いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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下関市民の会 新春の集い

 下関市民の会は21日、下関市勤労福祉会館で2017年新春市民の集いを開いた。市内各地から市民の会会員や、ともに活動している各界の市民が一堂に会し、これまでの活動の成果を振り返えると同時に、今の下関市政や日本の情勢に対する思い、今後の展望を語りあい交流した。また、今年の運動の出発点として、3月12日の下関市長選において、27万市民の利益を代表する市民の会として、市民のために奉仕する市政を実現するために地域や政党政派をこえた大きな力をつくっていくことを確認しあった。
 
 世論を束ね私物化に対抗 未来切り拓く論議の輪広げる

 初めに同会理事の堅山キヌ子氏が挨拶に立ち、「世界の情勢がさまざま動くなかで日本の安倍首相は戦争政治をやっている。昨年は自衛隊を南スーダンにやってしまったが、戦争は勝っても負けても決してやってはいけないものだ」とのべ、下関市で3月12日に投開票が迫る市長選について、「下関に40年以上住んでいるが、このごろ住みにくい街になったと思っている。日日の生活の場所から小さな店がすべてなくなって、年寄りが本当に困っている。生きていくのに大変な世の中になってしまった。この度の選挙は安倍派、林派の、私たちにはさっぱりわからない争いにもなっているが、しっかり市民の声を聞き市政を担ってほしい。よく考えて投票しましょう」とのべた。続いて同会事務局長の本池妙子市議が挨拶に立った【別掲】。
 第2部では乾杯ののち、白羅会のメンバーによる琴と尺八の演奏がおこなわれた。その後、市内各地から集まった参加者によるテーブルスピーチにうつった。
 市民の会とともに活動している商店主の男性は、「今回の市長選に立候補される安倍派の前田さんが来られたとき、“風力発電についてどうなんですか”と聞くと、前田さんは“中立”といわれた。私は建てるか建てないかしかないのだから“中立”というのはないと思う。市長にもなると中立と立場上いいたくなる。市民の不信を買うようなことをいったら政治生命を失われる。みなが果たしてベストな選択はなんなのかと思い悩まれていると思うが、後悔しないような選択をしたい」とのべた。
 彦島の男性は、「一番心配していることは、安倍自民党がどんどん憲法改正の方向に向かっていることだ。まだメディアを通じてもなんの内容も出ていないが、国民を守る憲法を勝手にいじらないでくれといいたい。戦争は絶対にしてはいけない。戦争になることで日本の人口もどんどん減っていく。国政に携わっている議員が本当に国民に目を向けた政治をすることに力を注がないといけない。そうでないとわれわれの生活は破綻してしまう。あてにならない野党が多いが少し自民党をいたぶって、政権交代なんかまでもっていって、日本が変わっていかないといけないと思う」とのべた。
 下関原爆被害者の会の大松妙子会長は、「私たちが元気でいられるのも、長周新聞をはじめ市民の会から援助をいただいて、学校の先生方も私たちを援助してくれているからだ。年をとっても元気でいられることに感謝している」とのべた。
 宇部市の小学校教師は、「被爆者の方がいわれたが、私たち教師は今のきな臭い社会のなかで、被爆者や戦争体験者の方方に学んで戦争に反対し、平和な世の中をつくる子どもを育てたいと思っている。みんなのために自分の力を出していくこと、とくに体育重視でたくましい身体と心を鍛えていきたいと思っている。また、額に汗して働く勤労人民の資質を子どもたちのなかに育てて、平和な世の中をつくる子どもたちを育てていきたい」と決意をのべ、長周新聞の号外『福寿丸に乗って』が大きな反響を呼んでいることを紹介した。「厳しいけれども温かい、力を合わせて集団で仕事をしていく誇りなど、たくさんのことがわかって本当によかった。みなさんとともに頑張りたい」とのべた。
 北九州の小学校教師は、「市民のための、市民が主人公の市政でなければならない。北九州でも同じでどっちが主人公なのかと思うことがある。市長や財界の意向で政治が進んでいく。小学校に勤めているが、今の子どもたちの親は本当に厳しい。雇用も少なく、労働者が首を切られ、正規の労働者が減っている。そのなかで子どもたちは、親と力を合わせながら家族の一員として活躍している。2017年も、教師として子どもや親に学びながら、たくましい子どもたちを育てていきたい」と語った。
 PTA関係者は、昨年度の礒永詩祭のとりくみへの謝辞をのべ、「市長選の話が出ているが、下関は混沌としている。市民の力で“いい人”が市長になることが一番だが、なかなかそれは難しい。しかし、いずれはそういう人材を出していく必要がある」とのべ、「今、下関では市内17地区にまちづくり協議会がある。去年の12月で立ち上げは終わったが、お金は出すが制限が厳しい。講演や観劇がしたくても制約も含めてきちっとしたガイドラインがない。立ち上げたものの今後を心配している。その辺りも含めて、下関市が今どういう状態に置かれているかだ。他の市から見ても恥ずかしい。本当に市民の手で市政を実現する人を育てていかないといけない。みなさんとともに楽しい年にしていきたい」とのべた。

