(2025年7月16日付掲載)

イスラエルの攻撃で殺害された軍幹部や科学者を弔うために集まった数万人の人々(6月29日、テヘラン)
イスラエルによるガザ攻撃の長期化によって中東情勢の緊迫が続くなか、6月半ばにイスラエルとアメリカがあいついでイランの核施設を先制攻撃した。20カ月以上にわたるガザ・ジェノサイド(大量虐殺)が世界的な非難を集めるなかで、その戦火をイランに広げることでアメリカの支持をつなぎ止め、国内の求心力を高めたいイスラエル・ネタニヤフ政権の暴挙にトランプ米政権が加担した格好だ。一切の国際法を無視した暴挙であるにもかかわらず、日本を含む西側主要国政府やメディアは「イランの核疑惑」に問題をすり替え、批判の矛先をイランに向ける倒錯を見せている。本紙は駐日イラン・イスラム共和国大使のペイマン・セアダト大使にインタビューし、一連の問題に対する見解を聞いた。
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本紙インタビューに応じるペイマン・セアダト駐日イラン大使(8日、東京)
質問 イスラエルとアメリカがあいついでイランの核施設を攻撃し、世界に衝撃が走った。12日間で停戦には至ったものの、日本を含む西側の主要メディアは「イラン核疑惑」を持ち出し、これらの攻撃に正当性があるかのような印象操作をしている。一方、イラン側の主張はほとんど伝えられていない。まず今回の攻撃に対する見解と、日本の人々に訴えたいことを聞かせてほしい。
セアダト大使 ご存じの通り、6月13日にシオニスト体制(以下、イスラエル)がイランに対する軍事侵略をおこなった。イラン側がなんらの挑発もしていないにもかかわらずおこなわれた先制攻撃だ。この攻撃によって、イスラエルは、イランの軍最高幹部や核科学者を殺害し、さらに許しがたいのは、現在までにわかっているだけで1000人以上もの無防備な一般市民を標的として殺害した。
続く6月22日には、アメリカがイスラエルによる軍事侵略に加担し、イラン国内の3つの核施設を「バンカーバスター(地中貫通弾)」等で空爆した。この攻撃もまた、正当な理由のない一方的な先制攻撃だった。
これらの攻撃がおこなわれた2025年6月は、人類史における「暗黒の月」として人々の記憶に刻まれるだろう。このような惨劇を人類は二度とくり返してはならないことはいうまでもないが、一体どのようにすれば、このような惨劇の再発を防ぐことができるのか、それを保障することができるのかが問題だ。
まず第一に、イスラエルおよびアメリカの行為は、明らかな侵略行為である。いうまでもなく国連憲章をはじめとする国際法は、あらゆる武力の行使を禁じている。このたびの軍事的行為はそれらに反するだけでなく、国際人道法にも反して、イランの多くの一般市民を標的とし、殺害した。
さらに今回の攻撃では、イラン国内の核関連施設も標的にされた。これは明白な国際法違反だ。国連安保理決議第487号(1981年)に違反し、さらにはIAEA(国際原子力機関)の規定にも違反し、IAEA総会で採択された3つの決議(444号/1985年、475号/1986年、533号/1992年)にも反する。これらの決議は、平和目的の核施設への武力攻撃を控えるよう加盟国に明確に求めている。なぜなら核施設への攻撃は、被爆性の高い放射能を拡散させる極めて深刻な危険をともなうからだ。
同時に今回の攻撃は、イランという独立国の国家主権ならびに領土の一体性を侵害するものであった。イランはいうまでもなく国連に加盟する独立国だ。
つまり、今回のイラン攻撃は四つの点から違反であるといえる。国連憲章違反、国際法違反、NPT(核拡散防止条約)の規約違反、IAEAの規定違反だ。
これらすべての軍事侵略は、一方的かつ違法に、そしてまったく不当な先制攻撃だった。これは、いわゆる「法の支配」にかわって「力の支配」が台頭していることを示す顕著な例だと考える。ある国やある体制が「われこそは国際社会の代表である」と思い上がり、好き勝手に他国に対して国際法違反をおこなっているのだ。
6月22日の侵略行為は、国連安保理常任理事国(アメリカ)によっておこなわれた。6月13日の侵略行為は、NPTにも加盟しておらず、すでに核兵器を保有している体制(イスラエル)が、NPT加盟国であり、核兵器を保有していない国(イラン)に対しておこなったものだ。
