いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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イスラエルによるイラン攻撃の深層 現代イスラム研究センター理事長・宮田律

(2025年6月18日付掲載)

イスラエルの攻撃を受けたイランの首都テヘラン市街地(13日

イスラエルの攻撃によって死亡した軍幹部らの棺を担ぐ弔問者たち(16日、テヘラン)

 パレスチナ・ガザへの軍事行動を続けるイスラエルが13日、突如としてイランへの攻撃を開始した。攻撃は綿密に計画されたものとみられ首都テヘランなど数カ所で軍や政府機関、核関連施設などが標的となった。イラン中部ナタンズのウラン濃縮施設から黒煙が立ちのぼる映像が流れたため世界に衝撃が走った。イランは、イラン革命防衛隊の司令官、軍参謀総長を含む複数の軍幹部、著名なイランの核科学者が死亡したと発表。即日イスラエルへの報復攻撃をおこない、戦火の拡大が世界情勢を揺るがしている。イラン情勢に詳しい現代イスラム研究センター理事長の宮田律氏は、本紙の取材に「ガザ攻撃の継続により国内外で孤立したイスラエルのネタニヤフ政権が、トランプの支援と国内での求心力をつなぎ止めるためにイランを攻撃した。イランは報復攻撃をある程度自制しているが、強大な国力を持つイランとの戦闘が長期化すれば、米国の支援を受けてもイスラエルの側が窮地に陥る。イスラエルが国際法を順守し、パレスチナ人に平等に平和に生きる権利を与えない限り、イスラエルは自滅の度を今後さらに深めざるを得ない」とのべている。同氏が発信している解説を紹介する。

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■イラン攻撃で政治的延命を図るネタニヤフ首相

 

宮田律氏

 イスラエルがイランへの攻撃を開始した。イスラエルのネタニヤフ首相は「イランの核兵器開発はイスラエルの存続に対する明白かつ現在進行形の危機」と訴え、「イランは9発分の高濃縮ウランを保有し、核兵器化の段階に入っている。数カ月以内に核兵器を完成させる可能性がある」と述べた。ネタニヤフ首相はイランの核兵器開発をめぐる脅威を20年以上もくり返し発言している。米国の情報機関は、イランが核兵器製造計画をもっておらず、民生用ウラン濃縮計画があるだけだと評価している。(US Intel Report Finds Iran”Not”Building Nuclear Weapon Despite Strategic Losses)

 

 石破首相も「イラン核問題の平和的解決に向けた外交努力が継続している中、イスラエルにより軍事的な手段が用いられたことは到底許容できるものではない。極めて遺憾で、今回の行動を強く非難する」と発言したが、日本の首相がイスラエルを強い調子で批判するのは久しぶりのことだった。

 

 2002年9月、公職になかったネタニヤフ氏は、米下院監視・政府改革委員会で証言を行い、「イラクのサダム・フセインが核兵器開発を求め、活動し、前進していることに疑問の余地はない。サダムが核兵器を保有すれば、テロ・ネットワークは核兵器を保有するだろう。彼はもはや、原子爆弾に必要な致命的な物質を製造するのに、一つの大きな原子炉を必要としない。彼はそれをイラク全土に隠すことができる洗濯機のサイズの遠心分離機で核物質を生産することができる」と米国のイラク戦争を強く促す姿勢を見せた。

 

 2015年に成立した「イラン核合意」は、イランを核兵器製造から遠のけ、外交によってイランの核問題解決を図ったものだった。イランで2002年にウラン濃縮施設が見つかったことをきっかけに、イランが核兵器を持たないよう、15年7月に米英仏独中ロ、欧州連合(EU)は、イランとの間で「包括的共同行動計画(JCPOA)」に合意した。

 

 その内容は、「イランは、兵器に転用できる高濃縮ウランや兵器級プルトニウムを15年間は生産せず(ウランの濃縮度は15年間にわたって平和利用に限られる3・67%までに抑えることが義務づけられた)、10㌧あった貯蔵濃縮ウランを300㌔に削減する。また、1万9000基あった遠心分離機を10年間は6104基に限定する。仮にイランが核開発を再開しても、核爆弾1発分の原料の生産に最低1年はかかるレベルに能力を制限する」というものだった。

