(2025年6月27日付掲載)

イスラエルによって封鎖され飢餓に襲われたガザ地区で食料を求めて移動する人々。米国とイスラエルが唯一活動を認める「ガザ人道財団(GHF)」の食料配給では、集まった人々をイスラエル軍が銃撃する事態が常態化しており、国連機関は「死の罠」と非難している(6月25日)
トランプ米政府が6月22日、突如としてイランの核施設を先制攻撃【既報】したことにより、イランとイスラエルの戦争が世界を巻き込む全面戦争に発展する危機が警戒されたが、翌日イランが事前通告後にカタールの米空軍基地に形式的な報復攻撃(カタール国防軍が迎撃)をおこなった後、トランプが「イスラエルとイランが完全かつ全面的に停戦することで合意」と発表した。国内外の世論を読んで早々に幕引きを図ろうとするトランプに対して、イスラエルのネタニヤフ政権は「イランの核開発の完全破壊」「体制転換」を目標に掲げてイラン攻撃を継続しているが、その目標が達成されるメドはない。すでに20カ月にわたりイスラエルが虐殺や飢餓作戦をおこなっているパレスチナ・ガザでは5万5000人以上が死亡しており、イランへの先制攻撃を含めて正当化できるものは何もなく、米国とともに国連憲章を含む国際規範をことごとく踏みにじる姿が浮き彫りになっている。唯一の被爆国である日本の姿勢が問われていることはいうまでもない。以下、イラン情勢に詳しい現代イスラム研究センター理事長・宮田律氏が発信している解説を紹介する。
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・「ヤクザ」のような米国のイラン核施設攻撃

宮田律氏
米国のトランプ大統領はイランの三つの核施設を空爆した。イランの主権を侵害する暴挙で、欧米が批判してきたロシアのウクライナ侵攻と何ら変わらない。
フランスのバロ外相は、「フランスは、この問題の永続的な解決には、核不拡散条約(NPT)の枠組み内での交渉による解決が必要であると確信している」と武力行使への懸念を表明したが、ならばフランスもイスラエルがNPTに加盟するように求めるべきだ。
イギリスのスターマー首相も「イランの核開発計画は、国際安全保障に対する重大な脅威だ。イランが核兵器を開発することは決して許されず、米国はその脅威を軽減するための行動をとっている。私たちはイランに対し、交渉のテーブルに戻り、この危機を終わらせるための外交的解決に達するよう呼びかける」とのべた。この発言はフランスのバロ外相のそれよりも不合理に響くもので、イランはずっと交渉のテーブルに着いていたが、外交交渉の間にイランを攻撃したのはイスラエルの方であり、それに米国トランプ政権がイラン空爆で追い討ちをかけた。米国がイランの核開発の脅威を軽減するための行動をとっているとは到底思えない。むしろ今回のイラン攻撃は、イランに核兵器への関心をさらに強めることになった可能性がある。
2015年7月、国連安保理の常任理事国にドイツを加えた5+1とイランとの間で結ばれた「イラン核合意」は、外交でイランを核兵器の製造から遠のけるものだった。
イラン核合意は、イランが遠心分離機の数を10年間で約1万9000基から6104基に、また保有する低濃縮ウランの量を15年間に1万2000㌔から300㌔に、ウランの最大濃縮度を20%超から3・67%にそれぞれ減らすことなどの見返りに、イランの1000億㌦の在外資産の凍結解除や、国際市場での原油売却、国際金融システムをイランが利用することが可能になるなど、イランに対する経済制裁を緩和することが主な内容だった。
天野之弥IAEA(国際原子力機関)事務局長は、トランプ政権がイラン核合意からの離脱の姿勢を見せると、2017年10月13日に、「イランは合意事項を履行している。IAEAは査察や監視を公平かつ客観的におこなっていて、これまで必要と判断した施設などはすべて訪れている」との声明を出した。また、天野氏は、イランは抜き打ち査察にも応じる追加議定書も履行し、イランの核に対する査察は世界で最も厳格なものになっているとのべていた。
