いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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石垣島現地ルポ 自衛隊配備の最前線に立たされる南の島から

陸自基地予定地(奥)周辺のパイン畑に立つ基地建設反対の立て看板

 福岡から約860 ㌔離れた沖縄本島からさらに420 ㌔南西の南海に浮かぶ八重山列島――その中心に石垣島がある。国境線をはさんで東方200 ㌔先には台湾、500㌔先には中国大陸を臨む位置にあるため「国境の島」といわれる。現在この八重山列島を含む南西諸島一帯では、陸上自衛隊のミサイル部隊や警備隊の配備計画が急ピッチで進行している。いわゆる「自衛隊の南西シフト」といわれ、「緊張高まる中国や北朝鮮の脅威から領海、領土を守る」「南西地域の島嶼部の部隊の態勢を強化する」(防衛省)という名目だ。だが「国防の要衝」「国の専権事項」といわれ、既成事実のように進む自衛隊基地の建設は、独自の歴史を持ち、さまざまな困難を乗りこえて平和な生活環境を築いてきた島の人々の暮らしや運命を左右する重大な問題をはらんでおり、地元ではその是非を巡って激しい攻防がくり広げられている。国境の島々で今なにが起きているのか――本紙は石垣島に飛び、現地を取材した。リポートを連載する。(4回分の連載を再構成)

 

豊かな農地に配備計画 移住者も増えるなか

 

 那覇空港から飛行機に乗って約1時間で降り立った石垣島は、3月半ばでありながら気温は25度をこえ、汗ばむ陽気に包まれていた。本土から訪れた観光客たちは空港を出たとたん着込んでいた上着を脱ぎ、南国の空気に心を躍らせながらビーチや離島などそれぞれの目的地を目指して散らばっていく。現在は新型コロナ騒動で減っているものの、近年は日本国内をはじめアジア圏や欧米など海外からの観光客が増加し、年間140万人前後が訪れる県内屈指の観光地でもある。


 約4万900人が暮らす石垣島は、沖縄県内の離島のなかでは人口が宮古島に次いで多く、面積も西表島の次に広い。島南部にある石垣港を中心に東西に市街地が広がり、市役所、学校、住宅地、観光客で賑わう商業施設などが密集しているが、市街地から約2、3㌔ほど北に進むと風景はガラリと変わる。


 島の中心部には沖縄県内最高峰の於茂登岳(標高526㍍)がそびえ、その山麓には広大な農村地帯が広がる。そこはサトウキビ、パイナップル、マンゴー、花卉をはじめとする果物や野菜の栽培、「石垣牛」の肥育など、県内有数の農業生産地であり、涼しい風が草木の葉を揺らし、鳥のさえずりしか聞こえない自然豊かでのどかな日常がある。豊かな自然環境に由来して野鳥の生息数も多く、独自の進化を遂げた固有種や特別天然記念物のカンムリワシが生息する数少ない地域でもある。

 

ミサイル部隊の駐屯予定地(中央やや右)は、於茂登岳(左奥)の山裾に広がる農村地帯にある

 石垣の地に突然降って湧いた陸上自衛隊ミサイル部隊の配備計画は、この於茂登岳山麓に広がる農村地域を望む丘陵を予定候補地としてはじまった。予定候補地は「平得大俣(ひらえおおまた)地区」と呼ばれ、周辺の開南、嵩田(たけだ)、於茂登(おもと)、川原の4地区にはおよそ120世帯が暮らし、その多くが農業者だ。この地元住民を含む市民への打診もないまま水面下で現地調査を進めていた防衛省は2015年11月、石垣市に対して陸自配備を正式に要請し、それまで住民に隠すように計画の存在を否定し続けてきた中山義隆市長と歩調を合わせて矢継ぎ早に手続きを開始した。

 

 この陸自配備計画は、国が南西諸島全体で同時に進行させてきたものだ。沖縄本島での米軍新基地建設に加え、奄美大島(人口6万人)に600人規模の警備部隊と地対艦・地対空ミサイル部隊、移動警備隊を配備し、宮古島(5万4000人)には800人規模の警備・ミサイル部隊と地下指揮所(司令部)を配備する。与那国島(1700人)には200人規模の監視部隊と移動警戒隊の配備が完了している。そして、石垣島には600人の警備部隊、移動型の地対空・地対艦ミサイル部隊を置くという大規模なものだ。「南西諸島は“琉球弧”とも呼ばれ、中国大陸に向かって弓のように連なった島々は中国の東岸をとり囲む軍艦のようにも見える。米軍が対中国の最前線基地としてこの島々に目をつけ、自衛隊がその拠点づくりを担っている関係ではないか」(地元住民)と語られる。


 全国的にみても、馬毛島の米軍FCLP(離発着訓練)基地、佐世保の水陸機動団配備、佐賀空港へのオスプレイ配備計画、山口県萩や秋田へのイージス・アショア配備計画とも連動しており、日本列島を対中国戦争における「不沈空母」と見立てた軍事要塞化の一環でもある。


 石垣島は、沖縄本島とは違い第二次大戦中の1年あまりしか軍隊が駐屯したことはなく、戦後は米軍も自衛隊も一度も駐屯したことのない非武装地帯だった。そこでは「国境の島」であるからこその近隣国や他民族との友好と調和の歴史があり、戦後75年間にわたって平和と自治精神に満ちた独自の文化に根ざした暮らしが育まれ、その穏やかで優しい環境に惹かれた多くの移住者を呼び込んできた。その平和の島を防衛省は「防衛の空白地帯」と問題視し、ミサイル発射基地を配備することで「攻撃に対する抑止力を高め、災害時の自衛隊による被災者救援などにより迅速に対処し、住民の安心・安全の確保に資する」と主張する。だがそれは、有事の際には真っ先に敵対国の攻撃目標になることを意味する。


 ミサイル部隊とは無縁の「災害対応」などと偽装しながら乗り込み、いまや島民の圧倒的な民意をもないがしろにして民主的な市政運営すらも強権で押しつぶす前時代的な計画が進行していることは全国的にはほとんど知られていない。

 

民意顧みず進める防衛省と市長 住民投票請求も無視

 

石垣名産のパイナップルに肥料を撒く農家。背後の山林が自衛隊基地建設予定地(石垣市開南地区)

 予定地の敷地は民有地の他に多くの市有地を含むが、周辺4地区は今も「断固反対」の態度を貫いており、防衛省はまともな地元説明をおこなっていない。2016年12月末に中山市長が突然「受け入れ」を表明して以降、これまでに集まった配備計画反対署名は1万5000筆以上となり、昨年、民意を問うために若者たちを中心にとりくんだ「石垣市平得大俣への陸上自衛隊配備計画の賛否を問う住民投票」の請求署名(市内有権者の4分の1以上で有効)も、わずか1カ月で有権者の約4割に及ぶ1万4263筆が集まった。だが、防衛省の指示を仰ぐ市長はそれらの圧倒的な市民の声を一顧だにせず、住民投票の実施も拒否し、昨年3月ついに買収済みのわずかな民有地(ゴルフ場)から工事着工に踏み切った。現場には十数台の重機が運び込まれ、地中から出てくる巨岩を砕く音が響き渡り、静かな農村地帯はにわかに騒々しさを増した。


 さらに今年3月2日の市議会では、予定地にかかる広大な市有地の売却を賛成11(自民会派、維新系会派)、反対9(革新系、無所属)、退席1(公明)で可決し、市は3月中にも売却手続きに入る予定だという。市民の頭越しで市全体の命運を左右する計画を容認し、公有財産を売り渡す市当局の動きに、市民の中では「もはやリコールしかない」との声が高まっている。


