(2026年9月14日付掲載)

大浦湾から見る辺野古基地建設現場(沖縄県名護市)
沖縄県名護市辺野古沖で3月16日、新基地建設反対の活動をしていた抗議船が高波で転覆し、修学(研修)旅行の一環として辺野古を訪れて抗議船に乗船していた同志社国際高校(京都府京田辺市)の女子生徒と船長が死亡する痛ましい事件が起きた。事故から2カ月が経過した5月23日に、文部科学省は同志社国際高校に対して、同校の「平和学習」とする研修旅行は「教育基本法に違反する」と判断する事態に至った。「政治的中立性を損なっている」とする文科省の対応自体が政治的ではないかとも見られる一方で、理不尽に未成年の生徒の命が失われたという事実に対して、当事者たちが誠実に対応することなく、右左のイデオロギー対立の具なっていることに残念な思いをもっている人たちは少なくない。公益社団法人日本図書館協会・図書館の自由委員会前委員長の西河内靖泰氏(元・滋賀県多賀町立図書館長、現・広島女学院大学非常勤講師)は防災士・危機管理士(社会リスク)として危機・安全管理の問題に関わるとともに、「平和学習」に関する研究者・実践者として50年以上活動し、日本平和学会や日本平和教育学会の会員でもある。この事件から、平和教育や平和運動にかかわる者が何を受け止めなければならないかについて西河内氏に話を聞いた。
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西河内氏
沖縄で修学旅行生が乗った船が転覆して、高校生が亡くなったというニュースに衝撃を受けました。なぜこんなことが起きたのだろう。次々に疑問が湧いてきて、私はさまざまな媒体から出てくる情報を読み漁りました。真偽がはっきりしないものもあり、それだけで判断するのは危ないと思いながらも、このことは事実に間違いはないだろうと私自身が考えた情報を整理してみて、それらを読むたびに私は怒りの感情が湧いてくるのを抑えることができませんでした。
ところで、私は元図書館員で、大学で図書館情報学を教えてきました。その私が、一見図書館のことと関係がなさそうな辺野古抗議船転覆事故について見解をのべることに、違和感のある方がいるでしょう。でも、私にとって、決して無縁なことではないのです。このお話全体の中でそのことについて触れていきます。
私の原点
その前に、私がこの問題について見解をのべたいと思った原点となる出来事についてお話しします。私が大学二年のときに、社会福祉系のサークルに誘われて知的障害者の施設へボランティアに行きました。その時に出会った知的障害者の女の子が、2カ月後にプールの事故で死んでしまったのです。その子は笑顔が素敵な人懐っこい子で、私にも懐いてくれました。それだけにとてもショックでした。そのとき感じたことは、少しの油断が人を死なせてしまうという理不尽さです。それなのに、そのことに関する危機感があまりに周りの人から感じられないことでした。私が福祉を学ぶことになった原点です。
私にとって、未来のある子どもの死は許せませんでした(私は8歳のとき、3歳の妹を病気で亡くしています)。それも突然の事故で亡くなるという理不尽さには耐えられなかった。それが制度の問題であれば直さなければならないし、人や体制側の問題であれば改善されなければならない。“何でそうなるのだろう”という疑問への答えを求めて、私は福祉を学ぼうと出発しました。
平和学会で感じた違和感
5月に東京で日本平和学会があり私は参加しましたが、そこでの違和感は辺野古の抗議船転覆事故の問題について触れた発言をされた方が誰もいなかったことでした。辺野古基地建設には反対の声明が学会のホームページに10年以上も掲載されていますし、辺野古の問題を研究対象にしている会員がいるにもかかわらずです。個人としての発言は難しいにしても、理事会として何らかの意思表示があってほしいと思いました。