これらの行為は、われわれ国際社会に、選択肢として2つの道を突きつけている。つまり、「法による支配」の世界に生きるのか、それとも「力による支配」の世界に生きるのかだ。力の支配による世界では、あらゆる戦争や暴力は正当化される。これに対して、法が支配する世界は、あくまで平和的解決を模索し、対話によってあらゆる紛争や対立を解決していく道だ。国際社会がどの道を選ぶべきかは明白だ。われわれには、法の支配の世界に生きる選択肢しか残されていない。
法の支配による世界を選ぶのであれば、国際社会は、このたびの侵略行為を力強く明確に非難すべきである。その侵略者をして責任を償わせるべきであると考える。もし仮に国際社会が、今回の暴挙を法の支配に基づいて非難しないのであれば、これら力の論理を追求する国々は、責任追及も処罰もされないことにより、今後もやりたい放題に振る舞うだろう。
しかし、残念なことに国連安全保障理事会は麻痺してしまっており、今回のイランへの攻撃に対して、なんらの非難決議も採択していない。提出さえしていない。IAEA理事会も非難決議を採択していない。もっと嘆かわしいことにG7は、攻撃した側を非難しなかっただけでなく、加害者と被害者を逆転させてしまっている。
これでは侵略者側が今後どんな国際法違反を犯したとしても、自分たちは責任も追及されず、処罰されないという自信を抱いてしまうことに繋がりかねない。このことにより世界は非常に深刻な危機に直面しつつある。
長周新聞の読者ならびに日本の皆さんに伝えたいことは、これは決してイラン一国にとどまる問題ではないということだ。この「力の支配」は、世界に非常にネガティブな結果をもたらすだろう。すべての国に悪い影響をもたらしてしまうことは明白だ。
広島、長崎への原爆投下による惨劇も、この「力の支配」のために引き起こされたものだ。これらが今後さらに増長することは、なんとしても食い止めなければならない。私たちはあくまでも法の支配のために力を注がなければならない。法の支配は、力の支配を制御するために必要なのだ。法の支配による制御がなくなってしまえば、世界はもはや無法地帯と化してしまうだろう。
イラン核疑惑とは何か 非合法の核保有するイスラエル

イスラエルの攻撃を受けたテヘラン市街地(6月13日、イランメディアが公開した監視カメラの映像より)
セアダト大使 今回イランを攻撃した側は、イランが核兵器を開発しているのではないかという疑いを口実としているが、イランの核開発計画はこれまでも、これからも永久に平和的な民生利用であり続ける。
「イラン核疑惑」という彼らの主張は、事実に基づくものではなく、攻撃を正当化するための口実に過ぎない。イスラエル、アメリカ、そしてヨーロッパも、イランにおける平和裡の原子力開発計画について捏造したイメージを国際社会に振りまいている。そして、なんの根拠も示すことなく「イランは核兵器製造を追求している」と一方的に主張している。
核問題についてイランの立場は一貫している。世界中でおこなわれる核・原子力開発について、唯一それを管轄し、検査できる国際機関はIAEAだ。イスラエルを包含する西側諸国は、IAEAをも政治的に操ろうとしたが、事実は争いようがない。
現在のIAEA事務局長は、6月18日と25日、2回のインタビューで明確に告白している。「誠実に申し上げれば、これまでにイランが核兵器の製造等に向かって組織的に動いていたという証拠は何一つ見つかっていない」と。
世界中の核・原子力開発の実態を技術的に判断するために、国際社会はIAEAという国連機関を持った。それは誰もが自分たちの都合の良いように主張することを防ぐために設けられている。
イランで平和利用されている核施設への攻撃は、このIAEAの規範や存立基盤を著しく傷つけるものだ。くり返すが、IAEAが管轄するあらゆる民生用核施設への軍事攻撃は固く禁じられている。それは放射性物質が拡散する極めて危険な行為だからだ。
もしもIAEAの加盟国、事務局長、理事会が、IAEAの存立基盤を否定するのであれば、もはやIAEAは機能せず、その正統性も失われることになる。
核拡散防止条約(NPT)第4条には、NPTに加盟する非核兵器国が原子力を平和利用する権利が定められている。IAEAがそれを査察し、その技術があくまで民生利用を目的としたものであり、軍事利用へと向かっていないことを監視・検証する。その義務は非常に明確だ。あらゆる国は、この国際社会の合意に基づく枠組みの中でしか核開発に取り組むことはできない。
