いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『アメリカン・プリズン』 シェーン・バウアー 著 満園真木 訳

 国民皆保険がなく、医療が民営化され、貧乏人が医者にかかれないアメリカで、新型コロナウイルスの感染者数と死者数が世界トップを更新し続けている。そのアメリカでは刑務所までが民営化され、醜悪なる刑務所ビジネスがおこなわれている。ジャーナリストの著者は、アメリカの服役囚のおよそ一割が収容されている民営刑務所の実態を明らかにしようと、全米最大の民間更正企業の一つ、コレクションズ・コーポレーション・オブ・アメリカ(CCA)に雇われてルイジアナ州ウィンフィールドの矯正センターで刑務官として働き、その潜入ルポを2018年に発表した。それは全米で大きな反響を巻き起こし、民営刑務所の規制へと政治を動かした。本書はその翻訳で、先月末に刊行されたばかりのものだ。

 

 アメリカで刑務所に収監される者の人口に占める割合は、世界のどの国よりも高い。2017年に刑務所や拘置所に入れられていた者は220万人をこえ、過去40年間で500%の増加となった。

 

 これに目を付けたのがCCAの創業者テレル・ドン・ハットー(のち全米刑務所協会会長)で、レーガン政府時代の1983年、刑務所を営利事業として運営するという画期的なアイディアで、政府と世界初の契約を結んだ。CCAは運営を委託された州政府や連邦政府から、受刑者1人当たり1日34㌦を受けとり、道路建設などの公共事業に無給で労働法の適用されない囚人を貸し出してもうけてきた。1986年にはナスダック市場に上場を果たし、2017年には全米80カ所で8万人の受刑者を抱えるまでに成長した。

 

 受刑者の更生ではなく、いかに利益を上げるかが目的なので、大半の一般囚が寝起きする雑居房は44人もの大部屋で、その大部屋が8つある1つの棟に受刑者を監視する刑務官が2人しかいない。刑務官(受刑者と同じく大多数が黒人)もウォルマート並みの時給9㌦で、1日12時間以上の長時間労働だ。刑務官の人件費削減のため、大運動場も図書館もろくに使えず、職業訓練プログラムもほとんどおこなわれておらず、刑務所内ギャングに管理を委ねたりしている。だからしばしば暴動も起こる。

 

 それどころか医療費がかかるといって病気になっても放置したままで、受刑者は感染症で手足を失ったり、刑務官のリンチで衰弱して死に、ボロ切れのように捨てられている様子が本書のなかで描かれている。刑務官の虐待で自殺に追い込まれた若者は32㌔までやせており、母親が「あいつらは人がドルマークにしか見えていないと息子がいっていた」と憤懣やるかたない。

 

 犯罪者といっても、生きるために窃盗をして捕まった者、子どもの頃からずっと獄中にいる者、友人が白人に射殺され、ニガー呼ばわりしたその白人と撃ち合いになった黒人などもいる。学校の近くで大麻を吸って懲役25年の刑を受けた若者がいる一方、一家皆殺しの凶悪犯が6年で出所していく場合もあるという。仕事を失いホームレスにならざるをえなかったことを訴える受刑者の手紙や、「パパ、愛してる」という子どもからの手紙を見るにつけ、彼らはどんな思いで一生を終えたのかと思わざるを得ない。

 

 こうして囚人労働を搾りとることでCCAは2014年、売上高が18億㌦となり、2億2100万㌦以上の純利益を稼いだ。投資家にとっても「刑務所REIT(不動産投資信託)」は人気商品の一つになっているという。

 

 問題はそこにとどまらない。アメリカの歴史を通じて、人種差別と、人の自由を奪うことと、利益の追求とは常にセットだった、と著者はのべている。現在と奴隷解放前後の時代を行き来しつつ、その問題点を浮き彫りにしようとしている。

 

奴隷制から囚人貸し出しへ

 

 アメリカ独立戦争以前、イギリスは植民地アメリカを犯罪者の捨て場にしていた。囚人移送法によって、裁判所の判断で、絞首刑にされるかわりに最低7年間、アメリカに移送することができるとした。当時は銀のスプーン1本盗んだだけで死刑になることがあったため、無数の「ジャンバルジャン」が鎖でつながれて船倉に押し込まれ、アフリカ奴隷貿易の経験を持つ商人たちによってアメリカまで運ばれた。そこで囚人たちは競りにかけられ、タバコのプランテーション農園などに売られた。18世紀のイギリスからアメリカへの移民のうち、4分の1が囚人だったという。

 

 19世紀のアメリカ南北戦争後、綿花やサトウキビのプランテーションの労働力が突然いなくなった。しかし、奴隷制の廃止を決めた合衆国憲法修正第一三条には抜け穴があり、犯罪者であれば奴隷労働に従事させることができた。そこで南部の諸州は、プランテーションをみずから購入し、20世紀初頭からそれを刑務所として運営し始めた。つまり刑務所制度は奴隷制が直接的に生み出したものだった。

 

 この刑務所プランテーションは、奴隷制が廃止されて1世紀がたった1960年前後まで続き、州政府に莫大な利益をもたらしていたことが本書からわかる。南部の諸州で、堤防や道路の建設工事に囚人を貸し出し、彼らは足を鎖につながれ裸同然で労働していたこと、たびたび赤痢が流行し多くの囚人が死んだこと、アラバマ州の全鉱山労働者の半分以上が無給の囚人だったこと、「生きた財産」である奴隷よりも囚人の死亡率の方が圧倒的に高かったことなどが報告されている。

 

 刑務所プランテーションは、主要な輸出品だった綿製品の製造工場となり、戦時には軍需工場となった。それが1980年代からは刑務所民営化になって現在に至るが、アメリカ資本主義がいかに民主主義とは無縁の強欲なやり方で「世界の盟主」にのし上がり、そして没落しているかを示している。一方で20世紀初頭には、8時間労働制や賃上げを求める労働者のストライキが囚人貸し出し制度に反対するたたかいに発展し、労働者と囚人が肩を並べてたたかった歴史があることも本書は伝えている。

 

 同じ社会を構成する人間でありながら、黒人や貧乏な白人のなかに犯罪者を増やせば増やすほど、一部の民間企業や投資家の利益が増えるような社会は、長続きするはずがない。著者の身体をはったルポルタージュは、今からどんな社会をつくっていくかの鋭い問題提起にもなっている。

 (東京創元社発行、四六判・376ページ、定価2100円+税

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この記事へのコメント

  1. 小原伸子 says:

     心も凍る話です。アメリカが、世界の民主主義のお手本になる国だと考える日本人は、
    未だにいるのでしょうか?
     私は息子と娘(40代後半)の影響で、スティーヴン・キングのホラー小説を
    何冊か読みました。そこに登場する人物の多くは、極貧で心がすさみ、日常的に
    他人や父親や夫などの暴力にさらされています。一生搾取され続け、夢も希望もない
    人生を送る人々を描いています。
     「IT」という作品は、十代の少年・少女たちが町の下水道に潜む残虐な「魔物」と
    闘う話です。バラバラに孤立していた彼らの中に、友情が生まれ、闘いの中で強い絆で
    結ばれ成長していきます。
     この作家は、アメリカ社会を描くには、ホラーと言う手法以外ありえないと考えて
    いるようです。真の恐怖(ホラー)はアメリカの歴史の闇と暗黒の中にあると・・・。
     この書評を読んで、キングの小説を思い出しました。
     

     
     
     
     
     

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