(2025年7月11日付掲載)

「国際法を無視している人々に『私たちはそれを許容しない』と明示することは、世界市民の一員としての義務」と語るゲストハウス「Wind Villa」オーナーの岸氏(京都市)
京都市にあるゲストハウス「Wind Villa」が4月、イスラエル軍関係者の宿泊客に「国際法や国際人道法に違反する戦争犯罪に関与したことはない」という誓約書への署名を任意で求めた。これに対して駐日イスラエル大使が、「旅館業法違反にあたり、イスラエルに対する国籍差別である」といって京都府知事に抗議した。すると、それに迎合する形で『京都新聞』が「国籍差別はいけない」と大きく報道し、京都市がホームページでイスラエル大使の抗議を受け入れる曖昧な表現をとった公式見解を発表した。これに対してWind Villa側は、「京都市は当初、旅館業法違反ではなく、国籍差別もないと明言していたのに、事実が歪曲され、実害を被っている」として京都市長に公開質問状を出した。京都市では昨年6月にも、別のホテルで支配人がイスラエル兵に対し、ガザの行為は国際人道法に違反するとして宿泊予約のキャンセルを願い出たところ、イスラエル大使が「国籍差別」と非難し、京都市が旅館業法違反としてこのホテルに行政指導をおこなっている【本紙既報】。本紙は、なにが起こっているのか事実関係を取材し、Wind Villaのオーナー・岸氏にインタビューをおこなった。
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Wind Villaは、京都市東山区にあるゲストハウスで、モットーは「最大多数の最大幸福」だ。東山区は清水寺や八坂神社をはじめとして神社仏閣など歴史的建造物が多数あり、毎年多くの観光客が訪れる場所である。
Wind Villaは昨年10月頃から、宿泊客のなかの特定の国の軍関係者に「戦争犯罪非関与誓約書」への署名を任意で求めてきた。誓約書への署名をお願いする相手は、イスラエル人だけでなく、国際刑事裁判所(ICC)および国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)などの公式発表や調査報告書にもとづき、過去10年間に戦争犯罪が確認されたイスラエル、ロシア、ブルンジ、中央アフリカ共和国、エチオピア、マリ、ミャンマー、パレスチナ、シリア、スーダンなどの軍または準軍事組織に所属していたすべての人だ。
また、署名を拒否しても宿泊が拒否されることはない。岸氏によれば、これまで対象者は複数いたが、署名を拒否した人はおらず、宿泊を断ったこともないという。
誓約書を始めた動機について、岸氏は「大きい出来事をあげるとガザとウクライナだ。国際法を無視した行動が世界で起こっており、子どもたちをはじめ多くの民間人が犠牲になっている。それに対してなにかできることはないかとずっと考えていた。宿泊旅館業というのは外国から来る人とつながる機会がある。宿泊客の安心・安全を担保する措置をとるとともに、国際法を遵守するという企業としてのあり方を示すために、誓約書への署名のお願いを始めた。宿泊旅館業として、そういう発信をする責任があると思った」とのべている。

Wind Villaが宿泊客に示した「戦争犯罪非関与誓約書」
Wind Villaが宿泊客に示した「戦争犯罪非関与誓約書【写真】」の日本語訳は以下のとおり。【1】【2】は5月8日に公表した新版で加えたもので、内容がより正確に相手に伝わるようにした。ただし、この対応自体は以前からかわらない。
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私は以下のことを誓約します。
1、私は国際法および人道法に違反する戦争犯罪に関与したことはありません。
2、私は以下を含む戦争犯罪を犯したことはありません。
・市民への攻撃(子ども、女性、高齢者、障害者、医療従事者、報道関係者など)
・服従した者や捕虜に対する殺害や虐待
・拷問や非人道的な扱い
・性的暴力、強制移住、略奪
・国際刑事裁判所(ICC)のローマ規程第8条に該当するその他の行為
3、私は戦争犯罪を計画したり、命じたり、助けたり、扇動したりしたことはなく、そのような行為に関与したこともありません。
4、私は今後も国際法および人道法を遵守し、いかなる形でも戦争犯罪に関与しないことを誓約します。
