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『保育園に通えない子どもたち』 著・可知悠子

 東京都目黒区で2018年6月、両親から虐待を受けて5歳の子どもが死亡した。その子どもは幼稚園や保育園に通っておらず、周囲とのつながりが断たれたなかでのいたましい事件だった。現在、3~5歳で保育園にも幼稚園にも(認可・認可外問わず)認定こども園にも、どこにも通っていない子どもが全国に約9万5000人いる。北里大学医学部公衆衛生学講師の著者は、他の研究者と共同で、全国4万人の幼児を対象にこの未就園児(無園児)の実体を調べる初めての調査・研究をおこなった。

 

 著者自身、数年前に0歳時4月入園を果たすために、妊娠がわかった当初から保活に励み、運良く入園が決まったものの、保育園は徒歩とバスで45分かかる場所にあり、産後2カ月での職場復帰と毎日の通園で衰弱した経験を持つ。

 

 調査してわかったことは、これだけの無園児がいる背景には親の貧困化があることだ。認可施設の保育料は、一号認定(幼稚園、認定こども園)も二号認定(認可保育所、認定こども園)も、生活保護世帯や住民税非課税の1人親世帯の保育料は無料になっている。しかし、母親が就労しておらず、近くに公立幼稚園がない場合があった。幼稚園は私立が多く、私立幼稚園の月額保育料(約4万円)は公立幼稚園の約2倍だ。また、園によって違いがあるが、保育料以外の通園バス代、給食費、教材費、行事費などがかさみ、年間10万円以上集めているところもあった。子どもの多い世帯では、経済的負担から就園させず、年の離れた兄や姉が面倒を見ている場合があった。そのほか乳幼児健診の未受診率は貧困家庭ほど高かった。

 

 日本では、7人に1人の子どもが貧困状態で暮らしており、1人親世帯では2人に1人の子どもが貧困状態にある。就学前の子どもがいる家庭の経済状況を1997年と2012年で比較すると、父親年収が400万円を切る家庭の割合が27%から37%に増えた。また、日本は先進国の中で男女間の賃金格差が著しく大きく、シングルマザーは14・8%が夜間(18時から22時)に、10・2%が深夜(22時から翌5時)に働いている。

 

 また、早産や先天性疾患により、経管栄養やたんの吸引などの医療的ケアが必要な幼児の場合、看護師がいる保育園や障害児向け保育園が家の近くになければ就園することはできない。ADHDなどの発達障害があると、入園を断られたり、途中で退園に追い込まれたりする場合があった。

 

 広島県のある母親の場合、子どもが発達障害グレーゾーン(傾向はあるが、診断レベルではない状態)と診断を受けたため、保育園や幼稚園から入園を断られた。市役所の担当者に相談すると、「特別支援学校の幼稚部に通うのが、本人にとって一番幸せですよ」の一点張り。後からわかったことだが、市は財政が厳しくて加配の保育士を雇えず、ほとんどの子どもに支援学校を勧めていたようだ。しかし、支援学校の教師が「このまま支援学校なのは発育上好ましくない」と市を説得してくれ、何とか転園がかなったという。

 

外国人の家族が地域で孤立

 

 もう一つが外国人の子どもの場合。ただでさえ待機児童が多いうえに、文化的背景、宗教や言葉が違う外国人の子どもは幼稚園や保育園が受け入れを敬遠しがちで、「入りたくても入れない」場合が圧倒的に多いという。その結果、家族が地域から孤立する。情報は届かない(届いても言葉がわからない)し、自治体窓口での手続きの繁雑さや言語の壁が、助けを求めることへの高いハードルになっている。日本に在留する外国人の数は2018年には約273万人で、「両親の一方あるいは両方が外国人」である子どもの出生は毎年3万5000人前後。2019年4月の入管法改定で介護や外食、農業など一四業種に最大で34万人以上の受け入れが予定され、さらに増加することは必至となっている。

 

 幼児教育は、自主的な遊びや活動を通じた学びのなかで、意欲や忍耐力や協調性が培われ、生涯にわたる学びや集団生活の基盤がつくられる。また、給食があれば必要な栄養を補うことができるし、日々の生活から睡眠、トイレ、着替え、お風呂といった基本的な生活習慣が身につく--このように幼児教育の重要性を指摘する著者は、無園児が小学校入学時点で勉強にも集団生活にもついていけない状況が起こっているとのべている。

 

 一方、フランスでは2019年より、小学校1年生からのスタートを平等にしていくために、義務教育を3歳からに引き下げたという。

 

 本書を読むと、幼児教育をめぐって、労働の規制緩和によって非正規雇用が就業者の四割にのぼっている問題、外国人留学生や技能実習生を低賃金労働力として搾取している問題、ヨーロッパに比べて日本は教育や福祉に予算を割かない自己責任社会になっている問題など、この20年間の新自由主義政策のつけが山積していることがわかる。「待機児童ゼロ」「幼児教育無償化」を言葉だけで終わらせようとする政府に対し、さまざまな職場や地域で働く親たちが横につながって行動を起こす機運は高まっている。      


 (ちくま新書、212ページ、定価800円+税

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