いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『新版 学校では教えてくれない差別と排除の話』 著・安田浩一

 夕方に集団で自転車に乗っている東南アジアから来たと思われる若者たちの姿をよく目にする。この本を読みながら彼ら彼女らの姿が思い起こされた。一人一人に故郷があり親や兄弟、大切な人がいることを。どんな思いで日本で働いているのだろうかと。そうした自分が知らない国や人のことや気持ちを想像したり知ろうとすることで差別や偏見、排除をなくしていく。それが地道だけれども確実な方法であると教えてくれる本でもある。


 本書の冒頭で、著者が親の仕事の都合で転校をくり返すなかで強烈ないじめを受け、いじめられないために「いじめる側」にすり寄った経験を明かしている。中学3年のとき再度の転校時に、自分がいじめていたある女の子から「安田くん、ありがとう」と書かれた手紙をもらい、その言葉にこめられた思いを知り慟哭した原体験を通して、「差別と排除」はけっして他人事ではなく一人一人の心のなかに潜む身近なものであることを子どもたちとともに考えようと試みている。

 

産業を支える外国人労働者

 

 この本の初版が8年前の2017年で、このたびリニューアル出版されたが、この国の外国人労働者への依存度は、この8年で確実に広がっているのではないだろうか。

 

 自動車、電子部品、服、野菜、魚……国産と呼ばれ、売られているものの生産現場を取材していくなかで、「外国人の働き手がいなかったら、生産を続けられない」(農家)現実があり、彼らの存在があるからこそ日本の食も産業もかろうじて成り立っている。そこでの生々しい実態を当事者への取材を通して明らかにしている。


 岐阜の縫製工場で働く中国人実習生の取材を依頼したさい、指定してきた面会時間が「午前一時」だったという。夜中である。彼女らが午前一時まで働き、取材を受けていることを経営者に知られたら中国に帰国させられるため、経営者が寝てからがいいというのがその理由だった。時給は300円、休日は月に1回あるかないか、いろんな理由で給料から多くの額があらかじめ引かれており、日本に来るために中国で多額の借金をして来ている。


 別の自動車部品工場では、中国人とベトナム人、そして日本人がいたが、仕事中に中国人とベトナム人がトイレに行くと、1分間15円の罰金をとられる。なおかつトイレに立つ回数が増えるとさらに罰金も増え、罰金の金額がグラフとして壁に張り出される。露骨な差別である。


 経営者側にも話を聞いている。メーカーから安い工賃でのシャツ生産を要求された中小企業経営者は、会社を続けるための打開策として頼ったのが技能実習制度。「技能実習生」は、給料が安くても体罰を与えてもいいという意識が蔓延していたという。


 現在は、そうした実態が改善されつつあるが、2024年の時点で、日本に滞在する研修生・実習生は約47万人(法務省入国管理局調査による)だ。彼らは、もはや日本の地場産業や伝統産業を支える貴重な労働力となっており、安い給料で働かせる「実習生」という呼び方はふさわしくなく、労働者として認めて法や制度で守る仕組みをつくる必要性を指摘する。


 一緒に働く外国人が、欧米各国の「白人」だったら、経営者は同じようにあつかうのでしょうかとの問いかけには、ハッとさせられる。アジア人である研修生を差別する根っこにあるのは「自分たちより貧しい国で暮らす人」「遅れた国で暮らす人」という意識からではないかという指摘は、けっして他人事ではない。

 

ヘイトスピーチが地域を壊す

 

 7月の参院選では「外国人問題」が争点として浮上し、外国人への偏見や差別を煽るような政治家が数多く誕生した。「フツー」に見える人々が、そうした候補を熱烈に支援した。

 

 その奔(はし)りのような光景を著者は2006年に見ていた。中国人実習生が警察に撃たれて死亡した事件をめぐる遺族による裁判の取材で「フツーの人」が「支那人は、虐殺されて当然だ」「凶悪支那人を追放せよ!」というスローガンをかかげていた。ネットの「2ちゃんねる」を見て集まったという人たちの異様な空気に、怒りと疑問を抱いて取材を進める。同年年末には「在特会」(在日特権を許さない市民の会)ができた。特定の人種や民族などの少数者に対する暴力や差別を煽り、少数者を貶める侮蔑的な発言(ヘイトスピーチ)は、ネットのなかから少人数のデモとなり「そのうち終わる」と思っていたものが、差別のハードルがどんどん下がっていった。普段はキムチ鍋をつつき、ビビンバを食べ、マッコリを飲んでいながら「日韓断交」とか「ゴキブリ駆除」などと平気で韓国をののしる。無意識のなかに潜む差別は増幅していく。


 差別と憎悪にまみれたヘイトスピーチによって壊れていくのは、人の心だけではなく、その人たちが暮らす地域や社会であることを痛感し、差別される人たちへの取材を通して浮き彫りにする。いまや差別の矛先は、在日コリアンや外国人だけでなく、生活保護の利用者や、東日本大震災の原発事故の被害にあい自宅に住めなくなった人たちに対して「プロ避難民を許すな」といった言動にまであらわれた。埼玉県川口市に在住するクルドの人々の思いや、ヘイトに怯えて暮らすクルド人の子どもたちのことは、この日本でともに暮らす一人の人間として知らなければならないと痛感した。

 

大型団地で始まった交流

 

 最後の章「差別や排除とどう向き合えばよいのか」で紹介されている埼玉県川口市の6000人(うち半数が中国人)が住む大型団地での出来事は希望だ。団地には、差別主義者によって「中国人は出て行け」というビラがまかれたり、中国人を貶めるような落書きが多くあり、日本人と中国人が分断されていた。ところが2014年、ひとりの日本人の若者が団地に移り住み卓球を楽しむ中国人住民との交流を広げ、同時に日本人住民の間を回って交流を広げていったという。お互いを知り、出会い、理解することで歩み寄っていったのだ。「歴史をふり返れば、差別に対してあきらめたり絶望した先には、殺戮や戦争が待ちうけている」。自分たち一人一人が当事者として考え、行動することをやめないことが確実で着実であることを。

 

 末尾にある文筆家でイラストレーターの金井真紀氏との対談「世界はカラフルで、気持ちいい――差別と排除のない社会のつくり方」は、優しいけれど心に残る言葉が満載だ。「どこだっていいやつもいるし、バカもいる」「世界を変える特効薬はないからこそ、小さな出口から」「どんな人にも名前も顔もある」。

 

 中高校生にもわかるように書かれている。「外国人問題」が注目されている今、知らなければならない当事者の声が著者の思いとともに溢れている。

 

 (皓星社発行、261ページ、1800円+税)

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