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携帯基地局公害レポート ノンフィクションライター・古庄弘枝

住宅の真上に突然、基地局建設

 

 ある日突然、詳しい説明もなく、自分の住むマンションの真上で工事が始まり、携帯電話の基地局が設置されたら、あなたはどうするだろうか。

 

 まさに、そんな状況下、なんとか基地局を撤去したいと頑張っている人たちがいる。フィンランド人のクリスティーナさんとその夫のAさんだ。

 

 2人が暮らすのは、神奈川県川崎市にある高台に位置するマンション。当地は緑が多い住宅地で、子育てがしやすい地域。「たまプラーザ」駅(田園都市線)から渋谷へ20分という、通勤に便利な場所でもある。

 

 2人がそのマンションの最上階(7階)を購入したのは2009年。バルコニーがあり、街が一望できる七階のマンションは快適で、2人の子ども(小学生)もそこで育ててきた。クリスティーナさんは自宅でインターネット関連の仕事をし、Aさんは外資系企業に勤めている。

 

幼い子どもたちへの健康被害がいちばん心配と語るクリスティーナさん

ドリル音で工事中止を要請

 

 ことの発端は2014年。KDDIからマンションの管理組合に対して、携帯電話基地局の設置について申し入れがあった。同組合は総会を開き、KDDIの申し入れを受け入れ、10年間の契約を交わした。しかし総会当日、Aさんらは用事があり、参加していない。その後、5年間、KDDI側の都合で基地局は設置されなかった。ただし、その間の賃貸契約料(月8万円)は、毎月KDDIから管理組合に支払われ続けていた。

 

 突然、基地局の設置工事が始まったのは2020年1月28日。午前10時、機材の搬入が始まり、クリスティーナさんは窓の外を箱のようなものが吊りあげられていくのを見た。彼女は、「フィンランドでは住宅の上に基地局を建てるなどという暴挙はありえない」と驚愕の声をあげる。

 

 「携帯電話基地局工事のお知らせ」は張り紙で告知されていたが、そこには「工事内容/無線基地局 新設工事」「工事期間/2020年1月28日~2月13日(予定)」としか、書かれてなかった。基地局の仕様や詳しい工事についての説明はなかった。

 

 1月29日、地響きがするようなドリルの爆音が部屋中に響き渡った。クリスティーナさんらは3時間以上にわたって90dB(デシベル)ものドリル音に悩まされ、目眩と頭痛に見舞われた。

 

 騒音規制法によると、一種区域(良好な住宅の環境を保全するため、特に静穏の保持を必要とする区域)における昼間の騒音規制値は45~50dB。騒音の大きさは「85dBを超えないこと」となっている。これらの値を大きく超えた騒音だった。彼らは警察を呼んで、工事を中止してもらった。

 

 翌1月30日も、「工事が途中で、漏電と雨漏りの可能性があり、危ない」という理由で、工事は続行された。作業員に聞くと、東電の電気を引き込む作業ということだった。

 

クリスティーナさんの自宅の真上に建った基地局

 

「基準値以下で安全」「近隣への説明不要」

 

 2月8日には、KDDIによるマンション住民を対象とした説明会がおこなわれた。電磁放射線による健康被害はないのかと心配する住民に対し、彼らの答えは、「国の基準値を守っているので安全」だった。さらに、基地局から放射される電磁放射線の影響は近隣住民にも及ぶが、川崎市には基地局設置に関する条例がない。そのため、「近隣住民への説明義務はない」との答え。基地局からどんな電磁放射線が放射されるのか。それに関しても、詳しいことは「企業秘密」ということで、不明なままだった。

 

 Aさんらの中止要請にKDDIは耳を貸さず、工事は続行された。そして2月17日、基地局はマンションの屋上に2基設置された。1基は、まさにAさん宅の真上である。工事音と不安から、クリスティーナさんは体調を壊し、17日のツイッターには「助けてください」と書き込んでいる。その後も工事は強行され、2月20日には電源ケーブルを屋上に通すため、再びドリルによる騒音が続いた。

 

 その間、Aさん宅では居間の壁に亀裂が入る。ドリルによる工事と、基地局の重量がマンションにダメージを与えている可能性が高い。しかし、その因果関係をKDDIは認めようとはしていない。

 

「ブーン」と鳴る振動音で家族全員が不眠に

 

 3月6日、工事は完了した。電磁放射線はいつから放射されるのか。それは「企業秘密」のままだった。そして、3月8日あたりから、クリスティーナさん一家は、夜になると部屋中で「ブーン」と鳴る振動音に悩まされるようになった。基地局の空調設備から発生する低周波音ではないかと思われるが、確かなことは不明だ。AさんはKDDIに基地局の電源を切ってくれるよう申し入れたが、聞き入れられなかった。ついに、家族全員が眠れなくなり、Aさんとクリスティーナさんは手の痺れにも悩まされるようになった。一家はホテルへ避難する日が続いた。

