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下関市立大学の度外れた私物化 市長の縁故採用教員が副学長に 学内の民主的手続き軒並み廃止

 以前から市長や政治家、市幹部職員OBの介入による私物化や独裁的な大学運営が問題視されていた下関市立大学で、その後さらに学内の矛盾が激化していることが関係者への取材でわかった。昨年には前田晋太郎市長が一押しする教員の採用を巡って、学内で定められた手続きを経ることなく強引に決定し、それに教員の9割が反対するなどして注目を浴びたが、ならばと学内審査がなくても教員の人事や懲戒などを理事会で決定できるよう市議会で定款変更議案を採決し、今年1月には当該教員を理事として迎えることとなった。さらにコロナ禍の春には副学長に任命して、人知れず「大学改革」の大なたが振るわれているというのである。日本学術会議を巡って権力支配が問題視されているなかで、前首相のお膝元である下関の公立大学では、大学運営の民主主義などあってないような状態が当たり前となっており、昨今の「大学改革」の一歩先を行っている感が否めない。なにが起こっているのか、取材にあたった記者たちで見てみた。

 

下関市立大学

  4年前の市長選によって前田晋太郎(安倍事務所秘書出身)が市長になってから、大学利権も林派・中尾から安倍派・前田に移行してきた。学長選に敗れ、学長ポストを追われた荻野元学長が、修士論文(中尾市長の自慢話が綴られた500ページに及ぶ「論文」に修士号を与えようとしていたが、教員たちが認めず修士号取得はならなかった)で世話になった恩義なのか中尾体制のもとでしばらく理事長に居座っていたが、前田が市長になってからは、このポストに江島市長時代の副市長だった山村重彰が就任した。年間報酬は1600万円。そして、事務局長には市環境部長だった砂原雅夫が、役所退職から1年のタイムラグ(その間は再任用で市役所特別室に勤務)を経て就いた。こちらも給料は市役所の部長をしのぐ額だ。


  市長界隈による私物化という点で見れば、中尾だって似たようなものだったし、それ以前の江島体制でも松藤(元理事長)とか植田(元事務局長)とか市幹部職員OBが好き放題して、その度に教員たちと衝突していた。今に始まった話でもない。しかし、前田になってから遠慮がなくなっているというか、より強権的な学内支配、教員に物いわせぬ体制づくりに拍車がかかっているような印象だ。


  事実関係を整理してみると、昨年から揉めていたのは市長による教員の縁故採用だった。昨年5月に前田市長が山村理事長を市長室に呼んで、当時琉球大学に在籍していた韓昌完(ハン・チャンワン)教授を下関市立大学に招聘するよう要求し、そこから大学では「前田市長の意向である」としてトップダウンでいっきに話が動いていった。教員採用は教授たちの審査が必要で、本来なら学内での厳密なる論議が求められるところだった。しかし、まったくそのような手続きを経ることなく新専攻科設置や教員採用が動いていった。だから教員の9割が「それはおかしい」と声を上げた。当たり前といえば当たり前だ。教員採用のあり方ももちろんだが、経済学部しかない大学に、教育学部の系統である特別支援教育などをおこなう専攻科を設置するというもので、それ自体かなり学術的にはムチャな話で、「え?」と思うものだからだ。


 ところが教員が反発すると、それならばとすべて理事会で決定できるよう定款変更議案を昨年の市議会に提案し、自民党多数の議会がろくな審議もなく採決した。ルールを逸脱したならルールを変えてしまえというわけだ。安倍晋三の解釈変更と似たようなものだ。そして満を持して今年1月にはハン教授を市立大学の理事に任命し、今春からは新たに副学長ポストをもうけて、ハン教授と事務局長の砂原雅夫を副学長に任命するに至った。採用されて一教員として市立大学の一員になるというよりは、鳴り物入りで招かれ、大学側が破格の厚遇をしていると見なすのが自然だろう。だって、出だしから大学ナンバー2の座を与えられているのだから、それ自体が普通ではない。


  ハン教授だけでなく、琉球大学で同氏とともに「インチャイルド」教育にかかわっていた研究チーム3人まとめての招聘が目的だった。琉球大学で専攻科がなくなるのにともなって、行き場がなくなろうとしていたのを下関に引きとろうということだったようだ。降って湧いた話といえばそれまでだが、もともと下関市立大学の中期計画にもなかったが、市長の判断と琉球大学における事情もあってか、とにかく強引に事が動いた。そうして新専攻科設置によって、下関市立大学がハン教授らが推奨している「インチャイルド」教育の拠点となり、全国展開していくのだと自民党市議らは鼻息荒く解説している。市議会や執行部、その他の熱を上げている面子を見てみると、なんだか安倍派挙げてハン教授御一行をお迎えしているのか? と思うものがある。なにをそんなに慌てているのだろうかと不思議でもある。


