(2026年1月1日付掲載)
「戦後」81年目の新年を無事に迎えた。「無事に」という表現を使わざるを得ないほど、80年をへた日本の戦後は、新たな「戦前」へと大きく動いている。昨年は戦後80年の大きな節目だったが、石破茂政権から高市早苗・自民維新連立政権に代わり、直後の11月から台湾有事をめぐる危機的な日中対立が表面化した。
「まだまし政権」から「ダメ出され政権」へ
石破政権誕生時に、筆者は「まだまし政権」と評した。それは自民党総裁選でトップになった高市氏と2位の石破氏の決戦投票の結果、逆転勝利したのが石破氏だったからである。「高市氏よりはまだまし」という意味だ。高市氏は安倍晋三氏を師と仰ぐほどの自民党保守本流。排外主義的政策と強権的外交による対中国、対ロシア政策への懸念があった。
それに比べ、石破氏は「軍事オタク」との印象を持たれながらも2023年2月15日の国会審議では「戦争経験者が真ん中にいるうちは戦争にはならないが、戦争を知らない人たちが日本の中核になったときが怖い」という趣旨の発言をしている。過去の戦争に対する反省、新たな戦争に対する危機感など、あくまでも自民党内での比較論的評価で「高市氏よりまだましな感覚を持つ政治家」として評価した。
総裁選での決戦投票で逆転勝利し、総理・総裁となった石破氏は、退任前の昨年10月に発表した戦後80年に合わせた「内閣総理大臣所感」で、アジア太平洋戦争の「開戦」に至った理由を「政府が軍部に対する統制を失ったためだ」と明確に指摘した。その上で「政治が軍事に優越する“文民統制”の重要性」を強調した。
さらに石破氏は日米開戦前に総力戦研究所が「日本必敗」と予測していたことにも触れている。負けるとわかっているのに戦争に突入したのはなぜか。斎藤隆夫元衆院議員の「反軍演説」にも触れたうえで、「冷静で合理的な判断よりも精神的・情緒的な判断が重視されたため」だと分析してみせた。軍事オタクかと思いきや、出てくる言葉は「反戦、反軍」的な発言で、談話の締めも「国の進むべき針路を誤った歴史を繰り返してはならない」との趣旨で総括している。
ただし、その石破氏もアジア版NATO構想、米国の核シェアリング、核武装を想定する原子力潜水艦の建造など首相就任直前には「軍事オタク」ぶりを発揮し、その危険性を存分に示した。
「戦争を知らないやつが出てきて日本の中核になったときが怖い」という発言は、実は田中角栄元首相の言葉の引用だったと石破氏は語っている。歴代の自民党重鎮らも田中氏のこの言葉を重く受け止め、継承してきたようだが、高市首相には反戦、反軍的な理念や哲学は見受けられない。それどころか台湾・中国をめぐる「失言」で日本経済に大きなダメージを与え、国民から「ダメ出し」される「ダメ出され政権」と評すほかない。
「存立危機事態」発言による日中危機
昨年11月7日の衆議院予算委員会で高市首相は、台湾有事に関連して日本が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」に該当する具体例を問われ、「戦艦を使って武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースだと私は考える」と断言した。
これまで自公含め歴代政権は、台湾有事に関する「仮定の質問」に対しては「曖昧回答」を基本とし、摩擦を慎重に回避してきたはずだった。ところが高市首相は今回、中国を「仮想敵国」として事実上明示する踏み込んだ答弁をおこなった。
答弁で使った「戦艦」という言葉が、中国海軍による大規模な水上艦艇を用いた海上封鎖や、台湾への強襲揚陸戦闘などを示すものと受け止められた。そのうえで使われた存立危機事態は、米国を支援する形をとりながらも日本は中国に対し、「専守防衛」の国是を放棄し、憲法違反の「武力行使」に踏み込む覚悟を明確にしたのである。
さらに高市首相は「台湾有事は深刻な状況に今、至っている。最悪の事態も想定しておかなければいけない」と踏み込んでいる。中国による台湾侵攻は「仮定」の話ではなく、すでに差し迫った現実的脅威であるとの認識を示した。
「台湾有事」喧伝で進む地域の軍拡
自公政権下でも自民党は「台湾有事は沖縄有事」と喧伝し、沖縄への陸上自衛隊の配備強化を進めてきた。2015年までは「監視部隊」の配備と説明し、与那国島などへの陸自配備を進めてきたが、地元が配備受け入れを決めると「ミサイル部隊」の追加配備、さらに「電子戦部隊」の配備へと拡大。さらに石垣島、宮古島、沖縄本島へのミサイル部隊、弾薬庫設置など軍拡を一気に進めている。
与那国島では、岸田政権によって打ち出された43兆円の「異次元の軍拡」予算の「分捕り合戦」(糸数健一・前与那国町長)と豪語する首長も出る始末。さすがに底なしの軍拡を図った糸数前町長は、昨年8月の町長選で敗北を喫したものの、自衛隊配備強化については引き続き与那国島や石垣、宮古島などで島を二分する誘致・反対合戦が展開され、地域が疲弊する状況まで生じている。
限界集落など公共事業依存自治体では、地域の住民需要を超える巨大な施設の追加建設を可能にする自衛隊誘致が底なしの情勢で、全国で200を超える自治体が、自衛隊基地・施設誘致合戦に「参戦」している。国は軍拡支持の国民世論を喧伝し、さらなる軍拡を進め、ついに軍事費は5兆円規模からわずか4年で倍の10兆円規模まで膨らむ見通しである。
中国が経済制裁発動でダメージ拡大