 

電力密度5・8μW/平方㌢㍍の電磁放射線を計測

 

 3月15日、Aさん宅を訪れた筆者は、簡易電磁放射線計測器(100MHz〈メガヘルツ〉~3000MHz対応)でバルコニーから電磁放射線を測定した。すると、電力密度5・8μW(マイクロワット)/平方㌢㍍前後の電磁放射線が計測された。

 

 電磁放射線の被曝基準値は世界各国でまちまちだが、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)の決めた国際指針値(900MHzで450μW/平方㌢㍍、1800MHzで900μW/平方㌢㍍)を基準にしている国が多い。ただし、この基準値は電磁放射線の「熱作用」(強い電磁放射線に短時間被曝して体温が上昇する作用)のみを考慮した値。「慢性的影響」や「非熱作用」などは考慮されていない。

 

 日本の場合は、ICNIRPの基準値よりもさらに高い基準値(900MHzで600μW/平方㌢㍍、1800MHzで1000μW/平方㌢㍍)を採用している。アメリカと並んで「世界一」高い値だ。この基準値では、電力密度5・8μW/平方㌢㍍の電磁放射線は、KDDIのいうように「基準値以内なので安全」ということになる。しかし、本当に日本の基準値は安全なのだろうか。

 

「正常範囲内」は0・0001μW/平方㌢㍍以下

 

 2013年に公表された「バイオイニシアティブ報告書2012」がある。これは、10カ国、29人の科学者が、2006~2011年に発表された1800以上の「無線技術や電磁放射線がもたらすリスク」に関して書かれた研究論文を検証し、まとめたもの。彼らは検証の結果、高周波の基準値を「0・0003~0・0006μW/平方㌢㍍にすべき」「将来的にはさらに低くすべき」と報告している。

 

 オーストリア医師会のガイドライン(2013年)では「正常範囲内」は0・0001μW/平方㌢㍍以下となっている。

 

 また、47カ国が加盟する欧州評議会(CoE)では、2011年、「予防原則」を尊重すべきとし、「暫定目標として0・1μW/平方㌢㍍を、中期的に0・01μW/平方㌢㍍へ引き下げること」を加盟国に勧告している。

 

 これらの基準値と比較したとき、Aさん宅で計測された5・8μW/平方㌢㍍という値はかなり高いことがわかる。オーストリア医師会のガイドラインにある「正常範囲内」の「0・0001μW/平方㌢㍍以下」と比べると、5万8000倍高い。

 

 3月24日付東京新聞によると、KDDIの「5G(第五世代移動通信システム)サービス開始」は3月26日。その利用エリア整備のためKDDIは、「2022年3月までに基地局2万局超」を設置予定だという。Aさんのマンションに設置された基地局は、この流れの中で設置された可能性が高い。

 

 しかし、24日現在においても、KDDIはAさんら住民の問い合わせに対し、真摯に応えようとはしていない。稼働状況の開示もしなければ、ドリル工事被害・騒音被害に対する問い合わせも無視し続けている。

 

24時間365日電磁放射線を浴びるリスク

 

 携帯電話の基地局から放射される電磁放射線に「発がんの可能性がある」ことは、国際がん研究機関(IARC)が2011年に認めている。しかし、電磁放射線による健康への悪影響はがん以外にも多い。基地局がいったん設置されると、近隣の人々は電磁放射線を24時間、365日毎日浴び続けることになる。絶え間なく電磁放射線に被曝し続けることによる健康被害は計り知れない。

 

 クリスティーナさん・Aさんの場合と同様、マンションの最上階にある自宅の上に基地局が設置され、健康被害に苦しんだ家族がいる。沖縄の新城一家だ。一家は2000年秋に10階建マンションの3階に入居。屋上にはすでに3本のKDDIの基地局(800MHzの電磁放射線が放射)が設置されていたが、彼らはその存在すら知らなかった。

 

 4年後の2004年12月、最上階が空いたので10階に引っ越した。基地局はリビングの真上にあった。半年たったころ、妻の明美さん(看護師)は急に「手の痺れ」「全身の発汗」「口の渇き」に襲われた。箸も持てないほどの痛みに病院をはしごし、5カ所目でRSD(反射性交感神経性ジストロフィー)と診断された。同時期、4人の子どもたち(小・中学生)も視力が急速に低下し、4人とも1・5から0・3まで落ちた。しかし、それらの症状を屋上にある基地局と関連付けて考えることはなかった。