 風力計画撤回へ決意も 10万超えた反対署名

 ここで、風力発電建設反対の根強い運動がつづいている安岡から参加した住民が発言した。男性は、「私は漁業者がたくさん住んでいる地域に住んでいる。安岡沖洋上風力発電建設に大反対しているところだ。山口県内の漁業組合で、金などいらないと計画に反対しているのは安岡の下関ひびき支店だけだ。反対署名は10万筆をこえた。これは下関市民の会のみなさんや関係者の努力のおかげで絶対に忘れてはならないと思っている。そして長周新聞においてはつねづね大大的に問題をとりあげ、安岡地域以外の方にも認知していただいたことを感謝している。今、やるか、やらないか、分水嶺にあるところだが、なんとか水が流れてくるように頑張らないといけない。みなさんの力をお借りしたい」と語った。
 安岡の漁業者の夫人は、「風力発電が建つところは日本でも優質な漁場だそうだ。この寒い時期でも潜ってあわびやサザエをとっている。そういうところに、風力発電を建ててもらったら死活問題だ。安岡の漁師さんも高齢だが、大変ななかでもみんな寒い海の中に潜って漁をしている。長周新聞、市民の会、安岡の会、横野の会のみなさんが、一緒になって応援してくれている。これからも一生懸命頑張っていきたい」とのべ、会場は拍手に包まれた。
 綾羅木に住む男性は、下関の公共交通であるサンデンバスの料金について、「第3金曜日の運賃が100円の日にはお風呂に行くが、バスの中はお年寄りで満員だ。これが毎日100円だったら私は毎日風呂に行く。私たち年金生活者からしたら100円というのはありがたい。バス代が100円になれば銭湯も商業施設ももうかる。毎日とはいわないが月、水、金でも100円にしてくれないだろうか。そしたらみんな食事でもしていこうかとなる。それほど年金生活は苦しい。そしてサンデンにいいたいのはバス停の時刻表が電気がないので見えないことだ。年寄りを大事にしないと街は寂れる。唐戸の寂れ方もひどい。これからもみんなで頑張りましょう」と元気よく語った。
 市民の会で活動する夫人とともに参加した男性は、「市民の会とかかわったのは妻が参加したときからだ。私たちは若いころは綾羅木で魚屋をやっていた。そのころは本当に賑やかだったが、最近はすっかり寂しくなってしまった。なぜここまで寂れたか。本当に良い街にするために、私たちが一生懸命に協力しあっていかないといけない」といい、「市民の会に入って5年になるが、市民の会は今のままではなく、もっと発展していかないといけない。本池さんが一生懸命やっているが、会派をつくるくらいの気概をもってやっていかないといけない。今の気持ちを大事に、お互い助けあって市民のための市民による活動をやっていく市民の会にしたい。一生懸命頑張りましょう」とのべた。
 岬之町の男性は、安岡の風力発電の問題に触れ、以前山陰方面に行ったときに山の上に建つ風力発電の近くを通り、その音に驚いた経験を語った。「かなり間隔もあいて、高さもあるのにあのような音がすることに驚いた。こんな音が出るのかと」とのべた。
 「今岩国に日本のあちこちの基地の飛行機がどんどん集まってきているが、あのようなことを始めると危ない。今、安倍さんは自分が思うようになるから国会でも好き勝手にやっているが、放っていたら私たちが子どものころのように戦争になる。私は当時小学校4年だったからB29が来ていたことをはっきりと覚えている。雨のような空襲で田中町にあった家は焼けた。今も少しずつ戦争意識を子どもに植えつけながら、戦争の下準備をやっているのだと思う。そして“共謀罪”といっているが、昔も3人以上があつまると憲兵隊が来ていた。戦争の下準備をやっていると感じる。そういう動きに反対する方に清き一票をいれないといけない」と語った。
 その後、長周新聞有志や劇団はぐるま座による出し物もあり、和やかな雰囲気のなかで会は進行した。劇団はぐるま座の代表は、「下関の劇団になって5年目になる。去年はみなさんとともに礒永秀雄詩祭にとりくみ、そのなかで学んだことは、幾千万大衆の心のなかにはすばらしい力とまっとうな思いが潜んでいる.。それを学び束ねていけばできないことはないということだ。下関から芸術を発信し、六五周年を機に大いに発展させていきたい」とのべた。
 最後に、全員で「はたらく仲間」を合唱し、「頑張ろう」を三唱して、熱気にあふれるなか散会した。

