(2026年6月10日付掲載)

ホルムズ海峡の通過できず滞留する貨物船
イラン戦争によるホルムズ海峡の不安定化が続くなかで、世界的に原油・燃料価格が高騰し、物流や肥料・農業資材コストの上昇が食料品価格をも押し上げ、産業や暮らしを直撃している。日本では5日、中東情勢等に対応するためとして3・1兆円規模の補正予算が可決されたが、その97%は使途を定めない予備費であり、決まっている施策はガソリン価格の激変緩和措置(元売り補助)の継続、電気・ガス代の補助程度。巷では物価高倒産が過去最多ペースで増加し、ナフサ不足による中小企業の業務停滞、食料品をはじめあらゆる必需品の値上がりで生活苦は増しているが、政府にその危機感はない。一方、世界各国では新型コロナ・パンデミック時と同等あるいはそれ以上の物価高対策を実施しており、それらと比較しても日本政府の能天気ぶりと無策が際立っている。
大半が予備費の貧弱な補正予算
世界的なインフレ(物価高)は、2020年のコロナ禍以降に急速に加速し、2022年にはウクライナ戦争勃発を契機に原油や天然ガス価格が急騰し、さらに小麦やトウモロコシなどの穀物・食品原料価格も跳ね上がったことで前年比8~9%台増という歴史的ピークを迎えた。各国中央銀行による利上げ等でインフレは徐々に鈍化したものの、今年に入ってから米国とイスラエルが仕掛けたイラン戦争で再度急変。2026年初頭に1バレル=70㌦台で落ち着いていた原油価格(ブレント原油・WTI)は、1時119㌦台にまで高騰し、その後も90~100㌦超の高止まりが続いている。それにともなって天然ガス価格も50~60%以上急騰している。
また、ホルムズ海峡が世界の作物に不可欠な窒素肥料(尿素など)の重要な輸送ルートであることから肥料の価格が高騰し、バイオ燃料需要の増加も加わって穀物相場を押し上げ、2025年以降の最高値を記録した。さらにナフサ由来の包装資材の値上がりや海上輸送費上昇などで輸入食品全体の価格が跳ね上がったのも共通した特徴だ。
エネルギー、食料ともに輸入依存度が高い日本では、歴史的な円安基調、米価高騰も加わって物価上昇率が先進国(G7)で1、2位を争うレベルで上昇しており、食料は7月だけで2200品目以上、今年全体で1万~2万品目規模の大規模な値上げラッシュとなることが予想されている。総務省統計局の最新データ(4月分)によると、生鮮食品を除く消費者物価指数(2020年基準)は112・5に達しており、6年間で12・5%も上昇したことになる。
一方、ウクライナ戦争でエネルギー供給がひっ迫し、深刻なインフレを経験した欧州各国では、イラン戦争による物価高に対応し、国内の供給(生産)力と購買力を守るために大胆な経済政策に踏み切っている。
欧州各国 消費税減税や現金給付

燃料高対策として定期乗車を実質無料にしたスペイン国鉄「セルカニアス」(マドリード)
欧州のなかでも最も大胆な経済政策を打ったとされるスペインでは、2023年から時限的な食品減税に踏み切り、基本食品(パン、牛乳、卵、チーズ、果物、野菜、豆類など)の付加価値税(消費税)を4%からゼロに引き下げた。価格監視体制を敷き、導入後3カ月は減税分の9割が店頭価格の値下げにつながったとする報告が出ている。
今年に入ってからは、中東情勢の緊迫化にともなう急激な燃料価格高騰に対応して、総額50億ユーロ(約8000億円以上)規模の緊急対策パッケージを可決。まず、ガソリンや軽油、バイオ燃料、さらに家庭用・産業用の電気や天然ガスにかかる標準付加価値税率(21%)を10%へと大幅に引き下げた。これによりガソリンスタンドでの実質負担額が1㍑当り最大30㌣(約50円)程度安くなり、一般的な中型車では満タン1回当り約20ユーロ(約3400円)が節約できるとされている。
さらに、減税だけでは事業継続が困難な物流・運輸業界や農業・漁業などの分野に対しては直接支援を実施。トラック事業、農業、漁業など専門職の業務用軽油を対象に1㍑当り20㌣(約34円)の追加補助金を支給している。