【1】この誓約書は、過去10年間に戦争犯罪が確認された地域の軍または準軍事組織に所属していたすべての方に署名をお願いしています。
【2】署名を拒否しても宿泊が拒否されることはありません。
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「旅館業法違反」も「国籍差別」もなかった
今回の事の発端は今年4月、イスラエル人の軍関係者がこの誓約書に署名し、このゲストハウスに宿泊したことだ。そのさい彼は署名に比較的すんなりと応じたものの、後日、イスラエル大使に「差別を受けた」と通報し、それを受けて駐日イスラエル大使ギラッド・コーヘン氏が4月22日、京都府の西脇隆俊知事に抗議文を送った。そして京都府が京都市に調査を命じて、京都市の担当職員が4月24日、ゲストハウスに来て聞きとり調査をおこなった。
Wind Villaによると、このとき京都市の担当職員から「(宿泊拒否をしていないので)旅館業法違反には当たらない。国籍差別については、法務省に問い合わせたが、差別と結論づけることはできないということだった」「ただし一般論的にいって不適切である」と口頭で伝えられたという。
さらに5月27日、京都市からこの件に関する最終判断がWind Villaに通知された。「とくに問題はない」ということで、不適切という言葉もなかった。それでWind Villaは、戦争犯罪非関与誓約書への署名のお願いを続けることにした。
一方、イスラエル大使館の動きを見ると、4月25日、イスラエル駐日大使のギラッド・コーヘン氏からWind Villaに抗議の文書が届いた。それは「イスラエル人観光客は、パスポートを提示した後、戦争犯罪に関与していないことを示す誓約書へのサインが求められた。すべての観光客に求めているのかと聞くと、マネージャーはイスラエルとロシアのみだと答えた。このような国籍のみにもとづく差別的行為は、客に重大な精神的苦痛を与えた。この行為は明らかに日本の旅館業法違反である。これは孤立した事象ではなく、昨年、別のイスラエル人が、国籍を理由に京都の別のホテルで宿泊拒否されている。京都市がこの件の調査を迅速に開始したと聞いている」というものだった。

駐日イスラエル大使から届いた抗議文
Wind Villaは4月28日、イスラエル大使に対して書面で、「誓約書への署名は、当ゲストハウスに宿泊されるお客様とスタッフの安心と安全のための措置であり、人種差別的意図は皆無」だと伝えた。
予約サイトが掲載停止 『京都新聞』も「差別」と報道
ところがこの頃から、イスラエル人観光客に誓約書を求めた件をイスラエルのニュースサイト『Ynet』が報じたことで世界的に注目が集まるようになった。
イスラエル大使から抗議文が届いたわずか3日後、Wind Villaが連携していたホテルの予約サイト『Booking.com(ブッキングドットコム)』が掲載停止処分をしてきた。また、非難や誹謗中傷のメール・電話も届き始めた。さらに6月13日には別の予約サイト『Airbnb(エアビーアンドビー)』もまた『Booking.com』と同様の理由によって掲載停止処分をおこなった。ちなみに『Booking.com』と『Airbnb』は、国連特別報告者フランチェスカ・アルバネーゼ氏が3日、「イスラエルによる不法占領、アパルトヘイト、ジェノサイドから利益を得ている企業」として名指しで批判した約60社の中に含まれている。
そうしたなかで5月10日、『京都新聞』が「東山のゲストハウス イスラエル人に誓約要求」と大きく報道し、「特定の国籍限定は差別」という見出しを立てて、世界人権問題研究センター理事長の坂元茂樹氏(神戸大学名誉教授)のコメントを掲載した。その中で坂元氏は、「特定の国籍に限定して戦争犯罪に関わった可能性があるとして署名を求める行為は、国際人権規約(自由権規約)が禁じる国籍差別といえる」「むやみに宿泊拒否してはならないとする旅館業法の趣旨にも反している」「戦争犯罪者も拒否できない」「京都市は法の趣旨に沿って対応をする必要がある」とのべた。
これに対してもWind Villaは、国籍差別をしていないこと、宿泊拒否をおこなっていないことを示し、坂元氏の認識をただす公開質問状を送った(5月21日、24日)。しかし、同センターは「(コメントについては)京都新聞社の取材に対して答えたものであり、掲載内容に関する質問につきましては、編集権のある同社にお願いします」として、回答を避けている。
