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国家の意思決定を歪める権力中枢の病理にこそメスを 国家情報会議設置法めぐる伊勢崎賢治議員の国会質疑

(2026年5月29日付掲載)

高市首相に対して質疑をおこなう伊勢崎議員(26日、参院内閣委)

 国家の意思決定にかかわる情報収集や脅威への対処能力(インテリジェンス機能)を強化する国家情報会議設置法が27日、参院本会議で可決成立した。連立与党の自民党、日本維新の会に加え、国民民主党、公明党、参政党、日本保守党、チームみらい、中道改革連合が賛成した。法案は、安全保障環境の緊迫化やテロの脅威に対抗することを名目に、防衛省、警察庁、公安調査庁などの情報機関が得た情報を一元的に集約するため従来の内閣情報調査室(内調)を「国家情報局」として解消・格上げし、そこで得た情報にもとづき閣僚でつくる「国家情報会議」が政策決定をおこなうというもの。しかし、国家による情報収集や管理において権力の濫用(プライバシー侵害)を防ぐ制度上の歯止めがなく、独立機関による監督も担保されていないなど、国内の政治活動や言論の弾圧強化につながる危険性が指摘されている。れいわ新選組参議院議員の伊勢崎賢治氏(元国連上級民政官)は、本法案が抱える問題点を連日国会で追及してきた。26日の参院内閣委員会での伊勢崎氏による質疑要旨と反対討論の内容を紹介する。

 

□   □

 

質問をおこなう伊勢崎議員(26日)

 伊勢崎 歴史上、世界中の権力が反政府的な動きを抑圧するために用いてきた常套手段がある。いわゆる「エージェント・プロボカトール」。挑発工作員という意味だ。

 

 19世紀のフランスを起源とするこの手法は、平和的なデモンストレーションの中に権力側の人間が紛れ込み、意図的に暴力を誘発する。そして、その暴力を口実に抗議活動全体の正当性を奪い、より強硬な治安出動や監視拡大を正当化するという手法だ。これはよく知られている手法だ。

 

 これは独裁国家だけの話ではない。同盟国アメリカにおいても、FBI(連邦捜査局)が1956~71年にかけて実施したカウンター・インテリジェンス・プログラム、通称「COINTELPRO」作戦というものがある。これにより当時の公民権運動やベトナム反戦運動など国内の合法的な政治活動が「脅威」とみなされ、潜入や分断工作、そして信用失墜工作が図られたことが後に議会調査で明らかになった。こういう調査はアメリカはしっかりやる。

 

 総理。新設される国家情報局がこの手法、いわゆる「エージェント・プロボカトール」を用いる、つまりデモなどで起きた一部の過激な行動を口実に、政府に批判的な国民への監視を恒常化・拡大する組織へと変貌させない保証を、どのような制度で担保するのかをお示しいただきたい。

 

 高市首相 国内事象であれ、国際事象であれ、分析の客観性を担保するということは、信頼に足るインテリジェンスにおいては不可欠だと認識している。たとえば現在、内閣情報調査室では情報収集をおこなう体制と切り離した形で高度な情報の分析に専従する内閣情報分析官が総合分析をおこなうなどのとりくみを通じて、先入観を排した分析評価に努めてきた。この考えは国家情報局にも継承する。

 

 本法案は、情報を集約することで的確な分析・評価に繋げることを目的にしている。たとえば政府を批判するデモや集会などに参加したことのみを理由として、その参加者の動向を調査したり、分析対象とすることは想定されない。そのような情報活動をおこなうことを総理大臣が各情報機関に指示することもない。

 

 伊勢崎 制度上の努力目標にしか私には聞こえない。保証とはいえない。制度上の保証に関しては木原官房長官と本委員会で散々議論したのでブリーフィングを受けていただければ幸いだ。

 

 国民が「自由」よりも「安全」を求めるようになったとき、もしくはそう仕向けられたとき、先ほどいった「エージェント・プロボカトール」は最も水を得た魚になる。今がそうかもしれない。

 

 続ける。インテリジェンスが真に国益を守るのであれば、その目が単に外の脅威にだけでなく、時に内なる脅威――すなわち国家の意思決定を内側から歪める権力中枢の病理――に向けられてこそ、その真価が発揮されるものだと思う。

 

