いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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狙撃兵 法的瑕疵は中心問題か?

 沖縄県の翁長知事が名護市辺野古沖の埋め立て承認取り消しを表明し、手続きに入ったことを明らかにした。昨年末の知事選から1年近くを経て、ようやく正式表明にこぎ着けた。知事選後は安倍政府による面会拒否や冷遇が問題にされたり、一転して政府が懐柔に乗り出したり、沖縄県に対する扱いは二転三転してきた。この間、政府と沖縄県は一カ月間にわたって「集中協議」をおこなってきたものの、最終的に物別れに終わり、その後、沖縄防衛局が中断していた工事を再開したことから、ついに沖縄県側が実力行使に踏み切った。
 防衛相は知事が埋め立て承認を取り消すなら、その無効を求めて法的措置をとるとし、争いは法廷に舞台を移していく気配を見せている。承認手続きに瑕疵(かし)があったか否かが中心的に争われていくというものだ。しかしここで思うのは、仮に法廷の結論で「瑕疵がなかった」となった場合、基地建設を阻止するには為す術がなくなり、「仕方がない…」で済む問題なのかという点だ。原発問題にせよ、基地問題にせよ、国策絡みになるとろくな判決を出したことがない司法に運命を委ねるというのでは先は見えている。その法解釈まで含めて「最高責任者は私だ!」と叫んでいるような男が権力を振り回し、デタラメな憲法解釈を披露している折に、いったい誰が司法に運命を委ねられるというのだろうか。
 基地建設阻止の一つの「手段」に過ぎなかったはずの「承認手続きの瑕疵」に問題がすり替わっていく。翁長知事安倍政府に沖縄県民の視線、全国の視線が釘付けになり、肝心の大衆運動が知事任せなり応援団に成り下がり、一人の政治家に依存する形で骨抜きにされていくのであれば為政者の思う壺である。
 この数年来発展してきた沖縄県民の斗争は、知事や政治家に運命を委ねるという代物ではなかった。名護市長選、県知事選、衆院選などで示したように、基地撤去を願う圧倒的な県民世論を束ね、下からの大衆的な運動によって、自民党であれ何であれ裏切り者の政治家は叩き落とし、三つ巴の複雑極まりない知事選においても翁長を押し立てて辺野古基地建設阻止を公約させてきた。知事の振る舞いは、こうした県民世論に縛られたものにほかならない。知事が良かったから万々歳であるとか、知事が腰砕けだったから仕方がないというものではなく、いかなる知事であれ県民世論によって突き上げ、立場を貫かせる。そのために大衆的運動を強烈なものにすることこそが、基地建設阻止、撤去を勝ちとる最大の原動力であることは疑いない。

武蔵坊五郎

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