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安倍2代63年で私たちが思ったこと 連載『安倍2代』をめぐる読者座談会 選挙区は衰退まっしぐら

 本紙1面に連載している『安倍2代を振り返る 国民の幸せのためにどのような貢献をしたのか』に対して読者の皆様より、さまざまな意見や感想が寄せられている。とりわけ選挙区でもある下関市内では、過去の出来事や周囲にいる代議士界隈の存在ともあわせて積年の思いが語られ、近づく衆院選ともかかわって、60年余りに及ぶ安倍2代がトップに君臨した地元の政治構造についても話題になっている。今回、経歴も年代もさまざまな5人の読者に集まってもらい、地元で暮らす者としてあくまで匿名性を守ることを前提に、昨今の政治状況や安倍2代をどのように見ているのか率直な思いを語り合ってもらった。

 

◇      ◇

 

安倍晋三(左)と安倍晋太郎

 司会 お忙しいなか時間をとっていただきありがとうございます。今日は連載『安倍2代を振り返る』について、意見や感想を寄せて下さった方々に集まっていただき、「あれもいいたい」「これもいいたい」をおおいに語っていただければと思います。とりわけ、山口4区は安倍晋三元首相のお膝元ということで全国からも注目され、「いったい地元の有権者は何を考えているのか?」と良い意味でも悪い意味でも捉えられているように思います。そんな地元の皆さんの思いや空気感を少しばかりでも発信できればと考えています。
 まず、連載を読んでの率直な感想をいただければ。

 

 A 『安倍2代』というより、私は例の如く長周新聞を中心とした匿名調査チームの連載が始まったのだとワクワクする思いで読んできた。下関市立大学のトイレ改修工事を巡る問題(市長の支援者企業への資金融通疑惑)も、下関市議会の議長・副議長が公用タクシーチケットを使い放題で、毎日のように豊前田や赤間の歓楽街での飲み会から帰宅している問題も、一般の者には知るよしもない。そうした問題について徹底的に情報公開で事実を積み上げ、突き詰めていくスタイルが気に入っている。議会もろくに機能していないなかで、この街の浄化作用として必要だと思う。

 

 今回もまた、誇張があるわけでもなく、事実を淡々と書いていくことで、私たちからすると「確かにそんなことがあったな…」と安倍2代を振り返る契機になった。リクルート事件で晋太郎さんが逮捕されてないこと自体が不思議だよなとか、あの後下関に帰ってきた時に「(夫人の)洋子に胸ぐらつかまれてたいへんだったんだよ…」と周囲に漏らしていた話とか、数十年前の出来事をふっと思い出した。企業経営者の友人からも「長周の『安倍2代』読んでるか?」と電話があって、みんなが注目して読んでいるんだなと思った。

 

  感想を一言でいうと、安倍さんの再登板以来の8年でこの国をぶっ壊してしまったんじゃないかという思いしかない。連載は黒川検事問題にさしかかっているが、この問題一つとってみても三権分立なんてあったもんじゃないし、民主主義が根本からぶっ壊されたような気がしている。しかし、本人は痛みいってないし、平気で議員として居座ろうとしている。ケジメがない。「三代目は身上を潰す」というけれど、あの人は国家をオモチャにしたんじゃないかと思えてならない。最近でも唐戸なんかをSP連れてホイホイ歩き回っているのを見ると、山口4区も果たしてこのままでいいのだろうかと考えてしまう。私のまわりでは「今回は自民党に入れたくない」という意見も多いのだが、全般としてどうなのだろうか。さすがに次の選挙は10万票には届かないのではないか?

