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米国とイスラエルの介入に反発するイランの民族感情 日本政府はイスラム世界の親日感情を裏切ってはならない 現代イスラム研究センター理事長・宮田律

(2026年3月6日付掲載)

米国とイスラエルによる最高指導者ハメネイ師殺害に抗議してテヘラン集まった人々(1日、イラン)

・怒りのイラン――米欧・イスラエルの介入に反発するイランの民族感情とイスラム世界の日本への共感を裏切る高市首相

 

 米国・イスラエルのイランへの軍事介入は現在の体制を支持しない人にまで怒りの感情をもたらしている。トランプ政権1期目で国務長官だったマイク・ポンペオ氏は、イランで反政府運動が高揚したのを受けて、今年1月3日に「街頭に立つすべてのイラン人、そして彼らの隣を歩くすべてのモサド工作員に、新年おめでとうございます。(Happy New Year to every Iranian in the streets. Also to every Mossad agent walking beside them…)とXに書き込んだ。イスラエルの情報機関モサドがイランの反政府運動に関与していることを示す証左だろう。米国・イスラエルの露骨な介入政策には憤慨する思いだ。

 

 米国在住のイラン人タラ・エブラヒミさんは、自身のブログ『The Here and Now』の中で次のようにトランプ大統領に投票した米国人に対する憤りを表現している。

 

 「怒りは、私の中に沸き上がる多くの感情の一つにすぎません。それはさまざまな形で現れます。トランプに投票した人々のことを考えると、怒りで一杯で、本気で電話をかけて罵倒しようかなとも考えます。もしジョン・スミス(架空の人物を指す際に便宜的に使われる代名詞)よ、あなたがトランプに投票しなければ、今頃私の国は安全だったでしょう。7700万人に電話をかける時間はありませんが、はっきり言えるのは、あなたたちはみんなバカ(moron)か、くそったれ(asshole)です。」

 

 トランプ大統領はイラン・イスラム共和国体制の崩壊を、今回の攻撃を契機にイラン人の手にゆだねると述べているが、エブラヒミさんは次のように語っている。

 

 「私は歴史家でも政治学者でもありませんが、体制転換が外部の力からは生まれないことを知っています。それは国の内側から生まれなければなりません。ハメネイは殺されたかもしれませんが、組織的な反体制勢力が介入して統治するわけではなく、人々が団結できるカリスマ的な指導者もいないし、イランを解放し救う人も存在しません。代わりに、イスラム共和国体制の利益を守るイラン革命防衛隊(IRGC)が存在し、今もなお活発に活動しています。この戦争がどう展開するかは誰にもわかりませんが、最も可能性の高いシナリオはIRGCが支配を維持し、彼らがイランを指導するために指名した人物はハメネイよりもさらに悪質になるということです。」

 

 イラン人のエブラヒミさんの観察は正確で、的を射ているように思われる。イラン人は民族意識が強いとともに、歴史意識も強くもっている。イラン人の対米感情が曇ったのは、1953年に民主的に選出されたモサッデグ政権を米国CIAがイギリスのMI6とともに工作して打倒してしまってからだ。CIAは、反王政派の人々の情報をイランの秘密警察SAVAKにもたらし、国王の弾圧政治に加担した。

 

 イランは、オイルブーム後の1977年に、米国製兵器の最大の輸入国となり、その総額は57億㌦に上った。それは米国の武器輸出の総額の実に半分を超過していた。厖大な米国製武器の輸出に対応するために、イランに滞在する米国人は次第にその数を増し、1972年の1万5000人から76年には2万4000人となった。その多くはイラン軍に軍事知識を供給する軍事顧問であった。

 

 1977年にイランの国家予算の40%が軍事費に投入されるようになると、イランの国政は米国軍需企業の利益に支配されていると感ぜられるようになり、人々の反米感情をいやがうえにも増幅させていった。

 