また「燃料と肥料の価格上昇は食料価格に直接影響する」(スペイン経済省)として、農業者に対しては、中東情勢悪化で価格が45%以上暴騰した肥料の購入費用を補填するため、5億ユーロ(約850億円)の直接助成金を小規模農家を含むすべての登録農家に支給。資金繰り支援のため、農業・漁業向けの低利ローンプログラムを3億ユーロ(約500億円)拡充し、国が金利補助や債務保証を引き受けている。これにより欧州の他国よりも物価を低く抑え込むことに成功している。
また、燃料消費量を抑えるため自家用車から公共交通機関へのシフトを促すとして、国鉄の近郊電車「セルカニアス」や中距離区間快速電車の定期券購入者を対象に、事前に保証金(約2000~3000円)を支払えば、対象期間(4カ月間など)に「片道16回以上」乗車した場合に全額返金される仕組みを導入し、通勤や通学で利用する定期代を実質無料化した。都市部の地下鉄やトラム、バスなどでも数カ月間使える定期券を半額(14歳以下の子どもは全域で無料)に引き下げている。直近では、全国の国鉄通勤電車、中距離列車、長距離バス路線を対象に、月額60ユーロ(約1万円)で乗り放題となるパスを販売。26歳未満の若者は半額としている。
公共交通機関のサブスク化を先駆けて実施したドイツでは、ウクライナ戦争が起きた2022年以後の燃料高対策として、月額63ユーロ(約1万1500円)でパスを購入すれば、全土の地下鉄、トラム、バス、国鉄の快速・普通列車を乗り放題としている。イラン戦争による原油高への対策としては、ガソリン・軽油税の緊急減税、ガス貯蔵課税の廃止、電気税の恒久減税とともに、企業が従業員に対して物価高を補填するための手当を支給すれば、最大1000ユーロ(約18万3000円)まで「所得税・社会保険料を完全に免除(非課税)」とする時限措置を導入した。
イギリスでは、所得税に近い性質を持つ国民保険料の税率を12%から8%へと段階的に引き下げ、一部は2%にまで下げて購買力の維持を図っている。急激なインフレ下にあった2022年~2024年までは、低所得世帯や年金受給者向け(約800万世帯以上)に生活費支援給付金として、1世帯当り最大で年間650~900㍀(約14万~19万円)が分割支給された。さらに2022年10月~2023年3月までの半年間、国内すべての電力契約口座(約2800万世帯)に対して毎月の電気代から約67㍀(約1万4000円)が値引きされた。
隣接する英自治領ジャージーでは、今年7月に「地域生活費ボーナス」として、所得税負担が一定以下の低・中所得世帯に対して現金516㍀(約10万3000円)を直接支給する。
数年前に全土を揺るがす燃料税引き上げ抗議デモ(黄色いベスト運動)が起きたフランスでは、運輸業者、農家、漁業者などの中小企業を対象に燃料補助金として燃料1㍑当り0・2ユーロ(約37円)の支給を実施している。またドイツと同じく、企業が従業員に最大1000ユーロ(約18万6000円)の「インフレ特別ボーナス」を支給した場合、それにかかる税金と社会保険料をゼロとする制度を導入。インフレの深刻化にともなって、非課税枠を最大3000ユーロ(約56万円)、労使合意や利益分配制度がある企業では最大6000ユーロ(約111万円)へと非課税枠が大幅に引き上げられ、社会保険料や税負担で苦しむ中小企業、従業員ともに手取りが増えるため現在もその措置が継続されている。
また、原油高対策としては、原油高が直接影響する企業が黒字でありながら 「燃料代支払い」 による現金不足で倒産することを防ぐため、中小・零細企業向けに最大5万ユーロ(約850万円)の超低金利(または無利子)融資を設けている。家庭向けには、共働きでも平均所得以下などの世帯(約450万世帯)に、年最大277ユーロ(約5万円)の 「エネルギー小切手」 を支給している。
欧州諸国(ユーロ圏)には独自の通貨発行権がなく、欧州委員会(EU)から財政赤字や政府債務の抑制などの厳しい締め付けがありながら、国内支援はコロナ禍よりも拡充されている例が多く、日本と比べても手厚い直接支援をおこなっていることがわかる。

