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米国に日米地位協定改定を拒む法学的根拠はない 東京外国語大学名誉教授・伊勢崎賢治

(2025年5月2日付掲載)

 先日、NHK『日曜討論』に、れいわ新選組を代表して出演した。トランプ関税――アメリカとのディール(取引)をどうするのか――が議題だったが、自民党からは小野寺五典元防衛大臣が出席されていた。

 

 僕は、トランプ関税の謳い文句である「レシプロカル(互恵性、法的対等性)」を逆手にとり、「日米地位協定をレシプロカルに変える」ことを提案した。アメリカと法的に対等になること、つまり、アメリカの同盟国で唯一日本だけにある「アメリカの完全自由」がなくなるということだ。これをチラつかせながら関税交渉を有利に運ぶのはどうか? と。

 

 第1次トランプ政権時に米紙『ブルームバーグ』が報じたものだが、沖縄の普天間飛行場の返還問題について問われたトランプは「Land Grabbing:土地の収奪」とのべ、「100億㌦の価値がある」といって日本側に補償を要求した。このときトランプは初めて「レシプロカル」について言及した。このメンタリティーは現在も変わっていないだろう。「日米安保をレシプロカルに変える」とトランプに言うチャンスにすべきなのだ。

 

 ただし、沖縄をアメリカの所有物と見なすことは侵略であり、ジュネーブ条約違反だ。絶対に許してはいけないことを強調しておきたい。

 

 僕の提案に対して小野寺氏は「それ(日米地位協定の改定)をやるには、日米同盟の片務性(日本は米国が第三国で攻撃された場合の防衛義務を負わない)の克服が必要である」といい、「憲法九条改定」の必要性を示唆した。これに反論する。

 

同盟の「片務性」は問題ではない

 

 まず片務性について。かつて僕がいたアフガニスタン(当時は戦時下であり、米軍事力への依存度においては日本より格段に高い状況)における地位協定は、アフガン軍と米軍の共同防衛を規定するものだが、アフガン域外での米軍のための防衛義務は想定されていない。片務的だ。しかし、地位協定はアフガンの主権を最優先している。

 

 米軍法会議の進行をアフガン政府が監視する権利まで謳われ、米軍が契約した“業者(日本では軍属扱い)”は地位協定の特権の外に置かれた。アフガンのすべての領域・空域は、アフガン政府の主権の管理下にあり、米空軍機はアフガン政府の安全運行基準に従うとまで書かれている。

 

 2009年当時のイラク(同じく米軍事力への依存度は日本より格段に高い)でも、イラクと米軍との地位協定は、イラク側にイラク域外での米軍への防衛義務は想定されていない。これも同じく片務的だ。それでもイラクの主権を最優先している。米軍が使うすべての土地建物はイラクの所有物であり、米軍はイラクの環境基準に従い、業者は地位協定の特権外だ。そして、米空軍機の運用は、ドローンでも特殊部隊でもイラクの安全基準に従い、フライト計画はイラク政府の事前承認が必要となる。

 

「Iraqi land, sea, and air shall not be used as a launching or transit point for attacks against other countries.(イラクの陸、海、空は、他国に対する攻撃の出発点や通過点として使用されてはならない)」と明記されている。

 

 米軍との関係において紆余曲折のあったフィリピンも、米軍が駐留する現在、フィリピン域外での米軍への防衛義務は想定されていない。米軍の駐留は常にフィリピン政府の事前招待を要件とする。米軍施設の建設はフィリピン軍基地内に限定している。さらに、核兵器の持ち込みを明文で禁じている。軍用機の騒音規制を含めてフィリピンの安全基準に従い、運用計画も事前許可制だ。

 

 つまり、地位協定の改定において、「片務性」云々は問題ではない。安全保障関係における「主権」の有無が問題なのだ。日米地位協定の改定にあたっても「片務性の克服」は問題にならない。

 

駐留軍の規制は自衛権そのもの

 

 なぜアメリカと片務関係にある国に「主権」があるのか? それは当たり前のことだ。これは米軍の行動によって、自国の本土が攻撃を受ける事態を回避する基本的な権利だ。国連憲章五一条に謳われ、どの国にも固有の権利として存在する自衛権を保護しているだけの話だ。つまり、これを主張しないということは、主権を放棄しているのと同じなのだ。

 

 地位協定におけるレシプロシティとは、外交特権と同じ「互恵性」と訳すべきだろう。それは法学思考上、「逆」(相手国内で認めさせた特権は自国内で相手国側にも認める)があり得る。これはNATO地位協定が起源だが、そのNATOも冷戦後には、この特権を「PfP(平和のためのパートナーシップ)」の枠組みで旧ソ連邦構成国にまで与えている。これにはウクライナ、ロシアも含まれる。