IAEAがこうのべていたにもかかわらず、トランプ大統領はあたかもヤクザの言いがかりのように、「イランの振る舞いは非常に悪く、合意は難しくなってきた」と発言するようになった。振る舞いが悪かったのは、天野事務局長が「イランは合意を履行している」と明言していたにもかかわらず、イラン核合意から離脱しようとしていたトランプ大統領の方だったが、彼はイランの振る舞いのどこが悪いかも具体的に指摘することはなかった。
2018年5月8日、トランプ大統領は、オバマ前政権が締結したイラン核合意から離脱することを発表した。合意は「衰えて腐って」おり、「市民」として「恥ずかしいものだ」と語ったが、この時も合理的な根拠を示すことは決してなかった。
日本政府は非難声明を
トランプ大統領の中東政策は、イランをはじめとする中東諸国に米国との外交交渉が信頼できないものであることを認識させ、イラン国内では反米主張がいっそう定着するようになったことだろう。ネタニヤフ首相はイランの「体制転換」を考えているようだが、それはイラン国内の保守強硬派の立場を強化することになったに違いない。
トランプ大統領は、イランに対する空爆をおこなった後、イランについて「彼らはわれわれの国民を殺害し、手足を吹き飛ばす道路脇に仕掛けられた爆弾を使用してきた。われわれは1000人を超える人命を失い、中東各地や世界では、数十万人がイランの憎悪による直接的な結果として命を落とした。その多くはイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官によって殺された」とのべた。(ソレイマニ司令官は、2020年1月にトランプ政権のミサイル攻撃によって殺害された)。
しかし、道路脇爆弾によって多数の米兵が殺害されたのはイラク戦争においてだった。イランが直接1000人を超えるほどの米兵や米国人を殺害した事実はない。トランプ大統領はイランとイラクの区別もできないようだ。
石破首相は米国のイラン攻撃について政府内できちんと議論するとのべたが、イスラエルのイラン攻撃のさいには「強く非難する」と迅速に表明した一方で、「米国のイラン攻撃を理解する」などと支持表明をおこなえば、日本も「二重基準」の不義の国になってしまう。イスラエルの時のように、毅然と非難声明を出してほしいものだ。(6月23日)
・イランだけに自制を求めるヨーロッパ諸国
ヨーロッパの英独仏の首脳は22日、電話で会談し、米国によるイラン空爆後の対応を協議した。会談後、3首脳は声明を出し、外交交渉による核問題の解決を求めた。これらのヨーロッパ諸国は、イランばかりに自制を求めるが、イランの主権を侵害し、イランを理不尽にも空爆したイスラエルや米国を強く非難し、イスラエルの核兵器保有を問題にしなければまったく公平ではない。核兵器をもつ北朝鮮は攻撃されず、イラクやイランは米国の軍事攻撃の対象となり、体制転換が図られることは、少なからぬ国々に核兵器への関心をもたらすものだ。核兵器の拡散を防ぐ意味でも、イスラエルや米国のイラン攻撃は強く非難されなければならない。
詩情豊かな国イラン
イスラエルによるイラン空爆が始まった6月13日に、空爆の犠牲になったイランの若い女性詩人がいる。テヘランのサッタール・ハーン地区に住むパルニヤー・アッバースィさん(23歳)は、イスラエルの空爆によって、両親、弟とともに亡くなった。
千の場所で
私は終わりを迎える
私は燃え尽き
あなたの空で消えゆく星となる

亡くなったアッバースィさん
これはアッバースィさんによる短い詩だが、『テヘラン・タイムズ』紙は、英語教師でもあったアッバースィさんを「イランにおける新世代の詩人の新星」と呼び、「心を打つ、内省的な詩で称賛されていた」とのべた。同紙によると、著名な女流イラン人学者で、芸術家のザフラー・ラーフナヴァルド氏は「紛争のさいには、常に女性が第一の犠牲者となってきた。彼女はガザからイランに至るまで女性や子どもを殺害することで悪名高い、犯罪者(ネタニヤフ)の犠牲になった」とのべた。
