いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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「五輪より運動会が観たいよね…」

 「もう東京五輪はいいから、それよりも子どもたちの運動会が見たいよね…」と最近、周囲にいる同世代のママさんたちがぼやいている。下関では近年、秋ではなく5月に運動会を開催する小学校が増えた。昨年は休校だったり緊急事態宣言が解除された直後ということもあって中止となり、さて1年をまたいだ今年はどうなるのかという思いで見ているのだ。学校から配られたプリントには、開催はコロナの感染状況次第と書いてあり、やるとしても人数制限するかもしれない旨が記載してある。春の卒業式や入学式も父母参加はどちらか1人のみと制限がかかっていたし、この調子だと運動会(午前中で終了予定)も父か母どちらかのみの入場が許されるソーシャルディスタンス形式、すなわち声を出してはならないサイレント応援になりそうな気配が濃厚だ。仮に開催されたとして、そこで子どもたちの活躍に興奮して「○○がんばれ~!」「走れ~!」などと大きな声を出したら、飛沫感染をもたらす犯罪者のような目で見られそうで、それ自体、いったいどんな運動会だよ…というのである。コロナ禍の運動会も大変なのだ。

 

 感染者数でいえば、確か昨年の今頃は「彦島で1人出た」「県外のラウンジに飲みに行っていた○○在住の会社員が感染した。子どもは○○小学校に通っているようだ」「プリンセス号に乗っていた○○在住のお金持ち夫婦が帰ってきたぞ」などの細々とした情報が、多少の尾ひれもつきながら、コロナ差別にもつながりかねない危うい空気と共に狭い街のなかを駆け巡っていた。しかし、感染者数として発表されるのはせいぜい1人とか2人程度のレベルで、むしろゼロの日がほとんどであった。山口県とか下関市のような田舎の地方都市では、新型コロナウイルスの感染といってもなんだか実感が持てず、とりあえずみんなマスクはしているけれど、東京をはじめとした都市部の大騒ぎはどこか他人事のような空気すらあった。

 

 しかし1年経過してみるとどうだろうか。山口県内でもここ数日は1日の感染者数が40~60人と桁数が跳ね上がった状態が続き、11日に山口県はついに病床使用率50%ごえで「ステージ4」相当になった。こうなると、もはや「どこそこの○○が感染したらしい」等等の人物特定の噂話すら追いつかず、目に見えぬコロナウイルスの猛威がひたひたと近づいているような感じである。隣接の福岡でも広島でも過去最大の感染者数を連日更新し始めるなど、爆発的な感染拡大が広がっており、もはや「さざ波笑笑」などといえる状況ではない。大阪の医療崩壊にしても悲惨で、医療管理下になく、人工呼吸器も治療薬も与えられずに自宅療養で死亡するなど考えられないような事態を迎えている。これまたどこのどいつがいったのか「さざ波笑笑」どころではない。

 

 より感染力の強い変異株に置き換わっていく渦中にある第四波の入口で、現状ではワクチンはなし、届いても打ち手が足りず予約システムや受付はダウンというタイムラグが生じている。病床は逼迫、医療関係者は疲弊、入院すらできない重症者が「自宅療養」などという実質的放置によって自宅で死んでいる。PCR検査はいつまでたっても拡充されず、生活補償のための給付金がもらえるでもなし、日本社会のコロナ対策としては、1年経ってなお、なすがままの状態が放置されているだけなのである。それはまるで能動的な変化を拒み、自分の頭で考える努力を怠っている者が嵐のなかでただ突っ立っているかのような光景に見えて仕方がない。

 

 第四波の襲来に対して、ワクチン接種は間に合わないことが確実である以上、ロックダウンのような人々の動静を抑えるようなアクションによって時間稼ぎをしつつ、最小限に感染拡大を食い止め、一方でワクチン接種を迅速に進めていく以外に、この危機を乗り切る方法はないように思う。そして、重症者については自宅で死んでいくような事態を放置するのではなく、それこそ野戦病院的なものでも突貫工事でつくり上げ、医療管理下におけるような体制整備が急務である。「できない」ではなく、「できる」ようにどう動くのかが政府の仕事であり、この期に及んで「あれもできない。これもできない」と言い訳をしているような怠け者及び「笑笑」などとツイートしているような不届き者は要職から排除されるべきだろう。

 

 子どもたちには可哀想な気もするが、運動会を開催するか否かの判断基準が感染の広がりにあるのだとしたら、昨年の今頃よりもはるかに感染拡大の度合いは深刻なのも現実だ。親たちも「東京五輪よりも運動会が見たいよね…」といいつつ、その運動会も開催できるか危ういよね…と思っているのが本音だ。子どもの勇姿を見たいのは山々だけど、中止なら中止で、その判断を受け入れる人が大半だろう。 武蔵坊五郎

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