートの献金について国会で説明した竹下首相の場合は、政治資金規正法の抜け穴を利用していたとの疑いが強まった。覆い隠そうとする安倍氏については、さらに疑惑が深まる。首相は国会で説明するが、幹事長は説明しないでよいという理由も説得力を欠く。

 リクルート疑惑について国民がやりきれない思いをしているのは、政治家が一企業のいいなりにカネをもらっていたことである。安倍氏もその過ちをおかした。
 安倍幹事長は江副前会長とは『長い付き合いがある』という。竹下氏と同様自民党総裁選に臨んだ。この総裁選をめぐって多額のカネが動いた。安倍氏もリクルート社から多額の献金があったことは基本的に認めている。
 安倍氏周辺には多額の未公開株も譲渡された。しかも最近になって、リクルート社が『顧問料』の名目で夫人に昨年8月まで2年7カ月にわたって毎月30万円、計900万円を支払っていたことが明るみに出た。この顧問料について『私も家内も知らなかった。秘書がしたこと』と弁明した。またしても『秘書が』である。この顧問料の性格や使途については、はっきりしない点が多い。『秘書がしたこと』ですませていいものではない。
 リクルート疑惑の特色の一つは、一企業が中曽根政権の中枢とその後継を狙うニューリーダーに株のバラマキや政治献金の攻勢をかけた点にある。その総汚染の中心に総裁と幹事長が名を連ねているということは尋常なことではない。
 安倍幹事長は『竹下後』の政権をねらう一人とみられてきたが、現在のような態度をとり続けるのであれば、今後、政治指導者の地位にある資格はないだろう。
 かって安倍氏はリクルート疑惑について『政治家は町を歩けないというが、そんなことはない。私は堂々と歩いている。恥ずかしいことでもないし、法律違反でもない』と断言した。リクルート疑惑の展開はこのような感覚が誤っていることを示した。いまもなお、そう考えているのだろうか」

 

 平成元年5月10日付で、大手通信社の政治部記者から安倍幹事長の秘書となっていた清水秘書が安倍事務所を退職。5月29日、東京地検特捜部は政治資金規正法違反として清水秘書を略式起訴し、罰金20万円を命じた。

 

 清水秘書は、政治資金規正法では同一の者に対する寄付は年間150万円をこえてはならないと定められているにもかかわらず、昭和62年10月8日ごろ、リクルート本社で、安倍幹事長の政治活動に関する寄付として5000万円を受けとった。清水秘書は起訴事実を認め、罰金を納めた。

 

 なお、疑惑の核心となったリクルートコスモス株譲渡は、株譲渡である以上、たとえ値上がり確実なものだったとしても、「政治資金」として金銭を入手する時期が確定しない事などから、政治資金規正法の対象にはならないと結論づけた。

 

 安倍氏はリクルート疑惑でこれほど多くの疑惑を抱え、その説明を求められながら、何一つ説明しようとしなかった。竹下首相は首相退陣で責任をとった形だが、安倍氏の疑惑はまったく解明されないままで、結局、秘書の責任というトカゲのしっぽ切りでヤミから闇へ葬られた。

 

②2万円で10万円旅行事件

 

 平成元年5月、リクルート事件で政治とカネの問題が大きくとりあげられ、安倍幹事長に対する批判があいついでいるなかで、下関の安倍事務所は、後援会婦人部の地区会長など20人が参加する2泊3日の東京旅行を実施した。この旅行は当初、婦人の後援団体役員を引退した人たち約80人を対象に大規模な接待ツアーを計画していたが、ほとんどの人が高齢のため辞退され、20人となったものである。

 

 接待ツアーは23日から25日にかけておこなわれ、往復新幹線。宿泊は最低で1泊2万円はする都内の一流ホテル。観光バスでの都内観光やNHK大河ドラマ「春日局」のセット見学、安倍氏私邸訪問、帝国劇場で食事付きの観劇などで、旅行費用は1人約10万円かかったようである。

 

 問題となるのは、旅行費用の負担の問題である。

 

 安倍事務所は当初「原則的に自己負担」とあいまいに答えていたが、その後「あとで精算してもらうつもりで、立て替え払いしていた」といい、一行が下関に帰ってきた25日の時点では、交通費しか受けとっていないことを認めた。

 

 安倍事務所の説明は市民が納得できる説明にはなっていない。

 

