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自衛隊の中東派遣見直しを 現代イスラム研究センター理事長・宮田律氏が発信

 アメリカがイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害したことが引き金になって、第三次世界大戦に発展しかねないきわめて緊張した情勢があらわれ、安倍政府による自衛隊中東派遣の中止を求める世論が高まっている。この中東をめぐる情勢をどう見るかについて、現代イスラム研究センター理事長の宮田律氏が自身のフェイスブックで発信している。大手メディアが伝えない重要な内容を含んでいるため、その内容を本人の承諾を得たうえで紹介する。日付は配信日。

 

◇ ◇

 

◇標的殺害は許されない―トランプの戦争犯罪(1月3日)

 

イラク政府が発表した写真には、空爆で燃える車両が映っている。(3日、バグダッド)

 米国のトランプ大統領は、イラン革命防衛隊の精鋭部隊「クッズ(エルサレム)部隊」のガセム・ソレイマニ(ガーセム・ソレイマーニー)司令官を殺害することを命じた。ソレイマニ司令官は、イラクやシリアでIS(「イスラム国」)との戦いに「功績」があった人物で、米国は実質上の同盟勢力の司令官を殺害したことになる。3日未明、イラク・バグダッドの国際空港でロケット弾攻撃によって同司令官は殺害されたが、この殺害がイラクの主権を侵害し、裁判も経ないでおこなわれた超法規的措置であることはいうまでもなく、国際法の観点からも許容されない。トランプ大統領はソレイマニ司令官のことを「テロリスト」と形容するが、「テロリスト」は標的殺害をおこなうトランプ大統領の方だ。


 この殺害で米国はイランとの軍事的緊張を高めることになったが、トランプ大統領のウクライナ疑惑をめぐって米上院で弾劾裁判が始まる直前だった。トランプ大統領には国民の目を対外的危機に転じさせようとした意図もあるに違いない。トランプ版の『ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ』である。このアメリカ映画(1997年)は、大統領選挙期間中に明るみになった大統領のセックス・スキャンダルから国民の目をそらすために、架空の敵国アルバニアが選ばれ、アルバニアの悪辣なイメージを強調するために非道なアルバニアというイメージがねつ造され、戦争の正当性を喧伝するというコメディーだった。


 イランが何らかの軍事的報復をおこなっていくことは明らかで、トランプ大統領のイラン政策は、イラン核合意から離脱したことと合わせて中東を平和や安定に導くものではまったくなく、愚かしいといわざるを得ない。イランは報復としてイラク国内のシーア派勢力に、駐イラク米国大使館を襲撃させたり、イラク駐留米軍を攻撃させることを考えたりするだろう。


 米国は、ソレイマニ司令官とともに、イラクの人民動員隊のアブー・マフディ・ムハンデス副司令官も殺害したが、ムハンデス副司令官は民兵組織の指導者だけでなく、国会では四八人の議員が所属する政治連合の「アル・ファタハ」を率いていた。イラク議会が主権を侵害した米軍のイラクからの追放を決議する可能性もある。


 トランプ大統領は国連安保理でも追認された核合意から離脱し、国連決議を経ない制裁強化をイランに科している。後先を考えないトランプ大統領のイラン政策が中東を米国自身も制御できない状態に置くことになっている。日本には、不合理な緊張をつくるトランプ政権の軍事行動に加担しないことが求められ、米国とイランの緊張の高まりを受けて自衛隊の中東派遣も見直したらどうだろう。

 

◇イスラム・シーア派 ―トランプとの闘争(1月4日)

 

イラク・カルバーラ(4日)

 3日、イギリス労働党のジェレミー・コービン党首は、米国によるソレイマニ司令官の「暗殺」は、世界に影響を及ぼす極めて深刻で、危険な紛争をエスカレートさせるものであり、イギリス政府は米国、イラン双方に自重を求め、米国の好戦的行動とレトリックを拒絶すべきであると説いた。


 米国の同盟国であるイギリスでもソレイマニ司令官の殺害が「暗殺」と受け止められているのは、当然といえば当然である。ソレイマニ司令官は、米国に例えていえば、統合参謀本部議長にも相当するような人物で、イランが激怒してもまったく不思議ではない。