アッバースィさん一家が住んでいたアパートは、シャヒード・ベヘシュティ大学で教鞭をとっていたイラン核科学者を標的にしたイスラエルの作戦の一環として攻撃され、アパートの3階から5階までが吹き飛んだ。イスラエルは一人の核物理学者を殺害するのに、同じアパートに住む人々を巻き添えにしたのだ。
イスラエルのネタニヤフ首相やトランプ大統領など欧米の政治指導者たちがイランに対して強調する危険なイメージとは違って、イランの人々は詩をこよなく愛する豊かな感性をもっている。
イランのすべての家庭にハーフェズ(イランの詩人。1325~89年)詩集があると言われるほどだが、ハーフェズの詩のテーマは「愛」で、愛の詩情は平和に通ずるものがある。ドイツの文豪ゲーテもハーフェズの詩に強い感銘を受け、彼自身の「ディーヴァン(ペルシア語で詩集の意味)」である『西東詩集(ディーヴァン)』を1814年から19年にかけて書いた。ゲーテはハーフェズを精神において「双子の兄弟」とも形容した。ハーフェズは異教のキリスト教への想いを次のように表現している。
愛は栄光の降るところ
汝の顔より 修道場の壁に
居酒屋の床に、同じ
消えることのない焔として。
ターバンを巻いた修行者が
アッラーの御名を昼夜唱え
教会の鐘が祈りの時を告げる
そこに、キリストの十字架がある。
――(R・A・ニコルソン『イスラムの神秘主義スーフィズム入門』より)
ゲーテの『西東詩集』は、音楽家ダニエル・バレンボイムと文学研究者エドワード・サイードが創設した、イスラエルやパレスチナの音楽家たちが混成のメンバーとなっているオーケストラ「西東詩集管弦楽団」の名称にもなっている。
日本人に求められているのは、イランに対する正確な理解であり、ネタニヤフ首相やトランプ大統領がもつような誤解や偏見ではない。イランでは、「ハムカーリー(協力)」「タアーヴォン(相互扶助)」「イーサール(献身)」という価値観が教科書や子ども向け絵本、また政治家や聖職者の演説などで強調される。人々は協力することによってよりよく生きられる――というのがイラン人の考えで、イスラエルや米国の軍事的脅威に対して必死に外交努力をおこなうアラグチ外相の姿勢は、イランの価値観を体現しているように見える。
トランプ大統領は21日夜の演説で「中東のいじめっ子イラン(Iran, the bully of the Middle East)」という言葉を使い、イランが平和を築かなければ今後の米国の攻撃はさらに大規模になると語った。
「中東のいじめっ子」は、ガザやイランの女性や子どもを殺害することに躊躇(ちゅうちょ)がないイスラエルのことであり、「世界のいじめっ子」は、言うことを聞かなければ関税障壁を高くし、軍事的破壊までするトランプ大統領の米国のことだろう。アラグチ外相は駐日大使でもあったが、彼の外交努力の対象の中に日本が含まれていないのは残念なことだ。(6月24日)
・トランプにさえも呆れられるほど停戦合意を容易に破るイスラエル

イスラエルとの停戦を「勝利」と喜ぶイランの人々(24日、テヘラン)
イスラエルはトランプ大統領が停戦を発表すると、即座に合意に違反してイランを攻撃した。トランプ大統領はNATOの会合に向けてホワイトハウスを出発した直後に「イスラエルよ、爆弾を投下するな。もし投下すれば重大な違反だ。パイロットを今すぐ戻せ!」とSNSに投稿した。また、「イスラエルは、合意に至った途端に爆弾を落とした」と不満をあらわにした。いろんな局面でイスラエルをかばってきたトランプ大統領とすれば、異例の発言だった。
トランプ大統領は、「平和の大統領になる」というスローガンで大統領選挙の運動をおこなった。選挙後、彼は、不動産業者でゴルフ仲間のスティーブ・ウィトコフ(中東担当特使)に、イランとの核問題に関する交渉を始めるよう命じた。
トランプの就任直前、ウィトコフは、ネタニヤフにパレスチナ人との停戦を受け入れるよう説得することに成功したように見え、停戦がパレスチナ人とイスラエル人の間の永続的な合意と、ガザからのイスラエル軍の撤退につながるという希望をもたらした。