事故から2カ月がたったこの時点で、それまで辺野古の問題について積極的に取り上げてきたはずであった『赤旗』や『週刊金曜日』でもほとんど触れられていませんでした。非常に深刻な事故が起きながら、その事実すらタブー視するような気持ち悪さがいたるところに漂っていることを感じていました。その意味では辺野古基地建設に反対する運動に携わる側から起きた今回の痛ましい事故について、平和学を追究してきた者として、はっきりとした見解を示すことは責務だとも思っています。
未来のある高校生の命が奪われたという事実に対する対応としては、誠実さを欠いており、その態度がイデオロギーなどに関わらず、多くの人に違和感と反発を抱かせているからです。そして、その不誠実な態度が、平和運動そのものを潰しているという事実です。さらにこの事故をネタにして反対派を非難・攻撃する側にも誠実さは見られませんし、権力側がこの事実を利用してくるのは、ある意味で当たり前の話ですから、文科省の行動は予測されたことです。そうした対立構造の土俵からは外れて、「平和とは人の未来を奪わないこと」であるという視点から、今回の問題について見解を示す必要性を感じています。
この問題について、経済思想家の斎藤幸平さんが「私は左翼で辺野古の基地建設については反対。だからと言って、まず言わなければいけないのは、今回の文科省の判断をもってして教育への介入だと騒いだり批判したりする前に、平和教育の一環として生徒たちを反基地の抗議船に乗せることはやっちゃいけないと、むしろ反対する人たちだからこそ言わなきゃいけないと思う」とコメントしていましたが、私もこの意見に同感しました。
学校の第三者委員会の報告発表を受けて
7月31日に、同志社国際高校の経営法人の学校法人同志社が設置した弁護士による特別調査委員会(法人と関係ない3人の弁護士で構成)が調査報告書を提出し法人が公表しました。
地元紙である『京都新聞』はこの報告書について次のように報じています。「報告書は、学校が現地を下見して安全性の確認や検証をせず、転覆したボートの船長への『根拠のない信頼』で2022年度からボートに乗る平和学習を導入した、と指摘。事前に生徒や保護者に対してボートが抗議船であることや航路、乗船時の注意事項などを説明していなかったことを問題視した。/また、教員がこれまで事故が起きていないため安全と思い込んで継続させた認識の甘さに切り込んだ。危機管理マニュアルに校外学習の記載がなかった点に加え、事故当日は船に教員が乗船せずに全てを船長や乗組員に任せた点にも言及し、これら一連の安全管理体制の不備が『本件事故発生の最大の原因』と結論づけた。/学校を運営する法人のリスク管理体制が機能不全に陥っていたとし、『研修旅行の実態を把握せず、指導・監督が全く不十分だったことも事故原因の一つ』とした。校外活動を決める過程で複数のチェック体制を整備することなど再発防止策も提言している。」(2026年8月1日付『京都新聞』朝刊)
この記事では「事前の下見をしていなかった」「教員が船に乗船せず」「生徒や保護者に抗議船であることを事前説明していない」などの問題点を報じていますが、調査報告ではさらに「当日は波浪注意報が発令されていたのに中止を検討しなかった」「知床半島沖の遊覧船沈没事故後も安全性を一切議論せず」など、まったく無責任な状態であったことが明らかにされています。
同校は事故直後に、「死亡した抗議船の船長との信頼関係で、乗船を続けていた」と説明していましたが、それは言わば全くの「丸投げ」であり責任という発想すらなかったということに他なりません。
事故から2週間ぐらいにあったある雑誌の読者会で参加者の退職教員の方に話を聞いたところ、修学旅行を引率するとストレスで白髪が増えるほど、生徒の問題行動のことや事故やケガをしないようにと常に神経を使っていたそうです。その方は「引率の教員が船にも乗らず、何のために引率していたの?」と驚いていました。
学校と運航者の危機・安全管理への疑問
船は波の状態ですぐ危険になりますから、生徒を危険にさらさないための役割を担って同行していた先生たちが、その船に乗らずに生徒だけを乗せるなど、「本来ありえない」はずです。どう見ても「無責任きわまりない」ものといわざるをえません。船を出すときの判断のためには、天候や波の状態の確認などのチェックは基本です。また、船を出すかの判断には他の漁師さんたちが出航しているかも基準になるそうですが、地元漁師によると「あの日は波が高く、危険で漁師でも近寄らない海域だった」といいます。海上保安庁も危険だから中止するよう言っていたなかで、それを無視しての出航でした。