また『京都新聞』についても、京都市がWind Villaに聞きとり調査に来た同じ日(4月24日)に同ゲストハウスに取材に訪れており、「どこから情報を得たのだろうか」と疑問が語られている。
京都市が公式見解発表 曖昧な表現
そして5月20日、京都市が公式見解をホームページ上に発表した。この公式見解が、読む者にあえて誤解を与えるような曖昧な表現になっており、今に至るまで今回の問題の解決を妨げるものになっている。
京都市の公式見解「市内の宿泊施設による宿泊客への“戦争犯罪不関与誓約書”への署名要求事案に係る本市の見解について」は、次のような内容だ。
「旅館業法では、同法第五条に規定された場合(注・伝染病の罹患者や、違法行為をする恐れがある場合、その他都道府県が条例で定める事由がある場合)を除き、宿泊を拒んではならないと定められております。誓約書について、署名が宿泊の条件とされている場合、旅館業法に違反する宿泊拒否に該当することはもとより、仮に署名が任意のものであり、宿泊の条件とされていない場合であっても、あたかも誓約書の署名がなければ宿泊を拒否されると誤認されるような形で、宿泊客に対して誓約書の署名を求める行為は、同法第五条の趣旨に照らして不当である」とのべている。実際には旅館業法違反ではないので処分を出していないにもかかわらず、「違反ではない」と明言せず、「旅館業法に照らして不当」という曖昧な表現になっている。
また、「人権の観点からは、国籍を理由とする宿泊拒否は、国籍差別に当たるものであり、許容することができない」とのべている。京都市の担当者に聞くと「これは一般論をのべただけ」と答えたが、「誓約書への署名要求事案に係る本市の見解」の中でのべられており、そのゲストハウスが国籍差別をしたかのように読める表現だ。
この公式見解が出た後の6月4日、イスラエル大使は自身のX(旧ツイッター)で、「京都市長および京都市関係者のみなさまの誠実で力強いご対応に深く感謝申し上げます。日本において、差別や反ユダヤ主義が許容される余地は一切ありません」と投稿した。
一方、Wind Villaは5月31日、この公式見解は4月に京都市の担当職員から「旅館業法違反ではない」「国籍差別とは判断できない」と明言された内容(録音あり)と「著しく乖離している」「あたかも当ゲストハウスが、旅館業法違反や国籍差別をおこなったかのような印象を与える」と抗議する見解をXに投稿した。
投稿ではまた、京都市の公式見解が「過去に不当な対応がおこなわれていたことを把握した」と断定的にのべていることについて、不当な対応の根拠が「あたかも誓約書の署名がなければ宿泊を拒否されると誤認されるような形で…署名を求める行為」というもので、それは「担当者個人の主観的な判断、あるいは一方的な決めつけに過ぎない」としている。そして、「京都市がイスラエル大使の意向を過剰に配慮し、中立性・公平性を著しく欠いた姿勢をとっているのではないかという疑念を、私たちはぬぐい去ることができない」と訴えている。
Wind Villaは6月6日、京都市の松井孝治市長に対して公開質問状を出した。公開質問状は、「京都市の見解の文面はきわめて抽象的かつ曖昧なもので、本件の核心である“法令違反の有無”および“差別認定の有無”に関する判断すら明確に記されておりません。このような曖昧な記述をもって本件に対する京都市の最終見解とされるのは、法令違反や差別行為といった重大な疑いをかけられた当ゲストハウスとしては到底受け入れられるものではありません」とのべている。そして、本件が戦争犯罪や国際人道法違反といった世界規模の重大案件にかかわるものであることから、改めて国際文化都市である京都市としての公式見解を明示的に回答せよと求めた。
しかし、今に至るまで京都市は、「京都市としての見解は市のホームページに記載のとおり」の一点張りで、質問状が市長に届けられたかどうかもわからないという。Wind Villaは、適切な回答がない場合、法的措置も検討しているとのべている。
ゲストハウスオーナーへのインタビュー
本紙はWind Villaのオーナーである岸氏にインタビューをおこなった。以下、紹介する。
Q 「戦争犯罪非関与誓約書」への署名を求めることを始めたのは、どういう動機からですか?