 安倍事務所は参加者の費用負担額について「原則的に自己負担」というが、金額を示さないといけない時に「原則的に」という言葉を入れるのは、詐欺行為をおこなうとき、あるいは先々の展開に備えてごまかそうとするときである。そのようなとき以外は用いないことばである。この件では次々と事実がバレている。これからも事実がバレることを想定して、その時に言い訳しやすいように「原則的に」といったとしか思えない。事実関係は一つである。その事実関係を曖昧に答えるというのは、やましい点があり、それをごまかそうとするからである。やましい点がないというのなら、最初から事実を堂々と説明すればよい。政治関係者や役人が「原則的に」とか「総合的に」という時は、だいたいごまかすためである。

 

 そもそも人を旅行に誘うとき、旅行日程と費用負担額を示さないで誘うことはあり得ない。旅行後にいくら請求されるか分からないような旅行に行こうという人は、まずいないはずである。日程と費用は、旅行に行くか行かないかを決める二大要件である。

 

 この旅行では自己費用負担額を明確に示していない。ということは、費用負担額は無いという何よりの証拠である。「あとで精算してもらう予定だった」という説明だが、これも真相がバレてからの後付けの理由、言い訳にしか聞こえない。

 

 このようにみてくると、事実は「交通費(金額は不明)だけの負担で10万円旅行」ということではないか。この旅行問題で最重要なことは、「これは公職選挙法違反。即ち同法で禁止されている有権者への寄付にあたる」ということである。また、この旅行は買収行為にあたるのではないかと見られている。本件について評論家立花隆氏は当時、次のように述べている。

 

 「これは形を変えた明白な買収だ。安倍幹事長のところだけではなく、これに類したことはあちこちで行われている。しかし、普通はせいぜい5000円会費で温泉旅行に連れて行ってもらったという程度で、これほどスケールが大きいものは聞いたことがない。こういうばかげたことに大金を使うから、政治資金はいくらあっても足りないということになり、政治家は危ない金に手を出すようになる。リクルート事件を生む土壌はこんなところにある」

 

③パチンコ御殿

 

 平成元年12月1日号の写真週刊誌フォーカスで「元幹事長の『パチンコ御殿』」「弱り目に祟り目『安倍晋太郎を襲う新たな“疑惑”』」という記事が報じられるという宣伝があった。多くの市民が興味をもってフォーカスを買おうと思っていたが、通常2~3日前に書店等の店頭に並ぶのが常だが、12月1日になっても下関市内の書店等の店頭には1冊も出なかった。市民の目に触れないよう安倍事務所が買い占めたのだろうと噂された。

 

 安倍事務所から、入荷したら全冊買うからといわれたと証言する書店主もいた。

 

 フォーカス記事の主な内容は、次のようなものであった。

 

東大和町の安倍事務所

 安倍邸は、市内の閑静な住宅地にあり、約600坪の敷地に立つコンクリート2階建。この立派な屋敷は、福岡市や下関市に六店のパチンコ店を経営する七洋物産(社長・吉本章治氏)の子会社(東洋エンタープライズ)から下関市内の建坪約70坪の事務所とともに借りている。

 

 この自宅と事務所の家賃が「両方合わせて月額20万円~30万円」というので、安倍氏とパチンコ業界との“密着”ぶりが注目されることになった。市内の不動産業者の話では「下関市でも、事務所の家賃は坪1万円が相場。住宅の借家だと敷地60坪で7~8万円というところ。敷地600坪なら70~80万円する」というのだから「タダ同然」といわれても仕方ない。

 

 安倍事務所の地元責任者は「自宅は9年前から借りていて、家賃は据え置きだが安いとは思わない。庭の管理や家の修繕費など全額こちらで負担しているし、事務所も元元倉庫だったものをうちで改造して使っているので普通の事務所の家賃と同じに考えてもらっては困る」

 

 この説明で、市内の閑静な住宅街に立つ600坪の邸宅を月額20万円そこらで借りていることに納得できるだろうか。特別な関係があるからこそ、市中相場より格別に安く借りられたはずだ。

 

 安倍晋太郎氏と七洋物産社長の吉本章治氏との20年にわたる親密な関係は、安倍晋太郎氏が七洋物産創業者の帰化に尽力したことに端を発するといわれている。

 