  下関市立大学の経営審議会委員をしている人物がインチャイルドと関わった「一般財団法人HAN研究財団」の理事を務めていたこともわかっているが、同財団の理事として安倍派の井川典子市議(前田市長の市議時代の所属会派・創世下関に所属)が設立メンバーに名前を連ね、同じく安倍派の亀田博市議(創世下関所属)が顧問として関わっていることも財団の登記からわかっている。また、同財団には大手製薬メーカーの塩野義製薬の副社長も理事として名前を連ね、その後なぜか辞めている。


 別の自民党市議曰く、大手の塩野義製薬の力によって発達障害を扱った資格ビジネスとして展開していけば、「インチャイルド」の講習料や資格認定料などで莫大なカネになるのだといっている。それだけ聞くと、発達障害ビジネスかよ! と思うのだが、塩野義製薬が関わったインクルーシブ教育ビジネスが下関市立大学を拠点にしてくり広げられていく――という認識のようなのだ。だから地方の大学間競争を生き抜くために下関市立大学にも変化が必要なのだと――。


  前田市長の市議会時代の所属会派である創世下関が深く関わっている案件であることは、HAN財団の設立や諸関係を見れば歴然としている。というより彼らはエスコート役で、新専攻科設置のいい出しっぺは前田晋太郎本人なのだ。今後「インチャイルド」でなにが起こるのかを見ていたら、どうしてこれほどムキになって安倍派及び市長界隈が専攻科設置に力を注いでいるのかわかることだ。教育のために本気なのか、あるいは財団のビジネスすなわちカネもうけのために本気なのかも含めて、今後の展開を見ていくしかない。発達障害の子が激増しているなかで、インクルーシブ教育そのものは否定されるものではないし、それが良いものであれば認めるという度量が必要だ。しかし、教育的見地からなにも語られない状態で、しかも試験導入した桜山小学校や文洋中学校の教師たちも大半が首を傾げているのに、資格ビジネスとしての将来性みたいなものばかりが話題になっている状態は異様だ。

 

教員採用は学長の判断 学長選の規程も変更

 

 B インチャイルドの是非は脇に置いておいて、問題は、そうした教員採用及び強引な専攻科設置について、学術的な見地や常識からも問題点を指摘し、大学の在り方について声を上げてきた教員たちを制裁する力が大学内で一気に強まっていることだ。なぜそんなことをする必要があるのだろうかと素朴に思う。9割の教員が反対したというのはよほどのことで、だからこそ焦って制圧に乗り出しているのかと――。その筆頭に赴任していきなり理事や副学長になったハン教授が立っているというのも、どうなっているんだろうかと思う。なぜそれほどの権限を与えるのか、第三者から見て不思議でならない。違和感はむしろそこにある。川波学長が飾り物に見えるほど存在感が霞んでいる。「ヨン様」ならぬ「ハン様」状態ではないかという声も耳にするほどなのだ。


  赴任して早々に、大学のあらゆるポストを総なめにしているのも特徴だ。4月に設立されたリカレント教育センターの教授に就任すると、弟子に当たる2人が准教授、講師として着任した。ここまでは一昨年来から話題になっていた研究チーム3人の招聘という既定路線でもあった。まさか理事、副学長ポストまで得るというのは想定外で、教員たちも「そこまでやるか」と面食らっていたが、その後も大学がハン副学長に権力をみな集中させ、今では川波学長をしのぐ執行部のトップのような存在感になっているから驚きだ。


 副学長として教育・研究だけでなく大学院も担当し、同時に理事として経営にも権限を持たされている。そして組織改編によって教職員でつくってきたハラスメント防止委員会が廃止されて相談支援センターを置いたが、その統括責任者にも就任。国際交流センターの統括責任者に就いたのもハン副学長だ。さらに教員人事評価委員会の委員長と教員懲戒委員会の委員長にもなった。教員の採用や昇任、懲戒に関するすべての決定に力が及ぶことになる。いわば教員の首根っこを押さえる力を、着任したばかりのハン氏に与えたということだ。