 

 C 衆院選も意識しての連載なのだろうが、私はできれば山口4区の有権者が全員読むくらいしないといけないと思う。そろそろ考えないといけないという思いに駆られている。安倍晋太郎さんの時代にやっていたことと、晋三さんの代でやっていたことも大差ないじゃないかと思ったし、昔から何も変わっていないんだな、というのが率直な感想だ。晋三さんは桜を見る会で有権者をもてなしたが、晋太郎さんの時代も婦人部の2万円旅行が問題になったことを知った。人数や規模こそ違うが、やっていることは同じじゃないかと。この八年のモリカケ桜、黒川等々を改めて振り返るだけでも、決して水に流してはいけない出来事ばかりだし、それらの疑惑や問題が何ら解明されていないことがわかる。Bさんがおっしゃったが、やはり私も人間として、また政治家として「ケジメがない」ように思う。

 

  ところで晋太郎さんと晋三さんの2代で何年になるんだろうか?

 

 司会 安倍晋太郎の初当選が1958年なので、今年で63年にもなります。

 

安倍寛(1894-1946年)

  もう半世紀以上にもなるのか。連載を読みながら、私は晋太郎さんの父親の安倍寛さんもいるんだから、安倍家としては3代では? とも思ったのだが、連載執筆チームとしては寛さんは別物という扱いをされたのだと認識した。そこは明確な線引きが必要だと思う。それこそ寛さんは15年戦争のさなかにも大政翼賛会に逆らって非戦・平和主義を貫いたような人物で、それを地元にいる支持者たちが懸命に支えたのだ。

 

 長門にいる私年代の年配の知人たちは「大津聖人」ともいわれるような清廉潔白な政治家として安倍寛さんを誇りに思っている。それこそ、お爺さんは大政党の金権政治や腐敗を糾弾していた側だったからだ。寛さんが生きていたら、息子や孫たちの有り様についてどう思うだろうと思う。これは子孫として墓参りすればいいってもんじゃない。みなから尊敬された政治家としてのお爺さんの顔に、2代目、3代目は泥を塗っていやしないか?と思うのだ。

 

 若い人は知らないだろうが、安倍寛さんの地盤、看板、カバンは周東英雄代議士(農水大臣・三隅出身)が引き継いだのだ。もともとは世襲ではなかった。周東代議士は宏池会に所属した政治家で、下関の戦後復興を牽引した水産業界などにはずいぶんと影響力があった。下関の水産業界というより、山口県の水産業界の重鎮だった藤本万次郎(祝島出身)が後援会長を務めていて、旧山口1区(中選挙区時代の下関、長門、萩、美祢、小野田、宇部を含む県西部、定数4)では田中龍夫代議士と並んで保守の地盤を争っていた。

 

 古い経緯をたどると、そこに岸信介が安倍晋太郎をぶつけて、いわば安倍寛さんの地盤というか安倍派を割るような形での登場だった。すでに亡くなられたが、当時の選挙にかかわった私よりもずいぶん年配の自民党の方いわく、岸が「下関は(選挙に)なんとカネのかかる街か…」とぼやいていたそうだ。とりわけ労働組合関係を取り込むのにカネがかかったそうで、昔からゴネてカネをむしるダラ幹というのはいたのだろう。下関の労組関係の腐ったのはそういうのが多い。

 

 そうして安倍寛の後継だったはずの周東代議士の地盤は林義郎さんが引き継ぎ、安倍、林、田中の3人がしばらくの間中選挙区時代の山口1区でしのぎを削っていた。そして田中龍夫さんの引退にともなって、この人も世襲はしないといって河村建夫に引き継いだ経緯がある。成り行きは複雑だ。私も選挙にはずいぶんとかかわってきたので、あの頃は本当に激しかったことを思い出す。田中龍夫さんも面白い人で、それなりに筋の通った政治家だったと思うが、比較してずいぶんと政治家の質も変わったものだと思う。モリカケ桜などは低俗極まりない疑惑で、その昔なら内閣もろとも吹き飛んでおかしくない代物だ。そんなのがよく8年も続いたものだと思うし、政治の質がよくぞここまで落ちたものだと感じる。

 

 