 トランプ政権のイラン制裁強化は、イランを核兵器保有から遠ざけるどころか、イランには核エネルギー開発を再開する動きもあり、またイランを米国のライバルであるロシアや中国に接近させ、さらにイラン国内の強硬派の立場を強化するものだ。ソレイマニ司令官の殺害は、イラクの米国や米軍施設の安全を損ねることになり、米国の国益を守ることにはまるでならない。また、ソレイマニ司令官の殺害は、米国の国際社会における影響力を低下させ、米国の内外で暮らす米国人の安全を高めることにもならない。


 オサマ・ビンラディン、ムアンマル・カダフィ、サダム・フセインを殺害したことが米国の安全保障上の問題を解決したことはなかった。かえって暴力と紛争が中東地域を席巻していった。米国はソレイマニ司令官がイラクで米国に対する大規模な攻撃を計画していたと主張するが、しかし司令官は民間航空機でイラクを訪問し、バグダッドの空港ではパスポート・コントロールも受けた。


 12月にイランと関係が深いイラクの民兵組織がロケット攻撃で米国の民間人1人を殺害したが、それがイランの指示を受けたものであるという証拠はなにもない。トランプ政権はこれに空爆で応じ、25人の犠牲者を出すと、親イランのデモはバグダッドの米大使館を襲撃した。


 ソレイマニ司令官の暗殺はイランのナショナリズムや、シーア派の宗教感情にも火をつけることになった。イラン、イラク、パキスタン、インドではシーア派住民たちによる反米デモが発生するようになり、「米国に死を! イスラエルに死を!」が唱えられるようになった。シーア派には預言者ムハンマドの孫で、シーア派の第三代イマーム(シーア派が考える預言者の後継的指導者)のイマーム・フサインが現在のイラクのカルバラーでウマイヤ朝軍に殺害されたという殉教の精神が強くしみ込んでいる。フサインの殉教は「闇と悪」に対する戦いであり、これを現在に置き換えれば、トランプ政権の米国はシーア派の人人にとって「闇と悪」である。

 

◇イラクでいよいよ高まる反米の潮流(1月5日)

 

イラクでのソレイマニ司令官の葬儀(4日、バグダッド)

 イラクでは4日、米国のドローン攻撃によって殺害されたイラン革命防衛隊のガーセム・ソレイマニ司令官と、イラク人民動員隊のムハンデス副司令官の葬儀がおこなわれた。イラクのアーディル・アブドゥルマフディー首相、ヌーリー・アル・マリキー前首相などイラク政府高官たちをはじめ、葬列には10万人が参加したという見積もりもあるほどで、イラク人の間には主権が無視され、イラク同胞、シーア派同胞が殺害されたことに対する憤りや反発がいやがうえにも高まった。


 イラク人民動員隊は、2014年6月にISがモスルを支配すると、危機感を覚えたイラク政府が、イランの支援を受けておよそ40の武装集団を集めて創設した民兵組織で、イラク政府軍と連携して活動をおこない、イラク政府が民兵たちの俸給も支払っている。人民動員隊は準軍事組織で、シーア派だけでなく、ISから迫害を受けたスンニ派、クルド人、ヤジディ教徒、クリスチャンたちからも構成され、15万人の兵力がある。その副司令官を殺害されたのだからイラク人の間で反米感情が高まるのは無理がない。


 イラクでは、2003年に開始されたイラク戦争、また8年半に及ぶ外国軍の駐留によって、反米感情が募り、2016年4月に明らかにされた世論調査では、93%のイラク人が米国を「敵」と考えている。今回の攻撃についても、米国はイラク政府と事前に協議したり通告したりすることなく、イスラエル、サウジアラビア、UAE(アラブ首長国連邦)と諮って実行した。4日の葬儀では、イランで革命以来聞かれていたスローガン「アメリカに死を! イスラエルに死を!」が大勢の人人によって唱えられ、普段はナショナリスティックなイラク人の間でもイラン国旗が振られる様子もあり、イランとの連帯が強調された。