 

 見返りとして、米欧などは金融制裁やイラン産原油の取引制限などを解除したが、軍事的手段ではなく、外交で核不拡散体制(NPT)を維持した成功例として評価され、ドイツのメルケル首相などは、北朝鮮の核問題の解決はイランの核合意をモデルにできるとも発言した。他方、イランが制限、条件つきながら核開発を継続できるため、イスラエルなどが反対し続けたが、イラン政府はその電力不足を補うためには原子力発電が必要と考え、あくまで民生用だと主張した。

 

 核合意はイランの核兵器開発をまさに「不可逆的」に不可能にするものであったが、トランプ大統領は2018年5月、この核合意からの離脱を表明し、イランに対して制裁を再開する方針を明らかにした。トランプ大統領はイランとの無用な摩擦を招くようになり、2020年1月には、イラク・バグダッドを訪問したイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官をドローン攻撃で殺害した。

 

 バイデン政権は、イラン核合意の再建を目指し、22年2月にその再建が実現に近い状態となった。しかし、ロシアがウクライナに侵攻して、ロシアに対する制裁が科されるようになると、再建交渉に参加していたロシアは核合意再建後にロシアとイランに対する制裁解除を提案したために、交渉も停滞するようになった。

 

 結局、バイデン政権はイラン核合意を再建できなかったが、イスラエルやネタニヤフ首相に甘いトランプ政権が再登場すると、イランの核をめぐる緊張は高まるようになった。今回、ルビオ米国務長官は「米国はイラン攻撃に関わっていない」と発言したが、昨年10月、大統領選挙を前にしてトランプ候補は、無責任にもネタニヤフ首相にイラン攻撃を勧める発言を行っている。イスラエルへの絶対的な支持を行うキリスト教福音派の支持を得たかったからだ。

 

 ガザ戦争をめぐってネタニヤフ首相は国際社会で孤立し、スペインは5月下旬、国際社会は対イスラエル制裁を検討すべきだと訴え、フランスは二国家解決に関する国連会議の開催を呼びかけている。イギリスは6月10日、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、ノルウェーと共同で、イスラエルの極右入植者たちの暴力を扇動するスモトリッチ財務相とベングビール国家治安相という極右閣僚に対して資産凍結や入国禁止といった制裁措置を決定した。

 

イスラエル国内で広がる徴兵拒否

 

 イスラエル国内でも、ガザ戦争への支持は低下し、予備役兵の招集拒否が増加している。イスラエル全人口の14%を占める超正統派は徴兵制に反発して、超正統派の政党『シャス』は、ネタニヤフ政権から離脱する姿勢も見せている。超正統派はイスラエル建国当初には人口の2%にすぎず、デヴィッド・ベングリオン初代首相も「超正統派はトーラー(ユダヤ教の聖典)の勉学に励めばよい」という姿勢でその兵役を免除した。しかし、イスラエル国内では「超正統派の兵役免除は不公平」という声が次第に高まり、昨年、超正統派も兵役の対象となったが、それでも『シャス』は反発し、早期解散選挙を支持する姿勢を見せ、ネタニヤフ首相をけん制している。今、選挙を行えばネタニヤフ政権は崩壊すると見られている。

 

 イラン攻撃はイスラエル国内を引き締め、ネタニヤフ首相の求心力を高め、彼の政治的延命を図るために行われたに違いない。また、イランの「悪辣な」イメージを強調すれば、国際社会の支持を回復できるという狙いもあるだろう。ネタニヤフ個人の権力維持のために市民の犠牲が出る戦争は断じて許されるものではない。(6月14日)

 

■核兵器に関する深刻なダブルスタンダード

 

イスラエルの攻撃で黒煙を上げるイラン中部ナタンズのウラン濃縮施設(13日、イランメディアの映像から)

 イスラエルのネタニヤフ首相は、イランの核の脅威を取り除くと主張してイランに対する攻撃を開始した。また、IAEA(国際原子力機関)の理事会は12日、IAEAの調査への協力が不十分だとしてイランを非難する決議を採択した。

 

 しかし、ネゲブ砂漠にあるディモナ核施設に、最大400個の核弾頭と運搬手段を保有していると考えられているイスラエルは、核拡散防止条約(NPT)に署名しておらず、IAEAの査察官のディモナへの訪問を拒否している。