同志社国際高校は2023年3月から辺野古の抗議船に乗るようになり、今年は4回目でした。危機・安全管理の専門家からは「(重大な)事故は3年目に起きる(可能性が高くなる)」と指摘していますが、それまでの「油断と慣れ」が事故につながることが多いのです。今回の事故にも同様な要素があったのでしょうか。
亡くなった抗議船『不屈』の船長さんには、2019年と2025年に『沖縄・辺野古の抗議船「不屈」からの便り』(1、2)(みなも書房刊)という抗議活動の日報を一冊にまとめて出版した本があります。そこでは、海は危険な存在であることを徹頭徹尾くり返しのべています。常に海の危険について身を以て経験しそのことを警告してきたはずの人が、わざわざ危険性を自覚しながら、なぜ生徒たちを船に乗せるようなことをしたのか。この本に書いてあることと、現実に起きた問題との乖離がどうしても理解できません。このギャップがあるという事実は、この問題を考えるうえで大事なポイントであることを強調しておきたいと思います。
どんな要素がはたらいて、今回のような惨事が引き起こされたのでしょうか。その問いかけをし続ける必要があると思います。今となっては推測するしかありませんが。
辺野古の海で危険を感じつつ(亡くなった船長さんは著書でそのことを強調されていました)小さな船で抗議をおこなっている現実を知ってもらいたいということで、その抗議船に生徒たちを同乗させるのは“体験型学習”という発想でしょうが、その発想は果たして適切なものでしょうか。戦争の酷さや悲惨さを学ぶためにと、今実際に闘いがおこなわれている戦場へ積極的に子どもたちを送り込むというのが“平和教育”のための“体験学習”というのでしょうか。誰がそのような主張をされているのでしょうか。
「同志社国際高校の“体験型学習”は、“平和教育”といえるのか?」という批判が、平和運動を担う人たちの側から出てこなければおかしいのではないでしょうか。
今回の事件は、“平和教育”とは何なのかを改めて問い直すことにもなります。くり返しになりますが、未成年の子たちを、危険な抗議船に乗せた時点で、それは平和教育ではないし、危険を体験させることが学習なのかといえばそれは違うのではないでしょうか。平和学での考え方は、「人の未来を奪わない」こと、そして「命を大切にする」ことです。
“人の命、その人の未来を奪わない”ことが、“平和”の定義ともいわれます。そうすると、命を奪っている時点で、この事故は矛盾する結果を引き起こしているのです。つまり、“平和教育”でなくなっていたのです。“平和教育”は“命を大切にする”ことを目的とする教育でもあります。仮に自分たちの運動や主張が正しいことであったとしても、そのために子どもを危険な目に遭わせて、挙句の果ては命を奪ってしまったことについて、どう考えるのですか。それは、絶対に許されないことのはずです。
運動のマイナスになろうが、一人の子どもの命が奪われたことに対して真摯な姿勢を、運動に関わる方々が示さなければ、その“平和運動”は偽りのものになってしまうのではないでしょうか。
人が亡くなったことに対する素直な怒りや悲しみの感情を持つことが、“平和運動”の基本だと思います。それは戦場で、子どもや老人、女性、病人、障害者が無惨に殺されていることへの怒りでもあります。兵士の犠牲も同じです。

広島への修学旅行で被爆体験を真剣に学ぶ小学生たち(2018年、広島平和公園)
介入への反論の前に反省と自己批判の姿勢を
私は、辺野古の抗議船の活動は“反戦・反軍運動”であっても“平和運動”ではないと考えています。「命を大切にする」ことから、現実的に離反してしまった時点で“平和運動”ではなくなったからです。直接に関係のない若者の未来を奪ってしまったという“事件”を起こしたのです。「命を大切にする」という“平和”が目指すものをみずから否定してしまったのです。それは、あえて言いますが、徹底的な批判を受けても仕方のないものです。