 計画地に近い嵩田地区の前公民館長(自治会長)の男性農業者は、「5年前、私たちは新聞報道で自衛隊配備計画を知って驚いた。私たちにとっては寝耳に水だったが、すでに市長も容認姿勢であり、与党多数の市議会でも配備賛成の決議をあげる動きもあった。すぐに周辺3地区の公民館長が集まり、“地元の頭越しでの計画進行はあり得ない。地元合意が前提である”という記者会見を開いた。そして各区で臨時総会を開いて反対を決議した。とくに於茂登地区は、戦後、沖縄本島で嘉手納基地を建設するために土地を接収されてこの地に移住し、荒れ地を開墾してきた人たちも多く、子や孫の世代もみなその苦労を知っている。臨時総会では“単なる反対ではダメだ。断固反対でなければいけない”となり、防衛局の説明会には会場も貸さないし、既成事実を積み上げるための説明会には参加しないということを決めた。計画ありきの防衛省主導の説明会では条件闘争にしかならない。説明をしたいのなら計画をまず白紙に戻してからだというのが総意であり、その思いは今も変わっていない」と語気を強めて語る。


 この地ははじめから豊かな農地だったわけではない。戦後、沖縄への恒久的な米軍基地建設が進むなかで家屋敷や田畑を米軍用地として接収されたり、農地面積が少なくなるなかで耕作地を求めた農家の次男、三男が入植者として計画的に移住し、鬱蒼としたジャングル地帯を開拓して長年の苦労のなかで肥沃な土壌をつくりあげてきた。


 石垣島では、沖縄本島のように本格的な戦場にはならなかったものの、日本軍の疎開命令によってマラリアで5000人もの住民たちが命を落とし、戦後は労働力不足にあった。そこに入植した人たちは生い茂る草木を手作業で伐採し、岩をとり除き、やせた土地にサツマイモを植えて食料を確保し、マラリアによる犠牲に耐えながら未来を信じて努力してきた。「だからこそ現在がある」と、その苦労を多くの住民が誇りを込めて語る。


 開南地区の農業者の男性は「石垣島は国内におけるパイナップルやマンゴー栽培の発祥地といわれ、今では石垣ブランドとして知名度も上がり、農業収入に占める割合も高い。これは台湾から移住してきた人たちが最初に持ち込んだといわれ、そのように石垣島の暮らしは近隣国の人たちとも調和しながら発展してきた。今は石垣牛もブームになり、過去最高の値がつくようになった。通常の野菜栽培だけでは輸送コストに見合わないが、単価が高いためやっていける。今は若い人たちが帰ってきて後を継ぎ、新しい品種の開発など精力的にとりくんでいる。石垣は国の補助金に頼っていかなければ成り立たないような島ではないし、ミサイル基地を皮切りにして島全体を軍事利用することは石垣島独自の産業を衰退させるものだ」と怒りを込めて話した。

 

サトウキビの収穫作業。ハーベスターで何㌧も裁断してトラックで製糖工場に運ぶ(石垣市開南地区)

 於茂登地区の公民館長でマンゴー農家の男性は「自分の親も含めて第一世代の親たちはもともと保守系の考えの人が多いが、この自衛隊配備には絶対反対の意志をくり返し語っている。本島でも土地を基地にとられ、なぜまたここでも土地を基地にとられるのか。現在コロナ騒ぎで中国からモノや人が入ってこないだけで日本経済全体がガタガタになるほど中国や台湾と密接に関連しているのに、お互いにミサイルを撃ち合うようなバカげたことをやるのではなく、お互いを尊重して協力し合うのがこれからの外交のあり方だと思う。石垣は観光産業によるところも大きいが、かつての侵略軍を想起させるような軍事車両や迷彩服で武装した人たちが歩き回るような島に“また来よう”となるだろうか。本土からの観光客や移住者も平和的で静かな島だからこそ訪れるのであって、誰が考えてもマイナス効果しかない。そもそも中国本土は東京よりも至近距離にあるのにミサイルの迎撃などできるはずもなく、むしろ米軍主導で中国を包囲するための攻撃基地にされる。自衛隊が米軍の手足に使われているのは明白で、米軍でないから安心など誰も思わない。むしろ住民の生活は軍事施設を守るための“盾”にされ、常に脅威に晒される危ない島になってしまうのではないか」と危惧を語った。

 

環境アセスもせぬまま着工 水源への影響を危惧

 

於茂登岳からの水が流れる宮良川

 また、配備予定地を望む於茂登岳は、地下水を平地に供給する豊かな水源を持っている。雨水が山の表面を流れ落ちて地下をつたってあちこちで湧き出し、市内中心部を流れる宮良川に注ぎ込み、その下流の河畔に群生するマングローブ林は国の天然記念物に指定されている。


 40年ほど前、石垣島をはじめとする八重山列島は半年近くも雨が降らない深刻な干ばつに見舞われ、この地下水が農業や人々の生活にとって「命の水」となった。現在はダムが造られているものの、その水がpHの低い軟水であるため水道管が腐食しやすい事情もあり、飲料用水には約2割ほど地下水が混ぜられている。自衛隊の配備計画では、地下水が湧き出る敷地内に弾薬庫をつくる計画もあり、化学薬品の使用や土木作業でこの水が汚染されることや、山麓に掘る巨大なトンネルで水脈が絶たれることが危惧されている。


 沖縄県は「20㌶以上の事業」に環境影響評価(環境アセスメント)の実施を義務づけた新条例を昨年4月に施行したが、防衛省はこの条例の適用から逃れるため、昨年3月のうちに、全体の計画地(46㌶)のうち約0・5㌶のゴルフ場敷地内から造成工事に着手し、環境影響評価をおこなっていない。そのため将来、市民が飲む水や農業用水に影響があっても、その変化や原因を検証することさえできないため「防衛といいながら市民を守る気がまったくない」と語られている。


 さらに住民たちによると、防衛省が真っ先に買収したゴルフ場(ジュマール楽園)は、宗教団体「幸福の科学」の会員である自民党会派の市議が運営していたもので、反対世論の根強い地域にあって民有地や市有地の買収手続きが難航するなか、アセス逃れのための「抜け穴」として防衛省に提供されている。中山市長自身も首長選挙では珍しく「幸福実現党」の推薦を受けるなど、背後に宗教的な人脈が見え隠れしている。大々的に報じられた「工事着工」は、住民の意志が崩れたわけでも、合意形成が進んだわけでもなく、防衛省や宗教団体などの東京司令部と直結した人物の手で動いており、穏やかで人のいい石垣の人々を出し抜くような詐欺師的な手法が目立っている。


 また、住民が集めた1万4000筆余の住民投票請求に関しても、石垣市の自治基本条例(平成22年4月1日施行)は、第二八条に「(市内有権者の)総数の四分の一以上の者の連署をもって、その代表者から市長に対して住民投票の実施を請求することができる」(第一項)とし、「市長は、第一項の規定による請求があったときは、所定の手続を経て、住民投票を実施しなければならない」(第四項)と定めている。ところが中山市長は「議会が否決した」との理由で住民投票の実施を拒否しており、市民有志でつくる「住民投票を求める会」は今年2月、那覇地裁に条例に則って市長に住民投票実施を義務づける訴訟を起こしている。