アイルランドでは「農家なくして食料なし」と農民たちが燃料高騰に抗議して大規模な車両デモをおこない、主要道路を封鎖した(4月)
カナダでは4人家族に21万円支給
コロナ禍以降、世界100カ国以上の国と地域が経済支援や物価高対策(時限措置)として付加価値税(消費税)を減税しており、品目の違いはあるが、ドイツ(19%→16%→5%)、イギリス(20%→5%)、オーストラリア(10%→5%)、コロンビア(8%→免税)、マレーシア(6%→ゼロ)など枚挙にいとまがない。タイ、ベトナム、ブルガリア、ギリシャ、ポーランド、アイスランド、韓国などでは、コロナ禍が収束を迎えた2022年から現在に至るまで付加価値税の引き下げを継続している。
国際情勢を要因に燃料高やインフレが長期化するなかで、直接給付の形をとる国も少なくない。
カナダでは、インフレ対策として「食料品・生活必需品給付」制度を導入し、低・中所得層の世帯(人口の3割)を対象に今後5年間、単身者なら最大950カナダ㌦(約10万8000円)、子ども2人以上の4人家族なら最大1890カナダ㌦(約21万6000円)が年4回に分けて支給される。確定申告の情報からカナダ歳入庁が対象者を自動判別するため、受給者は手続きを一切せずに銀行口座へ直接振り込まれる仕組みだ。
資源国でありながら記録的インフレと家賃高騰が進行するオーストラリアも、インフレの直撃を受ける給与所得者(低・中所得層)への生活費支援として200~300豪㌦(約2万~3万円)を直接支給する。そのほか、民間賃貸住宅に住む低所得者層への補助として隔週で最大2万5000円相当の補助がそれぞれの口座に直接給付されている。政府と電力会社のシステムを連携させて、一般家庭の電気契約口座に対して、年間で最大1500豪㌦(約15万円)規模の生活支援・エネルギー補助を重層的に適用し、現金給付をおこなっている。
シンガポールでは、デジタルクーポン(半分は地域内の個人商店や屋台での使用に限定)の形式で、今年1月に1世帯当り300シンガポール㌦(約3万4500円)が全国民に支給され、6月には追加で500シンガポール㌦(約5万7000円)が支給されている。
また、9月には21歳以上の全国民(240万人)を対象に、所得に応じて400~600シンガポール㌦(約4万6000円~6万9000円)の現金が銀行口座に直接振り込まれる。首相は「1回きりの政策ではなく、物価圧迫が続く限り続ける」と明言しており、中東情勢や物価の変動に合わせて柔軟に対応する姿勢を見せている。
韓国では3月に補正予算(約2・8兆円)を編成し、国内で所得下位70%以下の全世帯を対象に、1人当り10万~60万㌆(約1万1000円~6万6000円)の「高油価被害支援金」を支給することを決めた。エネルギー高の負担が大きい地方を支えるため、居住地域によって金額に差をつけているのが特徴で、首都圏居住者は10万㌆、非首都圏地域や人口減少地域には最大25万~60万㌆まで増額して支給する。貯蓄に回るのを防ぐため、使い切り型のデジタル通貨やポイントでの発行となる。
また、原油・ナフサ(粗製ガソリン)の供給不足に対して、韓国政府は5兆㌆(約5500億円)の予算を充て、「ナフサ需給安定化支援事業」(6744億㌆=約740億円)では、中東以外(ギリシャ、アルジェリア、米国など)へ調達網を多角化する企業に対し、それ以前の価格との差額の50%を政府が直接補助する。代替原料の液化ガスやコンデンセート、基礎化学品のエチレンやプロピレンの調達コストにも対象を拡大し、半減していたナフサ分解施設の稼働率を65~70%水準に回復させている。
支援乏しい日本 実態はコロナ禍以上に深刻

燃料から食料品まで値上げラッシュとなり、家計を圧迫している