文科省が、同志社国際高校が生徒を辺野古の抗議船に乗船させたことを「教育基本法に違反する」と認定しました。重大問題が起きるという機会に乗じて、文科省などの権力側が教育現場の教育内容に口出ししてくるのは常套手段です。その目論見には不快さを感じます。過去いろいろな場面で政治的に動いてきた文科省に言われたくないという話でもあります。
ただ今回の事故のように、命を大切にする視点が欠けていたことによって、生徒の命が奪われてしまったなかでは、権力側のやり方に不快を感じたとしても、周りからいかなる批判や指摘を受けても甘んじて受けるしかないのです。そこで「権力介入だ」と騒いでしまっては、国家権力側のやり方を必ずしも快く思っていない人たちを離反させてしまうことにつながりかねません。「まったく反省していない」「亡くなった生徒のことを考えていない」などと受けとられてしまうからです。批判が誹謗中傷まがいの攻撃であったとしても、それに反論をしたり対抗する前に、自らの運動への反省と自己批判の姿勢を示すべきなのです。
人命よりも運動の論理を優先する悲しい現実
辺野古基地建設反対の運動は、意義のあるものだとは思いますが、運動での「犠牲を当然とする」姿勢はいかがなものでしょうか。自分たちがやっていることは「正義であり、平和のため」だから「犠牲があってもいい」という考え方(のようにみえます)は、「平和」のためにといいながらテロをやっている者とどこが違うのでしょうか。
自分たちの「平和」を実現するためにと言って、よその国をいきなり攻撃してしまったイスラエルやアメリカの論理と同じように見えてしまうのです。
沖縄では、辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う県民投票が2019年2月におこなわれ、投票者の7割にあたる県民が「ノー」を示しました。その民意を無視して、国は辺野古の基地建設を強行していることへの怒りやもどかしさがあるのは事実です。新基地建設の容認はできるものではありません。
その辺野古基地建設への抗議行動は危険な状態でおこなわれていました。そのこと自体をあれこれ言うつもりはありませんが、その現実を高校生に体験させようとする論理が、どうしても私には理解できません。同志社国際高校では、2015年ごろから平和学習の一環として、辺野古の現場を陸上から見学してきたといいます。辺野古の基地建設に対してなぜ抗議をしているのか、どんなことをしているのか記録された映像などを見ながら学ぶことは、日本の沖縄の現実を知るための学習ではあるでしょう。それでいいものを、なぜ危険性がある“学習”が企画され実行されたのか、このことを追及することは、辺野古基地建設反対運動に関わった者や関心を持つ者の役目ではないでしょうか。
なのに、そんな姿勢を考えもつかない人がいます。社民党の服部前幹事長は、「そもそも辺野古の新基地建設をいつまでも続けるのが悪い。こんなことをしなかったら、事故も起こり得なかった」という発言をしました。尊い命が奪われたばかりだというのに、このようなことを言ってしまう。人の命よりも、自分たちの運動の論理の方を優先する人たちの悲しい現実を見てしまいました。
知床遊覧船事故を受け厳格化された安全管理
船舶の事故といって、私たちがすぐ思い出すのは、2022年4月23日に北海道斜里町の知床半島西岸沖で観光船が船内浸水により沈没し、乗員・乗客合わせて26名が死亡・行方不明となった「知床遊覧船沈没事故」です。
この沈没事故を受けて海上運送法が改正され、これまで緩やかだった小型旅客船や遊覧船などの事業(旅客定員12人以下の小型船などを対象とする事業)を、従来の「届け出制」から「登録制」へ移行させました。辺野古の抗議活動のために運航していた2隻の船(平和丸、不屈)は、海上運送法に基づく「一般不定期航路事業」の無登録運航の状態でした。
運航団体側は、営利目的ではなく見学や学習などで乗せており、営利事業に当たらないので、海上運送法に基づく事業登録の必要はないと判断していたと主張しましたが、法は彼らの主張のような建付けにはなっていないのです。