 市民の間では「推進する市長や議員は“自衛隊に賛成か、反対か”というイデオロギーで分断し、“国防には従うのが当たり前”という主張で住民の側をまったく見ようとしない。だが、石垣市での計画の進め方はそれ以前の問題だ。国が“守る”という対象は第一に石垣市民ではないのか。有権者の4割もの署名が2回も集まり、市議選でも与党多数だが、落選者を含む“配備反対”者の票数は与党議員よりも多い。市長選では、市長は陸自問題を争点にせず、対抗馬が二つに割れたものの合計すれば市長よりも多かった。一度も民意に判断を委ねることなく市民の財産を半永久的に売却するのは背任行為だ」「中山市長は一期目の選挙から当時現職の石破防衛大臣が応援に来るなど、かつてなく物々しい雰囲気だった。その後に当選した市議も含め、あらかじめ予定地に土地を買って誘致を図ったり、議会中にも野党の質問に対して東京から指示を仰ぐなど、石垣を売り飛ばすために政治家になったような輩が市政を牛耳っている。まじめに島の将来を考える市民が住めなくなって産業が廃れ、軍事利権にまみれる島にさせないためにもここで諦めるわけにはいかない」と語られている。

 

議会が市有地売却可決 高まる市長リコールの機運

 

石垣市議会での議会解散動議は否決された(3月16日)

 石垣市議会3月定例会の最終日となった16日、野党側は「平得大俣地区の市有地売却について信を問うため」として議会解散の決議案を提出した。定例会の冒頭には、市長が陸自ミサイル基地建設用地として市有地売却を提案し、自民党や維新系会派など11人の賛成多数で可決している。「議会解散」の決議案は、昨年6月にも同じ理由で保守系議員が提出(賛成少数で否決)しており、今回は2度目となる。


 野党議員は「このような重要な問題は、住民投票なり、しっかり市民の声を受け止めたうえで議会も市長も判断すべきだ。それがおこなわれることなく、市有地売却の提案と議決に至った。それならば議会を一度解散し、民意をしっかり聞くべきではないか」と訴えたが、賛成したのは野党9人と「維新」系会派2人の11人のみ。解散決議に必要な出席者の5分の4(17人)に届かず否決された。中山市長は安堵したように不敵な笑みを浮かべていた【上写真】。


 さらに野党会派は、市長不信任案の動議を提出。「中山義隆市長の10年に及ぶ政権は施政方針の盗用をはじめ、多くの問題を抱えてきた。とくに長期政権となりつつある近年の市政運営は目に余るものがあり、これまでも市民から多くの苦情が寄せられている。極めつけは1万4263筆という有権者の4割近くの法定署名をもって請求された平得大俣への陸上自衛隊配備の賛否を問う住民投票条例を実施せず、多くの住民の気持ちをないがしろにした。しかも、住民投票の実施義務について係争中にあるにもかかわらず、裁判の結果を待たずに今議会に市民の財産である市有地の売却を提案したことはあまりに独善的であり、あえて市民を二分し、禍根を残すような政治手法をもはや看過することはできない。今議会の一般質問中にも議場を無断で立ち去り、市長みずから議会を空転させるという前代未聞の暴挙は、民主主義を軽視したものだ」と訴えた。だが結果は、賛成は野党の9人だけで、やはり決議に必要な出席者の4分の3(16人)には届かなかった。


 市内有権者の4割以上が実施を求めた住民投票は市長によって拒否され、期間限定の代理人に過ぎないわずか10人余の市議だけで手続きだけが淡々と進んでいく。「国防」といいながら、国が第一に守るべき市民の不安や疑問にはまともに応えず、生活や環境への影響すら調査しない。それが騙しであろうと、不誠実であろうと「騙したもの勝ち」という露骨さがにじむ。そして広大な市有地まで地元住民の頭越しに売り渡す様は、この基地を誰のためにつくり、誰を守るものかを否応なく体現していた。傍聴に訪れた市民たちも感情を押し殺すように議場を後にした。


 「与党対野党という性質の問題ではない。自民党議員に投票した有権者のなかでも疑問の声が渦巻いている。デタラメな実態を広く市民に伝え、リコールに持ち込むしかない」――議会後、野党議員の一人は表情を引き締めてそう話した。

 

住民をないがしろにする「国防」とは 超法規的行為の連続

 

陸自配備予定地(奥)周辺ではパイナップルの収穫がはじまっている

 配備予定地周辺で農業を営む若手議員(30代)は、これまでの経緯について「2015年に初めてこの計画を新聞で知ったとき、近くに住む自分たちがまったく知らないまま計画地まで指定されたことに戸惑いしかなかった。だが当初から反対運動が盛り上がったわけではなく“とにかくどういうことなのか説明してくれ”というのがみんなの出発点だった」と語る。


 だが、その後、不誠実な防衛省への反発から地元4地区で反対決議をあげ、一旦計画をとり下げない限りは、防衛省主催の説明会は開かせないという方針で一致。そして計画が膠着状態にあった2016年12月、市長から「4地区のみなさんの声を聞きたい」と打診があり、「それならば」と年明けに面会することを決めた直後、市長が突然に受け入れ表明をした。「これがみんなの怒りに火をつけ、反対運動が盛り上がる大きな契機になった」という。


 「しかも防衛局は4月からの着工では県の環境アセス条例にひっかかるため、開発面積46㌶のうち0・5㌶(旧ゴルフ場)の開発許可だけをとって昨年3月に着工するというあからさまな手段をとった。環境アセスを実施すれば短くても3年はかかるからだ。この暴挙に怒った4地区の住民は市長に面談を申し入れ、昨年4月に住民40人ほどが集まって地元の希望や疑問などを防衛省に伝えるように要請した。半年後の11月に市長がまた会いたいといってきたので話を聞くと、“防衛省に住民の要望を伝えたところ、それには答えられないし、応じられない”というゼロ回答しか持ち合わせていなかった。ならば住民側は会う意味がない。つまり既成事実をつくるための面会であって、あとは強行するだけなのだ」と話した。


 さらに「工事着工を表明した防衛省に水問題や特別天然記念物のカンムリワシ(市鳥)の調査を求めたとき、基地建設のために削られる於茂登岳から水が流れ込む宮良川の下流になにがあるか知っているのか? と問うたところ、説明員は“地下ダムがありますよね”と答えた。地下ダムは干ばつに苦しむ宮古島の水対策施設であって石垣島にはない。一同が唖然とした。着工を目の前にした地元住民との初面談の場で、宮古島と石垣島の区別さえついていない。不誠実というよりも、地元のことについてなにも考えていない。その同じ口で“君たちの安全を守るため”といわれて信用する人がいるだろうか。自然や生活環境の保証、調査もされず、意思表明の機会も与えられず、それでも基地を配備するけどいいですか? といわれてウンといえる訳がない。自衛隊の賛否とかの話ではなく、あまりにも進め方が異常なのだ」とあきれた口調で語った。


 「国防についての考え方は人それぞれであり、絶対といえるものはないのかもしれない。ただ防衛省の計画に正当性があるというのなら、私たちにもわかるように説明ができるはずだ。住民の安心・安全が目的なら、環境アセスも水質調査もやるはずだ。それをすべてすっ飛ばして、“機密事項”などといって説明もせず、ただ“防衛の空白地帯”“不安定”などと漠然とした理由で押し切ろうとする。つまり防衛省にも明確に正しいといえる基準はなく、誰が開発利権を得て、どこを最前線にするかというだけの話なのだ。地元にとっては戦争のスタート地点としてのポイントを打たれることでしかなく、環境調査さえしないのならば、私たちは戦争が起こらなくてもここに住めなくなる可能性がある。国防にとって住民自治や民主的な行政運営が不要ならば、誰のための国防なのか」と話した。