各国が国民や事業者への直接支援を拡充するなかで、日本政府がおこなった物価高対策は、燃料価格の激変緩和措置(元売り補助)と一部に対象を絞った限定的な現金給付の2点だけだ。先日可決された補正予算は総額3・1兆円規模だが、そのほとんどすべてが使途を限定しない予備費であり、5000億円は一般予備費の積み増しでしかない。予備費とは、災害や経済危機など予測困難な事態に備えて計上しておく緊急用財源であり、国会の審議を経ずに閣議決定で支出できるものだ。元々は数千億円規模だったものがコロナ禍を経て数兆円に膨れ上がり、額面だけ見ると予算を付けているように見えるが、支出目的が決定していないため毎年度相当額を積み残している。
予備費で想定されている中東情勢対応策としては、ガソリン価格を「170円程度」に抑えるために3月半ばから再開した「緊急的激変緩和措置」(石油元売り企業への補助金)を継続・維持するというもので、消費者への直接支援ではない。あとは、夏場の7~9月分に限って、家庭の電気代を1㌔㍗当り3・5~4・5円、ガス代を1立方㍍当り14~18円ほど補助するというものだ。
ガソリン価格を下げるなら、暫定税率だけでなく、小売価格の3割を占めるガソリン税をゼロにすれば30円は下がるが、政府は検討すらしておらず、ガソリン補助も期間を早々に打ち切ることが論議されている。また、物価高騰支援給付金として、住民税非課税世帯などの低所得者層を対象に1世帯当り3万円を給付。子育て世帯には上乗せとして、18歳以下の子ども1人につき2万円(ともに1回限り)が支給されただけだ。
現在進行している自治体ごとの物価高対策給付(国の地方創生臨時交付金)も1人当り5000円程度など低額であり、今後おこなう予定だという「給付付き税額控除」もしくは「一律給付」も、1人当り4万円などと議論されているが、掛け声だけで確たるものは決まっていない。
高市首相が総裁選時から声高に叫んでいた消費税減税も、当初は「食料品ゼロ」だったものが、「2年間限定で1%」へとズルズル後退し、実施時期は「早くても来年4月以降」と引き延ばし、選挙用の鼻先ニンジンとしてぶら下げるだけの可能性すらある。
ホルムズ海峡情勢の悪化にともなう原油やナフサの供給不足の煽りも受けて、4月の物価高倒産は108件と過去最高を記録し、過去最高だった昨年の年間件数(949件)を更新(5年連続)するハイペースで推移している。
諸外国のインフレが人手不足から人件費が上昇し、需要が拡大することでさらに物価が上昇するというサイクルであるのに対して、日本は輸入品依存と円安による物価高(コストプッシュ型)が先行したため、国民所得は上がらない(実質賃金は4年連続でマイナス)にもかかわらず諸物価だけが上がり続け、世界でも突出して高い社会保険料や税負担なども加わって国民の実質的負担は増すばかりとなっている。
世界情勢の悪化と原材料の供給停滞という個人レベルでは対応不能な災害級の苦境が襲っているにもかかわらず、国の中小企業支援策は皆無に等しく、現場ではナフサ不足で仕事が止まったり、ポテトチップスの袋が白黒になっても、政府は「総量は足りている」といい張り、企業や業界に対して「不安を煽るな」と圧力がけに終始している。
だが、生活や事業者の実感はコロナ禍のピーク時よりも厳しい。企業倒産数だけ見ても直近の2025年は1万件超(2年連続)となり、コロナ禍に入った2020年(7809件)の1・5倍近くまで増加している。コロナ禍でおこなわれた持続化給付金、無利子・無担保(ゼロゼロ融資)もおこなわれず、とくに地方では建設から自動車整備に至るまで多くの企業が淘汰の危機にさらされており、「このままでは7月以降、バタバタ行くのではないか」「なぜ国は動かないのか」と深刻さをもって語られている。
トランプの顔色をうかがう高市政府には、「日本とは個別交渉をする用意がある」として出光丸のホルムズ海峡通過を許可したイランと直接交渉をする気配も見られないが、その外交的無策によって苦しむ国民を救うための施策もない。国旗毀損罪云々の前に、国民生活、国の供給(生産)力を毀損する方がはるかに重罪であることはいうまでもなく、国民を欺く大本営発表をやめさせ、全国民の要求として「国は国民の生活を守れ」の声を突きつけることが急務となっている。





