 

 お互い同じ権利を認め合うこと――アメリカが本土で外国軍に許さないことはアメリカもその国でできない。つまり「自由なき駐留」が基本だ。これが日米地位協定との大きな違いだ。

 

 もし日米地位協定がレシプロカルに改定されるなら、沖縄の苦悩と負担は、皆無にはならないとしても“瞬時”に軽減される。横田空域(ラプコン)も瞬時に消滅する。

 

「対等性」を拒めぬ米国

 

 公務内に駐留軍が起こす事件の裁判権の放棄もレシプロカルに改定する必要がある。NATO加盟国軍がアメリカ本土に駐留した場合、アメリカはそこで派遣国関係者が起こす事件の裁判権を放棄する。その代わりに当該NATO加盟国は、自国の国内法廷で被疑者を裁くことになる。

 

 二国間協定では、たとえばフィリピンは「限定的なレシプロシティ」を獲得している。フィリピン政府が、在米フィリピン人要員に対する米国の管轄権(裁判権)の放棄を要請した場合、米国務省または国防総省は、特別な場合を除き、「適切なアメリカの当局(たとえば地方政府の地方裁判所など)に要請」し、フィリピン側の要請に応えることが保証されている。その代わり、被疑者はフィリピンの国内法廷で裁くことになる。

 

 では、日米間にこの法的なレシプロシティが持ち込めるか? つまり、自衛隊が理論上アメリカ国内に駐留したとして、そこで業務上過失致死事件を起こしたとする。すると、法的対等性によりアメリカは裁判権を放棄する。その場合、日本の国内法廷で裁くことが期待される。これができるか? という問題だ。

 

 ご存じのように日本の刑法には、国外犯規定(海外で日本人が犯す業務上過失は管轄外とする)がある。そこには過失犯についての定めがなく、国外での過失犯は日本の法律で裁けない。これは日本だけが持つ「法の空白」だ。この状態でなぜジブチに自衛隊を派遣しているのか。訳がわからない。

 

 もっと根本的な問題がある。国際法は、国家の指揮命令で動く実力組織(軍と呼ぶかどうかは関係ない)が、国際法で定義される重大犯罪=戦争犯罪を犯した場合、その国家が第一次裁判権を行使することを前提にして成り立っている。特にジュネーブ諸条約は「上官責任」を問う国内法の立法化を義務付けている。

 

 ジュネーブ諸条約や国際刑事裁判所ローマ規定が謳う「保護法益」は、個人的な恨みや動機でおこなわれる殺人・破壊ではなく、国籍や民族など個人の「属性」を標的にする殺人・破壊行為から人間を守るものだ。そういう行為は必ず組織的な政治行為であり、だからこそ命令権者(上官)を起訴・量刑の起点とする。刑法の保護法益とは次元が違うのだ。日本の現状は、現場で引き金を引いた人間だけを裁く「親分と鉄砲玉」の関係でしかない。

 

 つまり、現状の日本は、法的対等性に応える「法治国家」としての体をなしていない。だから、小野寺氏は「レシプロシティ」を実現するために「九条改憲」の必要性を言ったと思われる。

 

 だが僕は、これには真っ向から反論する。これは憲法問題にする必要はまったくない。刑法と自衛隊法の改訂で済む話だからだ。コロナ前に立ち上げた「国際刑事法典の制定を国会に求める会」において、衆議院法制局チームを組織してもらい、戦争犯罪を規定する「ジュネーブ諸条約・追加議定書」(第1・第2)、「国際刑事裁判所に関するローマ規定」が批准国に要求する要件を精査したが、ほとんど何も法整備していないことが判明した。だが、その解決は、憲法改正という大風呂敷を広げる必要はなく、国外犯規定を含め刑法・自衛隊法の改訂で済むという感触を得た。

 

 トランプ政権の再登場は、日米地位協定をレシプロカルに改定する最大で最後の機会だろう。レシプロシティは、第二次大戦後の被駐留国の極端に「片務的な状況下」で、米軍が引き起こしてきた、外交関係を決裂させるほど深刻な事犯への対処として発展してきたものだ。つまり、弱いのは米国の側であり、それに対応するためにたどり着いた概念がレシプロシティ=法的対等性なのだ。よって、同盟の「片務性」は、地位協定改定の障害にはなり得ない。

 

 レシプロシティを謳い文句にするトランプには、日米地位協定をレシプロカルに改定する日本側の要求を拒否する法学的根拠はない。

 

(4月24日、円卓会議「日米地位協定改定を超党派で」での発言要旨)

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この記事へのコメント

  1. 望月みつよ、 says:

    是非アメリカとの交渉に挑んでください、宜しくお願いします‍♀️

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