
大勢の未成年の少女らを拉致し売春させたとして逮捕され、拘留中の2019年に自殺したとされるアメリカの富豪ジェフリー・エプスタイン。米司法省はエプスタイン元被告に関する捜査資料のなかから、昨年12月と今年1月、合計約350万点のファイル(画像や動画を含む)を公表したが、このエプスタイン文書は大部分が黒塗りにされていたため、強い世論の反発を招いている。トランプ大統領やクリントン元大統領、マイクロソフト創設者のビル・ゲイツ、イーロン・マスク、イギリスのチャールズ国王の弟にあたるアンドリュー元王子などとエプスタインは親密な交友関係を持っており、彼らの事件への関与が疑われてきたからだ。先週、アンドリュー元王子はエプスタインに機密情報を漏らした疑いで逮捕された。ちなみに米民主党のテッド・リュウ下院議員は、エプスタインの顧客ファイルにトランプ大統領の名前が数千回登場するとのべている。
米連邦議会下院の司法委員会は、今月に入ってエプスタイン文書についての公聴会を開いた。そのなかで議員らは「何千人もの被害者がいるのに、司法省は元被告の共犯者を追及していない」と批判した。
エプスタインがどんな悪事を働き、それに対して米国内でどんなたたかいがおこなわれてきたかは、日本ではほとんど伝えられない。そのなかで2020年に公開されたこのドキュメンタリーが改めて注目されている。このドキュメンタリーは、「絶好の餌場」「金の流れ」「秘密の島」「声を上げて」の全4話からなる。エプスタインとその共犯者たちの犯罪について、被害者の女性たちや関係者へのインタビューを中心に、当時の写真や映像も加えて、犯罪の全貌に迫ろうとするものだ。
警察、検察、メディアが黙殺 被害者の脅迫も

J・エプスタイン㊧
エプスタインは1990年代から2000年代の長期間にわたって、自身が所有する豪邸やカリブ海に浮かぶプライベートアイランド(リトル・セント・ジェームズ島)に、10代の少女らを拉致して連れ込み、世界の政財界のセレブたちを相手に売春を斡旋してきた。児童売春、性的人身売買という醜悪な犯罪だ。
ドキュメンタリーに最初に登場するのは、1995年当時、画家をめざす女子学生だったマリアさんだ。エプスタインが所有する牧場で、16歳の妹と12歳の下の妹とともに彼の餌食となった。彼女は実名を出して訴えたが、警察もFBIも動かず、とりあげようとしたジャーナリストも記事をボツにされた。だが、これは氷山の一角だった。
フロリダ州マイアミの北にあるパーム・ビーチは、富裕層が住む島といわれる。エプスタインは1990年、そこに別荘を買った。2005年、ある母親からパームビーチ警察署に電話があった。「14歳の娘がマッサージをさせられ、300㌦(約4万6000円)の大金をもらった」。
「大人にマッサージすると大金がもらえる」という噂が子どもたちのなかで広がり、未成年の少女たちがエプスタイン邸に呼ばれて餌食にされる事件が何年も続いた。少女たちの多くは、川向こうの労働者街から橋を渡ってやってきた。家が貧しく、親の虐待にあって頼る相手がいない子どもが多く、そこにエプスタインはつけ込んだ。狡猾で腹黒い大富豪の前へ、たった一人で引き出された少女に抵抗する術はなく、恐怖のあまりたくさんの友だちを紹介し、後になって自分自身を責め続ける女性もいる。
未成年の被害者が数十人にのぼることがわかり、被害者がエプスタインを訴え、警察や弁護士が「終身刑に値する」といって動き始めたが、直後から被害者と家族への監視や脅迫、弁護士とその妻子への脅迫が始まった。エプスタインのパートナーだったギレーヌ・マクスウェル(現在、禁固20年で収監中)から「お前の前途を閉ざしてやる」といわれ、何度転居しても後をつけてきた――と、ある被害者の女性が証言している。
ついにエプスタインは2008年、児童性愛と売春教唆(きょうさ)の容疑で逮捕され、法廷に引き出された。しかし、連邦地検が提起した司法取引に応じたことで、求刑は懲役15年だったのに、禁固18カ月に減刑された。しかも刑務所は個室専用棟で、食事は特別、連日の外出も許可されたというから、無罪放免のようなものである。
その後もエプスタインは、リトル・セント・ジェームズ島にセレブを招いたり、世界各地に少女たちを運んだりして性的人身売買を続けた。当時、島の従業員だった男性が「1カ月ごとに来客があり、少女たちが迎えた。クリントンとエプスタインが一緒にいるところを見た。アンドリュー王子を少女が性接待するのも見た」と証言している。
財力と権力に立ち向かう 少女達が実名告発
こうして、被害者たちの努力はついえたかに見えた。だが、彼女たちはあきらめなかった。ドキュメンタリーは、被害者の一人、ヴァージニア・ジュフリーさんを映し出す。2015年、彼女は「18歳になる前の未成年のとき、エプスタインによって国内外約30カ国で性的人身取引の犠牲になった」と訴訟を起こした。アンドリュー王子ら加害者の実名もあげて…。その後、他の被害者たちも立ち上がった。
このドキュメンタリーの中では、女性たちがインタビューの途中で言葉につまり、涙をこらえきれない場面も多く出てくる。しかしそうした彼女たちが、世間に堂々と顔と名前をさらし、「プロの売春婦たち」と誹謗中傷を受けながらもひるまず(彼女たちは当時、みんなただの子どもだった)、莫大な財力と権力を持つ者に対して立ち向かっていく姿は胸をうつ。
そして世論の高まりのなか、ついに2019年7月6日、エプスタインは未成年の性的人身取引容疑で逮捕され、起訴された。証拠写真も大量に見つかり、「禁固45年の可能性」と報じられた。エプスタインの友人たち、トランプやクリントンはあいついで「彼を知らない」「家に行ったことがない」といい始めた。
すると、1カ月後の8月10日、エプスタインは獄中で死亡した。「首つりによる自殺」とされたが、「真実は闇の中」とジャーナリストは訴える。
ウォール街で資産運用によって財力を蓄え、大統領や王室を含む権力者と結んで、前代未聞の小児性愛事件をくり返したエプスタイン。問題は、これに対してアメリカの警察も検察もFBIも大手メディアも隠蔽に加担し、被害者たちの訴えを長年にわたって黙殺してきたことだ。だがそれを米国民は許さなかった。エプスタインが死に、裁判が棄却されようとするその前に、30人にのぼる被害者の女性たちが次々と法廷の証言台に立ち、被害の実態を告発したことは、その力を象徴している。そして、醜悪な事件の共犯者たちの追及はこれからだ。
(2020年製作・米国)





