 

 イランのIAEAへの協力不十分を非難する欧米諸国の姿勢や、IAEAによるイラン非難決議だけを強調する報道は著しく不公平であり、またイランを攻撃するイスラエルの論理はみずからが周辺国や国際社会に与える核兵器の脅威についてまったく自省することがない。

 

 国連憲章第2条4項は、すべての加盟国が、武力による威嚇または武力の行使を禁じている。イランに対するイスラエルの攻撃は、「侵略犯罪」に相当するもので、侵略犯罪は国際刑事裁判所(ICC)のローマ規程に基づく、①ジェノサイド、②人道に対する罪、③戦争犯罪と並ぶ四つの主要な国際犯罪のうちの一つだ。ガザで大量殺りくを伴う戦争を行い、ガザ住民を飢餓に置くイスラエルの行動は、ローマ規程に基づく主要な国際犯罪のすべてに該当する。

 

 ネタニヤフ政権は、「世界のパーリア国家(嫌われ国家)」というイスラエルの性格を強めている。イスラエルのイラン攻撃前、米国の同盟国であるイギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、ノルウェーは、ネタニヤフ政権の極右閣僚であるイタマル・ベングビール国家治安相とベザレル・スモトリッチ財務相にヨルダン西岸における入植者の暴力やガザでのジェノサイドを扇動したという理由で、資産凍結や入国禁止という制裁を科した。これは、現政権に対する国際社会の強い非難の姿勢を明確に示すものだ。

 

 これらの極右閣僚たちは、ネタニヤフ首相が推進するユダヤ人至上主義を信奉している。ネタニヤフ首相が政権トップの座に長年あるイスラエルでは、先住のヨルダン西岸やガザのパレスチナ人を追放するという考えが主流となったが、スモトリッチ財務相はパレスチナ人と、またパレスチナ人の権利を擁護するイスラエル人を強く憎悪し、敵視する。五カ国の声明は、これらの二閣僚の行動を容認できないと主張するが、ガザにおけるジェノサイドは世界中のユダヤ人の「恥」となっていて、ユダヤ教のシオニズムからの「離婚」を唱えるナオミ・クラインのようなユダヤ人の主張は少なからぬユダヤ人たちから支持されている。イスラエルの政権与党『リクード』主導のガザ戦争は、大規模な飢餓を兵器化し、医療必需品の供給を差し控えるなど、世界史上最も凶悪な過剰殺戮の一つの例となった。

 

 イスラエル政府関係者たちを批判すると、即座に「反ユダヤ主義」という言葉が返ってくるが、それと同様にイスラエルはガザでの殺戮を批判されると、2023年10月7日のハマスによる「テロ」のせいにする。そして現在、イスラエルは、米国とイスラエル主導の「ガザ人道財団(GHF)」の食料配給センターに集まる人々を「暴動だ!」と言って銃撃して殺害するようになった。5月27日にGHFが活動を開始してから少なくとも245人のパレスチナ人が、食料配給センターで殺害された。国連報告者フランチェスカ・アルバネーゼは、この食料配給センターを「人間の屠殺場」と形容している。

 

新たな戦争が経済圧迫

 

イスラエルのネタニヤフ首相とトランプ米大統領(4月)

 一昨年以来継続する戦争は、イスラエルの財政負担となっているが、イスラエルは新たにイランとの戦争を開始した。イスラエルの戦費が増大していることは明らかで、財政上の重大な負担となっている。

 

 イスラエル銀行とクネセト(国会)財務委員会での報告によれば、ガザでの1日の戦闘で約4億2500万シェケル(約1億1300万㌦=約163億円)の費用がかかっている。イスラエル政府は、ガザでの戦争資金を、公的債務を増やすことで賄っており、それがGDP比の約68%にまで膨れ上がったと、今年3月下旬にイスラエル銀行が報告した。

 

 この報告によれば、戦争が経済活動に与えた負の影響は、主にパレスチナ人労働者の入国禁止(ガザとレバノンで戦うための)、予備役の招集、ガザやレバノン近隣の紛争地域での労働が困難になったことなどがある。イランとの戦争が長期化すれば、イスラエル経済にさらなる大きな負担を強いることは明らかだ。