 この計画をめぐる超法規的な行為は枚挙に暇がない。環境アセス逃れ、有権者の4分の1以上の連署による住民投票を義務づけた自治基本条例の無視、風景づくり条例の逸脱、防衛省の工事に「勧告もの」と警鐘を鳴らした景観形成審議会の打ち切り、公有財産検討委員会の議事録未作成。さらに工事の早期着工のために土地を売ったゴルフ場(現職市議が代表)が越境して市有地を30年も無断使用・開発していたことが発覚し、市には3400万円以上の損害金請求の可能性がありながら、執行部の判断でわずか50万円(正規契約よりも低い)のみ請求する破格の厚遇をしていた事実など、黒々とした市政運営の実態が露呈している。


 「多少ルールを破っても自衛隊問題になればメディアも報じないと高をくくり、市政にとっては汚点でしかない前例がいくつもつくられてきた過程」だと市議たちは語る。人口5万人足らずの小さな島に権力・金力を総動員して乗り込んできた「ミサイル基地」は、外敵の「脅威」ではなく、住民生活と市政そのものを破壊しているのがあるがままの現状だ。

 

防衛省が工事に着工した旧ゴルフ場入口には反対する住民の小屋や幟が立てられている

 「公有財産検討委員会の委員長である副市長は、現地視察もせず、“航空写真で判断できる”といった。与党議員らも同じだ。はじめから現地の声を共有する気はさらさらないのだ。もうリコールしかこの島を救う道はない」。4地区の代表の一人でパイン農家の男性は、温和な口調のなかに怒りを込めて語った。


 「防衛省は中国が攻めてくるというが、石垣島は中国・台湾からの移住者も多く、民間レベルの交流の歴史は古い。無防備の島をいきなり攻撃することなどあり得ない。国がどんな状態にあっても、貿易や文化交流によって相互に有益な関係を作ってきたのが八重山の歴史だ。だが、基地をつくってしまえば問答無用で敵対し、自分から“標的ですよ”と手を挙げるようなものだ。設計を見るだけでも、弾薬庫は民家から150㍍しか離れておらず、山を削って射撃場をつくり、グラウンドもいずれヘリポートに変わる。奄美大島でも保管庫といっていたものが弾薬庫となり、グラウンドはヘリポートになった。さらに防衛省は、水面下で測量して他の土地を物色している。住民を欺したあげく、最後は邪魔だから出て行けということだ。南西諸島にはオスプレイやF35の配備計画があり、ここで許してしまえば米軍機がやかましく飛び交う一大軍事拠点にされてしまう。後から“こんなはずではなかった……”と悔やむのなら、今全力でたたかわなければいけない」と唇を噛みしめた。


 また「復帰前、両親は移民として沖縄本島から渡ってきて、手作業で荒れ地を開墾した。ジャングルを伐採して山を削り、イモを植えて飢えを凌ぎ、何年も努力したことでこれだけの平地ができた。他地区では栄養失調のうえマラリアでずいぶんの人が亡くなった。その努力のおかげで、今は果実、サトウキビ、牛など沖縄県内でも有数の農業生産地になり、二代目、三代目が後を継いでいる。親たちは石垣を軍事基地にするために苦労して開墾したのではない。子や孫のために豊かで平和な島を受け継ぐためだ。新空港の建設でさえ30年以上も集落を二分するほどの激論の末に着工した。わずか5年もしないうちに基地のために市有地を売却するなどあり得ない話だ。防衛省のいいなりになって島を売り、市民を売るような政治家が立身出世していくような社会に未来はない。私たちは子や孫のためにも、若い世代と一緒になって市民の声を聞く政治をとり戻すまで頑張る」と固い決意を語った。

 

中国漁船との摩擦の嘘 「尖閣には漁に行かない」

 

モズクの水揚げをする石垣の漁師たち

 防衛省は、陸自配備を急ぐ理由として尖閣諸島の領有権をめぐる中国との摩擦をあげ、「力による現状変更は許さない」「もはや一刻の猶予もない」などとくり返しその脅威を煽ってきた。2010年の中国漁船と海上保安庁の巡視船との衝突事件がセンセーショナルにとりあげられるが、2012年に石原東京都知事(当時)が米ヘリテージ財団のシンポジウムで尖閣諸島の買い上げを宣言したことによって、日中両国間で30年以上も「棚上げ」されてきた領土問題がさらに悪化したことは周知の事実だ。「余計なことをしてくれたものだ」と市民の多くが語る。


 また、2017年11月に石垣市に陸自配備の正式要請に来た若宮防衛副大臣(当時)は「中国船に漁場を奪われ、石垣の漁業者は自由に操業できなくなった」などといい、メディアを通じて「尖閣の領海侵犯で八重山漁民が困っている」というイメージがくり返し刷り込まれてきた。


 ところが石垣島現地の漁業者たちに話を聞くと、尖閣諸島近海で中国漁船とつばぜり合いになることなどほとんどないと口を揃えて語る。それどころか「そもそも尖閣に漁に行く漁業者などいない」という。ある漁業者は「八重山から尖閣までは片道6~7時間はかかる。往復すれば12~13時間にはなる。油代は上がり、漁獲も確実といえず、魚価も安いなかで経済的に非効率だからだ。しかも、尖閣海域に行くには事前に海上保安庁に通達しなければならず、常に“護衛”されながらの操業になる。24時間監視されながらの操業ほどやりにくいものはない」と苦笑いしながら語った。


 石垣から尖閣までの燃料代は一回で6~7万円はかかるといわれ、多くの漁業者たちは一回6000円程度の油代で行ける沿岸海域にパヤオと呼ばれる浮魚礁を設置して漁場にしているという。「尖閣近海は夏場も波が荒く、北風が吹けば漁にならない。確かに漁場としては好漁場だが、それは誰も行って漁をしないからだ」とみなが語る。


 別の漁協関係者は「今はとにかく騒がないでくれというのが漁業者の実感だ。主に漁業問題で頭を悩ましているのは、中国船というよりも台湾との関係だ」と実情を話す。中国と台湾との間にくさびを打ちたい日本政府・水産庁が、2012年に台湾側に協議を持ちかけて八重山漁民の頭ごしに操業範囲などを含む「日台漁業取り決め」を結んだが、「それは台湾側に大きく譲歩した内容で、こちらが漁場を譲った形だ。とり決めは、私たちともっとも漁場が競合する台湾と漁獲高も操業ルールも明確にしないまま勝手に発効しており、地元を抜きにしてそのような関係が固定化されることこそが死活問題だ」と話した。


 日本と台湾との間には政治的な外交関係がないため、漁業協定は政府間協定ではなく、中国・台湾・日本の三者による「交流協会」(民間の財団法人)の形をとっている。「どのルールを採用すればいいかわからない」という地元からの抗議もあり、再協議が予定されているものの、新型コロナ騒動で現在メドが立たない状態といわれる。


 別の市民は「中国船の領海侵犯というが、中国公船は基本的に日本の海保に事前通告しており、時間も90分と決まっている。中国から入る密漁船をとりしまるというのが名目だ。だがメディアはその部分は伝えず、ただ領海に入ったことだけを伝えている。昨年映画化された『空母いぶき』という漫画は、中国漁船に扮した中国軍が尖閣を占領し、与那国島や宮古島のレーダーを爆撃して占領するという話だが、これも現実をまったく度外視したプロパガンダで、地元にとっても迷惑な話だ」と話した。