 

基地局から離れて1週間で症状が改善

 

 2007年11月、基地局に2G(ギガ)Hz(2000MHz)が増設された。そのとき初めて、夫妻は基地局の存在に気づいた。2008年3月、2GHzの基地局が稼働した。すると一家の体調悪化は加速した。

 

 長女は鼻血を出した。朝起きると、布団やシーツが真っ赤に染められていた。次女は「耳が押されている感じ」といい、やたら眠気に襲われるように。三女は生まれて初めて鼻血を出した。長男は不整脈になった。

 

 夫の哲治さん(医師)は頭痛、不眠、頻繁な鼻血、ひどい倦怠感に悩まされるように。明美さんはRSDの症状がさらに悪化し、右手は全く使えなくなった。耳鳴りがし、意識障害も。ろれつは回らず、精神錯乱にまで陥った。ペットのヨークシャテリアは吐血と下血を繰り返した。

 

 2008年10月、明美さんは屋上を見上げ、基地局の補修のために行き来している作業員の姿を見た。そして、「自分たちの体調不良は基地局から放射される電磁放射線のせいかもしれない」と、初めて気づいた。

 

 同月、愛犬が天井を向いてグルグル回り、下血した。それを見て、「絶対に電磁放射線のせいだ」と確信した明美さんは、家族でウィークリーマンションに緊急避難した。すると、引っ越して1週間で、家族全員の症状が改善した。

 

 電磁放射線による深刻な健康被害を、身を以て体験した明美さんと哲治さんは、健康被害を伝えるとともに、2009年2月~3月、マンション住民の症状を聞き取り調査した。すると、ありとあらゆる症状が出ていた。

 

基地局撤去に向けた運動のサポートを

 

 その後、マンション理事会は「KDDIとの賃貸借契約解除」を決定する。マンション管理会社のSさんがKDDIとの交渉を一手に引き受け、契約期限を前倒しして、2009年6月、9カ月早い撤去を実現させた。

 

 基地局撤去から3カ月、2人は再び、マンション住民の健康調査をおこなった。すると、170あった症状が22に減っていた。電磁放射線に被曝しているときと、被曝していないときの健康状態が比較された貴重な記録となっている(表参照)。(新城さん一家の壮絶な電磁放射線被曝の体験は拙著『携帯電話亡国論』(藤原書店)を参照)

 

 もし、クリスティーナさん・Aさんが基地局の設置されたマンションに住み続けたら、新城一家と同じような健康被害を受ける可能性は否定できない。

 

 電磁放射線によって「命の危機」を感じた明美さんは、いう。

 

 「この国の理不尽さに立ち向かうには、まず、多くの人に電磁放射線の危険性を知らせることからしか始まらない」と。

 

 「基地局を撤去したい」「マンション総会で契約の見直しを図りたい」「川崎市に携帯基地局設置に関する条例を制定したい」というクリスティーナとAさんの奮闘は続いている。

 

 Aさんらが運営しているホームページ「KDDI・au携帯基地局の被害者・設置に反対する会(たまプラーザ)」(https://twitter.com/NoElectromgntic)では、連日、詳しい経過を報告している。ぜひ覗いて、彼らの基地局撤去に向けた運動をサポートしてほしい。

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この記事へのコメント

  1. 小原伸子(野薔薇を改め、本名です) says:

     電磁波の被害について、今度は古庄先生ご自身が直接書いてくださり、とても興味深く拝読しました。前回のお話会のまとめを読んだあと、携帯の基地局とは何だろう、どんな形をしているのかなと思い、私が住むマンション(14階建て)の屋上に立っていないかと 下から目を凝らして探しました。
     この記事で、基地局の形を写真でつかむことが出来ました。私の町にモノレールが通っていて、それに乗ると、あちこちのビルディングの屋上に基地局があることが一目瞭然です。少ない数ではないことに驚きます。あの真下に住んでいる方たちの健康被害はいかばかりだろうかとか、体の不調の原因が何か分かっておられるのかな? など思いを巡らせました。基地局の形って鬼の角のようで本当に禍々しいです。
     前回の古庄先生のお話会の記事を5部コピーして友人たちに配りました。多くの人に電磁波の被害に気付いてほしいし、基地局が近くに建つことに反対することの大切さを知ってほしいですね。何も知らなかった自分が恥ずかしいです。
     古庄先生、大切なお仕事をされていることに、心から敬意と感謝を申し上げます。今後ともご活躍
    くださいませ。また、すでに建っている基地局の撤去の運動をされている方々もご立派ですし、私も支援したいです。
     
     
     

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