 司令官たちの遺体はイラク・バグダッド郊外のカーズィマイン廟に横たえられたが、ここにはシーア派第七代、第九代のイマーム(シーア派で預言者ムハンマドの後継者と考える最高指導者で、ムハンマドの血筋を引く者)の墓がある。さらに遺体は、シーア派の聖地カルバラーに運ばれて、イラク・シーア派の最高指導者アリー・シスターニ(スィースターニー)師の息子の出迎えを受けた。これは、シスターニ師もまた米国トランプ政権の措置に反発していることを表わすものだ。


 イラクには兵力5000人の米軍が活動し、ISとの戦闘のためにイラク軍を訓練するというのが駐留理由になっているが、ソレイマニ司令官を殺害したことは、米国がイラクの利益よりも、イラン対策としてイラクを利用している姿勢があらためて明らかになった。米兵たちへの危険も高まったことは間違いないだろう。

 

イラクの首都バグダッドでの葬列(4日)

◇歴史に無知な大統領によるイラン文化財の破壊は許容できない(1月7日)

 

 トランプ米大統領は、イランとの緊張を受けてイランの文化財を攻撃することも辞さないという考えを明らかにした。「国連教育科学文化機関(UNESCO、ユネスコ)」は6日、米国もイランも調印する、文化・自然遺産を意図的に害することを禁ずる国際条約を順守すべきだという考えを明らかにした。


 トランプ大統領は文化財の歴史的価値も理解していないことだろう。今年7月4日、米国の独立記念日におけるリンカーン記念堂でのスピーチで、ジョージ・ワシントンと独立戦争に触れながら、「大陸軍(Continental Army)」(独立戦争で、合衆国となった13の植民地から編成された軍隊)は、イギリスから空軍基地を奪取し、制空権を掌握したと語った。合衆国の独立は1776年、ライト兄弟が有人動力飛行に成功したのは1903年だから驚愕の発言である。トランプ大統領はなぜ2つの中国があり、朝鮮半島が分断されたという歴史的背景も知らないとも言われている。トランプ大統領は、とにかく読書をせず、書かれた文字を読むのが苦手のようだ。(「アトランティック」18年1月5日の記事)

 

イラン・イスファハーンのイマームモスク

 アケメネス朝、サーサーン(ササン)朝、サファヴィー朝の歴史も知らないに違いない。イランには22の世界文化遺産、また2つの世界自然遺産がある。文化遺産の数では米国の倍の数がある。


 世界遺産の認定を行う国連教育科学文化機関(ユネスコ)の憲章前文には「戦争は人の心が起こすものだから、人の心に平和の砦を築かなければならない」とある。世界遺産は平和のシンボルであり、また戦争の歴史への反省を世界にアピールするものだ。


 イランのアケメネス朝は、紀元前559年から紀元前330年まで継続した王朝で、その支配は寛容なものだった。キュロス大王、ダリウス大王の治世時代には征服した土地の人々がその宗教、習慣、商慣習を維持することを許し、また地方自治も行わせることもあった。世界遺産のペルセポリスは、アケメネス朝の神殿、宮殿、葬祭殿があったところで、国の栄華を今に伝えている。


 イランのイスファハーンは、サファヴィー朝(1501~1736年)時代に「世界の半分」とも称されるほどの繁栄を謳歌したが、イスファハーンが繁栄した様子は、現在でもかいま見ることができる。縦が50メートル、また横が300メートルの「イマーム(シャー)の広場」を中心にモスク、バザール、宮殿、また神学校が建築された。「イマームの広場」の南には「イマーム(シャー)のモスク」が、また東にはシャイフ・ロトフォッラー・モスク、北にはカイサリーヤ・バザール、さらに西にはアーリー・カープー宮殿が接している。「イマームの広場」は、現在その大部分が池からなっており、夏にはその池から水を放出する噴水が、周囲に涼感を与えている。


 トランプ大統領の発言はユネスコの平和の精神をも踏みにじり、また彼にはイランだけでなく、人類が共有する文化遺産への敬意が微塵も感じられない。

 

イマームの広場(イスファハーン

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この記事へのコメント

  1. 山岸信夫 says:

    貴重なご意見、今後とも何とか、お続けください。

    日本のほとんどのメディアが「真実とは、無縁な体質」なので、
    感謝いたします。

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