 そしてなにが起こったかというと、4月に同じ琉球大学の研究チームの2人を採用したのに続いて、6~7月の理事会では大学院教育経済学領域に追加で2人の韓国人准教授が採用された。この2人や4月採用の2人も含めて共通しているのは、みな東北大学大学院の医学系研究科に在籍していたことだ。さらに共通するのは、2016年につくったハン氏が副理事長を務める「一般社団法人アジアヒューマンサービス学会(ASHS)」の会員であることだ。この学会の理事として砂原雅夫副学長と下関市立大学経営審議会委員(HAN財団理事だった)も名前を連ねている。また学会の理事長は東北大学大学院医学系研究科の教授である上月正博氏で、それこそこの春以後に下関市立大学に教員として採用された5人の大半が同教授のもとで博士号を取得しているそうなのだ。なんだ、みんな仲間だったんだねと思わされる。


  一連の採用と関わって、5月には教員採用選考規程が決定され、人事評価委員会での選考過程を省略して、学長単独の判断で教員の選考や採用を可能にした。公募によって採用するわけでもなく、教員たちによる資格審査もなく採用が決まっていき、しかもみんなハン教授とかかわりのある人物たちだったものだから、みなが口をあんぐりとさせている。こんなことが全国の国公立でやられているかというと、どこにもそんな大学はない。


 あと、学長選考についても理事会で規程を変え、今後は教員は実質的に候補者の推薦すらできなくなった。なぜか? 推薦には理事2人の連名が必要になったからだ。理事を任命するのは理事長だ。現在の理事【図参照】の構成を見ても、教員出身は一人もおらず、市幹部職員OBが2人、それにハン副学長、川波学長、外部理事では山口銀行の取締役と元々中学校の校長だった人物がいるくらい。実質的に教員の意見など反映されないしくみになってしまった。そして、教員による学長候補者の推薦や教職員による意向投票すらも廃止された。

 


  学長選挙の意向投票も教員の抵抗にあっていつも敗北するから「意向投票などやめてしまえ」を理事会で決めてしまった。前回学長選の投票結果でも、川波学長は24票、対抗馬が40票、白票3票だった。川波の得票から幹部職員たちの組織票を除くと10票、つまり10対40という4倍もの差がつき、7割以上の教員が「川波氏はふさわしくない」という判断を下した。ところが、「意向投票を参考にする」といって開催されている学長選考会議は川波学長の続行を決めた。規程改定によってさまざまな学内のしくみを理事会でみな変えているのが特徴だろう。それもこれも定款変更によって想定されていたことだが、学内の民主主義的な手続きが省かれ、独裁的、強権的なやり方がまかり通るようになった。


  この10月28日までは飯塚学部長が理事として在籍していた。しかし、10月に大分で開催された大学の在り方を巡るシンポジウムに出席して、下関市立大学の現状について報告したことから、「地方独立行政法人法第17条」に違反するという理由で突如解任された。飯塚学部長も突然解任されたことについて反発し、抗議書を提出しているという。下関市立大学で起こっていることについて、外部に知られてはマズイという力が働いているし、ならば知られて困るようなことはするなと思うのだが、強制的に理事を解任するという暴挙に及んでいる。


 A 飯塚学部長がこのシンポで指摘した教員採用選考規定については、先ほどからも論議しているように教授会の意見聴取・審査を定めた学校教育法93条2項3号や文科省通知「平二六文科高第四四一号」第三の違反ではないかという点で、下関市立大学において、教授会の意見聴取や教育研究審議会の審査を一切省略し、学長単独による選考や採用決定を可能としているのはおかしいという点だった。しかし、批判的意見というか事実をのべただけで即刻理事解任というわけだ。


  全国の大学関係者に下関市立大学の現状について意見を求めてみると、総じてビックリ仰天される。「うちの大学もひどいが、そこまではさすがに…」「学長選挙の意向投票すらなくなるとか、教員採用について教授会の審査や意見聴取も省略して学長の判断で決められるとか、それは大学じゃないですよ」という反応だった。下関市立大学は「大学ではないですよ」といわれているようでショックもあるが、学術的世界の常識とはかけ離れていることが起こっているのが現実だ。そして、余りに市長とか市幹部職員の政治介入が過ぎるのではないかと驚き、「教員の皆さんにとっては地獄でしょうね」と同情を寄せる人もいた。


  こうした状態のなかで最も心配なのは、教員たちが嫌気がさして他大学に移っていくことだ。昨年も複数人が市立大学から出て行き、ゼミの引き継ぎなどで大変だったそうだが、教員が見切りを付けて辞めていくことによって困るのは学生たちなのだ。現状では物いえぬ空気が強まり、教員たちも鬱屈した思いを抱えながらも吐き出せず、吐き出せば飯塚学部長のように処分されるというくり返しだ。他大学に移ろうと準備している教員もいる。
 そうして最終的に「そして誰もいなくなった…」で学長や副学長、市幹部職員OBだけが残されても、大学運営はままならない。

 

匿名の告発で行政動く 市議らも教員攻撃

 