 石垣漁港では、1月から4月まで収穫期にある養殖モズクの水揚げがおこなわれていた。石垣島近海は島が多く、栄養素が豊富であることや、太陽光の強さや水質の透明度などが海藻類の成長に適しているため、太くてぬめりの強い良質なモズクが育つことで知られる。漁業者からは「韓国や中国などにも輸出しているが、日韓関係の悪化で輸出できずにモズクも大量にストックしている状態。陸自配備についての考え方は漁業者のなかでもいろいろあるが、近隣との関係悪化でいいことはなにもない」との声も聞かれた。

 

八重山の戦争体験 マラリアで住民の2割が死亡

 

八重山戦争マラリア犠牲者慰霊の碑(石垣市バンナ公園)

 また、地元の実情を顧みることなく「防衛の空白地帯」なる切り札を掲げ、その是非を問うこともなく、押し入り強盗のように島の中心部を奪いとっていく防衛省の手法に、かつての戦争体験を重ねる年配者は多い。「防衛の最前線基地」――それは八重山を含む沖縄の人たちにとって初めて聞く言葉ではない。75年前の戦争でも「本土防衛の防波堤」として激戦の舞台となり、後には「捨て石」ともいわれたが、小さな島々は占領目的で侵攻した米軍の物量攻撃と皆殺し作戦によって壊滅し、本土もまた無防備のまま空襲や原爆投下という無差別殺戮に晒された。軍事要塞化は、国土の平和と安全を保障するどころか、故郷を人々の命もろとも無残に葬り去ったことを骨身にしみて感じている。


 石垣島を含む八重山一帯では、大戦末期の1944年10月から米英連合軍による空襲が始まり、45年から本格的に八重山に駐屯してきた日本軍が「軍命」として住民を島中心部の於茂登岳周辺に強制避難させた。だが、そこはマラリア原虫を媒介する蚊の生息地であったため3万人をこえる罹患者を出し、女や子ども、年寄りなど当時の八重山人口の21%に及ぶ3647人がマラリアによって命を落とした。統計されていない数を含めると死者数は5000人をこえるともいわれる。


 当時小学一年生だった80代の女性は、「1945年6月は沖縄戦も最終局面を迎えており、すでに私たちの学校も日本軍に占拠され、お宮の境内で通信簿を受けとる状態だった。台湾疎開の通達が入り、近所の部落は台湾に向かったが、制海権も奪われているので魚雷で沈められるため台湾行きも難しくなった。空爆や機銃掃射を避けるため、お墓の中で何日も生活していたが、ついに軍からの命令で於茂登岳の東側にあるジャングル地帯の白水(しらみず)への強制疎開が始まった。家財道具を抱えて移動し、藁葺きの避難小屋に数家族ずつ押し込められ、難を逃れるはずが逆に次々に命を奪われることになった」と語る。


 マラリアは細菌ではなく原虫で、熱帯地方特有のアノフェレス属の蚊(ハマダラ蚊など)の体内に入り、その蚊に刺されることで人間に感染する。これらの蚊は湿地帯や清流が流れる場所に生息するため、名蔵川が流れる白水地域はマラリアの有病地帯であることはすでに知られていたという。


 「それ以前の1943年、私の兄は予科練に合格して那覇から鹿児島に向かう途中、悪石島近海で米軍の魚雷を受けて船もろとも沈んだが、その事実は私たちには知らされなかった。その後、同じ場所で対馬丸が沈められている。避難先では食料がないため栄養失調状態にあり、母は母乳が出なくなり、生後4カ月の妹が一番最初に亡くなった。そして私も父母も祖父母もマラリアに罹患し、母はたちどころに衰弱してジャングルの中で息絶えた。祖父も戦争が終わってから一週間後の8月21日に亡くなった」という。


 マラリアに罹患すると悪寒で体中がガタガタと激しく震え、それによる恐怖心に襲われ、誰かに腕を押さえてもらうことを欲する。そして一気に40度以上の高熱が出て、それを2日、3日周期でくり返す。「だんだんとやせ衰え、髪の毛は抜け落ち、目が黄色くなる。また脾臓だけが腫れ上がるので、大人、子ども、男女の区別がわからなくなるほど妊婦のように腹が膨れ、次第に衰弱して死んでいく」という。


 「唯一の特効薬であるキニーネ(キナノキの樹皮からとれる薬)も足りず、次々に亡くなっていった。そんななかでも米軍機の爆撃は続き、生きた心地がしない日々だった。幸い私は命拾いしたが、8人家族のうち4人を戦争で失った。占領した米軍は八重山も南西諸島も地質から地形まですべて調べ上げていて、その情報に基づいて自衛隊を利用して用意周到に島々を軍事要塞にしようとしている。かつての鉄の暴風は、今度はミサイルの暴風になり、南西諸島は“東洋の中東”になるのではないかと危惧している。今回のミサイル部隊の配備はその一部に過ぎないはずだ。石垣の人たちはもちろんだが、全国の人たちとその危険性を共有して断固阻止でたたかわないといけない」と強い口調で話した。


 旧制八重山中学1 年生で鉄血勤皇隊だった87歳の男性も、白水に避難させられてマラリアを罹患した経験を持つ。「八重山は琉球王朝に支配されていた時代にも人頭税を課せられ、役人たちは作物の生産量を上げるために、島のあちこちに住民を集落ごと移住させた。そのたびにマラリアによって集落が壊滅し、最終的に移り住んだ現在の石垣港を中心にした南部の海岸線が市街地になったという歴史がある。だから、戦争当時もマラリアによって死者が出ることはわかっていたが、軍はそれを無視して強制避難をさせた。住民だけでなく、内地から集められた兵隊も多く罹患して死亡している。そのように軍隊は住民も島も守ることはできなかったというのが沖縄戦をはじめとする第二次大戦の教訓だ。今も島の飲料水や農業用水の水源地である於茂登岳の麓に自衛隊基地をつくるなどというのは、島のことをなにも理解していない浅はかな発想でしかない」と当時と重ねる。

 

学校からの帰り道に海の向こうからやってきた米軍機に機銃掃射を受け、木陰に隠れて難を逃れる(画・潮平正道氏)

 「中学1年で鉄血勤皇隊として軍隊の一部に組み込まれ、滑走路の草むしりや、防空壕掘りや、旅団司令部の偽装のために網を掛ける業務などをする毎日だった。米軍のグラマン、英軍のシコルスキーなどの艦載機が毎日のように機銃掃射で狙い撃ちしてくる。不発弾が直撃して内臓が飛び出た女性を目の当たりにしたこともある。石垣島は、耕作地の少ない周辺の島からの移住者も多く、そうした人たちは土地も食べ物もないのでマラリア有病地帯の岩陰などで生活していたが、真っ先にマラリアで壊滅した」という。


 「私が知る家族では、娘がマラリアで亡くなったので、父親が砂地に穴を掘って埋め、“戦争が終わったら必ず迎えに来てお墓に入れてあげるからね…”と手を合わせて避難したが、戦後に行ってみると米軍が金網を張って施設を造り、敷地内はブルドーザーで整地され、娘の骨はどこにいったのかさえわからなくなったという。日本軍でも米軍が上陸すれば住民を殺すように弾が配られていたといわれ、住民を守るような軍隊ではなかった。兵隊にも親もいれば家族もいる。今の自衛隊も同じだろう。平和な状態を続けることが国を守り、家族を守ることであり、ミサイルを向け合うことではないはずだ。日本政府の背後には米国の軍需産業の要求があり、その兵器の置き場をつくるために日本中を危険にさらすなどバカげている」と吐き捨てるように話した。