  Dさんほど昔のことは詳しくないけど、中選挙区の時代は同じ自民党でも緊張感があったように思う。気を抜いたら落選するので、支持者を獲得するために地元密着で腰も低かった。それが小選挙区になってから頭も下げずに当選するようになりダメになった。小選挙区になって選挙区が改変されて、山口4区では林義郎さんが「晋三君は年齢も若く将来があるから」といってみずからは比例区にまわり、選挙区は安倍派に譲って今日に至っている。だから林派の人たちが、「もう首相までやって一丁上がりなんだから、今度は林芳正に譲れ」と主張する気持ちもわかる。「三度目の登板もあるかも」といって含みをもたせているが、「安倍晋三は終わった男ではないか」と。

 

 安倍晋三といっても東京生まれの東京育ちで、対する芳正は文関小学校、日新中学校、下関西高等学校出身で生粋の下関育ちだ。しかし、芳正本人に度胸がなくて次の衆院選では3区の河村と激突する道を選んだ。情けないものだ。住民票を宇部市に移した時点で、長年林派を支援してきた友人はカンカンに怒っていた。「安倍派に恐れをなして郷土を捨てるとは、長年の支援者への裏切りだ!」と。林派の人たちがどことなく興ざめしているのは、そんな複雑な思いがあるのではないか。亀山さん(亀山八幡宮)は林派、赤間神宮は安倍派、唐戸魚市は林派、中央魚市は安倍派というように企業関係にいたるまで綺麗に色分けもあるし、そんな系列を気にしながら私も仕事をしてきたが、支持基盤をそのまま置き去りにして林家が逃げ出したような印象だ。

 

 合同ガス(林派)やサンデン(林派)の知り合いに聞くと、なんだか次の衆院選は乗り気でないようで「自主投票でいいんじゃないか」と口にしていたくらいだ。市長も安倍さんところの前田晋太郎に獲られて面白くないのだろう。

 

  先ほど、安倍寛さんの話をDさんから聞いて、目からウロコならぬ耳からウロコのような思いがした。長門が生み出した立派な政治家じゃないかと。私たちの年代は晋太郎さんと晋三さんの2代しか直接には知らないのだけど、どうして息子や孫はあんなことになったんだろう。

 

  晋太郎さんは実質的に岸家に婿養子に行ったようなもので、その政治権力を引き継いだことが孫にいたるまでの現在の基盤なのだろう。だからリクルート事件でも女房から胸ぐらをつかまれるのだ。要するに安倍寛の継承者ではなく、岸信介の中央政界での権力に投機したといってもいいのではないか。晋三さんが政界で大きい顔ができるのも岸信介の孫だからで、安倍寛の孫だからという見方をする人などほとんどいない。そして本人自身も「岸信介の孫」を売りにしているではないか。だから長門の古い人たちのなかには、「私は安倍寛の安倍派だ」とこだわりをもっている人もいる。晋三さんの「安倍派」にくくってくれるなと。

 

避けられぬ有権者の審判  全国注目の山口4区

 

  連載を読んでみて、「ケチって火炎瓶」の事件とか、晋三さんの登場以来の抗争や出来事も思い出した。古賀敬章は今頃何をしているのだろうかと思うが、代議士としての地盤を引き継ぐさいの権力闘争の一端があの火炎瓶事件だった。晋太郎さん亡き後に安倍派に属していた古賀が代議士に色気を出して、しかも安倍事務所の秘書たちを何人か自陣営に引っこ抜いて地盤を脅かしたのが発端だ。その後、秘書のKとか詫びを入れて安倍事務所に出戻りした者もいたが、たまったもんじゃなかったのが巻き添えを食らった企業だ。

 

安倍事務所への火炎瓶投げ込みの捜査現場(2000年6月28日)