下関市議会特別委員会で説明する下関市立大学経営陣。前列左端が韓副学長。(10月5日)

  今年に入ってから、下関市議会や大学、マスコミ各社に内部告発と称した匿名の文書が届き、教員憎しの内容が縷々綴られていたことがあった。長周新聞にも届いた。しかし、読む限り明らかに大学執行部なり市政関係者の側が「大学内で困っている人物」の装いをしてしたためた内容で、矛先は教員制裁に向いているものだった。「名無しの記者より」として紙面で公開の返信をしたためたわけだが、その後なにが起きたかというと、匿名の文書が寄せられたといって市総務部が市立大学に調査に入り、教員たちの実態についてあら探しが始まり、研究費で高い机を買ったとか、出張旅費で年末年始の帰省をしているのがいるとか、さまざまあげつらって市議会でも各会派が一般質問で火になって「教員はどうなっているんだ!」をやりまくった。よくできた試合運びだと思う。


 通常、匿名の内部告発で行政が動くことなどないのだが、このときばかりは総務部の動きが違った。確かに、そんな高額な机を買う必要ないだろうとか、出張の体裁で帰省したり出張旅費が不明朗である人物については、いい加減にしろよ!と普通に思う。教員についても何でも擁護する気などない。でたらめをやる人間が処分されるのは当たり前だ。しかし問題教員と見られるその一人の男のおかげで、その他の教員も十把一絡げにして「下関市立大学の教員はおかしい」という論理にすり替えていくのは、そこに恣意性が紛れ込んでいる。問題があるならば一つ一つ大学内で解決すればよいし、高い机を買うというなら買う前に予算執行を認めなければよいだけだ。あえてカネは出して後から「問題だ!」と騒ぐのなら、それは出さなければよいではないかと思う。


  気になったのは、それを受けて前田市長の縁故採用など何ら問題にしない自民党や公明党の市議たちがこぞって「大学教員はけしからん!」をやり、現在の下関市立大学で実行されている「大学改革」とやらの応援団になっていることだ。一連の教員採用や規程変更を正当化するために、また問題の本質をそらすべくタイミングよく教員のあら探しがやられ、「わざとやっているんだろうか?」と思うほどの特定の教員のでたらめが発覚して、おかげで教員全体が攻撃をくらうという構図になんだかな…という思いしかしない。仕込みでもあったんじゃないかと疑うレベルだ。


 9月議会において各会派から一人ずつが「下関市立大学について」をやったのは、ある意味わかりやすかった。見事に十把一絡げで矛先は教員に向いているのが歴然としていたからだ。それで問題教員Aは大学内で処分されたのか? だ。市長及び界隈による大学介入、利権温存のために「攻撃こそ最大の防御」をやっているに過ぎない。その意図するところは、目下反抗する教員の制裁なのだ。そして、一方では公立大学にはあるまじき規程変更のオンパレードをやっている。そして大学運営がより独裁的で強権的なものに体制上もなろうとしているから問題になっている。


 市民の税金が注ぎ込まれている下関市立大学において、市長の縁故採用がフリーな状態となり、しかも下関市がその雇用のために税金を注ぐわけだ。運用の仕方によっては、下関市長を辞めた後に江島潔が加計学園系列の大学に雇われたように、政治家の恣意によっていくらでも教員として採用可能な大学にもなりかねない。曲がりなりにも市立大学なわけで、公立大学として認められるような組織運営や体制にしなければ話にならない。


  日本学術会議の任命問題など、大学の自治や学問の自由、民主主義の在り方について議論になっているが、下関市立大学は昨今の混迷する「大学改革」の悪しき事例として最先端をいっているように思う。良くない意味で「トップランナー」ともいえる。リミッターが解除されて、ギアがハイトップに入っているのではないかと思うような状態だ。地元では灯台もと暗しかも知れないが、全国の大学関係者から見て「信じられない」状態なのだ。


 「学問に対する権力の支配」と大仰にいっても、「議会で寝てばかりいる前田晋太郎じゃないか」と市民の皆さんは思うかも知れないが、そんな前田市長のもとで郷土の大学である下関市立大学が人知れず変貌を遂げている。どの市長になってもいつも私物化する力が働くことが問題で、独立行政法人化以後に理事長ポストができ、そこに市幹部職員OBがおさまるようになってから拍車がかかっている。独法化の末路でもある。


 異様な状態であることについて、大学教員たちも世間にもっとアピールして知らせなければならないし、まずは発信しないことには伝わらない。「私は貝になりたい」をやるなら今後ともやられ放題だろうと思う。「下関市立大学」として存続するのか、下関私物化大学になるのかの岐路にあると思う。

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