A この措置の動機は主に二つあります。
一つは宿泊施設運営上の安全措置です。当施設のようなゲストハウスでは、宿泊者が同じ空間や設備を共有する場面が多く、戦争犯罪に関与したような人物がいれば、他のお客様が安心して快適に過ごすことができないと考えました。また、そのような人物にサービスを提供するスタッフの心理的負担も無視できません。そういった安全・安心のために、任意で形式的に一筆お願いしております。
もう一つは、「私たちは戦争犯罪を許さない」と伝えることです。国際法・国際人道法は、すべての人間が遵守しなければならないものであり、また、その違反への間接的・結果的な加担も避けなければならないとされています。「戦争犯罪」や「人道に対する罪」といったもっとも重大な人権侵害に関与した者を、そうでない人々と同じように扱うことは、人権侵害の「黙認」あるいは「間接的な加担」であると考えます。また、その蓋然性を認識しながら何もしなければ、「結果的な加担」となる可能性があります。
日本という外国を旅行する人々に、彼らの国とは異なる見解や価値観を提示するのは、観光産業の本来の役割でもあります。国際法を無視している人々に「私たちはそれを許容しない」と明示することは、世界市民の一員としての義務であると考えます。
Q 京都市の公式見解について、どう思われますか?
A 京都市は調査の結果、「旅館業法違反はない」と判断しました。しかし、市のホームページ上に掲載された公式見解には、その事実が曖昧な形でしか記述されていません。「旅館業法に照らして不当」という記述はありますが、「違反」ではないので、公式な処分はなにもありません。いってしまえばこれは、京都市保健福祉局医療衛生センター・宿泊施設適正化担当課長の細野氏の恣意的な事実の歪曲です。その動機として考えられるのは、イスラエル大使が当施設への処分を強く求めたこと、また、同様の行動をする他の施設が出ないようにすること、などでしょう。
「国籍差別に当たる」という部分につきましては、そもそも当施設の件が国籍差別に当たるという判断は、京都市からも各省庁からも出ていないので、この部分の記述は本件とはまったく関係がありません。その無関係な一般論を本件の公式見解に紛れ込ませることで、あたかも本件が国籍差別であると読めるような曖昧な記述にしてあります。これも、本件を「国籍差別」と非難し続けるイスラエル大使を納得させるための誤魔化しでしょう。
これらの不適切な記述に対し、京都市には公開質問状を送付しましたが、市は回答を拒否しています。
Q 『京都新聞』における坂元氏のコメントについて、どう思われますか?
A 坂元氏のコメントには根本的な事実誤認があり、これはイスラエル大使の最初の抗議文と同様のものです。『京都新聞』は4月24日に当ゲストハウスへ取材に来ており、こちらが事実関係を説明したにも関わらず坂元氏にはイスラエル大使の主張しか伝えていなかったのだと思います。
また、坂元氏は旅館業法の勝手な解釈(戦争犯罪者も宿泊拒否できないと断言している)や、一方的な私見も書いていましたので、後日、公開質問状を送付しましたが、これも回答は拒否されております。
『京都新聞』も同様に、当施設を批判する結論ありきで記事を書いておりますので、この記事を担当した記者と坂元氏には強い不信感を持っていますし、イスラエル大使館との繋がりを疑っています。
Q 最後に訴えたいことをお願いします。
A 『長周新聞』の全国の読者の方々には、本件を含めたイスラエル問題は決して他人事ではない、ということを訴えたいと思います。国際法を堂々と無視するイスラエルと、それを擁護する日本を含む主要各国政府によって、世界の秩序は崩壊の瀬戸際にあります。政府だけでなく、地方行政も企業や大手マスコミの多くも、見て見ぬふりを続けています。世界秩序が完全に崩壊すれば、この世界は「力の支配」の時代に逆戻りし、日本人を含め力の弱い国々の市民を守るものはなくなります。
この流れに抗うには、普通の人々が声を上げ、行動することが唯一の道です。私たちすべての未来のために、自分がなにをすべきなのか、なにができるのか、それぞれが考えて、それぞれにできることをやって欲しいと願います。

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