 

 石垣島には、戦後生き残った人々によって立てられた戦没者慰霊碑が各地に点在している。陸自配備問題を契機にして、若い世代にも悲惨を極めた戦争の体験を継承し、軍事利権によって島を食い物にするのではなく、市民の努力によって平和を守り、豊かな島をつくり上げてきた誇りを受け継ぎたいという強い思いが確かに脈打っている。

 

台湾への疎開中に米英機の爆撃を受けた尖閣列島戦時遭難死没者慰霊之碑(石垣市新川)

 

姑息な手段で売却を先行 市民をカヤの外に

 

 石垣市(中山義隆市長)は19日、ついに計画予定地(46㌶)の約半分を占める市有地(22・4㌶)の売買契約を防衛省と締結した。13・6㌶を売却し、残りの8・8㌶は賃貸するという。早期配備を求める防衛省の要求を丸呑みする一方で、環境アセスや有権者の4割が署名した住民投票請求などの切実な市民要求や安全にかかわる手続きは一切無視するものとなった。拙速極まりない用地売却は、手続きをめぐる違法行為や数々の疑惑を棚上げにし、「土地を売ってしまいさえすれば後戻りはできない」という姑息さだけを見せつけた。市民のなかでは、住民を守るべき地方自治体の責務を放棄し、防衛省の末端機関と化した中山市政への底深い怒りに包まれている。

 

売却後に伐採される市有地の山林(石垣市平得大俣地区)

 基地建設予定地周辺の農業者の案内で、売却予定の市有地に入ってみると、現地にはギランイヌビワ、ヘゴ、センダン、パパイヤなど南国特有の多種多様な亜熱帯植物が大きく根を広げて鬱蒼と生い茂り、野鳥のさえずりが絶え間なく聞こえる。

 

 「こんなところにカンムリワシが巣をつくって子育てをするんだよ」――案内してくれた地元住民が、ツルの巻き付いた木の枝を指さして教えてくれた。国の特別天然記念物のカンムリワシは、日本では八重山列島にしか生息しておらず、石垣市のシンボル(市鳥)でもある。近年は個体数が減少しているため、於茂登山麓の集落では地域をあげて保護活動をしており、この計画地周辺だけで5~7のつがいが確認されているという。防衛省は配備予定地の敷地内に限って動植物の調査をしたが、保護が必要な希少種は112種にのぼった。

 

 「植物も市民の財産だが、一本いくらのわずかな立木補償金でほとんどが伐採される。希少種の植物を別の場所に植え替えても根付くとは限らず、まして動物は生きる環境を失うだけだ。市に入るわずかな涙金と引き換えに失うものは限りなく大きい。この島にしかない市民が大切にしているものを守るのが行政の役割ではないのか」と男性は語った。八重山の自然を大切に守りながら農業を営んできた地域の人々の願いは市や防衛省には届かない。それどころか以前には、防衛省の委託業者が売却を拒否している住民の所有地に無断で立ち入り、地権者が植えていた木を伐採して、測量したあげくに杭まで打ち込んでいたことさえある。

 この日も工事現場では、耳をつんざく音を立てながら重機が地下から出てくる巨岩を砕いていた。

 

防衛省が造成工事に着工したゴルフ場ジュマール楽園(平得大俣地区)

市有地から配備予定地の工事現場を見る

 基地建設予定地の地層は主に珊瑚石灰岩であるため、地表を流れる水は地下に潜入して地下水となり、あちこちで湧き出して湿地帯や水たまりを形成し、そこが希少動植物の生息地となっている。また地下水は大地の乾燥を防ぎ、気温の上昇を抑える働きもあり、基地予定地周辺一帯に広がる農地を潤してきた。その豊富な地下水は、取水口を通じて市民の飲料水にもとり入れられている。防衛省がすでに造成工事に着工した旧ゴルフ場跡地では、いくら水抜きをしても地下水が湧き出てくることが確認されており、「環境調査もせず水源地の上に弾薬庫をつくるなどバカげている」と住民たちは腹立たしげに語る。化学薬品や洗浄剤、油などで地下水が一度汚染されると原状復帰は難しく、それは河川や飲み水をも汚染して5万人市民の健康にも直結する。


 しかも基地予定地には県有林が隣接しており、島内にある県立八重山農林高校の生徒たちが使用する寄宿舎や牧場、造林実習をおこなう山林がある。射撃訓練場は、開南地区の住宅地と八重山農高の施設に挟まれた土地につくられる。


 「射撃音が鳴り響き、流れ弾が飛んでくる恐れもある。米軍であろうと自衛隊であろうと、こんな至近距離に訓練場をつくることは危険極まりないことに変わりはないが、玉城県政も自衛隊問題では腰が引けている。防衛省が勝手に土地境界線を変更していたことも明らかになっているのに、なぜもっと厳格に対応しないのだろうか」との疑問の声も聞かれた。辺野古問題の陰に隠れて、これほどの住民無視の横暴がすべて開けて通されていることに違和感を禁じ得ない。


 農家の一人は、「食料を生産して治山治水を支える農家は、自衛隊よりも国土を防衛しているはずだ。国が第一次産業を大事にせずになにが国防か。この地に人が住めなくなったら誰が島を守るのか。食料不足になってミサイルをかじれとでもいうのか」と語気を強めた。

 

米軍要求の軍事要塞化 「東アジアの中東化」

 

 石垣市への陸自配備計画はその多くがベールに包まれ、市民に全貌は知らされていない。防衛省が明らかにしている計画では、隊庁舎(3棟)、車両整備場(2棟)、給油所、汚水処理施設、倉庫などの駐屯地施設に加え、弾薬庫(4棟)、射撃場、訓練場、グラウンド(ヘリパッド兼用)などの訓練施設が含まれる。


 だが主力部隊である地対艦・地対空ミサイル部隊は、いずれも車載式・移動式の部隊であり、発射と移動をくり返しながら「敵」からの攻撃を回避する。固定した場所からミサイルを発射するだけでは相手からただちに発射地点を割り出され、反撃を受けるからだ。そのため平時はトンネルを無数に掘って部隊を徹底的に隠蔽する必要があり、有事のさいにはミサイル搭載車両は島中を走り回りながらミサイル発射をしなければならない。それは、そこに暮らす住民たちが否応なく報復攻撃にさらされることを意味する。つまり住民の生活環境を盾にしながら戦いを長引かせるのが、防衛省が想定する軍民混在の「島嶼防衛作戦」なのだ。


 2013年からすでに陸・海・空の自衛隊は沖大東島でそれを想定した演習を実施している。「この狭い島でどこに逃げればいいのか」――住民たちの疑問に防衛省からの回答はなく、住民の避難計画すら存在しない。


 配備される地対空・地対艦誘導弾は、射程が約60~400㌔㍍といわれ、今後さらに飛距離がが伸びるという。ミサイルには標的に向かって「慣性誘導」を促すメーターや、標的に近づいたさいにレーダーを照射してより正確に感知する誘導システムが搭載されている。だが、それだけではステルス戦闘機などが感知できないため、地対艦ミサイルのように射程の長いミサイルを撃つ場合は、人工衛星から発信される電波を使ってより正確にミサイルを誘導する必要がある。