 イスラム世界の歴史意識は、日本人の想像をはるかに超えるほど根強いものがある。イラン・テヘランの元米国大使館は、現在は米国の「罪」を展示する博物館になっている。そこでは、広島・長崎の原爆投下に始まり、ベトナム戦争を経て、湾岸戦争など過去における米国の「傲慢ぶり」を映し出している。広島・長崎の原爆投下は、日本人よりも米国の軍事介入を受けてきたムスリムの方が強く意識している。

 

 現に、1993年にニューヨーク世界貿易センタービル爆破事件の実行犯とされたラムズィ・ユーセフ、またオサマ・ビンラディンも「ヒロシマ・ナガサキ」を引き合いに出して米国の介入政策を強く批判した。これらのイスラム過激派を代表する人物だけでなく、イスラム世界の各地を訪ねても、自分たちと同じように「傲慢」な米国の犠牲になった日本に対する共感や連帯の声がしばしば聞かれる。

 

 高市首相は3日、こうした日本への共感を裏切るように、「政府としてイランによる周辺国への攻撃によって被害が発生しているということを憂慮しています」と述べた。

 

 米国は過去の対イラン政策の失敗を省みることなく、イラン国民が「アメリカに死を!」などと唱えると、危険な「テロ国家」という烙印をイランに押すようになった。高市政権の姿勢もまた米国や西欧諸国の中東イスラム世界への過去の介入や植民地主義政策に無頓着であり、中東イスラム世界にこれまであった日本に対する同情や共感を損なうものであることに強い憤りを覚える。(3月4日)

 

米国とイスラエルの攻撃を受けたイラン南部ミナブの女子小学校では女子児童や教員165人が死亡した。米軍が関与して意図的に狙った可能性が指摘されている(3日)

・米国・イスラエルの剣によって立つ者、必ず剣によって倒される――米国に桜を送り、平和主義、国際主義を唱えた日本の政治家

 

 米国・イスラエルのイラン攻撃は長期化の様相を見せるようになった。イラン社会で今年1月に反政府運動が盛り上がったため、トランプ大統領やネタニヤフ首相は、1941年6月にソ連に侵攻したヒトラーが「ソ連は土台が腐った納屋だ。扉を一蹴りすれば倒壊する」と述べたような感覚を今のイラン・イスラム共和国体制に持ち、ハメネイ最高指導者を殺害しさえすれば、イスラム共和国体制は崩壊すると楽観的に考えたのだろう。

 

 イランには国家が危機的状況になれば、国民が団結する傾向がある。イラン革命後には王制打倒運動に貢献した宗教的保守主義、マルクス=レーニン主義など多様な組織が競合、対立したが、1980年9月に米国の軍事支援を受けるサダム・フセインのイラクがイランに侵攻すると、それがイラン・イスラム共和国体制を強化することになり、イランは化学兵器の攻撃を受けながらも8年にわたってイラクに抵抗する戦闘を続けた。

 

 映画『日本のいちばん長い日』の原作者で歴史家の半藤一利氏は、日本の降伏に激しく反発した軍人たちの動きを形容して「戦争は始めるのは簡単だけど、終わりにするのは大変。この一言に尽きます」と語っている。

 

 日本の軍部は真珠湾攻撃を契機とする日本と連合国との戦争について、その終わらせ方に明確なプランをもっていなかったことが日本に壊滅的敗北をもたらした。トランプ大統領とネタニヤフ首相にもハメネイ後のイラン政治について具体的構想がなかったと、3日にトランプ大統領とホワイトハウスで会談したメルツ独首相も語っている。

 

 トランプ大統領は自ら勝手にイラン戦争を開始したが、その戦争に協力しない欧州諸国にいら立ちを見せている。

 

 スペインのサンチェス首相はイスラエル・米国のイラン戦争を国際法違反と断じ、国内の基地から米軍が発進することを拒絶した。トランプ大統領は3日、メルツ首相との会談で「スペインはひどい」と怒りをあらわにし、貿易関係を断つとまで発言したが、サンチェス、トランプ、どちらの姿勢が正しいかは言うまでもない。また、トランプ大統領はインド洋の英軍基地の使用を認めなかったイギリスのスターマー首相も「チャーチルではない」と批判した。