イランにおける核エネルギーの平和利用は、直面するエネルギー不足を補うため発電分野への応用を最も重視し、さらに医薬品製造やがん治療に必要な放射性同位体の利用、農業においても害虫駆除や品種改良などの分野で利用されている。これらはすべてIAEAが定める「平和利用」のリストに準拠しており、国際的なルールに基づく正当なものだ。
いうまでもなく、日本でも原子力の民生利用がされており、ウラン濃縮もおこなわれている。検証するのはIAEAだ。
イランが2015年に立てた計画(JCPOA=包括的共同行動計画)は、日本とまったく同じものだ。低濃縮、つまりウラン濃度を3・67%まで下げることを決め、査察と検証をIAEAがおこなうことになっていた。だから、2018年5月までイランはIAEAの検証の下、日本と同じウラン低濃縮を続けた。IAEAは15回におよぶ査察レポートで、イランが核の軍事転用に動いている証拠は見つからないと報告している。
この合意に基づくプロセスが続いていたら、イランでも日本と同じように透明性が確保された原子力の平和利用が続くはずだった。この合意は、イランとアメリカだけでなく、国連安保理常任理事国にドイツを加えた6カ国(P5+1)による国際合意であり、その後、国連安保理決議2231号によって追認された。
この安保理決議は合意を強化するために採択され、それによりイランは経済制裁解除という利益を得られるはずだった。だから、もしこの合意が継続されていたなら、今ごろイランでは何十社、何百社もの日本の企業が経済活動をしていたはずだ。まさしく日本と同じ原子力の平和利用をイランも続けられていた。

イラン核開発問題の枠組み合意を発表した国連安保理常任理事国とドイツおよびイランの外相ら(ローザンヌ、2015年4月2日)
しかし、2018年5月にトランプ大統領が一方的にこの合意を破棄した。それは非合法的なものだ。外交的手段を重視しないのであれば、力による手段を選ばざるを得なくなる。
だが、トランプ大統領による一方的な合意破棄後も、イランは決して核の軍事転用に向かったわけではない。もしも、ある国家が本当に軍事目的のために核開発をおこなっていたのであれば、外交交渉やIAEAの査察を受け入れることはないはずだ。今般の攻撃以前には、IAEAの全査察官の5分の1にあたる130人がイラン国内に配置されていた。
考えていただきたいのは、これに対して、イスラエルは数百もの核弾頭を保有しながら、NPTにも加盟せず、IAEAの査察も受け入れていないという事実だ。
つまり問題は、イスラエルとアメリカの悪巧みにある。実際にイランはアメリカと核問題に関する間接協議をくり返しており、その最中に核施設への軍事攻撃を受けた。
これに関して、現在さまざまなナラティブ(語り口)が流布されているが、非常に操作され、歪曲された言説が横行している。それはアメリカやイスラエルの行為を補完するものに過ぎない。
外交とはすなわち透明性を担保することであり、外交を拒否することは何かを隠そうとすることだ。なぜ、こんなに厳しい状況にありながらもイランは交渉のテーブルに着こうとするのか? それはみずからの核開発が完全に平和利用目的であることを確証しているからだ。
イランは「中東非核化地帯」構想を最初に打ち出した国であり、今後もそれを追求していく。一体、誰がこの構想を受け入れようとしていないのか? シオニスト体制(イスラエル)だ。なぜなら彼らはすでに100発以上もの核弾頭を保有しているからだ。
私がこれを強調するのは、日本の人々に真実を知っていただきたいからだ。危機の原因となっているのは、イスラエル、アメリカであり、一部のヨーロッパの国々だ。
もう一つ、流布されている偽りのナラティブに、イランがウクライナ紛争においてロシアに武器を提供しているという言説がある。断言しておきたい。イランは、ロシア・ウクライナ紛争に関して、いかなる武器もロシアに提供したことはないし、今後もしない。ロシアがイランから武器を供与されているという言説を流した米国メディアもウクライナ側も、それを示す根拠を何一つ国際社会に示していない。そのような事実がないからだ。これはわが国にとって重要な事実だ。
結束深めるイラン国民 「力の支配」への抵抗
質問 核合意を一方的に離脱したトランプ大統領は、イランに対する厳しい経済制裁を再発動しているが、国内ではどのような人道的影響が出ているのだろうか?