 宇宙空間には日本版GPSといわれる準天頂衛星「みちびき」(2017年)が3体打ち上げられており、これらは携帯電話やカーナビのGPSなど「公共専用サービス」を表向きの使用目的にしているが、軍事利用の側面も併せ持つ。この準天頂衛星をコントロールし、情報を通信する追跡管制局は、すでに石垣島、宮古島、久米島、恩納村(沖縄島)、種子島といった南西諸島各地に集中的に配備されており、本土側の神戸市と常陸太田市にある主管制局が情報を統括している。国内では存在自体あまり知られていないが、ミサイル技術に不可欠な第一級の軍事施設だ。

 

石垣市に設置されている準天頂衛星追跡管制局(設置者:内閣官房)

 「南西諸島の軍事要塞化は、最近始まった話ではなく、戦後の当初から水面下で計画されてきたものだ」と、現場を案内してくれた石垣市在住の女性は語る。石垣島での戦争を経験した彼女は、強制避難によるマラリア感染で母親や祖母など3人の家族を失い、戦後は進駐してきた米軍と米国地質研究所の「軍事地質調査」でアシスタントを務めた経験を持っている。


 「当時は家計が苦しくて進学できず、学校で習った英語を生かそうと募集に応じたところ抜擢され、米国人の女性地質学者を補佐しながら島中を回って地層サンプルをとってデータを収集した。だがこの調査結果は、東京の米軍王子キャンプに集められ、ワシントン本部をへて主要な米軍基地に配布されていたことを後に知って愕然とした。軍事目的の調査だったからだ」。


 見せてくれた英文の報告書や複数枚の地図には、石垣島の地形や土壌、自然環境、水利、文化風俗に至るまで米軍が綿密に調査した膨大なデータがまとめられている。


 「戦後の沖縄の都市整備や土地改良などのインフラ整備は、この米軍のデータをもとにしておこなわれており、それを県も認めている。内閣府は早くから石垣を日本最南端の重要港湾に指定しており、その後も、いまだに使い道が決まらない人工島などの港湾整備、巨大な複数のダム建設、港と空港を結ぶバイパス整備、土地改良事業による水道管網など……人口5万人足らずの島に見合わない大規模なインフラ整備を不思議に思ってきた。だが、今表沙汰になった軍事要塞化と照らし合わせるとすべてが符合するし、防衛省も石垣への陸自配備の理由の一つにインフラの充実をあげている。そして今年はじめにはトランプ大統領が尖閣諸島への基地建設や、台湾以東の島々に米軍を展開させることにも言及した。今回の配備計画は、米軍の要求に沿って南西諸島を中国の太平洋進出を食い止めるための恒久的な前線基地にする目的であって、“東アジアの中東化”の一環なのだ」と指摘した。


 2017年2月の日米安全保障協議会の共同声明にも「今後は南西諸島を含めて自衛隊を強化し、日米が共同利用する」と明記されており、自衛隊基地がそのまま米軍基地と化すことを示している。

 

石垣市崎枝の岬に残る電信屋(元海底電線陸揚室)

 女性は石垣島西端の御神崎にほど近い岬にある「電信屋(デンシンヤー)」という建物も案内してくれた。戦前に陸軍が本州・鹿児島から沖縄本島を経て台湾まで敷設した軍事用海底電信線の陸揚げ所(中継施設)であり、島に残る貴重な戦争遺跡だ。


 沖縄戦当時、水平線の向こうからやってきた米英機に徹底的な機銃掃射を受け、壁や天井には生々しい無数の弾痕が残る。それは最前線の重要施設が戦争では真っ先に標的となることを雄弁に物語っていた。

 

住民投票めざす若者達 1万4000人の署名集め

 

 市民の頭越しで進む陸自配備計画に対して、石垣島の若者たちは住民投票の実施という独自のスタンスで異議を唱えた。発起人の29歳の男性は、配備予定地に隣接する農地でマンゴーなどの栽培を手がける果樹農家だ。石垣島の高校を卒業後、海外に留学・就職した後、家業の農家を継ぐために帰島した。石垣島にはそのようにUターンして農業を継ぐ若者が多くいる。

 

マンゴーの花が咲くと、農家は受粉を促すための高さ調整の作業に追われる

 「配備計画が浮上し、賛成・反対に分かれて市民同士が分断される状態を見てきて、計画の進め方に問題があると強く感じ始めた。何が何でも配備を強行しようとする行政に対する不信感は募るが、そんな島にしてしまっていいのか、自分たちにもできることはないのかと考えた。島で起きている問題は、島に生きる人々が出した答えこそが誰もが納得する民意ではないか。それは選挙よりも争点が絞られる住民投票だと思い、若い人たちでグループをつくって昨年春に署名をとりくんだ」という。同時期におこなわれた「辺野古」県民投票実施の機運もそれを後押しした。

 

 法定署名であるため、期間は約2カ月、市内の有権者に限られ、氏名や住所、生年月日を記したうえで押印が必要などの厳格なルールがある。それでも毎日のように個別訪問やスーパー前に立って協力を訴え、有権者の4割に及ぶ1万4263筆(監査済み)が集まった。これほどの請求署名は石垣島では過去に例がないという。石垣市が定めた自治基本条例は、一定数の署名が提出されると市長が住民投票を実施することを義務づけている。そのため署名数の法定ラインは、地方自治法が定める「有権者の50分の1」ではなく、「4分の1以上」とハードルを上げている。

 

 ところが市長はそれを議会採決に負託し、与党が反対(賛・反同数により公明党会派の議長が否決)したため、それを理由に実施を拒否し続けている。

 

 石垣島を含む離島は就職先が限られるため、自衛隊は一定の雇用の受け皿になっており、自衛官募集をする沖縄地方協力本部の出先はハローワークと同じ合同庁舎内にあるなど、行政を挙げて若者たちを囲い込んでいる。島出身の自衛隊員も多く、家族たちもいるため、自衛隊に「賛成か、反対か」という空中戦は分断を免れない。

 「この配備計画を問題にしているのに、自衛隊を悪くいうのか? と問題を逸らされることに歯がゆい気持ちもあった。それでも島の人々にとって大切な場所にミサイル部隊を配備することについて、組織と個人の思いは必ずしも同じではない。それぞれの思想信条や立場を認めあい、島の未来のことをみんなで話しあい、一人一人が自分たちでまちづくりをしていこうというのが住民投票の意義だと思う。誰が見てもおかしいことを押し通すから亀裂が増していく」と問題意識を語る。


 また、「推進側の立場の人も署名に応じてくれ、これまで声を上げずらかった若い人たちも参加するようになり、とりくんだ意味はとても大きかった。ただ首長を誰がやるかを争うだけの運動よりも、みんなが市政に参加し、自分たちの手でまちづくりをする。そのような住民自治や民主主義の土台がつくられることで、本当の意味で強い石垣島になるのではないか」とのべた。


 石垣市の自治基本条例は、2009年の大浜前市長時代にワーキング会議を2年間積み重ねて「市民によるまちづくり」をコンセプトに制定された。中山市長が「住民投票実施の詳細な手続きは定められていない」と屁理屈をこねたため、若者たちがワーキング会議の議事録の開示を求めたところ、市は住民投票にかかわる後半部分だけは「存在しない」として開示を拒否するという逃げの一手に撤した。また、市議会与党は自治基本条例の廃止も提案(賛成少数で否決)するなど、軍事基地化は市政への住民参加や民主主義を剥奪することと並行して進んできたことを島人の多くが実感している。