 そこで仮定の話をする。たとえば、外国に繋がりを持つある特定の団体がその組織的な力を背景に、長年にわたり政権与党の政策決定や選挙活動に深く浸透し、結果として本来あるべき国益の判断を歪めているのではないかという深刻な疑義が浮上したとする。仮定の話だが、これは外国による直接的な工作とは異なる、より巧妙で根深い、民主主義への侵食であり、インテリジェンスが最も警戒すべき事態といえる。

 

 総理、閣下ご自身が議長を務める「国家情報会議」、そして、その手足となって動くのが「国家情報局」だと理解するが、国家情報局は政権にとって不都合な調査をした場合、それを隠匿して閣下の手足であり続けるのか、それとも真実を報告してみずからの長である閣下と対峙するのか。この組織は一体どちらを向いて仕事をするのだろうか?

 

 高市首相 仮定の質問に答えるのはなかなか難しいが、情報部門が政策部門における予見や思惑に左右されることなく、独立した客観的な分析を示すことは、情報と政策の分離の観点から極めて重要だと認識している。この法案によって閣僚級の国家情報会議が設置され、安全保障政策と情報活動の意思決定メカニズムが別個のものとして機能することになる。

 

 このことは政策が正しい情報に裏付けられているかどうかをより客観的に評価することを可能にするものであるため、たとえば外部からの不当な影響力の的確な検知を含め、情報の客観的な分析・評価を確保する制度的担保になると考える。私にとって不都合な情報をしっかりと捉えたときには、それを政策決定機関に対して情報機関は伝えなければならないし、忖度をしてはならないと考える。

 

 伊勢崎 有名な事件があった。英国の「ケンブリッジ5」事件だ。先日、質問の聞き取りにこられた若い官僚の方々とこの話で盛り上がったのだが、ドラマの素材にもなった事件だ。このように国家の中枢にいるエリートたちが長年にわたり国益を売り渡した事例は、先進国に数多くある。

 

 実は先ほど挙げた仮定の話は、統一教会問題を念頭に置いたものだ。国家情報局の最初の任務として、この問題に照準を当てることを期待している。韓国のインテリジェンスはもうすでに動いた問題だ。日本が動かない理由はない。

 

不都合な情報を隠す日本の特性がもたらす破滅的末路

 

 伊勢崎 本日が最後の審議なので単刀直入に尋ねる。インテリジェンスは誰のものか? 誰の「ため」かではなく、誰の「もの」か?

 

 木原官房長官 インテリジェンス(情報収集・分析)は各行政機関がその職務遂行のために適切に収集し、管理し、最終的に利用するということになるかと思う。それは結果として国家、国民に資するものになるという風に思う。

 

 伊勢崎 ものとしてのインテリジェンスは三つある。収集された生情報、それを評価したリポート、それに基づく意思決定・政策決定の過程の記録だ。これらはすべて国民の税金でつくったものだ。確かにそれを秘密にする期間とそのニーズはあるだろう。だが最終的には国民のものだ。そのように私は国際社会でたたき込まれた。これはおそらく民主主義国家に共通した認識だと思う。

 

 木原長官は防衛大臣を務められたので、海外で任務をこなす自衛隊員の苦労も、彼らが命がけでしたためる日報の重みも誰よりもご存じのはずだ。防衛省で起きた南スーダン日報問題(自衛隊が南スーダンやイラクでのPKO任務で作成した日報が「廃棄済み」として扱われ隠蔽された事件)では、最初に「廃棄した」と説明された記録が後から出てきた。これは単なるミスではない。政治的に不都合な記録が隠されるという、この国の特性が露呈した問題だ。なぜ特性なのかといえば、他国の軍事組織ではあり得ないことだからだ。

 

 この問題の背景にあったのは、自衛隊が活動している現場が「戦闘地域」になっているという真実が日本の政治、東京の政治に不都合だった――それだけの理由だ。

 

2018年、防衛省が「不存在」とした後、公開された自衛隊イラク派遣部隊の計435日分、約1万5000ページにのぼる日報

 私は防衛省統合幕僚学校で18年間、自衛隊の精鋭たちの教育に携わった。そこでは「記録こそが、万が一のさい、君たち自身を守る唯一の盾になる」と彼らに教えてきた。「国家の命令に従った結果、もし現場の君たちの行動が国際人道法違反、つまり戦争犯罪を引き起こしてしまった場合、日報(作戦日誌)こそが国家の指揮命令系統にその法的責任を訴求させる唯一の証拠となり得る」のだと。「だから記録を廃棄するという上層部の行為は、その上層部がみずからの保身のために君たちを犠牲にする卑怯極まりない行為である」と僕はいう。これは別にクーデターを煽っているわけではない。