セアダト大使 イランへの制裁は、石油輸出、海運・船舶、金融・銀行取引、保険に至る経済の重要部門すべてを対象としており、イランでは国際銀行システムや保険サービスへのアクセスが困難になり、食料品・医療品・医療機器の輸入に深刻な支障が出ている。
人道的影響としては、がんや糖尿病などの慢性疾患患者が必要な薬を入手できず、国内で高額な代替品を使わざるを得ない。また、「バタフライ・チルドレン」(先天性表皮水疱症の子ども)向けの特殊な包帯が入手困難になっている。スウェーデンの企業が供給していたが、銀行制裁によって輸入できなくなり、現在はUNICEF(国際連合児童基金)経由で調達しているが限界がある。極めて無差別かつ非人道的な制裁だ。

イスラエルに封鎖され、飢餓に襲われたガザでは人々が食料を得るための移動を強いられている(6月)
質問 イランへの攻撃は2年近く続くイスラエルによるパレスチナ・ガザへの軍事攻撃の延長線上に起きた。現在ガザで起きていることや自国が攻撃を受けたことについて、イラン国内ではどのように受け止められているのだろうか?
セアダト大使 まさにイランへの攻撃は、2023年10月7日から始まった一連の流れ(イスラエルによるガザ攻撃)の中で起きたと考えるべき極悪な行為だ。さらにその前段階にまで遡って考えなければならない。パレスチナの人々は76年以上にわたり、みずからの土地を奪われ、不当な占領にさらされてきた。人々は抑圧され、いわれなき迫害を受けている。その加害者であるイスラエルは、この問題を国際社会の目からなるべく遠ざけるように動いてきた。
2023年10月7日の1週間前、ネタニヤフ首相は国連総会で演説をおこない、そこである地図を示した。そこにはイスラエルの領土は示されていたが、ガザもヨルダン川西岸もなかった。
一方、イスラエルによるジェノサイドについて、国際社会は十分にその目的を認知している。つまりパレスチナの存在そのものを消滅させることが彼らの究極の目的であるということだ。だからこそイスラエルは、ガザでジェノサイド、民族浄化ともいうべき非道な殺害行為をくり返し、これまでに6万人をこえるガザの住民を殺害した。西岸地区でも、暴力的な入植によって人々を土地から追い出している。
さらにイスラエルは、ガザや西岸を越えて領土をさらに拡張する政策を持っており、「川から海へ」をスローガンに「大イスラエル構想」なるものを掲げている。それは西アジア・中東地域において、みずからの覇権を確立することを目的としたものだ。もはや現在、イスラム諸国またアラブ諸国には、このイスラエルの領土拡張主義政策について疑念を挟む余地はない。そのため中東地域全体が地政学的に大きな変化を迫られている。
その意味で、イスラエルによるパレスチナ(ガザ・西岸)、レバノン、シリアの占領は、すべて一連の流れの中にある。
イランは今後もパレスチナ、とくにガザの人々を支援するし、常に共感の念を持ってそれをおこなうだろう。そして今回、母国イランが攻撃を受けたことについては、イランの文明史に基づく特徴的な見方がある。すなわち外国からの侵害や侵略を受けたときには、彼らの予想に反して、イラン国民はより一致団結し、結束の度を深める。ガザの人々と連帯し、ともに抵抗するイランの人々の意志は揺るぎないものであり、母国が攻撃を受けたことで、その団結心がさらに強まったことは明らかだ。
法の支配に基づく国際社会を築くためにイランが大きな代償を払ったともいえる。この代償は非常に重い。一般市民、軍の幹部、核科学者を含む尊い人命が失われ、経済的にも非常に厳しい圧力にさらされている。
それでもイラン国民は、強い精神力と抵抗心をもってこの道を歩み続けていくだろう。
社会正義を追求することは代償をともなう。社会正義の追求は、イランの人々のDNAに組み込まれた精神だ。しかしながら、なぜイランが国際社会にかわって、このような多大な代償を払わなければならないのだろうか? もし国際社会が法の支配や社会正義を求めるようにとりくんでいれば、イランが犠牲になることはなかった。しかも、イラン一国で孤軍奮闘している現状だ。
中東アラブ諸国の連帯 イラン攻撃で強まる
質問 一時は全面戦争の危機さえ漂ったが、イラン側が反撃を抑制したことで即時に停戦合意に至った。その判断の背景にはどのような国民的あるいは地域的な合意、見通しがあったのだろうか?
