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『京大おどろきのウイルス学講義』 著・宮沢孝幸

 新型コロナウイルスの国内感染が一山越した時点で、新たな変異ウイルス「オミクロン株」の世界的な感染が広がりを見せている。感染力の高い変異株のあいつぐ出現をどうとらえ、どう対応するのかが迫られている。そのうえでも今一度、ウイルスについて科学的な理解を深めることが求められている。

 

世界各地で同じ変異の例も

 

 ウイルス学者の宮沢孝幸氏(京都大学ウイルス・再生医科学研究所准教授)は今年4月に上梓した『京大おどろきのウイルス学講義』(PHP新書)で、ウイルスの真の姿をありのままとらえることで、パンデミックに冷静に対処するよう呼びかけている。そのなかで、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が一昨年末に発見されて以後、イギリス型、南アフリカ型、ブラジル型、フィリピン型などのさまざまな変異株を生み出してきたこととかかわって、ウイルス制御の難しさにふれている。

 

 コロナウイルスの変異株はウイルスのスパイクタンパク質の部分の何番目かのアミノ酸がランダムに変わることによって感染力や拡散力が増したものと見られている。宮沢氏はウイルスはそのような変異を不断にくり広げているから、同じ変異がフランスでもアメリカでも日本でも独立して起こりうると指摘している。人の移動によって変異株が広がるとは限らない。だから、入国制限をすれば安心というわけにはいかないという。

 

 宮沢氏は動物のウイルス研究の第一線に立つ獣医学者としての経験から、1970年代後半、イヌに出現した新型のパルボウイルスが世界同時に同じ変異を起こした事例を紹介している。当時、研究者は「なんで、イヌは飛行機に乗らないのに、新型が一気に広まったんだろう」といぶかしがった。しかし、その後の研究でウイルスにはさまざまな配列の変異が起こっていたが、たまたまウイルスの増殖にとって都合のいい変異が世界中で起こったので、短期間のうちに新しい型が広がったように見えたことがわかったという。

 

 宮沢氏はまた、新型コロナウイルスは医学の分野では「未知のウイルス」といわれ、特別なウイルスと見られがちだが、ウイルス学的には、「既知のウイルス」であることを強調する。コロナウイルスは医学の世界では、02年にSARSコロナウイルスが出現するまであまり研究されていなかった。しかし獣医の世界では、このウイルスは動物に感染している一般的なウイルスであり、大きな問題を引き起こすことから研究が進んでいたという。

 

 宮沢氏はこのことも含めて、コロナウイルスのように人に対して病毒性を持つ動物由来の新型ウイルスの感染を予測し正しく対応するためには、人に感染して病気をもたらしたウイルスだけを研究するのではなく、動物を宿主とするウイルス全般についての研究が必要なことをくり返し強調している。そして、そのようなウイルス研究を軽視する日本の科学研究予算の配分のあり方へと批判の目を向けている。

 

 自然界には動物を宿主としているときには病気をひき起こさないのに、人に感染すると激しい症状をひき起こすウイルスが数多く存在していると見られる。だが、そのほとんどがまったく研究されておらず、わかっているウイルスは氷山の一角にすぎない。

 

犬猫の研究に予算下りず

 

 しかし、現実のウイルス研究とくに日本の大学では、今感染症が問題になっているウイルスを選択し目先の成果を求める研究に集中する風潮が覆っている。宮沢氏のようなイヌやネコなどのウイルス研究には予算が下りてこない。多くの研究室で研究ができない危機的な状況にある。ところで、新興ウイルスは「このウイルスは怖いぞ」と警戒しているところからではなく、無警戒のところから突然やってくるのである。

 

 宮沢氏は、研究費を動物も含めた多くのウイルスに満遍なく少しずつでも振り向けておれば、動物由来で人に感染する可能性のあるウイルスの研究はもっと進んでいたと断言する。さらに、動物のウイルスを広く研究しておかないと、新興ウイルス感染症が出るたびに、ウイルス専門家が日本にいなくて困ることになると警鐘を鳴らしている。

 

 自然界に存在するウイルスすべてが病毒性をもっているのではなく、ヒトを含めて生物の誕生、進化を促してきたウイルスも多くある。宿主の遺伝子情報であるDNA(ゲノム)にウイルスの情報を書き換えるレトロウイルスは数億年前から生物の進化を促してきた。こうした研究の成果からも、ウイルス学が生物学や生命科学の研究のうえで重要な位置を占めていることがわかる。

 

 宮沢氏は「これからは新しい生活様式」(ウィズコロナ)と煽る風潮に対しても、新型コロナウイルスが生まれたことで、人類がこれまでとはまったく違った生活様式を強いられるものではないと、釘を刺している。52年前に生まれた風邪のコロナウイルス229Eは今もあまり変異することなく続いている。おなじくコロナウイルスNL63は鎌倉時代に生まれたことがわかっている。人類は遠い昔からコロナウイルスと共存してきたのだ。人間は動物とともに生きていく以上、今後もずっと「ウィズコロナ」だという指摘である。 

 

 (PHP新書、222ページ、930円+税)

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