         新春の集い挨拶  下関市議会議員 本 池 妙 子

 民主主義と生活を守る下関市民の会は、「勤労市民とともに」「市政を市民の手にとり戻す」をスローガンに結成されて38年目を迎えました。市民の会の顧問であった古田先生の逝去から1年がたちましたが、古田先生のみならず、この会をつくられた長周新聞社の福田正義主幹、武久病院の頴原俊一先生、市議会議員として長年奮斗された小倉哲郎先生の遺志を引き継ぎ、政党政派や思想信条をこえた27万人の全市民を代表する運動組織として、さらに強い力を発揮することが求められています。

 みなさんもご存じのように、目下、3月12日投開票の下関市長選をめぐる動きが活発なものとなり、市内の各界の人人のなかで大きな関心が寄せられています。安倍・林代理を貫いた江島市政の14年に続いて中尾市政が八年続き、今後、この下関がどのような市長のもとで進んでいくのかが問われています。私たちの生活や暮らしにとって、そして政治的には民主主義が貫かれるか否かをめぐって市政が切っても切り離せないものとしてある以上、市民みなにかかわるものです。より多くの政治参加によって、本来なら政治家やリーダーは選ばれなければなりません。
 しかし現状では、投票率が40~50%台という選挙が相次ぎ、4年前の市長選の投票率も40%を僅かにこえた程度でした。およそ半数の有権者が政治に幻滅し、「それで何かが変わるのだろうか…」と距離を置いていることを示しています。この低投票率について、「選挙に行かない有権者が悪い」とか「政治参加を放棄して無責任である」などといって切り捨てていく流れもありますが、それでは決して解決しないものです。魅力の乏しい政治、あるいは政治家にこそ原因があり、この堕落した状況こそ切り崩さなければならないものです。
 国政もそうですが、半数の有権者を蚊帳の外に置いて、残りの半数の有権者のなかで、自民党や公明党、あるいは民進党や労働組合などの野党組織が勝った負けたをくり返し、時には野合し、「一強多弱」などといっています。全有権者のなかで二十数%の得票しかない者が、果たして強いのかです。残りの50%が政治参加した時にはいとも簡単に崩れ去るであろう勢力が、そうした有権者が幻滅した選挙の仕掛けの上に胡座をかいて国政を牛耳り、海外に出かけてはポイポイとお金をばらまいてくる政治がくり広げられています。
 下関ではどうなっているでしょうか。今、私たちの目の前でくり広げられている市長選がまさにそうです。現職の林派・中尾市長に対して、安倍事務所の秘書だった前田市議が立候補を表明して、巷では「安倍派と林派の代理戦争である」などといわれています。双方の抗争はこれまでになく過熱しているようです。そして当選ラインは五万票などといっています。勝者が五万票ならば敗者はそれ以下という計算で、およそ22万人の有権者の半数を蚊帳の外に置いた算盤勘定をしているわけです。それで下関は安倍のものか、林のものかといって「オレのもの」争いをくり広げています。下関は下関市民のものであるし、市政は市民のためにあるのだというあたりまえの理念すら置き去りにして、安倍晋三、林芳正という2人の国会議員を頂点にした勢力同士が市長ポストの利権争奪をやっているわけです。一般会計、特別会計を合わせると2000億円以上の年間予算を動かし、3000人の職員を要する下関最大の機関のトップをどっちが握るかが、彼らにとって最大の関心であることを示しています。