セアダト大使 それを考えるには問題の大きな図式を見る必要がある。
イスラエルは、中東地域における覇権拡大という目的達成のために二つの方法をとった。
一つは、ノーマライゼーション(正常化)だ。そこで考えるべきは、われわれは地域の平和と安定を望んでいるが、彼らもそうであるのか? ということだ。イスラエルはこの間、サウジアラビア、UAE、バーレーンなどと国交を正常化した。それによって中東地域に平和と安定が確立されただろうか? イスラエルは、みずからの覇権拡大のためにそれをおこなったに過ぎない。
もう一つは、パレスチナ、レバノンへの暴力的な軍事侵略であり、シリアの一部の占領だ。
イランの人々はこのような覇権主義に反対し、パレスチナの人々を救うためにさまざまな援助をおこなったが、西側諸国を含む彼らは、「代理勢力」「テロ支援組織」というレッテルを貼り、イランを国際社会から孤立させようと試みてきた。
しかし、何十年も前から中東地域には、この覇権主義に対する抵抗の精神があり、その抵抗の一部としてイランも存在してきた。
それでもイスラエルは70年間、覇権を確立するための段階を進めてきた。パレスチナ―イスラエル問題を解決するための国際合意は、キャンプデービッド合意(1978年)やオスロ合意(1993年)も含め、まともに義務が履行されたものは何一つない。
パレスチナの人々には、国連憲章に定められた民族自決権がある。それに反対するイスラエルが違法に占領し、その権利を剥奪している。私は、社会正義のない平和は、決して恒久的な平和ではないと考える。
そのため非常に残念なことだが、西アジア・中東地域において、平和と安定はすぐには望めないのが現状だ。どの国、どの勢力も社会正義を本当の意味で追求しておらず、それは平和を求めていないということであり、そのかわりに覇権を追求している。
おそらくこの地域の情勢は、今後も複雑で困難な状況が続くだろう。もちろん、わが国は、中東地域の平穏化、沈静化のためにあらゆる努力を払ってきたし、今後もそうあり続ける。
中東地域に平和と安定をもたらすためには、あくまでも域内の国々が協力する必要があると考える。その点では現在の方が以前より良い状況にあるかもしれない。
つまり、集団安全保障体制を構築することだ。それは必ずしも軍事力を意味するものではない。もちろん国防や自衛はその一部ではあるが、それがすべてではない。
逆説的ないい方になるが、パラダイムシフト(価値観の転換)が必要であり、第1点目には、域内の国同士に相互理解があること、第2点目には、インクルーシブ(包括的)な経済的発展によって平和と安定がもたらされる可能性がある。
今回のイランに対する侵略を受け、21のアラブ諸国とイスラム諸国の外相が共同声明を発出し、軍事侵略を非難するとともにイランとの連帯の姿勢を明らかにした。また、OIC(イスラム協力機構、57カ国加盟)も緊急外相会議を開き、同様の声明を発出した。このように中東地域の国々には、イスラム、アラブを問わず共通して、イスラエルの覇権主義的動きに対する強い懸念と警戒心がある。
多くの国々は考えている。「もしイランが抵抗しないのであれば、次はわれわれが被害を受けるかもしれない」と。だからこそ21カ国もの国々が連名で声明を出した。現在、イランと他の中東諸国との間で連携と意思疎通は非常に増している。今後よりよい関係がもたらされると考える。
被害者を非難するG7 侵略者の犯罪を増長
質問 日本を含むG7は、パレスチナ問題の「二国家解決(共存)」を口にしながらパレスチナの国家承認をしていない。そのためにガザの人道危機に国際社会はアクセスすらできず、アパルトヘイト(人種隔離政策)同然のことがおこなわれている。パレスチナ国家承認は一つの解決策になると思われるか?