 同じく住民投票をとりくんだ27歳の女性も、「東京から石垣に帰って計画を知った。はじめは問題意識が薄かったが、聖地である於茂登岳の麓に巨大な施設をつくるという大事なことが市民に隠すように進められていることに疑問が湧いた。署名を始めるときは、怒られたり、警戒されたりしたけど、継続していくとみんなが協力してくれるようになり、この問題に対する認知度も上がったと思う。署名してくれた1万4000人以上の市民は市長に住民投票の実施を求めたのであって議会に求めたのではない。議会に委ねるなどと条例には一言も書かれておらず、都合が悪くなると自治基本条例そのものを消し去ろうとした。土地買収にかかわる違法行為は無視するなど、なぜそこまでして建てようとしているのかと誰もが疑問を持っている。立場や生活環境の違いをこえて署名してくれた4割の市民を裏切ったことが許せない」と話す。


 「今後は市に住民投票の実施を求めながら、石垣の文化や歴史など島の価値を共有するような若い人たちの集まりを持ち、若い人たちが考え、発言できる空気感をつくっていきたい。防衛省や市長は市民を諦めさせたいのだと思うが、火を灯し続けるのが私たちの役目だと思う」と話した。


 島の住民や若者たちに「生活のなかで中国の脅威を感じたことはあるか」と聞いて「ある」という人は一人もいなかった。20代の男性は「配備を推進する側はただ“勝ち馬に乗ればいいことがある”という程度で、支援者にも積極的に推進する人はあまりいない。いくら話しても、権力者や声の大きな人に寄り添っていたら安泰……という動機しか感じられない。明確な信念をもっているのなら、人だましのような姑息な手段で強行するのではなく、堂々と納得できる説明をして市民に信を問えばいいと思う」と話していた。

 

東京司令部の市政介入 地方自治歪める構図

 

 土足で乗り込んで基地建設を開始した防衛省とともに、問答無用で市有地の売却を強行した中山市長や議会に対する市民の視線は厳しさを増している。それは、この計画をめぐる利益供与、利益相反といった数知れない疑惑が棚上げになっていることも背景にある。市民の声を無視して二束三文で島を売り、一部の意志決定者だけがその見返りを享受する――米軍にせよ、自衛隊にせよ防衛省絡みの国策はいつも同じ構図だ。

 

中山義隆・石垣市長

 中山市長は、石垣島出身だが高校卒業後に大阪の大学に進学し、野村證券に入社。そこから石垣島に帰ってきて家業の建設資材などを扱う会社に入った。2004年、地元JC(青年会議所)の理事長を経て、保守のホープとして市議になり、一期をまたずに市長選に立候補した。当時、革新市長として自衛隊配備に否定的だった大浜前市長は、事実無根の女性スキャンダルをでっち上げられ、中山陣営には石破防衛大臣(当時)はじめ自民党閣僚が応援に駆けつけるなど、東京司令部の直接介入で市長職をもぎとったといわれる。「はじめから自衛隊配備のために綿密に計画された市長交代劇だった」と市民の多くが語る。


 2018年の市長選では「石垣にミサイル配備されるのなら大反対する」と宣言しながら、配備容認後の市民説明会では「私がいったミサイルとは大陸間弾道弾のことだ。自衛隊は保有していない」といい放った。


 だが就任当初から施政方針は神奈川県小田原市の所信表明の半分を丸ごと盗用していた事実が発覚するなど、市政は混乱。行政関係者に聞くと、「原則3年で異動させる。部長クラスも担当部署の仕事を熟知する前に別の部署に飛ぶ。市長に楯突く幹部をつくらせないためで、少しでも反発するとまったく畑違いの場所に飛ばされる。この恐怖政治が行政職員にとっては一番の悩みの種であり、そのしわ寄せは市民に行く」と語る。


 また、不正出張が多く、情報公開をしても出張費にかかる資料がすべて黒塗りされるなどの問題を一部週刊誌がとりあげて話題になると、「今度は出張一覧すら作っていないといって開示しない」という。


 また、市長の名義で2014年、2015年に東京日本橋と那覇新都心に高級分譲マンションを立て続けに購入していたことが資産報告書で発覚。二つの物件の登記をとってみると、東日本橋の「コノエ東日本橋」は「コノエ・プレミアムシリーズ」と呼ばれるアパグループの13階建て高級マンションで、所有者はアパホーム株式会社。購入日の2014年2月26日は中山氏が2選目に挑んだ市長選告示日の3日後にあたり、「選挙資金で大変なときにどこにそんな金があったのか」と疑念を集めている。しかも無抵当の購入であり、膨大な現金が動いたことを示している。


 また、二つ目の那覇新都心にある 「RYU:X TOWER The EAST」は、大和ハウス工業株式会社やオリックス不動産株式会社などが所有する建物で、購入日は2015年10月18日。一カ月後の11月26日には防衛省の若宮副大臣が市役所を訪れて、陸自配備を正式に打診した。中山市長が神妙な面持ちで防衛省の計画に「理解」を示した日の直前にあたる。アパグループはホテル、大和ハウス工業はリゾート化計画、オリックスはレンタカーなどで、いずれも石垣島の経済に食い込んでいる企業だ。


 さらに新国立競技場を手がけた隅研吾が設計し、大成建設とダイヨネ建設に随意契約で発注した新市庁舎の建設費用は、当初の40億円がすでに86億円となり、最終的には100億円をこえる金額にまで膨れあがると見られている。「財政難といいながらなぜ身の丈に合わない大規模な庁舎を建てる必要があるのか」と語られる。内装部品にいたるまで設計士が指定し、元請け企業によるダンピングもあって地元下請けが撤退を始めているともいわれる。


 市議会でも、先行して防衛省に土地を売ったゴルフ場の経営者(幸福の科学会員の現職市議)が、市有地売却の決議にかかわっていることも「利益相反ではないか」との市民の批判を集めている。しかも、ゴルフ場が市有地を30年にわたって無断使用していたことについても、市当局は3600万円以上の損害金請求ができる可能性があるにもかかわらず裁判所にも議会にも諮らず、わずか50万円の損害補償でことを済ませていた。市議会で問題になると答弁は二転三転し、当局者からは「和解事案ではない」という驚きの答弁も飛び出した。


 いくら「国防」を云々したところで、陸自配備の足元では、こうした唖然とするような疑惑だらけの市政運営が横行しており、地方自治や正常な行政運営を歪めてきたことを多くの市民が指摘している。


 市民たちは「国政も国政ならその出先(市長や市議会)も酷いものがある。石垣市は戦後、本土から多くの資本が乗り込んでリゾート利権で土地を買い漁り、農家や市民が反発して市が買い戻したこともあるくらいなのに、現市政は相手の言い値で売り飛ばしている」「このままでは石垣は利権集団がのさばり、善良な市民は住めない島にされてしまう。白紙にさせてまともな行政機能をとり戻さなければいけない」と語られており、計画中止と市政刷新を求めるリコール署名を開始する機運が高まっている。


 自衛隊配備の最前線に立たされる南の島――そこでは「愛国」や「国防」を叫びながら、後は野となれ山となれで公共財産を売り飛ばして利得を得るという東京司令部直結の売国政治が露骨にあらわれる一方、島で生き、平和な島を子や孫に受け継ごうとする人たちの、決して諦めることのできないたたかいがますます鋭さを増して裾野を広げている。それは「日本の縮図」を見るようでもあり、南西諸島をはじめ、生産現場や生活基盤に根ざして抗う全国の人たちがそれぞれの現状や認識を共有し、この欺瞞に満ちた日本列島の軍事要塞化を跳ね返す力をさらに広げていくことが求められていることを強く実感させるものだった。

 

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この記事へのコメント

  1. 勇者マン says:

    アメリカの犬どもを駆逐せよ!

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