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「あだ名禁止」に思うこと

 子どもたちが通う小学校で、近年は先生が子どもたちの名前を呼ぶさい、男の子であっても女の子であっても「○○さん」と丁寧にさん付けで呼ぶのがあたりまえになっているというから驚いた。男の子も「君」ではないんだと――。かれこれ30年前なんて、女性の先生は確か君付けで呼んでくれていたけど、お世話になった担任の男性教師なんて名字を呼び捨てであったし、やんちゃな友人のなかには下の名前やあだ名で呼ばれている子もいた。それはごく自然なものでもあった。ある意味、生徒と教師の距離も近かったのだろう。さん付けについてはジェンダーへの配慮もあるそうで、なるほどそういうことなのかと合点もしつつ、しかし目の前でわんぱく小僧たちが「○○さん」と呼ばれているのを見ると、へ? と面食らってしまう。

 

 そんな変化が著しい学校で、最近ではいじめ防止と関わってあだ名を禁止するところも増えているのだという。本人にとって不愉快で容姿を侮蔑するようなあだ名は論外だろうが、かといってあだ名全般をひとくくりにして禁止するというのはちょっと行き過ぎではないか? と教師になった友人に話したところ、「いじめのきっかけになったらそれこそ一大事」「オレたちの時代とは違うんだよ…」とため息交じりの返答で力ない。そんなオマエに「ゴリ」なんて呼ばれていた身からするとなんだか拍子抜けもしつつ、今時の学校はそんな感じなのか? とこれまた驚かされるのだった。

 

 とはいえ、あだ名なしの名字で呼び合う友人関係とはどんな感じなのかを想像しても、とんと思い浮かばない。子ども同士のコミュニティーのなかで、きっと最も収まりのいい感じやキャラがあだ名として落とし込まれているのだろうし、名字とは違った愛嬌込みの呼び方が友人関係の距離感をあらわしているのだろうとも思う。むしろあだ名なしのほうが酷ではないか? とすら思うのだ。まるで仲間内ではないと線を引いているような感じといおうか、一定の距離感を保ちます的な空気が持ち込まれるような気がして、終いには「きみ」とか言い出すのだろうかと思ってしまう。喧嘩も遊びも悪さもみんなで楽しんで、泣いたり笑ったりしながら天真爛漫に育っていく過程で、なんともよそよそしいではないかと。

 

 仲間たちの近しい距離すなわち親近感を示すのがあだ名なのだとしたら、やはり自然にみなが呼称するようになったネーミングとは唯一無二の大切なもののようにも思う。さすがに昔テレビアニメでやっていた「ブタゴリラ」なんて呼称は現代的にアウトだろうけれど、あれだって登場人物の熊田薫君はなんにも気にしていなかった。要は本人が嫌がるあだ名はダメよ! ぐらいが線引きの基準としては十分で、十把一絡げに取り締まるあだ名規制はやり過ぎだと思う。

 

吉田充春         

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