 怪文書をまいたのは、恐らく逆鱗に触れての市長選潰しだったのだろう。あの後、古賀についた支持者や企業も江島によってずいぶん制裁をくらった。市の指名競争入札から完全に干されて潰れたところもあった。血も涙もない制裁気質を見せつけられた。あれは江島による制裁というより、晋三さんや安倍事務所からの制裁だったように思う。設計事務所を営んでいた友人は、古賀に巻き添えをくらったことでひどいめにあい、同業者みんなして安倍事務所に詫びを入れに行ったと話していた。まるでヤクザのような世界の話だ。この辺りのくだりは、もう少し連載で脇道にそれて展開してもらっても良かったかなと思う。

 

  世代にもよるだろうし、いまは筆頭秘書の配川が裏の市長気取りなんだろうが、私らの世代は安倍事務所といえば奥田(晋太郎時代からの筆頭秘書)さんとか竹田さんの顔色を伺ってみんなが無難にやってきた。2人とも山口県警の刑事上がりで、すねに傷がある者に睨みが効いたり、下手に逆らえない恐さがあった。今度3区から出ようとしている林事務所も警察上がりを1人秘書として雇い入れるようだが、真似をしているのかと思うくらいだ。

 

 下関で安倍事務所の筆頭秘書に逆らえる市長などいないし、議員もいない。以前なら林派と安倍派で上手に棲み分けもしてきたが、晋三さんが首相になったあたりから力関係が一方的なものになってきた印象がする。林派がだらしないといえばそれまでだが、寄らば大樹の陰で安倍派に投機する人だっているのだ。世襲が続くのも、中央政界での権力への投機であって、すでに政治家として素晴らしいとか素晴らしくないとかは関係なくなっているのではないか。代議士としても選挙区は地盤として利用するし、地元財界も財界で中央での権力に乗っかるという相互依存ができ上がっている。

 

 やはり振り返って見て、晋太郎さんも大概だったなという思いと同時に、晋三さんになってからはモリカケ桜にしてももっとやりたい放題ではないかという思いがする。連載の副題として「国民の幸せのためにどのような貢献をしたのか」とあるが、国民の幸せとか果たして考えているのだろうか。時系列で並べたときの壊れっぷりというか、山口県の保守政治って何なんだ? という思いもする。

 

  私たちの年代からするとAさん、Dさん、Eさんの世代が見てきた世界、感じてきた世界との違いもあるのだろうし、先程からの話で知らないこともたくさんあるのだが、ここまでくると全国的には山口4区の有権者ってどうなってんの? と思われるのが当然だと思う。なんだか桜を見る会に800人も山口県の関係者が押しかけて公金でもてなされたり、バカじゃないの? と思われるのが当たり前だ。いや、私もバカじゃないの? と山口県民ながら思ったし、いい加減にしてほしいと思う。河井案里の選挙でも安倍事務所の筆頭秘書たちが乗り込んで陣頭指揮をとったわけで、そんな選挙に自民党から1億5000万円が注がれ、挙げ句に現金をばらまいて逮捕されたり、山口4区は犯罪の温床なのかという思いすらする。配川秘書が公設秘書は辞めたけど、私設としては筆頭秘書ですよとかいうのも、全国の人を小馬鹿にした話だと思う。今回の選挙は、4区の有権者の良識が問われているし、そのうえでも安倍2代についての検証は必要だと思う。世襲の弊害というのも考えさせられた。

 

  私が思うのは、郷土下関なり長門の衰退ぶりについて、選出の国会議員たちはどう思っているのだろうか? という点だ。なんの心配もしていないのだろうか? と。郷土すら豊かにできないものが国を豊かにできるとは思わないし、現に国としても下り坂を駆け落ちているではないか。

 