 

 そもそも地上戦を展開しなければ、イランの体制に決定打を与えることはできず、空爆だけで体制転換など不可能だ。イランは米軍が戦争でてこずったイラクよりも国土は3・8倍広く、人口もイラクの2倍以上(日本の外務省によれば、2026年時点でイラクは4500万人、イランは9300万人余り)である。

 

 米英軍は当時のラムズフェルド米国防長官の構想もあって15万人余りの兵力でイラク戦争を始めたが、それがきわめて不十分であったことはイラク戦争後の混乱を見れば明らかである。

 

 2003年2月、イラク戦争の開戦直前にエリック・シンセキ陸軍参謀総長(日系人)は上院軍事委員会の公聴会で、旧ユーゴ紛争などの経験からイラクの戦後処理には80万人の米軍兵力が必要だと証言した。この証言によってシンセキ参謀総長はラムズフェルド国防長官によって更迭されてしまったが、シンセキ氏の見通しが正しかったことはIS(イスラム国)の誕生をもたらすなど戦後イラクの無秩序状態を見れば明らかだ。イランとイラクの面積比と、シンセキ氏の見積もりなどから単純計算で米軍のイラン占領には300万人以上の兵力が必要ということになるが、米軍の総兵力はその半数の150万人余りだ。

 

 トランプ大統領がサンチェス首相やスターマー首相を怒ったところを見て、日本の高市首相が米国のイラン攻撃に目立った協力姿勢を見せることがあるかもしれない。イラン攻撃はサンチェス首相が強調するように、国連決議を経ることもなく、国連に諮ることもなかった。サンチェス氏はトランプ大統領の自身への怒りの報に接して「報復を恐れて、世界に害を及ぼしたり、自国の価値観や利益に反することに加担するつもりはない」とはっきり述べたが、世界の国々がサンチェス首相に倣えば、トランプ大統領の怒りなど恐れることなどない。どうせあと3年もすれば、米国政界から去る人物だ。

 

 トランプ大統領はスターマー首相のことを「チャーチルではない」と述べたが、米国の戦争に一体となって協力し、戦った日本政府関係者などいない。あえて挙げるとすれば、理不尽なイラク戦争を米国が提示した「証拠」も検証することなく、真っ先に支持し、自衛隊をイラクに派遣した小泉純一郎元首相ぐらいだろうか。安倍晋三元首相は平和安保法制を成立させたものの、米国の戦争に具体的に協力することはなかった。

 

 日米友好は軍事でなくても、推進することはできる。1912年に米国ワシントンに桜を贈った東京市長の尾崎行雄(1858~1954年)は、その後1919年から20年にかけて第1次世界大戦後の欧米を視察し、「戦争は勝っても負けても悲惨な状況をもたらす」と平和主義、国際主義の必要を説いた。彼は米国でも「国家至上主義は利己的で、狭い利益にとらわれた島国根性」「国家同士が互いに自国の利益独占を求めれば、当然そこに衝突が生じる。それではいつまでたっても戦争はなくならない。今求められるのは、国家至上主義ではなく国際協調主義であり、愛国心ではなく人類愛である」と主張した。

 

 1931年にカーネギー財団に招かれ米国に滞在していた際、満州事変の報を聞いた尾崎は「日本は間違っている」と訴えた。国内で国賊扱いされかねない状況下でも、米国の地で中国問題の平和的解決を訴え、軍部の暴走を批判し続けた。

 

 高市首相はこの尾崎行雄のことなどトランプ大統領に紹介して平和の尊さを訴えたらどうだろう。トランプ氏は尾崎行雄を知らなくてもワシントンの桜は見て知っていることだろう。平和主義、国際主義の立場と、国家至上主義を放棄することは、今トランプ大統領やネタニヤフ首相に切実に求められる考えだ。(3月5日)

 

米国とイスラエルの攻撃を受けたイラン南部ミナブの女子小学校での犠牲者の葬儀に多くの人々が参列した(3日)

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