セアダト大使 私の考えでは、実際のところ二国家解決の実現は難しいと思う。なぜなら、イスラエルが二国家解決を受け入れる可能性は限りなくゼロに近いからだ。
イスラエルは、パレスチナの人々、パレスチナ国家を孤立させ、国際社会から葬るために最大限の試みをしてきた。さらにガザでは横暴な暴力が振るわれている。最近ではヨルダン川西岸もイスラエルの一部に添付しようと試みている。
彼らは、その意図をあからさまに公言している。ネタニヤフ首相が国連総会で示した地図にガザも西岸もなかったように、国際社会が訴える二国家解決はイスラエルの拒否によって実現しないものと考えられる。彼らがそのような解決策に譲歩することはない。それは、この間の軍事行動と占領さらに公式の発言によって証明されている。
そして、残念なことに現在、ガザも西岸もイスラエルの一部として扱われ、国際社会はこれらの地域にアクセスすることも許されない。その下で今もガザの人々は困窮し、イスラエルの非人道的政策による飢餓に苦しんでいる。
イスラエルがパレスチナを国家主権、領土の一体性、さらには軍を保有する一つの独立国として承認する可能性があると思われるだろうか? 百歩譲って、もしその可能性があったとしても、それは独立国とは似て非なる国になってしまうだろう。仮に国家承認されるとして、ガザと西岸という分離された二つの地域をどのように一つの国として統治することができるだろうか。
パレスチナの人々の権利は、国連憲章で定められているように、みずからの国の運命をみずからが決めるという民族自決権に基づいて認められるべきだが、力による支配が世界を覆うなかでは実現は難しい。
イスラエルが掲げる「大イスラエル構想」によると、彼らはガザや西岸のみならず、もっと多くの土地を支配しようとしており、すでにシリアではガザの3倍もの面積の土地を占領している。そして現在、レバノンとイスラエルとの停戦合意は、イスラエル側がいつでも好きなときにレバノンを攻撃できるという内容になっている。レバノンは主権を持つ独立国だ。国歌、国旗、国境があり、国連加盟国でもある歴とした主権国家をも受け入れることができないイスラエルが、どうしてパレスチナ国家を受け入れるだろうか?
このような非常に不安定で危険な存在により、至るところで危険を生じているが、みずからに抵抗する国に対しては「代理勢力」「テロ組織」というレッテルを貼る。そして、彼らだけは他国の要人暗殺も不安定化も容赦なくおこなうことができるのだ。
その点において、G7の声明は非常に残念なものであった。本当の侵略者を非難するかわりに、被害者であるはずのイランが、この地域の不安定化やテロの主因であるかのように名指しで非難されたのだ。G7の国々はわれわれとは違う別の惑星に住んでいるのだろうかと思わざるを得ない。
地域の不安定化を煽っているのがイランなのだろうか? これはイスラエルの犯罪を正当化するために捏造されたナラティブであり、まるでイスラエルに対して「今後もどうぞ好きなように侵略や犯罪を続けてください」といっているに等しい。
今回のG7の声明は、アメリカの圧力によって発出された。だからこそ、イスラエルによって起こされたすべての犯罪に関して、アメリカは共犯者である。それはイランに対する侵略攻撃においても証明されている。

2025年6月4日、ガザの即時かつ恒久的停戦を求める国連安保理決議案は米国の拒否権発動により否決された
質問 深刻なダブル・スタンダードが常態化しているなかで、国連や国際社会にどのように法の支配をとり戻すべきと考えられるか?