以西底引船団出港(昭和45年頃)下関漁港を基地とし、東シナ海・黄海を漁場としたのが以西底引網漁業で、下関の水産業の中心だった。

 下関は戦後は水産業で復興を成し遂げ、水産都市として栄えてきたが、晋太郎さんの時代に以西底引きがダメになり、大洋漁業が横浜に出て行ってからは都市として衰退の一途を辿ってきたように思う。昔は大洋漁業が市役所の助役まで案配するほど影響力を持っていたし、この街の政治構造のトップに君臨していたのは安倍事務所ではなく大洋漁業といっても過言ではない時期もあった。市長や商工会議所の重鎮たちも水産関係者で占められていたほどだ。唐戸の交差点では信号が青になると下関漁港節が流れるほど、水産業が街の中心だった。その衰退とともに観光都市化に舵を切ったが、週末都市としての傾向が強まったように思う。最近ではビルや家屋の解体があっちでもこっちでもやられていて、下関漁港の周囲の廃れ方も昔を知る人間としては信じがたいものがある。

 

 自民党は地方創生なんて叫んでいたけれど、例えば安倍代議士が下関なり長門の人口減少の実態なり、地方都市として危機的なまでに衰退している状況について、どれだけ選挙区の実情を知っているというのだろうか。そして、そんな地方都市の困難や思いについて、どれだけ国政に届けてきたのだろうかと思う。代議制が形骸化してはいないか。

 

下関駅前(昭和26年頃)。下関駅舎の玄関にタコの飾りがあり、人だかりや山車に仕立てたトラックなどから「みなと祭」の賑わいとみられる。

  まったくDさんと同じ思いで、下関の衰退ぶりには恐さすら感じる。挨拶回りに戻ってきているが、晋三さんはどう思っているのだろうか。中央での政治家の権力に投機して市長選でも前田晋太郎が「太いパイプ」なんて叫んでいたが、太いパイプだろうが細いパイプだろうが何も変わらないではないか。むしろ衰退まっしぐらだ。

 

 国政は政治の劣化がどうしようもないまでに進み、あれほど疑惑を抱えながら是正する力も働かないほどに壊れている。いまの自民党総裁選を見ても、長周新聞が「2軍たち」と表現していたのがツボにはまったのだが、まさにそんな様相だ。「今回は自民党に入れたくない」「安倍晋三はやりすぎた」という意見が私の周囲でも多いが、このまま中央政界でキングメーカー気取りをさせることが国のためになるのかだ。

 

  4区の有権者がどのような審判を下すのかは全国から見られていると思う。ただ、かといって対抗馬の姿が見えず、正直にいうとれいわ新選組といっても本気でやる気があるのか? と感じている有権者は多いのではないか。候補者の存在感がまるでないし、どうして街頭演説などもっと精力的にやらないのだろうかと思う。ただの当て馬で出てくるだけというのなら、それなりの得票にしかならない。本気で4区からひっくり返していくという姿勢が見えれば選挙も盛り上がるだろうが、私自身は竹村さんの姿を一度も見たことはないし、折角選挙で真っ向勝負するのに何をしているんだろう? という印象しかない。おそらくほとんどの人がそうだと思う。

 

 E それは私も感じていることで、次の衆院選は安倍代議士は大幅に得票を減らすとは思いつつ、対抗する勢力がどうなっているんだろう? と思ってきた。新聞では、れいわ新選組の山口4区の候補者がいることも知っていたけど、まだ知らない人の方が多いと思う。4区でケジメをつけるような選挙戦に発展すれば面白いのにと願いつつ、だからといって一般的には誰でもいいとはならない。そこはなりかわる意志や能力をすべての有権者に向けて発信しないと、とてもではないが安倍事務所を筆頭にした4区の牙城が崩れるわけがない。有権者としてはシビアに様子を見ている状態だと思う。国政選挙で問題だと思うのは選択肢の乏しさで、自民党になりかわる政党がいないことが最大の問題ではないのか。それも含めた政治の劣化なのだと思う。コロナでみんなの暮らしが散々な目にあっている折り、この状況をどうにかしてくれる政治を期待している。

 

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