高市発言に中国は即座に反応し「答弁は断じて容認しない」と猛反発、発言撤回を求めた。しかし、日本国内では答弁支持の報道などもあり、高市内閣は発言撤回に応じなかった。中国側は外交的抗議にとどまらず、日本への「渡航自粛勧告」の形で、中国人の日本渡航を制限するなど経済制裁を実施。実際に沖縄県などでは中国からの複数のクルーズ船が即座に寄港中止。学術交流での中国人の来県中止や、高校生など中国留学の受け入れ延期などが相次ぎ、民間交流をはじめ観光への経済的ダメージが沖縄県経済を直撃した。
中国政府による中国国民に対する日本への渡航自粛要請を受け、全国的にも中国人観光客が減少し、年末のホテル予約のキャンセルが相次ぎ、京都などでは宿泊料金の大幅下落など深刻な影響が出ている。「制裁」措置は、日本産水産物輸入手続き停止、日本留学の再考慮要請、エンターテインメント・イベントの制限など、次々に打ち出され、高市首相が得意分野としているはずの「経済安全保障」にダメージが広がりつつある。
歯止めなき自衛隊強化
2010年代に入り急速に進んできた自衛隊の地方配備強化、特に南西諸島配備強化に対し、中国は折に触れて台湾周辺での大規模な軍事演習やミサイル発射訓練などを実施し、日米両政府をけん制してきた。
加えて、日本は「ひゅうが」「いずも」「いせ」「かが」の4隻の空母型ヘリコプター搭載型護衛艦を配備し、ヘリ同様に垂直離着陸が可能なF35B型ステルス戦闘機の大量購入と甲板の耐熱仕様への変更で、事実上の空母化を実現している。
そんな日本に対抗するかのように、中国もロシアから購入した中古空母「遼寧」に次ぎ、初の国産空母「山東」、さらに昨秋には最新のカタパルト(戦闘機射出機)を備えた空母「福建」を太平洋戦略に投入し、昨年末、東シナ海から日本近海に至るエリアで大規模な軍事演習を展開。その際、中国軍戦闘機による航空自衛隊機へのレーダー照射問題が起きるなど、日中関係は高市答弁を裏打ちするかのような政治的な緊張、緊迫状態が続いている。
加えて、中国はここ数年、核兵器の製造を強化し、毎年100発単位で核ミサイルの保有を増加、昨年夏の段階で保有核弾頭数は「600発超」(ストックホルム平和研究所推計)となり、さらに一昨年から「核兵器24発を実戦配備した」とされている。軍拡競争の激化はアジアにおける本格的な核戦争の危機を招きかねない。まさにその中で飛び出した高市発言は、アジアの核軍拡に棹さす発言となった。その意味では、高市発言は偶発的な失言ではなく、「東アジアのパワーバランスを再定義する政治的宣言」との指摘すら出ているのである。
好戦的政治家の危険性
台湾有事に米国が参戦し、米軍支援のために日本が自衛隊を派遣して「米中戦争に日本が巻き込まれる」という構図が、日本でこれまで描かれてきた「巻き込まれる恐怖」であった。しかし、今回の高市発言では「日中対立に米国が巻き込まれて米中戦争が始まる」との警戒感が米トランプ政権内から出ているという。
「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目となる。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、また新しい感染の危険への抵抗力を持たない」。1985年、第2次世界大戦終結40周年の式典でドイツ大統領のヴァイツゼッカー氏がおこなった演説である。
昨年末、自衛隊基地建設が加速する種子島・馬毛島を視察調査した。基地建設バブルが島を包み、漁民の多くが「漁に出るより、馬毛島への水上タクシーの方が日当5万円超で儲かる」と出漁を止め、馬毛島までの輸送業務に精を出す漁民、介護職、医療関係者までもが「基地建設にかかわる仕事の方が儲かる」と考えて離職が相次ぎ、エッセンシャルワークの人材不足が深刻な事態をもたらしていると聞いた。上流で発生した「軍拡」の土石流が下流に生きる私たちの地域の生活、経済を押し流す。それは戦争と同じ構図である。

「軍拡は儲かる」という経済安保が、自公政権から自維政権にも引き継がれ、軍需産業が国の支援で拡大している。「軍産官学複合体」の危険性は、当の米国のアイゼンハワー大統領すら「歯止めなき軍拡を招く」と強い警戒感を抱き、警鐘を鳴らしていた。
日本は今年も軍事拡大を続け、すでに次年度予算では補正も含めると10兆円超の軍事費となる見通しである。国家予算の10%から20%へと軍事費を増額し、アジア太平洋戦争になだれ込んでいった旧日本帝国時代と同じ財政の動きに、国民の多くはまだ気が付いていない。軍事依存へ傾斜すれば底なし沼のように、抜け出すことができぬまま戦争へと流れ行くことになりかねない。
「端緒に抵抗せよ」とは、負けるとわかっていながら止めることのできなかったアジア太平洋戦争の反省を踏まえ、政治学者の丸山眞男が残した言葉である。端緒で抵抗できねば、戦争への流れは加速し、もはや誰もが止められない激流になっていく。
鹿児島の特攻隊基地にこんな言葉が記録されていた。
「第二次世界大戦における日本の悲劇は、本来トップにあるべき人材でない人間がその指揮をとっていたことではなかろうか」。
学徒も含め数百万人の国民が犠牲になった。果たして現在、この国のトップは「トップにあるべき人材」であろうか。
新年の年頭にあたり、じっくりとこの国の“政治の今”を再検証したい。
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まえどまり・ひろもり 1960年宮古島生まれ。沖縄国際大学大学院教授(沖縄経済論、軍事経済論、日米安保論、地位協定論)。元琉球新報論説委員長。沖縄県・新沖縄県史編集委員会委員。『沖縄と米軍基地』(角川新書)、『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(創元社)、『沖縄が問う日本の安全保障』(岩波書店)など著書・共著書多数。





