しかし、トランプ大統領が就任してからおよそ2カ月後の3月18日にイスラエルはガザに対する残忍な攻撃を再開し、ガザ情勢は一層の混迷に陥り、2023年10月7日以来のパレスチナ人の犠牲は5万5000人を超えるようになった。
イスラエルのイラン核施設に対する「先制攻撃」のわずか1日前、トランプ大統領は、交渉が継続している間、ネタニヤフにイランを攻撃しないよう伝えた。イランと米国の交渉担当者は、6月15日の日曜日にオマーンで6度目の会談をおこなう予定だったが、そのわずか2日前、イスラエルのイラン攻撃によって会談は突然頓挫した。
虚偽情報で戦争を煽る
イランの核計画に関するネタニヤフのプロパガンダは、何度も虚偽であることが証明されてきた。1990年代初頭以来、彼はイランが核兵器を所有するまであと数週間か、数ヶ月しかないとくり返し主張してきた。
2015年のイラン核合意の下で、イランは濃縮ウランの備蓄を九八%削減し、濃縮度を3・67%に制限したが、これは核兵器に必要な90%に近いレベルを達成するために必要なレベルをはるかに下回っていた。さらに、この合意により、イランはプルトニウムを製造できるアラク原子炉の試運転を禁止され、他の核施設での研究開発活動が制限されるなど、イランが核兵器を手に入れるための経路はほぼすべて断たれた。
核合意が成立した後、イランは、IAEA(国際原子力機関)の最も厳しい査察の下に置かれた。IAEAのイラン施設への査察は、IAEAによる全世界の査察の50%以上を占めていたと考えられている。
イランは、合意のすべての条項を厳格に守ったが、オバマ政権下でさえ、米国は合意の条項に反して、イランに科せられた経済制裁を完全には解除することはなかった。それでも、核合意成立後、イランは市場を欧米に開放し、イランの人口9000万人の巨大市場、イランの石油、ガス、レアアース資源は欧米企業にとって垂涎の的となり、ヨーロッパの特にドイツとフランスの企業は競ってイランへ進出した。
ところが、2018年、ネタニヤフからの圧力を受けたトランプ大統領は、イラン核合意から離脱し、イランに最大限の圧力をかけた。ヨーロッパ諸国もトランプ政権からの報復を恐れてイラン市場から撤退していった。
イランは交渉の切り札としてウラン濃縮度を上げることを決定した。それでも2025年3月、トランプ政権の国家安全保障局長トゥルシー・ギャバードが「イランは核兵器の入手を目指している兆候はない」とのべるほどだった。ネタニヤフはイランの核の脅威を訴え続けたものの、IAEAはイランの核兵器製造の証拠はないとくり返した。
ネタニヤフは、6月13日にイラン攻撃を再開するにさいして「イランは、9つの原子爆弾に十分な高濃縮ウランを生産した」と主張したが、これもまったくの嘘だった。IAEAによる最新の報告書は、イランがU-235(ウラン同位体)の60%以上でウランを濃縮しておらず、兵器化の兆候もなかったことを確認している。
国際社会は中東の平和のために、ネタニヤフが米国や国際社会にいかに虚偽の主張をしてきたかを確認し、彼の嘘に踊らされてはならない。
イランの核交渉責任者でイラン国家安全保障会議の元議長アリー・シャムハーニーは、「イランは核兵器を決して製造しないことを約束し、兵器化可能な高濃縮ウランの備蓄を処分し、ウランを民生利用に必要な低レベルまで濃縮することに同意し、イランに対するすべての経済制裁の即時解除と引き換えに、国際的な査察官がプロセスを監督することを認める」と強調した。シャムハーニーはイスラエルの攻撃で殺害されたと報道されたが、生きていることが確認された。トランプ大統領は、イスラエルがイランを攻撃した後、イランが交渉に戻るために2週間の猶予を与えたが、それを発表した2日後に、彼はイランを攻撃した。
これまで見てきたように、世界に向けて停戦を発表したトランプ大統領の顔をつぶすように、イスラエルは停戦合意を破り続けている。米国をはじめ、イギリス、フランス、ドイツなどの欧米諸国のイスラエルへの甘い姿勢がイスラエルの合意違反を許してきた。