 

 元防衛大臣として現場の隊員の名誉と安全に責任を負ってこられた木原官房長官は、この問題の深刻さがおわかりになるはずだ。このように記録を軽んじる日本の体質を根絶しないまま、より巨大な権限を持つ国家情報局を作ることがどれほど危険なことか。長官の見解と覚悟をうかがう。

 

 木原官房長官 今は官房長官としての立場であることをご理解いただきたい。そのうえで情報機関の活動に限らず、情報機関の意思決定に至る過程を、合理的に後付け検証できるようにすることが重要だと思う。それがひいては政府の情報活動に対する国民の皆様のご理解や情報機関の信頼性向上に繋がると考える。

 

 本法案により設置される国家情報局で扱う文書は、公文書管理法をはじめとする関係法令の他、行政文書の管理に関するガイドラインがある。政府内のルールを遵守し、適切な対応に努めなければならない。加えて衆議院の付帯決議でも公文書の作成保存について記された。そういったことに十分配意していく。

 

 伊勢崎 くり返し申し上げる。諸外国の軍事組織では奇想天外としかいいようがないこの公的記録消失という事態は、この国の構造的な病だ。ガイドラインなどは僕にとっては精神論にしかみえない。

 

 ここに、より根深い動かぬ証拠がある。それが密約の話だ。日米間の核持ち込み密約のことだ。アメリカ側では数十年前に機密解除され、歴史の事実となっているにもかかわらず、日本側では相手国で公文書が公開された後でさえ、日本国民に対してその存在を否定し続けた。これは、政府の裁量に任せていたら、国家の根幹にかかわる真実でさえ永久に闇に葬られることを示している。

 

 先日、本法案の公聴会では、本法案に賛成する立場の歴史研究家ですら、情報の乱用を防ぐ国際原則の重要性について指摘された。この指摘を踏まえて日本の特定秘密保護法を見れば、その欠陥は明らかだ。30年の機密指定期間はあるものの、事実上、政府の裁量で無期限に延長可能であり、米英のような自動解除の仕組みが存在しない。これでは密約と同じ過ちが制度的にくり返されるだけだ。

 

 そこで、官房長官に以下の二つのことを、国家情報局が国民から信頼されるために不可欠な前提条件として提案し、覚悟を問う。一つは、特定秘密であっても一定年限経過後は原則として自動的に公開そして移管すること。こういう出口戦略は「既存の別の法律にあるから」といういい訳は通用しない。審議中のこの法律に明記すべきだ。

 

 二つ目は、その例外の判断を委ねる第三者機関について。独立公文書管理監や情報監視審査会という既存の監視機関があるが、それらはあくまで行政の内部ないしは行政に付随する枠組みの中で法律の範囲内で運用されている。まさにこれが日報問題や密約を生む国家の体質を形成してきたのだ。今回創設される国家情報局によって、この体質がさらに強化されてしまう可能性を危惧している。現行の監視機関では、権限も独立性も決定的に不足している。

 

 必要なのは「ツワネ原則」(国家の安全保障と国民の知る権利を両立させるための50項目からなる国際原則)が求めるような、行政府から完全に独立し、たとえ特定秘密であってもみずからアクセスして調査でき、その是正勧告に法的拘束力を持つ、まったく新しい次元の第三者機関だ。

 

 この二つの制度なくして、日本の体質は変えられない。お考えをお聞かせいただきたい。

 

 木原官房長官 特定秘密保護法は平成26(2014)年施行であり10年余りが経過したことになる。私はその運用が軌道に乗ってきていると評価できる。その一方で、漏洩と評価されるものも含めて遺憾ながら不適正な事案も発生しており、制度や運用に関する職員教育の充実強化や取扱業務に関する検査の実効性向上などは引き続き取り組むべき課題がある。委員のご指摘は、その特定秘密のいわば恒久化を防ぐべきだという質問と理解したが、現行の特定秘密保護法では無期限に特定秘密の指定がおこなわれることのないように、指定にあたっては上限5年で、原則として通算30年まで延長可能とする有効期間を定め、指定の理由を欠くに至っては有効期間内であっても速やかに指定を解除するとされている。恒久化を防ぐ仕組みが組み込まれている。