 安倍氏のこの邸宅の建物は、同氏の有力な後援者であった大洋漁業の中部一族が所有していたものを、東洋エンタープライズが昭和56年に買収し、安倍晋太郎氏に貸していた。

 

 その後、平成2年、安倍晋太郎氏が買いとり、現在は安倍家の所有となっている。

 

 ただ、その売買価格については、適正価格であったのか、贈与みたいなものではなかったのかなどと、これまでのいきさつから市民の間でいろいろと憶測されているが、真実は分からない。

 

 安倍家、即ち安倍晋三と東洋エンタープライズとの関係は、現在も続いている。

 

 平成15年6月、JR下関駅前の超一等地(竹崎町)に東洋エンタープライズが経営するパチンコ店「永楽本店」がオープンした。この駅前の一等地は国鉄清算事業団の所有地であった。東洋エンタープライズは、この土地を平成14年7月に随意契約で、しかも格安で払い下げてもらったようであるが、この土地払い下げについても安倍事務所の関与がいろいろと噂されている。

 

④東京佐川急便事件

 

 平成4年8月27日、自民党副総裁金丸信が東京佐川急便の渡辺元社長から5億円を受けとったことを認め、副総裁を辞任。この5億円は政治資金規正法に定める寄付金の上限をこえているし、同法に定める収支報告書にも記載されていないヤミ献金であった。

 

 同社は金丸を含め12人の政治家に、総計22億円をヤミ献金していた。

 

 受けとった主たる人としては、元首相・中曽根(2億円)、同竹下登(2億円)、同宇野宗佑(5000万円)、小沢元幹事長(1億円)などで、故安倍元幹事長は3億円という金丸氏に次ぐ多額のヤミ献金を受けとっていた。

 

 東京佐川急便は、許認可事項の多い運輸業界において、ヤミ献金等を通じて有力な国会議員や運輸族議員、運輸省、労働省等に働きかけることによって、有利なとり計らいをしてもらおうとしたものである。

 

 この件について安倍事務所からは、何らの説明もないままとなっている。

 

⑤ゼネコン汚職事件

 

 大手総合建設会社(ゼネコン)鹿島が、宮沢前首相、中曽根元首相、故安倍晋太郎元幹事長らに対し、数年間にわたり盆と暮れに各500万円、年間1000万円を献金していたことが判明した。安倍元幹事長には、昭和62年頃から死去(平成3年5月)するまで、鹿島の専務が事務所に持参していた。

 

 大手ゼネコンとして鹿島と並ぶ清水建設作成の献金リストには、安倍元幹事長は亡くなるまで、金丸前副総裁、竹下元首相とともに盆暮れに1000万円の献金と記されている。鹿島建設の清山前副社長や前茨城県知事などが贈収賄で起訴された。

 

 大手ゼネコンが、大規模公共工事の取得や各種工事への口利きを期待して政治家にカネをばらまいたため、国、地方を問わず事件が起こった。ゼネコン汚職事件として、国会でも問題になり、世間を騒がせた。

 

⑥東京協和信用組合事件

 

 平成7年乱脈経営で破たんした東京協和信用組合高橋理事長が、大蔵官僚や政治家を接待づけにしていたことが明らかになり、背任容疑で東京地検に告訴された。大蔵官僚や政治家を無料で香港旅行やゴルフで接待していた。政治家や官僚に対するゴルフ接待の名簿が明らかになり、これを見ると平成2年に安倍晋太郎元外相と安倍晋三衆院議員(当時は父の秘書)は、ゴルフ接待を受けている。

 

 高橋と安倍とは関係が深く、高橋は平成2年4月には安倍元外相から「自宅購入資金ねん出のためゴルフ会員権を買ってほしい」と頼まれ、安倍元外相が所有していた静岡県や山梨県などにある4つのゴルフ場の会員権を約1億円で買いとった。安倍元外相はこれを基に、下関市に約1億2000万円で自宅を購入したという。

 

⑦下関市長選に絡む火炎ビン事件

 

 平成11年4月の下関市長選に絡んで安倍事務所等に火炎瓶が投げ込まれた事件である。

 

 この市長選には、自民党系からは再選を目指す現職の江島潔、民主党系からは先の衆院選で次点だった古賀敬章、それにカムバックを期す前市長の亀田博が無所属で出馬するものと予想された。激戦が予想され三陣営とも早くから活発に動いていた。

