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トランプが「リメンバー・パールハーバー」に込めた意図

 トランプの訪日時の横柄な振る舞いは、日本の主権を牛耳る植民地宗主国の長として、その主従関係をこれ見よがしに見せつけるものだった。それは戦後、日本を占領したアメリカ支配層の戦勝者意識が、トランプにそのまま引き継がれていることを暴露することとなった。他方、トランプを迎える側は、アメリカの大統領の一挙手一投足に、その来日前から一喜一憂するという奴隷的な根性をあらわにして恥じなかった。

 

 トランプは日本に向かう途中、ハワイで「リメンバー・パールハーバー」(真珠湾を忘れるな)とツイッターに投稿した。これをめぐって「意味深長だ」などと、その真意について恐る恐る詮索し、「単なるつぶやきで、直接日本を刺激するものではない」などと慰め合い、胸をなでおろすような空気が流れたことも、そのことを端的に示していた。

 

占領者が虐殺正当化する合い言葉

 

 第2次世界大戦において、アメリカはハワイへの日本の奇襲を待ち受け、攻撃されるともっけの幸いで「リメンバー・パールハーバー」を叫んで、以前から準備してきた日本への侵攻作戦に乗り出した。そして広島・長崎に原子爆弾を投下して日本を単独占領し、その後の対米従属の支配を確立した。戦後、アメリカの為政者が「パールハーバー」を持ち出すとき、そこに第2次世界大戦がアメリカの「正義の戦争」であったこと、とりわけ、原爆投下と日本占領支配を正当化する意味合いを強調する狙いがあったことはいうまでもない。

 

 アメリカの為政者が「リメンバー・パールハーバー」を、「ならず者国家」とみなす国や勢力を挑発して攻撃を待ち受け、「奇襲」を口実にその幾十、幾百倍もの大量殺りくを正当化する合言葉にしてきたことは、だれもが知る事実である。それは、2001年、当時のブッシュ大統領が「9・11テロ事件」の直後、待ちかねたように、「リメンバー・パールハーバー」を叫び、「日本があったような目にあわせる」といって、アフガニスタンからイラクへの武力侵略と無差別虐殺に突っ走ったことにはっきり示された。

 

 ブッシュがその6年後、退役軍人の会でおこなったいわゆる「リメンバー・パールハーバー」演説は、そのことをあけすけに語るものであった。ブッシュの演説自体は、戦前の日本をテロ組織のアルカイダに、「神道」を「イスラム原理主義」になぞらえて、イラク占領政策を正当化するものだった。そこで、ブッシュは日本軍の真珠湾攻撃について、次のように語っていた。

 

 「ある晴れた朝、奇襲攻撃で何千人ものアメリカ人が殺された。それを機にアメリカは戦争に巻き込まれ、世界中の隅隅にまで出向くことになった。その敵は自由を嫌い、アメリカや西欧諸国への怒りを心に抱き、大量殺人を生み出す自爆攻撃に走った」

 

 ブッシュは続けて、「民主主義のアメリカ」は「狂信的な神道」のイデオロギーを他国に押しつけようとする日本との戦争に勝利したのだと胸を張った。そして、「日本がこれほど信頼できるアメリカの同盟国になるとは、当時は信じられなかった」が、日本は「世界最高の自由社会の一つとなり、米国の敵から、最も強力な同盟国に変わった」と自画自賛した。

 

天皇利用した日本占領政策

 

 ブッシュはこの演説でさらに、「神道は民主主義と相容れないという主張は間違っていた。そして幸いなことに、当時(第2次世界大戦前後)のアメリカと日本の指導者はお互いに、それを正しく認識していた」とのべ、「天皇制を廃止するのではなく、アメリカ人と日本人は協力して、民主主義の仕組みの中に天皇の位置を作るべく努力した」と天皇を利用した日本占領政策について次のように続けていた。

 

 「こうした努力のおかげで、……天皇は天皇であり続けた」「20世紀のイデオロギー対立のさなかでアメリカの敵だった日本は、21世紀のイデオロギー対立においてアメリカを最も強力に支えてくれる同盟国の一つとなったのだ」

 

 トランプの「リメンバー・パールハーバー」に、このような意味あいや気分感情がないといいくるめるのは土台無理な話である。 トランプは天皇に対して、「日本国民に深く慕われていると聞いている」とほめたたえ、「現在、米日関係はかつてなく良好だ」と水を向けると、天皇は「日米両国はかつて戦争をした歴史もあるが、その後の両国の友好関係、米国の支援により今の日本があるのだと思う」と感謝で返した。さらに、徳川幕府のペリー来航による屈辱的な開国に遡る天皇の謝辞は、トランプを満足させるのに十分であった。

 

 トランプは会見前と後で天皇と握手を交わしたさいお辞儀をせず、左手で天皇・皇后の右腕を二度たたいてうなずくという、目下の者を励ますしぐさをした。

 

 宮内庁・マスメディアはこのことも「親近感を示すもの」とほめたたえている。しかし、これがオバマが初来日して天皇と会見したさい、深いお辞儀をしたことがアメリカ支配層のバッシングにあったことをわきまえたうえでの、日本国民に対する意図的高圧的な態度を誇示するものであったこともあばかれている。

 

 こうしたトランプと天皇のやりとりは、占領直後のマッカーサーと昭和天皇の会見をほうふつとさせるものとなった。それは当時、GHQが大柄なマッカーサーのラフなスタイルと、礼服を着てかしこまる天皇の写真を新聞に掲載させたことに見るように、日米の主従関係を露骨に印象づけるものであった。

 

 マッカーサーは「日本国民は12歳の少年」と公然と侮べつしたことで知られる。天皇の会見では、そのような態度で接し「終戦後日本政府、軍隊および国民がGHQの命令に従順であるのは、天皇の威光のしからしむるところ」とほめ称え、「国民の支持さえあれば天皇制の維持は可能であろう」励ました。これに対して、昭和天皇は「占領が平穏裡におこなわれた」ことに安堵の気持ちを伝えていた。

 

 トランプの来日で露呈した目に余る対米従属のあり様は、平和と民主主義、生活の繁栄を求めるさまざまな行動を、なによりもアメリカの植民地支配からの脱却をめざす国民的世論に束ねていくことがさし迫った課題になっていることを、万人の目に焼き付けることになった。

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