中東の和平を実現するために、欧米、日本を含む国際社会はイスラエルの停戦違反には経済制裁を科すなど厳格な姿勢で臨むべきだ。これ以上の無辜(こ)の市民の血が流れないためにも、イスラエルの虚偽に踊らされたり、裏切られたりすることなど許されない。(6月25日)
・崩壊するNPT体制と国際規範を守る非欧米諸国
米軍が22日、イランの3つの核施設に攻撃をおこなったことに対して昨年ノーベル平和賞を受賞した日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)は24日、田中熙巳代表委員の談話を発表した。談話は「イランが核兵器の開発をおこなっていないとのIAEAの判断もある中で、国連憲章と国際法に違反し、NPT(核兵器不拡散条約)に対してさえ違反する行為と言わざるをえません。このたびのアメリカの先制攻撃は、核兵器の保持によって敵対国の先制攻撃を抑止するとの『核抑止論』が破綻していることを示しています」とのべている。核抑止論だけではなく、NPT体制も破綻していることを、NPTに加盟していない核保有国イスラエルによるイラン攻撃は証明している。
岸田前首相は核兵器禁止条約に署名するのではなく、NPT体制の強化によって核の脅威を減じることができるとくり返し主張した。彼は核戦力の透明性を向上させることを訴えたが、イスラエルの核について言及することはまったくなかった。
核兵器を保有するイスラエルが、何の罰も受けずに、核兵器を保有しないNPT署名国であるイランに先制攻撃を仕掛けた。イスラエルの行動は、自衛でも抑止力でもなく、中東地域における核の独占を目指すものだ。軍事力を行使することによって、他国や、ハマスのような武装集団がイスラエルに服従することを求めている。イスラエルは核兵器を保有するにもかかわらず、IAEAの査察を受けていないが、イランは昨年だけで24回の査察を受けている。
ガザからレバノン、シリア、そしてイランに至るまでイスラエルの軍事行動は、自国の軍事的優位は揺るぎないものでなければならないという傲慢な姿勢を表している。しかし、イスラエルの姿勢は非核保有国の核兵器への関心を一層強めるものであることは疑いがない。エドワード・サイードが「オリエンタリズム」と呼んだものは、欧米諸国が中東イスラム世界を通常の主権ルールや国際法が適用されない空間と見なすあり方に依然として表れている。米国のトランプ大統領も、イランの主権を無視して、国連決議もなく核施設に対する攻撃をおこなった。
2003年に始まったイラク戦争も、核兵器をめぐる「オリエンタリズム」を表している。イスラエルの核兵器をまったく問題にしない一方で、米国ブッシュ政権は「大量破壊兵器保有」という虚偽の主張をして軍事力でイラクのサダム・フセイン体制を崩壊に導き、50万人とも60万人とも見られるイラクの人々を殺害した。今回のイラン攻撃でイスラエルの情報機関モサドは、イランの核物理学者や革命防衛隊の司令官などを殺害したが、このイスラエルの攻撃を米国だけでなく、イギリス、フランス、ドイツも支持した。
イラク戦争以前にも、イラクの核開発を危険視したイスラエルのモサドは、1980年6月に、イラクの核開発を指導していたエジプト人のヤフヤー・アル・マシャド(1932年生まれ)をパリのホテルの一室で殺害した。また、イラクの核物理学者であったアブドゥル・ラスールも1983年にパリで昼食をしている間に毒を注入されて死亡した。さらに、1979年4月には、モサドのエージェントがフランスのトゥールーズで、イラクに向けて輸出されようとしていた原子炉に爆弾をしかけ、その60%を破壊した。こうしたモサドの活動やイスラエルの核兵器保有に対する欧米社会の不処罰の姿勢がイスラエルのイランの核施設に対する先制攻撃をもたらしたといえる。
平和構築を求める国々

インドネシアでパレスチナを支援する数十万人の集会(2023年11月ジャカルタ)