 

 江島氏は前回市長選では自民党推薦の現職亀田に対し、反自民の新進党推薦で初当選したのだが、当選から数日後、新進党県連会長の吹田議員から「江島は新進党にお礼のあいさつもない」と厳しく非難され、新進党とは感情的なしこりがあった。また、古賀氏は平成8年10月の衆院選に新進党から立候補し次点だったが、自民党推薦の安倍晋三氏と激しく争い(下関市での得票は安倍5万6660票、古賀4万5473票)、安倍陣営とも感情的にしこりが残っていた。

 

 反自民で当選したのに、今度は自民党推薦で出る江島氏、安倍氏と激突した経歴を持ち新進党の流れをくむ民主党推薦で出る古賀氏。市長選でのこの両者の争いは、最初から遺恨選挙の様相を呈し、何か起こりそうな不穏な空気の漂う選挙の前哨戦であった。

 

 平成10年秋ごろの状況は、江島市長の1期目の批判の声が強く、その一方、古賀氏の評判が良く、古賀優勢のムードであった。そのような状況下、古賀氏を中傷し陥れようとする怪文書が市中にばら撒かれ、あるいは多くの市民へ郵送された。その怪文書は次のような内容であった。

 

古賀敬章を絶対に下関市長にしてはいけません。
1 古賀氏は元衆院議員新井将敬氏共に北朝鮮国生まれです。
2 北南朝鮮等の支持を受けて下関市長選へ出馬しています。
3 古賀氏が下関市長選に当選すれば、1~2期市長を勤め、次の衆院選に出ます。
4 5 6(略)
7 古賀氏が下関市長に当選すれば下関の街は朝鮮支配の町となり、拉致、麻薬、工作船等につながる恐れが十分にあります。現在の南北、特に北朝鮮は、ミサイル、工作船など恐ろしい民族、国です。
8 古賀氏は「日本国民や下関市民のため」など、表面的なだけで、実は金正日朝鮮の命により下関市長を目指しているに過ぎない。
 市民の皆様、どうか来る4月25日、古賀氏を絶対に当選させてはなりません。
以下(略)

 

当時、下関市内でばらまかれた怪文書

 

 平成11年3月25日、古賀氏は名誉棄損で刑事告訴した。古賀氏はこの怪文書が余りにばからしい内容であったため、放っておいたのかもしれないが、刑事告訴が遅かったことが選挙に影響を及ぼしたようである。

 

 平成11年4月25日、投票の結果、江島氏が再選を果たした。

 

 この市長選の選挙報酬に絡んで、福岡の暴力団も介入する事件に発展したが、この事件の経緯については、福岡地裁小倉支部での裁判の検察側冒頭陳述を基に、以下詳述する。

 

 下関市の不動産業「恵友開発」の代表者小山は、かねてから暴力団関係者や安倍晋三議員の秘書佐伯と親交を結んでいた。

 

 小山は、平成11年4月の下関市長選で安倍議員が支援する江島候補が当選したが、それは自分が支援活動をしたことが当選に寄与したのだとして、佐伯秘書に対し、絵画買いとりという名目で500万円の支払いを要求し、同秘書に300万円を工面させ受けとった。

 

 その後も小山は安倍議員に面会して絵画の買いとりという名目で現金の支払いを要求したが、同議員側から拒絶された。これに怒った小山は、要求に応じなければ同議員の政治生命を絶つ旨の電報を送るなどした。



 しかし、小山は平成11年8月7日、傷害罪で逮捕、起訴され、また、この傷害事件の捜査の間に佐伯秘書に対する恐喝罪でも逮捕された。小山はこのことで安倍議員に対する恨みを募らせ、親交のある福岡の暴力団幹部と安倍議員から金をとるために安倍議員の自宅等に火炎瓶を投げつけて放火することを計画した。

 

第一事件~(平成12年6月14日)シーモールパレス火炎ビン投下事件
 暴力団員が安倍後援会事務所から北方200㍍にあるシーモールパレスを安倍後援会の事務所の建物と間違えてガソリンを注入した火炎ビン2本を投げたもので、シーモールパレスのガラスや壁に被害を与えた。シーモールパレスはガラスのとり換えなどに16万6000円の費用を要した。

 