セアダト大使 法の支配そのものが侵略を受けたと考える。国連憲章、国際法、NPT、IAEAは実際には存在している。だが、国連安保理が麻痺に陥り、軍事侵略やジェノサイド、民族浄化、戦争犯罪に対する非難決議も採択することができない。問題は、法の支配よりも力の支配が優位に立っていることであり、国連憲章や国際法がある意味で人質にとられていることだ。
だからこそ、国際社会には、国際法や国際規範をより重視し、尊重する姿勢が求められる。
これら国際法や国際規範、国連機関は、人類の叡智の結晶として長年月をかけて培われたものであり、ようやく人類が合意に至ったものだ。それは確かに完璧なものではないかもしれないが、あらゆる紛争や戦争を予防するために作り出されたものだ。だからこそ、これら実際に存在するルールや国際機関を国際社会がより重視し、尊重することが必要だ。
第二次世界大戦後、国際社会のコンセンサスとして設立されたのが国連だ。それはあくまでも戦争や紛争を対話によって回避するためにある機関だ。もし国連安保理や国連機関があるにもかかわらず、戦争を防ぐことができないとしたら、それは決して国連や国際法のせいではなく、戦争を他国に押しつけようとする主体(国)の側の問題だ。
わが国としては国際法に希望を抱いており、交渉や協議による外交的解決を望んでいる。だが、外交の途上にあって別の国がある国に対して攻撃をすることは許してはならない。だから、これらの主体は、単にイランに攻撃を仕掛けただけでなく、国連に対しても、NPTに対しても、国際法に対しても攻撃を仕掛けたといえる。
広島・長崎とイラン 核兵器廃絶で共働を
質問 日本とイランは歴史的に関係が深い。またイランをはじめ中東アラブの国々では、広島・長崎についてよく知られていると聞く。今年は被爆80年にあたる。大使は広島・長崎でおこなわれる平和式典にも参列されるということだが、イランの人々は原爆問題をどのように捉えておられるのだろうか。この戦争を止めるために、被爆国の政府や国民に何を望まれるだろうか?
セアダト大使 いうまでもなく日本は世界で唯一の被爆国であり、核兵器がもたらす恐ろしさを日本人ほど深く理解している人はいないし、それを語れる人もいない。もちろん、それを伝える責任は日本のみならず国際社会全体にある。
ただ、実際にそれを体験しているのは日本国民だけだ。私自身も被爆者の方のお話を聞いたとき、原爆に対する理解はまったく違うものになった。広島・長崎を訪問することで、非常に多くのインスピレーションを受けることができる。
日本の国民あるいは政府の言葉は、他の国にはない重さと尊さがある。だからこそ非常に重要なダイナミズムが必要だ。興味深いことに、今回のイラン攻撃にさいして、日本にある数多くのNPO団体が発出した声明は、問題の本質をみごとに指摘していた。
私が期待することは、日本の政府や国民の皆さんがより大きな声を上げることだ。その声は、他のどの国よりも遠くまで届き、より大きな影響力を持っている。
IAEA総会において、IAEA傘下のあらゆる核施設への攻撃を禁止する決議が採択されたことも、日本の被爆者の方々が経験した非人道的被害によって放射能の危険性が理解されたからだ。だからこそ、核施設への攻撃を禁じるIAEAの規定や決議を日本国民の皆さんや政府が強く支持するならば、それは他のどの国民がいうことよりも重い力を持つ。
大量破壊兵器の廃絶に向けて、日本は被爆国として、イランは化学兵器(毒ガス)の被害国として今後さらに共働していくべきだと思う。
イランは、世界史上初めて毒ガス等の化学兵器の被害を受けた国だ。これらの化学兵器は、1980年代のイラン・イラク戦争中にイラクのサダム・フセイン政権によって使用され、ドイツ企業が化学薬品を提供し、アメリカが衛星画像などの軍事情報を提供していたとされる。サルダシュト市では一度の攻撃で130人が即死し、同市や前線部隊の兵士に深刻な後遺症が残った。だからイラン国内には、今も10万人以上の化学兵器被害者がおり、長年にわたり呼吸障害・がん・皮膚疾患などに苦しんでいる。
