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米中貿易戦争の余波 米農家の破産者が過去最高に トランプ暴走で自国にブーメラン

 アメリカのトランプ政府が中国に貿易戦争を仕掛けて1年余が経過した。13日にはトランプが安倍首相にアメリカ農産物の大量購入を要求したと報じられた。これは米中貿易戦争の影響で中国向けの米国産農産物輸出が激減した分を日本に押しつけてきたものだ。関税引き上げの報復合戦がエスカレートするなかで、中国市場に依存するアメリカの農業分野がまず悲鳴を上げているが、ハイテクや衣料、履物産業界などもアメリカ市場との相互依存関係は深く、トランプの対中貿易戦争に批判を突きつけている。トランプは「アメリカファースト」を掲げて、台頭する新興勢力の中国に覇権を奪われないために貿易戦争を仕掛けたが、かえってアメリカ国内産業が打撃を被る事態に直面し、来年11月に大統領選を控えてこのまま暴走することはできなくなっている。

 

 トランプの対中貿易戦争はまずアメリカの農業分野に重大な打撃を与え、農家の破産件数は過去最高を記録するなど、危機的状況にある。経過を振り返ってみると以下のようになっている。

 

 まずトランプが2018年3月、中国から輸入する鉄鋼・アルミ製品に25%の関税をかける大統領令にサインしたのを皮切りに、7月には中国製のロボットなど約800品目=340億㌦相当に関税25%を課し、さらに8月には半導体など300品目=160億㌦相当に関税25%を課した。

 

 トランプとしてはこの脅しで中国が引き下がり、対米輸出を減らしたり、アメリカ産製品の輸入を増やすことを期待したわけだが、中国は強く反発し、米国からの輸入品に追加関税をかけることで対抗した。2018年7月には米国産大豆や豚肉など約500品目=340億㌦相当に25%の関税をかけ、8月には自動車など約300品目=160億㌦相当にも25%の関税をかけた。

 

 これに今度はアメリカ側が黙っておらず、9月には家具・家電など約5700品目=2000億㌦相当に関税10%を課し、対抗して中国が液化天然ガスなど約5200品目=600億㌦相当に関税5%または10%を課すという具合にエスカレートしてきた。

 

 さらにトランプは今年に入って中国からの輸入品のほぼすべてに関税を上乗せすることを表明した。それまでは消費者への影響を考えて生活関連製品には関税を上乗せしないようにしていたが、「いうことをきかない中国をたたく」ためということで、生活必需品にも関税を上乗せした。そのなかにはiPhoneやナイキのシューズなども含まれていた。

 

 これに対し中国政府は、米国産の農産物の輸入を停止することで対抗した。

 

 こうした貿易戦争による報復の応酬のなかで、アメリカの農業関連が重大な打撃を被り、とりわけ大豆農家は壊滅的な打撃を受けている。

 

米国生産農家は大打撃 大豆は6割超中国向け

 

 アメリカ産大豆の60%以上は中国向けに輸出されており【グラフ参照】、それ以外のメキシコ(6%)、日本(4%)、インドネシア(4%)などとは比べ物にならない規模だ。

 

 米国産大豆の中国向け輸出は総額で約200億㌦、数量で3750㌧にのぼり、輸出大豆の生産に関係する農家は中西部を中心にして30万人に及ぶ。

 

 

 米中貿易戦争の影響を受けて米国産農産物の対中輸出は激減している。米農務省の調べでは、2018年7月から今年6月の大豆輸出は前年同期比で7割減少している。小麦は9割減と大幅に落ち込んでいる。昨年の中国への農産物全体の輸出額は前年比で5割以上減少している。

 

 さらに市況の下落もアメリカの農家に打撃を加えている。世界の大豆価格は2018年7月に米中の貿易戦争が起こったあと、9%下落している。さらにアメリカでは大豆価格下落のためにトウモロコシに切り替える農家が続出したため、トウモロコシ価格も下落するという悪循環を生んでいる。

 

 トランプは2018年8月に貿易戦争の報復措置で標的になっている農家に対し、120億㌦(約1兆3000億円)の支援を表明した。これによってトランプが貿易戦争で米国民が痛手を受けていることを初めて認めた形となった。さらに今年5月にも、対中貿易戦争で打撃を受けた農家へ150億㌦(約1兆6588億円)を上回る支援策をうち出した。大豆農家に1ブッシェル(約27㌔㌘)当り約2㌦、小麦農家に同63㌣、トウモロコシ農家に同4㌣。これらの合計270億㌦規模の農家支援策は2020年にも実施する方針だ。