 

 特定秘密に指定される情報には人的情報源に関するものなど、有効期限を経過しても公開することが困難なものもある。一律の自動公開という原則を設けることには慎重であるべきと考えるが、各行政機関ではその指定の理由について年1回以上の定期点検をしている。第三者機関については、すでに特定秘密の指定解除等の適性を確保するための検証、監察等をおこなう機関として内閣府に独立公文書管理監と情報保全管理室が置かれており、国会にも情報監視審査会が設けられている。政府としては、引き続き特定秘密保護法の適正な運用にとりくんでいく覚悟を持っている。

 

国民知らぬ間に攻撃目標に

 

米軍横田基地(東京都)

 伊勢崎 今いわれた大半のことは私自身がのべたことだ。私がいっているのは、ツワネ原則に基づいた別次元の機関の必要性だ。なぜか? 日本には特異体質があるからだ。なぜわれわれが特異な体質を持っているのか。先ほど密約問題に言及したが、問題の根はさらに深い。皆さんを含めてほとんどの国民は、東京にある米軍横田基地に今なお「朝鮮国連軍後方司令部」が存在していることを知らない。日本はこの朝鮮国連軍(UNC)と地位協定を結んでいる。これが日米地位協定に隠れている。われわれが結ぶ地位協定は実は二つあるのだ。

 

 その根拠となった「吉田アチソン交換公文」(1951年に吉田茂首相とアチソン米国務長官の間で交わされた国際合意)の核心である密約の部分――日本では非公開だが米国では公開済み――によれば、この密約の下では、朝鮮半島有事で朝鮮国連軍(実質は米軍)がわが国の基地から作戦行動をとるさい、日米安保の安全装置であるはずの「事前協議」が適用されない。どういうことかといえば、日本政府のあずかり知らぬところで戦争が始まり、わが国が一方的に攻撃目標になることを意味する。これが情報を隠し続ける体質を持った国民、国家の末路だ。

 

 このことを私は以前、自民党議員有志の方々にレクチャーした。そのなかには当時の防衛庁長官で後に防衛大臣になる方もおられたが、この事実を知らなかった。

 

 朝鮮国連軍との関係は実働している。これがこの国の形なのだ。これがわれわれには秘密にされて知らされていない。米国では公開されている秘密が、われわれには公開されていないのだ。

 

 私はこの国家情報会議設置法案に反対する立場だが、もし成立してしまったら、最低限義務として、本日私が提案した制度改革を最優先で断行することを強く求める。その覚悟なくこの法案に賛成することは、未来のわが日本国民が、私たちの時代の過ちを検証し学ぶ機会を永久に奪い去ることにほかならない。この思いをご列席の皆様と共有して質疑を終わる。

 

〈反対討論〉真実を長期に封印するブラックボックスの制度化

 

 伊勢崎 れいわ新選組を代表し、政府提出の国家情報局設置法案、立憲民主党提出の修正案に反対の立場から討論する。

 

 第一に、強大な情報機関は、外の脅威だけでなく、国内の批判や市民運動に向かい得るという歴史の教訓がある。挑発や分断を誘発し、その混乱を口実に監視を拡大する――そうした権力の誘惑を制度で断ち切る担保が本法案には見当たらない。

 

 第二に、わが国には不都合な情報が軽んじられ、消され、後から出てくるという苦い経験がある。南スーダン日報問題が呈したのは、現場の記録が政治の都合で弄ばれる現実だ。これは特異体質だ。

 

 記録は国民共有の知的資源であると同時に、命令に従って行動した現場の隊員が不当な責任から身を守るための盾でもある。この記録を軽んじる国家の体質のまま権限だけを強化することは言語道断である。

 

 第三に、現行の特定秘密保護法には「出口」がない。一定年限が過ぎれば原則公開、そして移管される「自動解除」の仕組みがなく、指定延長は政府の裁量で事実上無期限になり得る。独立した異次元の第三者が例外判断を担う制度も不十分である。この状態で国家情報局を設ければ、不都合な真実を長期に封印するブラックボックスを制度化しかねない。

 

 この法案を修正案を含め通過させることは、未来の国民が私たちの時代の過ちを検証し、学ぶ機会を永遠に奪い去ることを意味する。

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