 しかし、この「オレのもの」争いは市政の私物化を正直に映し出しています。政治の実権を握ればすべて「オレたちのもの」と見なしてしまう。そして実権を握った者の周囲がとり立てられたり、あるいは応援した企業がやけに仕事を受注するようになって成長したり、いったいいつまでこんなことをくり返すのでしょうか。本来は国民や市民みんなのものであり、その公益を代表しなければならないはずの機能が、恥ずかしげもなく私物化されてしまう。これが民主主義や主権在民を謳う「美しい国」の汚れた実態です。海外に出かけてポイポイと大金をばらまいてくる感覚とも重なるものです。誰のために政治や行政があるのか、という問題は決して曖昧にできないものです。
 この市長選においては安岡沖洋上風力反対を掲げて松村元市議も立候補されていますが、「誰がよりマシか…」という域を出ないのが多くの有権者にとって悩ましいところとなっています。選択肢の乏しさが幻滅をつくり出し、しかしその幻滅状況のもとで50%内の組織票がいい気になって天下を奪いあうという状況について、私たちはどう対応するべきかが問われています。
 はっきりしていることは、国政にせよ市政にせよ、現状では誰もが認めうる素晴らしい政治リーダーというのは見出すことが難しく、また誰彼に全権を委任してまともな政治になるという展望など乏しいことです。このなかで市民の声なき声を形にして政治を動かしていくためには、より多くの力を束ねて市民の直接参加による運動を強め、要求を実現していくほかにはありません。安岡洋上風力をめぐる住民のたたかいがまさにそうです。沖縄で米軍基地撤去の斗争がうねりになっていますが、対米従属に縛られた為政者が何につけてもアメリカいいなりなのに対して、県知事をして基地反対を貫かせているのも県民の島ぐるみの力があってこそのものです。強大な力、支配に対して、私たちがその暮らしや民主主義を守るためには、より多くの自覚的な力を強め、政治を突き動かしていくパワーにしていくことが最大の拠り所です。
 いつの時代も、民主主義はピラミッドの頂点から滴り落ちてくる施しものではなかったことは、先人たちの経験が示すものです。よりよい時代を求めて、社会の土台となる圧倒的多数の願いを実現しようとする無数の努力やたたかいによって積み上げられてきたものです。それこそアベノミクスではありませんが、「オレのもの」と思っている人人が堰き止めている以上、経済的なおこぼれなども滴り落ちてくることはありません。誰のために国政や市政はあるのか、主人公は誰なのかをはき違えている政治に対して、私たちは口を開けて待っているような恥ずかしい態度は拒みます。私たち一人一人が社会の主人公として、より多くの人人とつながり、その生活のなかから出てくる切実な要求や願いを束ね、実現していく側から、下から世論と運動によって突き上げていく以外には何事も変わらないからです。
 産業が衰退し、郷土下関の未来を憂う声はかつてなく強いものになっています。二七万人の市民全体のために奉仕する市政を実現するために、民主主義と生活を守る下関市民の会から市議会に送り込まれた者として、より自覚を高め、また課題を持って議員活動に邁進することを決意して、挨拶とします。

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