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大規模洋上風力発電の海洋生態系への影響 東海大学生物学部海洋生物学科・河野時廣教授の講演から

 政府が「カーボン・ゼロ」の旗を振るなかで、全国各地に巨大洋上風力発電の計画が発表され、漁業者や住民が反対運動に立ち上がっている。着床式の洋上風力発電について、事業者は「土台が魚礁になり魚が集まる」と宣伝しているが、実証されてはいない。洋上風力発電は漁業にどのような影響をもたらすのか。
 これについて東海大学生物学部海洋生物科学科教授の河野時廣氏は、石狩湾岸の風力発電を考える石狩市民の会主催の学習会に招かれ、「大規模風力発電の海洋生態系への影響」と題して講演をおこなった。河野氏は長年の研究から、海洋の表層の状態は植物プランクトンの増殖や魚の成長に大きな影響をおよぼすこと、そこに着床式洋上風力発電を建てると潮の流れや水温に変化が起こり、魚の再生産に打撃を与えることを明らかにした。以下、その要旨を紹介する。

 

成層の破壊がもたらす影響

 

 海洋の表層の状態には、成層と混合(鉛直混合)という二つがある。

 

 成層とはなにか。空から太陽が照り、海面が温められると、海面が軽くなる。上に軽い水、下に重たい水があり、両者が混ざりにくい状態にあることを成層という。川から淡水が流れ込んだときも、軽い淡水が上に、重い海水が下になり、成層になる。

 

 一方、海面が冷やされて重くなると、重い水は下に落ちて混ざっていき、密度が同じ状態になっていく。これを混合(鉛直混合)という。風が吹いても混ざっていくが、それも混合だ。

 

 海面から100㍍までは、風が吹いて混合した状態になっている。その下には重い水が存在し、重い水と軽い水の間に急激に変化する躍層ができる。全体的には上が軽い、下が重いので成層になっている(図①参照)。

 

 成層と混合はずっとその状態に在り続けるのではなく、一日のうちにも季節的にも行ったり来たりしながら、植物プランクトンの増殖に影響を与える。

 

 沿岸には潮汐(ちょうせき)流という、行ったり来たりする流れがある。それは横方向に動くので、そのままだと成層だが、風車の土台などの水中構造物があると渦ができ、かき混ぜられて混合になる。

 

 また、風車は風のエネルギーを電気エネルギーに変換する。この回転エネルギーにとられた分、風は風車の後方では弱まる(ウェイク)。風が吹くと風車の前方では海面が冷やされ、また海面をこすり、その下の層をかき混ぜるので混合になる。一方、風車の後方は風が弱められ、そこで太陽が照っていたり、川の水が流れ込んでいたりしたら成層がおこる。

 

 風車が一本立っていた場合、影響する範囲は風下の最大50㌔に及ぶことがわかっている。一方、水中の土台でかき混ぜる範囲は14㌔だ(図②参照)。風車がたくさん建っていると影響は非常に大きなものになる。

 この海の表層の状態と植物プランクトンの量との関係を、道東沿岸域で調査してみた。一月から七月にかけて、最初混合の状態にあったものから成層が発達してくると、植物プランクトンが増殖し、栄養塩を使い果たす(栄養塩がより深い場所から供給されないため)。しかし、台風が海をかき混ぜると栄養塩が深いところから上がってくる。表層の混ざり具合がプランクトンの増殖に影響する。

 

サケの回遊率減少にも

 

 では、洋上風力発電と成層、混合との関係を見てみたい。

 

 北海での調査で見てみると、風車に吹く風の影響はほとんど見られなかった。風車の風下で成層になった海域では植物プランクトンはわずかに増加し、元々成層していた海域ではわずかに減少するなど、大きな影響は出なかった。

 

 それよりも風車という水中構造物ができたことで潮の流れを攪乱し、それが成層を完全に破壊してしまうことが明らかになった。石狩湾のような成層が強くない海域(最短二週間で鉛直混合になる)では、構造物周辺は海水が上から下まで完全に混ざってしまうだろう。そのときの水温の変化が生態系に大きな影響を与えることになる。

 

 この成層の破壊がサケ資源にどのような影響を与えるのかを調べるため、石狩湾沿岸でサケの回遊調査をおこなった。石狩湾の定置網でサケを捕獲し、サケにデータロガー(記録装置)を埋め込み、2地点から放流して収集したデータを解析した。

 

 サケは冷たい水が好きで、ほとんど低温低塩分の層で遊泳する。石狩湾には石狩川の冷たい水が流れ込み、海面の表層に乗って10㌔沖まで広がっており、表層が低温低塩分、深層が高温高塩分である。サケはほとんど水面近くを泳ぎ、ときどき潜っていたことがデータからわかった。

 

 東北では逆で、サケはいつも海の底にいて、ときどき上に昇ってくるという。底の方が冷たいからだ。

 

 放流されたサケは、いったんカムチャッカ半島やベーリング海、アラスカ湾に行き、大きくなって卵を産むために故郷の川に帰ってくる。秋のことだ。そのときオホーツク海から稚内沖、宗谷海峡をへて南の石狩へ、という経路をへるが、そのときも水温の冷たいところをたどっている。

 

 石狩湾の水温と漁獲量の関係を調べてみても、9月から10月の水温が低いときに漁獲量が増加している。そして水温の極小と漁獲量の極大の日が一致している。つまりサケは、石狩川の匂いにひっぱられ、また石狩川の冷たい水に乗っかって河口まで帰ってくるのだと考えられている。

 

 その石狩湾に洋上風車が林立するとどうなるか? 風車によって海水が攪乱されて成層が完全に破壊され、冷たい水がなくなって水温が上昇すると、サケの回帰率が減少するし、河口にたどりつくまでに体力を消耗して卵の質が悪くなると予想される。

 

 一方、サケの稚魚を放流する春には、全体として海面は冷たく、表層だけは高温低塩分となっている。稚魚は暖かい方が生き残り率が高いことが知られている。このとき風車が成層を破壊して水温が低くなると、生き残り率が低くなる。サケの稚魚はとくに水温の変化に対して感受性が強い。

 

 まとめると、風車で成層が破壊されると、サケの再生産に大きな影響を与える。どこにどれだけの数の風車を建てるかで、生態系への影響の違いも出てくると思う。

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この記事へのコメント

  1. 日下田 周之 says:

    とても分かり易い内容で有り難うございます。大規模な沿岸風力発電設備を建設するのは暴挙です。

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