 

 イスラエル人の歴史家イラン・パッペは、経済の悪化をシオニズム終焉の一つの要素としているが、歴史的に見ても、ローマ帝国、スペイン王国、オスマン帝国、大英帝国などは戦費の増大によって国力を疲弊させ、衰亡していった。さらなる戦争にイスラエルやイスラエル国民は耐えられるのだろうか。

 

 戦争、生活費の上昇、将来への不安は、イスラエル人が国を離れたい理由となり、イスラエル紙『ハアレツ』によれば、イスラエル国民の40%はイスラエルを離れたいと思っており、そのうちの81%が25歳から41歳の若い世代であるように、戦争国家イスラエルの将来は決して明るいものではなさそうだ。(6月15日)

 

■イスラエルの戦争への米国の関与に反対する人々

 

イランの報復攻撃を受けたイスラエル北部ハイファの製油所(6月15日)

イランの報復攻撃を受けたイスラエルの主要都市テルアビブ(16日

 イスラエルの攻撃で始まったイランとの戦争も、イランの報復でイスラエル側にも少なくない被害が出ているようだ。日頃、イランの人々はイスラエルのことなど意識しないことだろう。経済的な利害関係は少なく、地理的にも離れているし、国内にいるユダヤ人も少ない。しかし、今回の理不尽な攻撃を受けたイラン人の間には反イスラエル感情が定着してしまったに違いない。ネタニヤフ首相は米国をイランとの戦争に引きずり込みたいだろうが、米国はイラク戦争、アフガン戦争と二度の中東での戦争で失敗しており、世論も米軍の参加を支持するムードには簡単にはならないだろう。

 

 米国のバーニー・サンダース上院議員は、「過激派」のベンヤミン・ネタニヤフ首相の政府が世界をより危険で不安定にし、米国を中東での危険な新たな戦争に引きずり込もうとしていると述べ、現在進行中のイスラエルによる国際法からの逸脱行為を非難した。サンダース議員は「ネタニヤフはガザの子どもたちの飢餓を戦争の道具として利用し、ジュネーブ条約に対する野蛮な違反を行っている」と語り、さらに、イランの核関連施設への攻撃や、イランの軍高官、核物理学者に対する標的殺害は、イランの核計画をめぐって外交的解決を求めてきた米国の明白な願望に反するものだと述べた。

 

 米国とイランの間の核問題に関する新たな外交交渉が15日に始まる予定だったが、サンダース議員は「ネタニヤフは交渉の代わりに攻撃を開始することを選んだ」と発言し、「米国は国際社会とともに、この紛争のエスカレーションを防ぎ、紛争当事者を交渉のテーブルに着かせるために、可能な限りのことをすべきだ」と訴えている。

 

 イスラエルは、イランを攻撃するとともにガザでの殺戮(りく)を継続し、ガザでの犠牲者は5万5300人に近づこうとしている。米国はガザでの殺戮に武器や弾薬を提供することによってイスラエルの戦争に加担してきた。米国のトランプ政権は武器の提供だけでなく、ガザ戦争に反対する大学生などの声も警察力を使って圧殺してきた。

 

世界は交渉での解決を要求

 

 スペインの元サッカーの名選手で、現在イギリス・プレミアリーグのマンチェスター・シティFCのジョゼップ・グアルディオラ監督(54歳)は、9日にマンチェスター大学で名誉学位を授与された際に、聴衆に向けて不正義に直面して沈黙することを選ぶのではなく、声を上げようと世界に呼びかけた。「4歳の男の子や女の子が爆弾で殺されたり、もはや病院ではない病院で殺されたりするのを見ると、それは私たちに関わりがないと思うかもしれません。ええ、確かにそれは私たちのことではありません。でも、注意してください、次の4歳か5歳の子どもたちは私たちの子どもたちになるかもしれないのです。」

 