海上運送法は「営利事業」だけを対象としているのではありません。海上運送法では、需要に応じて人を運送する場合、原則的に許可や登録が必要なのです。このとき「お金をもらっていなければ対象外」というわけではなく、「例えば、ボランティア、見学目的、イベント送迎、学校関係、関係者の輸送」などでも、反復継続して人を輸送している場合には、海上運送法の事業に該当することがあります。「営利目的ではない」「実費程度しかもらっていない」「知り合いだから」という理由では、登録不要になるわけではありません。登録を受けるためには、申請と同時に「輸送の安全を確保するための人材確保及び関する計画」(安全人材確保計画)を提出することとなっています。
登録の意味は、利用者の安全を守るため体制整備をしていくことにあります。登録しているからといって、事故が起きるのを完全に防ぐことはできませんが、少なくとも安全を守ろうという意識には向いていくものと思います。
国の姿勢は、知床遊覧船沈没事故以降は「小型船舶だから自由でよい」という考え方から、安全管理を重視する方向に変わっていたのです。知床の事故以降は、船舶による事故の犠牲者に報いるためにも、すべての船舶運航者は登録すべきであったはずです。それをしなかったうえに、転覆事故を起こし、未来のある若者の命を奪ったことをどう考えるのでしょうか。
教訓にすべき過去事例①「上海列車事故」
ここで、とても大事だと思うことをお話ししておきたいと思います。教育界には、修学旅行や校外学習の際に教訓とすべき、重要な事例があります。今回の辺野古の事故を考えるうえで大事な事例だと思いますので、ここで2例を紹介します。
ひとつは、1988年3月24日に発生した「上海列車事故」(中国上海郊外で発生した急行列車同士による列車衝突脱線転覆事故)です。上海市近郊で南京発杭州行きの急行列車311便が、長沙発上海行き急行列車と衝突、乗客28人、乗務員(郵便貨車職員)1人の計29人が死亡し、99人が負傷しました。修学旅行のため乗車していた日本の高校生が事故に巻き込まれ、多数の死傷者が出たのです。

1988年当時、事故を報じた新聞記事
この事故後では補償をめぐり日中間で政治問題化することとなり、さらには学校側の対応をめぐって日本国内で訴訟となっています。この事故で亡くなった乗客は大破した2両目に乗車していた高知学芸高校(現・高知学芸中学・高校)の修学旅行生です。1年生179人、引率の教師と同行する医師、大手旅行会社の日本交通公社(現在のJTB)の添乗員ら14人の193人の一行のうち生徒27人、教師1人の計28人が死亡したのでした。
この事故の原因は、運転士の信号の見落としとされましたが、過密ダイヤや安全システムの未整備なども背景にあるとみられています。事故自体に学校側の責任があったわけではありませんが、四遺族が学校の“不可解な旅行目的”“無理な日程”“事故後の対応”などに疑問や不信を持ち、学校側に法的責任があるとして高知地方裁判所に民事訴訟を起こしました。訴訟の提起には“旅行会社まかせで旅行行程の下見をしていなかった”ことや“遺族に対する誠意の欠如”などを理由にあげています。
1994年の地裁判決では、「旅行の下見は、校長夫妻が修学旅行コースとは異なる観光地をパック旅行しただけという杜撰な面があった」と指摘しつつも「事故の予見可能性はなかった」として、原告を敗訴とします。遺族側は控訴を断念したため、判決は確定しました。高知学芸中学・高校は、毎年3月24日に慰霊式をおこなっています。
この事例の教訓は、旅行先の実情についての徹底した事前調査の大切さです。裁判所の判決のとおり「事故を予見すること」は確かにできなかったでしょう。とはいえ、当時の中国(今でもそうかもしれませんが)の安全を軽視しがちな国情から何らかの不都合なことや事故につながりそうな不安要素はいたるところに感じられたはずです。どんな不安や危険性があるかを調べておいて、できるだけ問題となることから回避できる可能性を高めておくことです。それには、「下見」という事前調査が必要であり、安全確保・危機回避のための徹底的な情報収集が求められていたのです。にもかかわらず、そのことを軽視してしまったことで、事故に遭遇するという不幸を招いてしまったのです。