6月21日から22日にかけてトルコ・イスタンブールで「イスラム協力機構(OIC)」の外相会議が開催され、全57の加盟国が参加した。イランのアラグチ外相はイラン国民の声が確実に聞かれ、「われわれの自衛権の正当性を確認するつもりだ」とのべた。
この外相会議で、インドネシアのスギオノ外相は、欧米世界の対イスラエル政策の根底にある醜悪な偽善を指摘し、イスラエルが秘密裏に核を保有する国であるにもかかわらず、国際査察を拒否しながらイランを攻撃していることを強く非難した。また、スギオノ外相は、ガザにおけるイスラエルの犯罪はインドネシアが長らく支持してきたパレスチナ問題の二国家解決への信頼をさらに損なうものだと主張した。
戦争犯罪でICC(国際司法裁判所)から逮捕状を出されたネタニヤフ首相などイスラエルの指導者たちは、今も平然とイランのハメネイ最高指導者の排除(殺害)というさらなる犯罪行為まで口にしている。
第二次世界大戦後の国際規範は、国連の創設、人権の普遍的な尊重、自由貿易の促進、そして国際人道法の発展によって特徴づけられるが、冒頭の被団協代表の談話にあるように、ネタニヤフのイスラエルとトランプの米国は、これらの国際規範をことごとく踏みにじるようになった。戦後の国際規範を守るのは「オリエンタリズム」の対象となってきた中東イスラム世界の側だ。
5月下旬に京都大学で講演をおこなったマレーシアのマハティール元首相は、国連の改革として、全加盟国が参加する国連総会決議に拘束力を持たせ、多数決によって安保理常任理事国の拒否権を封じる仕組みの導入を提案した。イスラエルや欧米の不正義を見るにつけ、国際社会が大いに傾聴すべき主張だ。(6月26日)

20カ月続くイスラエルの爆撃で壊滅したガザ地区南部ラファの町並み(1月)
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みやた・おさむ 1955年、山梨県生まれ。現代イスラム研究センター理事長。1983年、慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻修了。米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院修士課程(歴史学)修了。専門はイスラム地域研究、イラン政治史。著書に『黒い同盟 米国、サウジアラビア、イスラエル』(平凡社新書)、『武器ではなく命の水をおくりたい 中村哲医師の生き方』(平凡社)、『オリエント世界はなぜ崩壊したか』(新潮社)、『イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか』(新潮新書)、『ナビラとマララ』(講談社)、『石油・武器・麻薬』(講談社現代新書)、『アメリカのイスラーム観』(平凡社)など多数。近著に『イスラエルの自滅』(光文社新書)。
なぜこのようにアメリカが戦争を何度も繰り返すのかの答えに、次のようなヒントがある。イラクに侵攻した後の連合国暫定当局(CPA)のブッシュ政権の命令である。それには「公共企業体の全面的民営化、イラク産業を外国企業が全面的に所有する権利、外国企業の利潤の本国送金を全面的に保護すること、イラクの銀行を外国の管理下に置くこと、…、ほとんどすべての貿易障壁の撤廃」(G.W.Bushu “President Addresses the Nation in Prime Time Press Conference “13 Apr 2004)とある。
これが意味するところは、イラクへの軍事侵攻は、イラクの産業を米欧の資本に従属させ、その利益をむしり取る、その役割があった、という歴史的事実である。
これは、たまたまなどということではなく、米欧がおこなってきた帝国主義戦争の現代版と言ってよく、米欧資本の利潤獲得に寄与する戦争なのである。数多く行われるアメリカの戦争とそれを黙認する欧州諸国の、権威主義、独裁政権の打倒という美辞麗句の裏に隠された醜い「動機」である。