 イスラエルの封鎖解除を訴え、ガザに支援物資を届けようとしたマドリーン号に続いて、アルジェリアやチュニジアからも大規模な援助のコンボイ(船団)がガザに向かった。フランスの植民地支配を受けたアルジェリアやチュニジアには、同様にイスラエルの植民地主義支配を受けるパレスチナに対する強い同情がある。アルジェリアのブーメディアン第2代大統領(在任1976~78年)は「アルジェリアは断固としてパレスチナを支持する」という言葉を残しており、2014年のサッカー・ワールドカップに出場したアルジェリア・チームがガザの人々に900万㌦の寄付を行ったことがある。

 

 イスラエルのイラン攻撃については、イスラム系の国パキスタンが同じイスラムを信仰する国のイランへの支援を申し出るようになった。パキスタンのシャリフ首相は、イランのペゼシュキヤーン大統領との会談で、「パキスタンはイランの人々や政府と強く連帯したい」と述べ、またイスラエルの露骨な挑発と冒険主義を、地域と世界の平和と安定に対する重大な脅威だと非難し、イスラエルと外交関係を結んだイスラム系諸国はイスラエルと断交すべきだと語った。

 

 今回、イランは報復としてイスラエル北部の港湾都市ハイファの石油精製施設を攻撃し、損害を与えたと見られている。イスラエルは、アゼルバイジャン、ガボン、カザフスタンから大量の原油を輸入しているが、ハイファの石油施設の破壊は、イスラエルの戦争遂行やイスラエル人の生活にも深刻な影響を及ぼす。ネタニヤフ首相は過去のイランの反撃がイスラエル中枢に重大な被害をもたらさなかったことからイランの軍事能力を過小評価していたように思う。

 

 1980年代に8年間イラクとの戦争体験があるイランには、戦争に対する慎重な姿勢がある。イラン・イラク戦争でのイラン側の死者は40万人とも50万人とも見積もられ、悲惨な戦争の記憶はイランでは生々しい。ネタニヤフ首相はイランの反撃能力や世界の世論を甘く見ていたのかもしれないが、いまや世界の圧倒的に多くの声がイスラエルの戦争に反対していることに留意してサンダース議員が主張する通りにイランとの交渉のテーブルに着くべきだろう。(6月16日)

 

■イランとの戦争でイスラエルは自滅の度を深める

 

イスラエルのパレスチナ虐殺に抗議して10万人が集まったベルギー首都ブリュッセル(16日)

 14日、ワシントンでは米陸軍創設250周年を記念する大規模なパレードを行った。トランプ大統領は演説で「陸軍は我々を自由に、そして強くしてくれる。我々の兵士は決して諦めず、決して降伏しない。彼らは戦い、戦い、戦う。そして、勝つ、勝つ、勝つ」などと述べた。トランプ大統領の言葉は、最近亡くなった巨人の長嶋茂雄終身監督のそれと重なるようだが、米軍はトランプ大統領の言葉と裏腹にイラクやアフガニスタンでは事実上降伏して撤退した。

 

 同日、トランプ大統領に反対する人々は「ノー・キングズ!(王様はいらない!)」のデモを全米2100カ所、500万人が参加して行った。トランプからキングがなくなったらトランプ遊びはできなくなるが、米国政府からトランプ大統領がいなくなっても米国の政治・社会は機能する。この現代米国の「キング」は、36カ国からの渡航禁止を考えている。その中にはエジプト、エチオピア、ジブチなどの米国の同盟国や、イランやアフガニスタン、ソマリア、さらにはイスラム系の中央アジア諸国などが含まれる。この大統領はイスラム系諸国や、「便所のような」途上国がよほど嫌いのようだ。この措置で国際社会における米国の孤立はいっそう進むことになるだろう。

 

 民主党と公民権団体は、この渡航禁止の提案をすぐさま差別的と非難した。ジョー・バイデン前大統領は、トランプ氏の当初の渡航禁止令を任期中に撤回したが、トランプ氏はその復活と拡大を誓って当選した。

 

 よほどの自信家で、うぬぼれが強いトランプ大統領は、イランとイスラエルの紛争終結に向けて「合意は容易に得られる」と述べたが、イスラエルのイラン攻撃を許したことで、イランが核兵器に対する関心をますます高めた可能性がある。第二次世界大戦後の米国の戦争は核兵器保有国に対して行われなかったことで、世界全体に核兵器への関心をもたらした。北朝鮮が核兵器を開発したのもそのためで、米国の戦争が核兵器の拡散をもたらしたともいえる。米国は核兵器を保有しないイラクには戦争を容易にしかけて、北朝鮮の核兵器保有能力を軍事的に覆すことは微塵も考えていない。