また、当時は国内での修学旅行より中国への修学旅行の方が圧倒的に安かった。そのことから、この高校では生徒の希望は国内が多かったのに、学校側が説得して中国への旅行に誘導したといわれます。安全学・危機管理学の観点からは「安い」ということは「リスクが多い」(危険な要素が多い)ことととらえられます。「安い」のは、本来もっとかかるはずの経費を「削っている」からです。その時、最も狙われるのが安全に関するコストです。
安全を確保・保証していくためには思った以上に「コスト」(経費)がかかるものなのです。ですから、少しでもコストを下げたいという誘惑に負けて、安全確保のために使うべき「お金」を減らしてしまった結果がさまざまな事故に結びつくのです(2026年5月6日の磐越道バス事故は典型的なケースです)。この「安全のためのコスト」を軽視する姿勢も「上海列車事故」につながった要素ではないかと受け止められたのです。
その反省から、その後旅行業者は安全性を重視した修学旅行のプランづくりに移っていったといいます。その教訓を、旅行業界は「上海列車事故」で学んだのです(事故後にJTBの高知支店に勤務されていた方から、私が聞いたことです)。
ところで、辺野古での抗議船への乗船というプランには、旅行業者は介在していません。旅行業者ならこのような危険なプランは絶対にやりません。話が出た時点で、リスクを考えて「やめるべきだ」と言うはずです。学校は、なぜ旅行業者を介在させず、旅行に関する専門知識の乏しい教員に担当させたのでしょうか。旅行業者が反対するから関わらせないということだったとしたら、このプランは「安全を無視」してもぜひとも実施したいものだったのでしょうか。
教訓にすべき過去事例②「浜名湖・ボート転覆事故」
もうひとつは、2010年に起きた「浜名湖・ボート転覆事故」です。静岡県浜名湖で、中学校の野外活動中に荒天で漕ぎきれなくなったカッターボートをモーターボートで曳航中にカッターボートが転覆し、女子中学生1人が亡くなった事故です。少し長くなりますが、事故を伝える当時の新聞記事を紹介します。
「18日午後3時30分ごろ、浜松市の浜名湖で野外活動訓練中だった愛知県豊橋市立章南中学校の1年生18人と教師2人が乗ったカッターボートが転覆した。静岡県警などによると、生徒らは全員湖面に投げ出された。計8人が病院に搬送され、このうちNさん(12)(記事では実名)が死亡した。県警は詳しい事故原因を調べている」
「浜松市南部は同日正午過ぎから大雨、強風、波浪注意報が出ていた。県警は天候が悪化するなか、なぜ訓練を決行したのかについて施設関係者や学校側から事情を聴くなど、業務上過失致死などの疑いで捜査している。運輸安全委員会は19日に船舶事故調査官2人を現地に派遣する。県警などによると、ボートは全長約7㍍。訓練に参加した生徒92人を含む全員が救命胴衣を着用していたという」
「生徒らは自然体験活動として、17日から2泊3日の予定で『静岡県立三ヶ日青年の家』に滞在。18日の昼食後に生徒と教師が四隻に分かれて、ボート訓練を開始。3隻には青年の家のインストラクターが乗船したが、転覆したボートには生徒と教師しか乗っていなかったという。青年の家を所管する静岡県教育委によると、ボートに乗った教師から『生徒がひどい船酔いでオールがこげなくなった』と無線連絡が入り、岸で待機していたインストラクターがモーターボートで急行、救助のためボートをえい航し始めた後に事故が起きたという。転覆後、ボートから投げ出された生徒らはボートのふちにつかまって救助を待ったが、死亡したNさんは転覆したボートの内側に取り残されたとみられる」
