いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『安倍三代』 著・青木理

 本書は現首相・安倍晋三とその父・晋太郎(外相や自民党幹事長を歴任)、そして父方の祖父・安倍寛(戦前の衆議院議員)をめぐるルポルタージュである。

 

 ジャーナリストの著者は、安倍晋三が、日米安保条約を改定に導き憲法改正に終生執念を燃やした母方の祖父・岸信介についてはしばしば語り、敬愛の情を隠さないのに対して、無謀な戦争に突き進んだ天皇制軍国主義に反旗を翻した父方の祖父・安倍寛については語ろうとしないことに注目している。この「安倍三代」の軌跡を追うことで、現政府のありようと問題点を根本的に問い返すとともに、日本の政治が現在までに立ち至った歴史的鳥瞰図を描こうというのが本書の意図のようだ。

 

 著者は、安倍寛の生家があった旧大津郡日置村(現長門市)周辺をはじめ、下関市や山口県内各地の関係者の元に何度も足を運んでいる。そこで次のことが明らかになった。

 

 醸造業を経営する大地主の家に生まれた安倍寛は、幼くして両親を失い、東大に入学するが卒業後に起こした事業が失敗、同時に離婚もし、結核の病をかかえつつ帰郷。それでも地元の人から懇願されて村長になり、ベッドを役場に持ち込ませてそのうえで、昭和恐慌後の困窮にあえぐ地方の農村を立て直すために奮闘したという。

 

 盧溝橋事件が勃発した年、1937年の総選挙に立候補して当選した安倍寛は、選挙公約の一つに「富の偏在は国家の危機を招く」と掲げ、働いても働いても生活が安定しない労働者、借金と公課にあえぐ農村、大資本に圧迫される中小商工業者の側に立つことを宣言。国民大衆の利益を考えず、財閥特権階級のお先棒を担ぐ既成政党を痛烈に批判するとともに、当時の無産政党にも与せず、国民の信頼を得る新興政党の結成を呼びかけている。ある作家がいうように、そこには「あらゆる権威におもねらない反骨の臭い」がにじみ出ている。

 

 続く1942年の総選挙では、安倍寛は大政翼賛会の非推薦で出馬し、特高の監視と弾圧にさらされながら二度目の当選を果たす。すでに真珠湾攻撃から日米開戦になり、保守政党から無産政党まですべての政党(非合法の共産党をのぞく)がみずから解散して大政翼賛会に合流していた当時の話である。選挙自体、天皇制軍国主義に忠実な候補を大政翼賛会が推薦し、選挙資金まであてがう丸抱え選挙であり、非推薦の候補者は立候補届を無視されたり新聞に名前を出さないなどの嫌がらせにさらされた。そのなかで地元の人人が手弁当で選挙戦をたたかい、地元の翼賛会壮年部や駐在所の巡査まで安倍寛を応援したという。

 

 読んで印象深いのは、当時の安倍寛の支持者やその息子娘たち、また自民党の地方議員や菩提寺の住職らが、死後70年以上もたっているのに当時と変わらぬ尊敬の念を切切と語っていることだ。いわく、東条英機や軍部と体を張ってたたかった平和主義者。頭はいいが、俺が俺がという人ではなく、知名氏で金持ちであったけれども貧乏人に寄り添い続けた…。息子の安倍晋太郎も「俺は岸信介の女婿じゃない。安倍寛の息子なんだ」と口癖のようにいっていたという。

 

 そしてこの同じ地元の支持者たちが、安倍晋三の現在の政治姿勢を公然と批判している。折しも集団的自衛権を閣議決定し安保法制を強行しようとしていた時期である。戦争は絶対やってはいけない、武力を使って平和にはならない、安倍寛や晋太郎と晋三の考え方は違う、安倍寛なら安保法制はやらない、と手厳しい。それは左翼陣営にありがちな「安倍晋三のお膝元はすべて右傾化支持」というような見方がいかに皮相なものかを、事実をもって暴露している。

 

 そして安倍晋三についてだが、一言でいえば「エピソードらしいエピソードが皆無な、素直で従順なおぼっちゃま」「人間としての本質が空疎、空虚」と著者は見ているし、周囲もそう語っている。「要領がよくて、みんなにかわいがられる子犬」「子犬が狼と群れているうち、今のようになった」「彼は日本の首相という役割を演じているのだ」、と。ここでも「安倍晋三=独裁者、ヒットラー」という見方がいかに的外れかがわかる。問題は「狼」とは誰かということだ。

 

 著者もふれているように、晋三の母方の祖父・岸信介は、戦前は農商務省の高級官僚として「満州国」の経営にあたり、帰国後は東条内閣の閣僚として日本を敗戦に導いた責任者の一人だったが、戦後、A級戦犯として投獄されていたところを戦前から親交があったグルー(元駐日大使で当時はCIA中枢)に救われ、政界に返り咲いて首相になり、安保改定に邁進する。

 

 このように戦前は「鬼畜米英」を叫ぶ天皇制軍国主義者が、敗戦後は掌を返したように親米売国に転じてその地位を救ってもらった例は、日本の支配層のなかで枚挙に暇がない。そのなかで、米国の年次報告に沿って規制緩和をやりまくった小泉純一郎の父が、佐藤内閣の防衛大臣としてカーチス・ルメイ(東京大空襲など日本焦土作戦の指揮をとった)に勲章を贈った人物であり、その孫がアメリカのCSIS(戦略国際問題研究所)に籍を置き、次期首相候補といってもて囃されるというような関係が生まれる。世襲の弊害をいうなら、このようなアメリカに思想的故郷を持つ特権化した一族こそ問題にしなければならないと思う。

 

 (朝日新聞出版発行、B6判・294ページ、定価1600円+税

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この記事へのコメント

  1. 京都のジロー says:

    安倍三代
    本を読む時間を取れない方は、著者が解説している「この本を読め」の
    動画:https://www.youtube.com/watch?v=Rx8tqHhmhAY を見ることをお薦めします。

    ・日本にとって不幸なことは安倍首相が父方の政治姿勢を受けつがず、
     母方の祖父岸信介を模倣することを選んだこと。
    ・小学校から就職まで1度の試験を受けたり、社会に揉まれることなく、
     平々凡々と育ち、社会的弱者の気持ちに寄り添うことを知らない人生を
     歩んできたこと、金持ちをより金持ちにする政策しかとらないのも当然かもしれません。
     安倍政権が高支持率を維持し続けていることは、国民も劣化しているのでしょうか?
     

     

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