(2026年1月1日付掲載)
本紙でも何度か大きく取り上げていただきましたので、読者の皆様もご承知かと思いますが、山口大学では、2026年4月1日以降の入学者の授業料改定が決定されました。
従来は53万5800円/年であったところが、改定後は64万2960円/年と、20%の増額となります。20%というのは、文部科学省令で定めた標準額の上げ幅の上限で、上げられる限度額まで増額するということになります。今回は、この場をお借りして、私から見たこの改定の経緯と、そこから感じる危惧を述べたいと思います。
まず、2025年9月25日に、「学長メッセージ」というかたちで、2026年4月1日以降の授業料改定について「具体的に準備を進めること」とし、「10月末を目途に改定内容を決定・公表する予定」としたことが、山口大学の公式ホームページ上で「学長メッセージ」として突然表明されました。そのことに私が気づいたのは翌26日(金)で学会のため仙台に出張していた時でした。このメッセージに気づいた方がSNSに投稿しておられ、私がその投稿を偶然目にしたことで、把握したという流れです。
つまりは、私もSNSの投稿を目にするまでメッセージの存在を知りませんでした。さらに言えば、そもそもの翌年4月1日から授業料を値上げするということすら把握していなかった状況でした。一方でこの時頭にあったのは、翌週月曜日(9月29日)に予定されていた、総合型選抜の面接試験のことです。ここで受験する生徒たちは、4月1日からの授業料値上げの影響を当然直接受けるわけで、そういう状況で面接に臨むことは心理的負担が大きいのではないかと、仙台のホテルで感じていました。
山口に出張から戻った後さらに驚いたのは、授業料を値上げするという方針どころか、メッセージの存在を知らない教職員がほとんどであったことです。仙台にいた時には、私のような一般教職員には伝わっていなかっただけなのかと思っていたのですが、そうではなく、案件の内容からして把握していてしかるべき教職員まで知らされていなかった様子に驚きました。その後、私以外の学内構成員の多くも授業料値上げの方針を徐々に知り、戸惑いの輪が広がっていったことを覚えています。
運営費交付金削減のなかで
山口大学が財政的に厳しいことは事実です。あまり公に言うことでもないかもしれませんが、節約を求めるお知らせが学内のいたるところに掲示されていますし、授業や研究に使う機器や、空調設備が壊れてもなかなか修理がされません。研究費も潤沢とは言えませんし、今年度の人事院勧告準拠の給与引き上げが難しいとの話も耳にしていました。
背景には、長年続けられてきた、運営費交付金の減額等があります。要するに、大学の運営のために必要な基盤的な経費を国が削り続けたせいでこうなっていることは間違いありません。こうした状況で、大学を存続させていくためには、どこかで授業料値上げも仕方なくなる場面もくるかもしれない。私もそう考えてはいました。
したがって、今回感じた驚きや戸惑いは、そうした部分に対するものではありません。なぜ9月末に方針を発表し10月末には決定公表で、翌年4月入学者から値上げとするのか。10月末の公表時には、総合型選抜の学生は既に出願を済ませていました。総合型選抜においては、募集要項の出願資格に「合格した場合、入学を確約できる者」との文言があります。受験し合格してしまったら、入学までの道が一定程度拘束されるにもかかわらず、途中で授業料が値上げされてしまうというのは、社会通念に照らし合わせて許容できることなのでしょうか。また、10月末の公表時には、既に合格発表が終わっており、入学手続きが始まっている受験区分もありました。こうした受験生も同様で、当初想定していたものと、実際に納入を求められる授業料の額が変わってしまうことになります。そういったことが許容されるべきなのでしょうか。
以上のような問題意識を共有する教職員の有志で、授業料改定のプロセスを一旦止め、全ての関係者に説明し意見を聴取した上で、可能な限り多くの者が納得できる形での決定を導いてほしいと、大学側に要望を出しました。これが10月17日のことでした。
大学側とのやり取りをその後何度か続けてきましたが、10月30日の決定・公表に至るまで、我々の要望を真正面から受け止めた対応はいただけない状況でした。とは言え、そこで要望を終えてしまうこともできません。4月に入学してくる入学者やその保護者をはじめとして、経済的な不安や不信感を持ったままの関係者は多くいると思います。そうした不安や不信感を払拭するために、有志としては、現在(12月15日)も、学生への経済的支援の拡充と、関係する人々との開かれた対話の実現を求めている状況です。
国が高等教育機関の支援を
私が危惧しているのは、こうした山口大学の動きに、他の地方国立大学が追随するのではないかということです。首都圏の大学が授業料を上げることも許容すべきではないと考えていますが、物価水準も賃金水準も低い地方では、授業料値上げが受験生や家計負担者に及ぼす影響は、さらに大きなものとなります。本来必要なのは、受験生個々に負担増を求めるのではなく、国がより手厚く高等教育機関を支援し、その財源を日本に暮らす者皆で支え合うことです。
教育を受ける権利は、人間が幸福に生きていく上で必要となる、基礎的な権利の一つだと考えています。だからこそ、その権利を保障するセーフティネットを密に編み直し、教育を受ける権利を多くの人が享受できる社会を築いていくべきだと考えています。また、多数の人々が共に暮らしながらあるべき社会を作り上げる上で、手続き的な正当性も欠かせません。
今回の山口大学の授業料値上げは、セーフティネットを疎にしてしまうという意味でも、手続き的な正当性も保ててないという意味でも、許容できるものではなく、どうにか食い止めなければならないと考えているところです。






















桑畑教授に強く賛同します。