「現場は東名高速三ケ日インターチェンジに近い浜名湖『佐久米海岸』から100~200㍍の地点。静岡地方気象台によると事故当時、浜松市南部は大雨、強風、波浪注意報などが出ており、同市で午後四時ごろ最大瞬間風速13・4㍍を記録した。事故当時の浜名湖は断続的な雨と風で波が高く、うねりを伴う状態だったという。青年の家によると、警報が出た場合は出航を中止するが、注意報では学校側と相談した上で出航するかどうか決めているという。また、県教委が青年の家の職員に事情を聴いたところ、出航最終的な判断は前例なども踏まえ男性(52)が行った。青年の家側は注意報発令は確認していたが、出発前に目視で3~4㍍と判断。訓練終了までは天気が大幅に悪化することはないとみて、湖上に出たという」(『日本経済新聞』電子版、2010年6月18日22時26分発信)
亡くなった生徒の両親は、豊橋市、静岡県、青年の家の指定管理者(集英社小学館プロダクション)を相手取り民事訴訟を提訴します。10年10月、各被告側と和解が成立、被告側は連帯して3400万円を支払うことで合意します。また、13年2月、静岡県警は同中の校長と青年の家所長らを業務上過失致死容疑で書類送検します。静岡地検は元所長のみを在宅起訴し、15年11月に静岡地裁で禁固1年6カ月、執行猶予3年の有罪判決が言い渡され確定します。
豊橋市は6月18日を「豊橋・学校いのちの日」と定め、章南中をはじめとする各校で、集会などさまざまな活動をおこなっています。
この事例の教訓は、人の命がかかわる野外活動で、危険性を左右する重要な要素である、天候について正確な判断ができずにいたことの問題点です。
国交省の運輸安全委員会の報告書に指摘があるので紹介します。
「気象注意報が発表された場合の訓練中止基準が指導マニュアルに規定されてなく、指導マニュアルが適切な内容となっておらず、また、天候不良時や訓練コース選定時機等に関する訓練方法についての指導マニュアル等が適切な内容となっていなかったのは、
①A社が、本件青年の家が指定管理者制に移行される際、前所長から県直営時に本件青年の家において実施されていたカッター訓練の中止基準を含む訓練方法等を継承するように申し入れられ、また、本件教育委員会からはこれらに関する申入れが何らなかったことから、1年目は県直営時に本件青年の家において実施されていた中止基準を含む訓練方法等でカッター訓練を行うようにしたこと
②A社が、安全対策についても県直営時に本件青年の家において実施されていた対策を継承すればよいと思い、カッター訓練について、安全面の検討を行わず、県直営時に本件青年の家において定められていた指導マニュアルや指導員間の申伝えを継承していたこと
によるものと考えられる。」
判断を相手に任せっぱなしにすることの危険性が指摘されているのです。この報告書を見ると、青年の家の指定管理者は、危険を伴う可能性のある野外訓練活動を実施する資質もノウハウを持ち合わせていないのです。そんなところに大切な子どもたちの命を学校は預けてしまったのでした。事故は起こるべくして起きたのです。
この事例、どこかと似ていませんか。そうです、今回の辺野古の事故です。学校が、「安全に関する判断を丸投げして他人任せにした、その結果重大な事態が起きた」、それと同じではないですか。一六年前の事故から、何を教訓としてきたのだろうか。
なお、二つの事例については、関連書籍があります。以下、紹介します。
・川添永子著『高知学芸高校上海列車事故生徒と天国へ旅立った夫へ追悼手記』(1988年6月、中央公論社)
・後藤淑子著『心の補償―高知学芸高校上海列車事故』(1993年2月、講談社)
・中田喜美子著『シルクのブラウス「高知学芸高校上海列車事故」を、知っていますか?』(2013年5月、「シルクのブラウス」を出版する会)
・岡村勲著『上海列車事故補償交渉』(2024年三月、文藝春秋企画出版部)
・Kana smile編集委員会編『学校が守るべきいのち 豊橋市立章南中学校浜名湖カッターボート転覆事故3年間の記録』(2013年5月、Kana smile編集委員会)
・奥宮芳子著、西野友章、光美(監修)『2時間30分の真実浜名湖カッターボート転覆事故からの伝言』(2021年7月、デザインエッグ社)
(元・図書館員としては、皆さんに知っていてほしい)
過去から何を学んでいたのでしょうか?