 

 貿易戦争での輸出激減に加えた農産物価格の下落、さらに中西部を襲った長雨と洪水で穀物の作付けができなくなり、今年6月末の段階で535件の農家が破産申請を出している。土地を手放し、離農をよぎなくされた農家も多い。とくにカンザス州、ウィスコンシン州、ミネソタ州で過去最高の破産件数を記録した。また、アメリカの農家所得は2013年から2018年のあいだに49%も下落している。

 

 トランプは農家への支援決定にさいし「米国農家は中国に攻撃されているが、貿易戦争には大勝する」と豪語したが、農家の側からすれば、これだけの支援では焼け石に水だ。農家のあいだでは「中国からの報復、アメリカ産大豆の価格下落を招いたのはアメリカ政府だ。自国民に犠牲を強いるような政策を納税者は支援しない」といった世論が高まっており、トランプ離れは加速している。2016年の大統領選挙でトランプの大票田であった中西部の農家票を失うことが十分に予想されており、再選に失敗する可能性もとりざたされている。

 

 カリフォルニア農業事務局連合は昨年8月「われわれが中国市場を失えば他の国の業者がそこに入ってきて、長い目で見ればわれわれの農家が商機を失うことにつながる」と危機感を表明している。

 

 中国は1990年代半ばまでは大豆輸出国だったが、その後国内生産は低迷し年年輸入量が増え続け、約1億㌧を輸入している。ブラジルから56%、アメリカから33%で、この2カ国でほぼ9割を占めていた。またアメリカ、ブラジル側から見ると輸出の約6割~8割が中国向けであり、相互に依存度が高い。

 

 中国はコメや小麦等の穀物については基本的に自給する方針を崩していないが、大豆については国内自給から輸入依存に転換している。輸入した大豆の用途はおもに圧縮して大豆油と大豆粕にし、油は料理用に、粕は飼料に使う。大豆の国内生産量1400㌧に対して、輸入は9700㌧にのぼる。これは世界の貿易量の6割をこえる。

 

 中国はアメリカからの農産物輸入を停止した後、大豆の輸入先をアルゼンチンやブラジルに振り向けている。また小麦はロシアやウクライナに輸入先をかえることもできる。豚・牛肉についてもアメリカにかわって、カナダやEU、オーストラリアなどからの輸入を増やすことが可能だ。

 

ハイテク等にも影響大 強い相互依存関係

 

 アメリカ国内への影響は農業分野だけではない。

 

 トランプは中国製品のほぼすべての関税を引き上げるとしている。鉄鋼・アルミを皮切りに、ハイテク製品、航空機部品、船舶用モーター、大型車両、医療器具、電子機器、レーダー、無線装置、LED、テレビ、ビデオ部品、バッテリー、機械類、潤滑油、プラスチック製パイプ、化学品、衣料品、履物等等だ。

 

 ハイテク製品に25%の関税を課した場合、アメリカのコストは125億㌦増加するとの試算もある。中国は米国産農産物の輸入を停止しても、その他の国から簡単に輸入することができるが、アメリカは中国以外にハイテク製品を大量に供給できる国を見つけるのは困難だ。

 

 中国からハイテク製品を大量に輸入しているゼネラルエレクトリックや世界最大の家電量販店・ベストバイはトランプ政府の貿易戦争に苦情を申し立てている。米アパレル・フットウエア協会も「米国経済を破滅させる自傷行為だ」とトランプ政府を非難している。また、米国大豆協会も「大豆農家は関税にうんざりしている」との声明を発表し、「関税(引き上げ)をエスカレートさせ続けることは支持できない」とトランプ政府の対応を批判した。また、トランプが仕掛けた貿易戦争でアメリカ国内で40万人の雇用が失われるとの試算も出ている。全米納税者連盟は昨年5月にトランプ宛の書簡を発表し、貿易戦争に突き進むことの危険性に警鐘を鳴らした。この書簡にはノーベル経済学賞受賞者14人を含む1100人以上のエコノミストが賛同している。

 

 こうした国内世論を背景にして、トランプは対中貿易戦争の手直しを始めている。アップルなど産業界の要請を受けて米通商代表部(USTR)は13日、中国から輸入する一部電子機器について追加関税の発動を延期すると発表した。スマホやノートパソコン、ゲーム機、一部の靴、衣料、玩具への追加関税発動を9月1日から12月15日まで延期し、その他の一部製品を制裁対象から外すとした。

 

