GIGAスクール構想によって全国の小中学校で1人1台のタブレットが配布され、暗記アプリや授業映像、AIドリルなどのデジタル教材も多様化して、どの地域の子どももそれを使って学べるようになった。ところが、文科省が実施する全国学力テストの最近の結果を見ると、平均スコアが大幅に下がる傾向にあり、とくに国語と算数(数学)の「思考・判断・表現」領域の正答率が落ちているという。
これと関連して、最近、医学や教育心理学の分野で「スマホ認知症」という言葉が使われるようになった。それは、スマホへの過度の依存によって注意力・記憶力・思考力が著しく低下することをいう。
東北大学加齢医学研究所は、スマホを1日4時間以上使用する若者の脳画像に「前頭前野の萎縮傾向」が見られるとの研究報告を発表した。前頭前野は、思考・判断・記憶・感情制御などをつかさどる中枢だが、その機能が弱っているというのだ。10代の若者が認知症とは、尋常ではない。
この本の著者は、株式会社カルペ・ディエムを創設して、全国の高校生に授業や進路指導、講演会などをおこなってきた人物で、いわば今の受験戦争をいかに勝ち抜くかを伝授する側にいる。その著者が全国を回って生徒や教師と話すなかでつかんだことをもとに、この本は構成されている。
“ハマる”情報で依存させる
スマホを見るということは、自分自身が目的をもって見たいものを見るという作業の対極にある。
YouTubeショートやTikTok、Instagramなどは、上下にスワイプするだけで勝手に新しい情報が次々にはいってくるし、しかもそれはAIがユーザーの好みや行動履歴を分析して、その人が“ハマる”内容を高精度で提案するように設計されている。通知音やスクロール、いいね――などはすべて、脳内のドーパミンを分泌させる「快感のスイッチ」であり、スマホは人間を依存させるように設計されている。そのなかで「自分の興味のあることしか受け付けない」思考回路が、徐々に形成される。
では、それに依存するとどうなるか?
著者によれば、粘り強く物事を考える力が減退する。自分自身の10代の頃を振り返ってみても、それまで知らなかったことに出会ったり、それまでわからなかったことがだんだんわかるようになったときの喜びは、さまざまな「退屈」「つまずき」「葛藤」を乗りこえた先にある。しかし今は、その入り口にすら立たないまま、「これはつまらなそう」「これは飽きた」といって、物事を粘り強く理解しようとしたり、問題が解決するまで努力するという意識が育ちにくくなっているという。もしそうなら、それは勉強だけでなく、人間関係にも影響するだろう。
著者は学校現場にいる教師から、タブレット学習のプラス面とともに、「生徒のなかで粘り強くなにかを考える力が著しく減っている」という声をよく聞くそうだ。
著者自身の経験でも、各地の学校での講演会の場で、なにか質問を投げかけても、最初の15秒ぐらいは一生懸命考えているのに、その後は45秒ぐらい顔をあげて「答えを教えてくれるのを待つ」表情に変わるという。「考えることをあきらめるまでの時間が年々早くなっている」「迷いながら考えるというもっとも重要な時間を失いつつある」と著者はいう。
ノートをとらないことによる弊害
もう一つは、授業中にノートをとるという作業が消えつつある、ということだ。かつては先生が黒板に書いたり話したりしたことを、その場で頭と手をフル回転させながら、書きながら、整理しながら、理解していった。今この場で理解しようとする緊張感のなかで脳が鍛えられていった。
しかし今、タブレットを使えばいつでも授業の資料は見返せるし、録画を後で見ればいいとなっており、その臨場感のなさが学力低下の原因ではないか、と著者はいう。それは子どもだけではないかもしれないが。
近年の教育心理学や神経科学の研究では、語彙や概念を覚えるさいに、実際に手を動かして書いたり、声に出して読んだりする身体的行為が、記憶の定着に深く関わっていることがわかっている。身体を使うことで、脳内の運動野、感覚野、視覚野という複数の場所が同時に活性化し、記憶が経験として統合されやすくなるためだという。
しかし今、画面をスワイプして眺めることに慣れてしまえば、情報は脳に定着する前にすり抜けてしまう。それは進路をめぐっても、この大学に行き、こういう分野の勉強がしたい、だからそこへ向けて努力する――というのではなく、「偏差値的に行けそうだから」という理由だけで大学を選ぶ若者が多いという。
自分がいったいなにが好きで、なにが嫌いで、なんのために生きるのかについて、悩み、葛藤し、努力するという過程があれば、たとえ失敗し挫折しても、自分が選んだ失敗ならそこから学ぶことができるし、人間的に成長することもできるだろう。まるでスワイプするように「流れてきたものを受け入れる」だけでは、そうはならないのではないか。
近未来、AIが今よりずっと進化し、進学、就職、結婚、子育て、投資などあらゆる人生の選択において、AIが莫大なビッグデータをもとに「成功確率」などを数値で示す時代が来るかもしれないし、金と権力を持つものがそれを利用しようとするかもしれない。だが、そうした社会はなんと不自由な社会であることか。「コスパがよい」「効率的」と思ってしたことが、実は長い目で見ると大切なことを失う結果になった、ということにならないよう、自分と社会の将来を自分の頭で考えたい。
この本では後半で、「小中学生は平日は1日1時間以内、休日は3時間を上限に」「夜9時以降はスマホを親に預ける」など、スマホに振り回されないルールづくりも提案している。
(KKベストセラーズ・ベスト新書、190ページ、定価1100円+税)





