前々節と前節で、修学旅行や校外学習にあたって教育界で教訓としている二つの事例を長々と紹介しました。また、関連書籍も紹介しました。その意味は、事故を教訓として、再び同じような悲劇が起こらない手だてを徹底的に追求することを願っているからです。
これらの事例は、修学旅行や校外学習の担当となった先生方が、徹底した事前調査の重要性と安全面を前面においた主体的で適切な判断と責任の所在を認識しておくために知っておくべきものです。内容はネットで調べれば、詳細はわかります。当然、修学旅行や校外学習のプランを立てるときには、ここからの教訓を参考にしているはずです。
一方、今回の辺野古の事故を見ていくにつけ、この当然のことが実行されていなかったのではないかと思われてなりません。この学校の先生たちはいったい何をしてきたのでしょうか、第三者委員会の報告を見ても、ちっともわからないのです。
失礼な言い方になってすみませんが、先生方は「過去から何を学んでいたのか」という疑問が湧いてなりません。そもそも教育とは、人間が犯してきた過去の過ちの歴史から学び、再び同じような間違いをくり返さないようにするためのものです。“平和教育”は、特にそのことに特化されたものだと、私は思っています。
人間は、何度も同じ愚行をくり返してしまうことの多い存在です。それは、困ったことですが、私は信じています。人間は学ぶことができるのです。学ぶことで、愚行をくり返すことから脱却できます、脱却してほしいのです。
過去の過ちの歴史を見つめ、再び同じような間違いをくり返さないための手立てを考える、それが学び(学習)だと思うのです。そのための素材、情報ツールが本なのです。その本が集積している場が図書館です。図書館の価値とは愚行の再生産を止め、新たな人びとの未来を創造することに寄与することにあると、私は確信しています。
本物の平和教育は干渉に萎縮することはない
私が平和学の授業で伝える“平和の定義”は「平和とは人の未来を奪わないこと」です。そして、何よりも「命が大切」なことを学ぶのが“平和教育”だと思っています。命を軽んじてみたり、犠牲を仕方のないこととしていながら、“平和教育”を名乗られることは、私には耐えられません。
自分たちの都合の良い「平和」という概念を押し付けるのではなく、「一人一人の命を大切にする」ことが“平和教育”の原点であるべきです。とすれば、「命を大切にする」ことの意味を主体的に学ぼうとする“平和学習”が大切なのです。この学びは、いかなる圧力・干渉があっても委縮するものではありません。委縮してしまうような“平和教育”は果たして本物といえるのでしょうか?
私が何をいいたいかわかりますか。ここでは、私の口からあえて言いません。次の言葉を紹介して話を終えたいと思います。皆さん、よく考えてください。
「私は平和とは命を守ること、命とは何よりも優先されるべきものだと思います。」(2026年8月9日、被爆81周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典での被爆者代表・木村チヨ子さんによる平和への誓いより)





