 1980年代には「日米貿易摩擦」と呼ばれる貿易戦争があった。それが今日の「米中貿易戦争」と大きく異なっているのは、産業・生産構造だ。日米貿易摩擦の時代は、日本は自動車やテレビの生産において純粋な日本製の完成品を輸出していた。当時アメリカは「日本叩き」をやって勝利を収めた。だが、今日、産業構造はグローバル化し、米中間といえども企業間のサプライチェーン(製造業において、原材料調達・生産管理・物流・販売まで一つの連続したシステム)ができあがっている。中国からアメリカへの最大の輸出品目は通信機器だが、中国製の通信機器に使われている部品の60%は中国製以外だ。CPUはインテル製という具合だ。

 

 また、トランプが問題にしている米中貿易不均衡にしても単純に2国間の問題ではない。アメリカの貿易に占める対アジア・太平洋地域の割合は4割程度だ。この割合は1990年から2016年までほとんど変わっていない。変わっているのは日本と台湾からの対米輸出が減り、その分中国がのびたということだ。日本や台湾の企業が中国に進出し、中国で製造してアメリカに輸出する割合が増えている。

 

 また、ゼネラルモータース(GM)の最大のマーケットは約14億人の人口を擁する中国であり、GMにとってなくてはならない生命線になっている。すでにGMの中国での販売台数はアメリカでの販売台数を上回っており、中国市場なしではGMはなりたたなくなっている。ウォルマートなどは生活の消費財を中国に発注して生産し、中国から輸入して販売している。米中の貿易不均衡をつくり、貿易赤字の原因をつくっているのはアメリカ企業自身であったりする。もはや1980年代の貿易戦争のように2国間で片がつくような時代ではなく、米中間にしても相互の依存関係は深く複雑にからみあっている。

 

 米中貿易戦争がエスカレートするなかで14日の米株式相場は大幅に反落した。ダウ工業株30種平均は800㌦安と今年最大の下げとなった。リーマン・ショック前年の2007年以降で初めて10年債の利回りが2年債利回りを一時下回ったことで、株安に拍車がかかった。業種別ではゴールドマン・サックスをはじめとする金融株の下げがめだった。専門家は米中貿易戦争に関連した動きを指摘しており、米中貿易戦争がアメリカ経済ひいては世界経済にも影を落としている。

 

 トランプは戦後世界を支配してきたアメリカの覇権を脅かす中国を目の敵にして対中貿易戦争を仕掛けたが、1年余を経過してアメリカの農業分野をはじめ製造業界や消費者自身が犠牲を被る結果が表面化してきており、トランプ自身が孤立を深めている。戦後74年を経過して、世界的な勢力図は大きく変化し、なによりアメリカの覇権支配の弱体化が、政治、経済、技術、社会、軍事などあらゆる分野で顕在化してきている。かわって中国の台頭がアメリカを脅かし、覇権交代の様相を呈している。

 

 そのなかでアメリカ追随一辺倒の安倍政府の外交も世界的に孤立を深めている。

 

 米中貿易戦争の余波を受ける形で、トランプは安倍政府に対して米国産農産物の大量購入を押し付けてきている。トランプは大豆や小麦と具体的な品目を指定したという。安倍政府はこれに応えて、アフリカ食料支援の枠組みで輸送費を含めて数億㌦(数百億円)規模で購入する案を検討している。だが、2018年のアメリカの対中農産物輸出額は前年に比べて100億㌦以上減少しており、この規模では到底穴埋めにもならない。

 

 折しも13、14日の日程で日米両政府の事務レベルの貿易協議がワシントンで開かれ、9月末までに大枠合意をめざすとした。5月の日米首脳会談では安倍首相は7月の参議院選挙後に農産物分野で大幅な譲歩をすることをトランプに約束している。トランプは日米貿易交渉で、中国向けの農産物輸出激減の尻拭いを日本に押し付けてくるのは必至だ。

 

 2018年の日本の食料自給率は37%で、コメを緊急輸入した1973年に次ぐ低さだ。農水省でさえ環太平洋経済連携協定(TPP)締結で日本の食料自給率は12%にまで低下するとの試算を出していたが、トランプのいうままに米国産農産物の輸入を拡大するというのであればそうなるのも遠くない。アメリカに胃袋を握られた属国に成り下がる道である。世界的に孤立するトランプにしがみついてともに滅亡するのではなく、独立国としてアジア諸国をはじめ世界各国との平和外交、平等互恵の貿易を推進することでしか日本の繁栄はない。

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