第二事件~(平成12年6月17日)安倍議員方倉庫棟に対する放火未遂事件
 第一事件が安倍事務所とシーモールパレスを間違えての犯行だったことに気づき、次の計画を実行することとした。火炎ビン1本を車庫付き倉庫棟の奥の方に、もう一本を車庫出入口付近に投げつけ発火炎上させた。消防車3台が出動し鎮火した。この火災により、乗用車1台(プジョー)はほぼ全焼。クラウン、アトレーも被害を受けた。車庫付き倉庫棟の修理費用は338万円。車両3台の損害は約398万円にのぼった。

 

第三事件~(平成12年6月28日)安倍後援会事務所に対する放火未遂事件
 小山は第二事件の数日後、秘書兼運転手の男に安倍事務所の様子を見に行かせたが、特に変わった様子はなかったようなので、第三の事件を起こすことを暴力団幹部と相談、計画した。安倍後援会事務所の窓ガラスを叩き破って火炎ビンを差し入れて着火しようとしたが失敗。もう1本は窓ガラスに投げつけたが、網戸に引っかかって外側に落ちて失敗。結局窓ガラス2枚が損壊され、修理費用は2万7440円であった。

 

第四事件~(平成12年8月14日)安倍後援会事務所に対する再度の放火未遂事件
 事務所の窓ガラスめがけて点火した火炎ビンを投げつけたが、網戸があるため窓ガラスは損壊させたが建物内に火炎ビンを投げ入れることが出来ず、建物外側で火炎ビンを炎上させた。被害額は1万6000円余りであった。

 

第五事件~(平成12年8月14日)安倍議員方車庫付き倉庫棟に対する再度の放火未遂事件
 第四事件犯行後、安倍議員方車庫付き倉庫棟に火炎ビンを投げつけたが、車庫内の車両のテールランプを損壊しただけであった。被害額は約9万円余りであった。
 なお、この第四、第五事件についてはマスコミ報道はなかった。

 

安倍事務所への火炎瓶投げ込みの捜査現場(2000年6月28日)

 

 平成15年11月11日、上記の事件で福岡、山口両県警の合同捜査本部は、指定暴力団工藤会高野組組長高野他組員と、下関市の小山など計6人を逮捕した。

 

 このことについて、安倍晋三自民党幹事長は「現在、警察が捜査中であり、コメントを差し控えたい」と話し、安倍事務所の配川秘書は「事件については詳しいことは分からない」と話した。

 

 この事件に絡んだ暴力団員の一人の判決が、平成18年11月10日福岡地裁小倉支部であったが、裁判長は「小山被告は、下関市長選(1998年4月)で、安倍議員の支持する候補の選挙に協力した見返りに金を要求したが断られた。恨みを晴らそうと親交のあった高野被告に犯行を依頼し、組長は組員に犯行を命じた」と指摘し、この事件が下関市長選がらみであったことを認めている。

 

 下関市長選で人権を無視するような怪文書が撒かれ、選挙に関連した利権がらみで暴力団親交者や暴力団が関与するという重大な事件である。

 

 どうして安倍事務所の佐伯秘書は、最初300万円もの大金を支払ったのか。

 

 小山は300万円ではまだ不足だとして再要求しているし、金の支払いを実行させるため、執拗に安倍の自宅と事務所攻撃をくり返している。小山と安倍事務所の佐伯秘書とはどのような約束があったのか。この点について検察の冒頭陳述では何故か上記のように漠然としか述べておらず、怪文書のことは明白にされていない。

 

 しかし、普通の選挙応援で一個人がそのような大金を請求することも、貰うことも考えられない。そこには何か特別な選挙応援があったとしか考えられない。また、小山自身が「怪文書の作成、配布は自分がおこなった。その選挙報酬については、佐伯秘書の上役にあたるK秘書の念書もある」といっていたという複数の人たちの証言もある。

 

 以上の諸点から、小山が佐伯秘書から300万円を受けとり、さらに安倍議員に増額を要求したのは、古賀攻撃の怪文書に対する謝礼の約束履行要求だったのではないかと思われる。

 

 検察も裁判所もこの事件は「下関市長選に絡んだ事件である」「安倍事務所の佐伯秘書が関係した事件である」と認めている。それを「詳しいことは分からない」という安倍事務所の配川秘書の説明では、まさに「臭いものにふた」であり、市民は納得できない。真相を明らかにし、市民に説明すべきである。(つづく)

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