 

安寧遠のくイスラエル 暴力の連鎖招く

 

 イランには、2020年1月に革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害したトランプ大統領に対する信頼は毛頭ない。トランプ大統領は、イスラエルのイラン攻撃を黙認することで、イランとの核協議においてみずからの影響力を高めることを考えているかもしれないが、イランは米欧諸国がイスラエルの核保有をまったく問題視しないなかで、トランプ大統領の「ディール」の提案に応じることなく、今後の核協議もキャンセルした。

 

 イスラエルでは、イランの軍高官や核物理学者を殺害したことに高揚感が当初はあったかもしれないが、少なからぬ被害をもたらしたイランのイスラエルへのミサイルによる反撃は、イスラエルの高揚するムードを一変させた。イランのハメネイ最高指導者は「イスラム共和国の軍隊はこの邪悪な敵に大打撃を与えるだろう」と述べたが、イランの報復はイスラエルの指導者たちが繰り返し述べてきた「イランからいかなる報復攻撃も受けない」という国民への楽観的な見通しを打ち砕くものだった。

 

 テルアビブ東部のラマト・ガンの高層ビルが破壊された様子は、ガザで見慣れた光景とよく似ていると語るイスラエル市民もいる。煤(や)けた灰色の建物の骨組み、道路を覆う灰と建物が崩壊して一面瓦礫が広がる様子などは、ガザの人々が日々接している恐怖をイスラエル人にも体験させている。

 

 ネタニヤフ政権の好戦的な姿勢は、首相の失脚か、イスラエル国民の大量のイスラエルからの脱出につながるだろうと発言するイスラエル人もいる。ガザでの長引く戦争を受けてイスラエル社会の空気は大きく変化するようになり、政府の戦争を批判する声も公然と聞かれ始めた。イランとの新たな戦争はこの傾向をさらに強めることになった。

 

 5月20日、イスラエルの左派政治家で、労働党を率いるヤイル・ゴランは、イスラエル軍がガザで赤ん坊を「趣味として」殺していると非難し、「もし我々が正気の国のように振る舞わなければ、イスラエルは南アフリカがそうであったように、のけ者国家になる道を進むことになる」と述べた。さらに、その翌日、元イスラエル国防大臣でイスラエル国防軍元参謀総長のモシェ・ヤアロンは、ガザ攻撃の究極の目標はネタニヤフ首相が権力にしがみつくためであり、それはイスラエル国民を破滅へと導いていると発言した。

 

 イスラエルの諜報機関モサドは今回のイラン攻撃で、イラン革命防衛隊の司令官やイランの核物理学者などを殺害したが、イランは即座にモサドへの協力者たちを処刑している。1972年のミュンヘン・オリンピック事件後、モサドの暗殺作戦が行われると、パレスチナ側もイスラエル政府関係者に対する暗殺で対抗した。イランの情報省などもモサドへの対抗措置を考えていくことだろう。ミュンヘン・オリンピック事件や、その後の暴力の応酬を描いた映画『ミュンヘン』(2005年)の監督スティーヴン・スピルバーグは暴力の連鎖がいかに意味のないものであるかということを描きたかったと述べたが、イスラエルのガザやイランへの攻撃を見ると、まさにスピルバーグ監督の言う通りだという想いになる。(6月17日)

 

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 みやた・おさむ 1955年、山梨県生まれ。現代イスラム研究センター理事長。1983年、慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻修了。米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院修士課程(歴史学)修了。専門はイスラム地域研究、イラン政治史。著書に『黒い同盟 米国、サウジアラビア、イスラエル』(平凡社新書)、『武器ではなく命の水をおくりたい 中村哲医師の生き方』(平凡社)、『オリエント世界はなぜ崩壊したか』(新潮社)、『イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか』(新潮新書)、『ナビラとマララ』(講談社)、『石油・武器・麻薬』(講談社現代新書)、『アメリカのイスラーム観』(平凡社)など多数。近著に『イスラエルの自滅』(光文社新書)。

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