この分野に関して、日本とイランの間ではNGO団体の交流が増えており、毎年、両国間で人的交流の往来がある。化学兵器犠牲者がテヘランに設立した平和博物館と、広島の平和記念資料館との間には連携があり、NPO団体などを通じて市民交流もおこなわれている。サルダシュト市には「ヒロシマ・ストリート」があり、戦争の記憶と平和の重要性を象徴する場所となっている。

イランの化学兵器被害者たちが設立したテヘラン平和博物館
イランが大量破壊兵器、核兵器に強く反対するのは、このような痛みを経験しているからであり、万が一にも今後、大量破壊兵器・化学兵器の被害を受ける国があれば、被害者の声を全世界に届ける必要がある。
日本のあるNPO法人の方が語っておられた。「核関連施設への攻撃は原爆投下と同じ被害をもたらす」と。イランの核施設を攻撃した者たちは、そのようなことは考慮もしなかったということだ。
トランプ大統領は、イラン核関連施設への攻撃を広島、長崎への原爆投下になぞらえて正当化した。その発言は、イラン国内でも多くの怒りを呼び起こした。
その後もトランプ氏は、広島や長崎の名こそ出さなかったものの「原爆投下によって戦争を終結させ、戦争の拡大を止めることができた」というトルーマン元大統領をたとえに出して、同様の発言をくり返した。それがどんな怒りを呼び起こすかということをまったく問題にしていない。非常に恥ずべき発言だ。
原爆投下は、極めて人道にかかわる問題だ。他者の痛みを感じることは、人間として当然のことであり、その苦しみは国境や地理によって区切られるものではない。イランと日本のように、たとえ国と国が地理的に離れていたとしても、国民同士の感情が非常に近い場合もある。
重要なことは、国際社会の中で、原水爆や化学兵器を絶対に使用してはならないという理解がさらに深まり、合意形成がなされることだ。それはイランの人々の信念でもあるし、イランの政治指導者、宗教指導者の信念でもある。
質問 最後に大使と日本とのかかわりについて聞かせてほしい。
セアダト大使 私は2023年3月に駐日大使に着任したが、それ以前にも外交官として国際会議に参加するため、北海道、東京を訪問した。私はオーストラリアを除く世界の国々をほぼすべて訪問してきたが、日本はそのなかでも非常に重要な場所だ。
イランと日本の間には人と人との交流が1000年以上にわたり存在し、外交関係は2029年に100周年を迎える。イランにとって日本は特別な地位を占めている。イランの人々は、勤勉であることや規律や秩序正しさの重要性を説くときには、必ず日本人を模範例として引用する。また、広島・長崎は、イランの人々の頭脳に深く刻まれており、常に生きている。だから、イランの人々は感情や思考において常に日本とつながっている。
日本にはお互いを尊敬しあう文化が強くあり、私のような外交官にとって非常にポジティブな感情をもたらしてくれる場所でもある。日本の外交官、また一般の人々、市民団体との交流は非常に貴重な機会になっている。そのような交流を今後も大切にしていきたい。




















今回のイスラエル・アメリカによるイランへの「正当な理由のない一方的な先制攻撃」に関して、1万3千語(原稿用紙30枚あまり)もの駐日イラン・イスラム共和国大使へのインタビュー記事は、貴紙の他には絶無ではないでしょうか(私のごく狭いアンテナの範囲内で、ですが)。惜しみない拍手とエールを送ります。
大使ペイマン・セアダト氏の冷静かつ毅然とした、筋の通った論述は読み応えありました。
被害者イランを非難するという倒錯した声明を出したG7日本を恥ずかしく思います。
ただ、「日本と同じ原子力の平和利用」と言われますと、原発廃止を願う身としては複雑な心境です。