(2026年7月15日付掲載)
衆院を通過し、参院で審議中の「国旗損壊罪」法案(自民、維新、国民、参政が共同提出)について、国内の刑事法学者148人は9日、「不快」という主観的感情を処罰要件とする同法案は「刑事法の観点からも重大な疑義」があり、「日本の外交関係を危うくする」ものとして、反対する声明を発した。声明全文は以下の通り。
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【声明】「国旗損壊罪」は制定してはならない
1.「国旗損壊罪」とは
現在、自民党、日本維新の会、参政党等を中心に、「国旗損壊処罰法案」が国会に提出され、今国会での成立が目指されている。同法案の2条1項には、「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法により、公然と国旗を損壊し、除去し、又は汚損した者は、2年以下の拘禁刑又は20 万円以下の罰金に処する。」という規定がある。これが、「国旗損壊罪」である。そして、「前項の方法に該当するかどうかの判断は、行為の外形、周囲の状況その他の客観的な事情を総合的に勘案して行うものとする。」(2条2項)という。
ここにいう「国旗」とは、「国旗及び国歌に関する法律……に定める国旗として用いられていると社会通念上認められる有体物」(1条)のことで、必ずしも「国旗及び国歌に関する法律」に厳密に該当するものに限られない。現に、この点に関する質問に対する提案者らの回答は、「国旗国歌法に定める制式にのっとったものに限られず、社会通念上国旗の用に供していると認められる有体物」であるという。したがって、この「国旗」の範囲は漠然かつ不明確となる。もちろん、「他人の」ものに限定されてはいないので、自己所有の「国旗」であっても処罰の対象となる。「国旗損壊罪」は政治的表現の自由を規制しこれを委縮させるものとなるおそれが強いが、それだけでなく、刑事法の観点からも以下に述べるような重大な疑義がある。
2.本罪の保護法益ないし立法目的
本罪の保護法益は、「国旗を大切に思う国民感情」という社会的法益だとされている。もっとも、ここにいう「国民」は、総体としての国民を意味し、特定の国民を意味するものではない観念的な存在である。刑法92条にある「外国国章損壊罪」からみて、「国旗を大切に思う国民の気持ちは万国共通であるにもかかわらず、我が国では外国国民の気持ちは保護される一方で日本国民の気持ちは保護されず、アンバランスである」と受け止められ得る状況にあるので、「外国国章損壊罪」のみ存在するという矛盾を是正するものだというのである。
しかし、「外国国章損壊罪」は、1891年の「大津事件」と呼ばれるロシア皇太子襲撃事件を契機とした外交的危機に対して対処するために作られた「国交に関する罪」に属するものである。決して、外国の国旗に対するその国の国民感情を保護するものではない上に、日本の刑法が外国の国民感情を保護することはあり得ない。したがって、外交関係を害する恐れのない自国旗に対する加害行為を処罰するには、これとは別の理由が必要である。
つまり、アンバランスを是正すべきとの立法理由は誤解なのである。
3.国旗損壊罪等を備えている国の事情
たしかに、国旗損壊罪に類する規定を持つ国はある。しかし、それは、国旗に対する国民感情を保護するものではなく、その国旗が象徴する人類普遍の価値と、それに基づく国家体制を保護するものである。
たとえば、ドイツでは、ナチス期の国旗を否定して、新たに作られた国旗が象徴する自由民主主義的法治国家の存立を保護するものと解され、イタリアでは、戦後、イタリア国王の戦争責任を追及し、共和制国家となることを国民投票で可決した後の新イタリア国旗を保護するものと解されている。いずれも、第二次世界大戦前の国家観を否定して普遍的な価値に基づく国家体制を象徴するものとして位置づけられているのである。よって、これらの国旗に対する侮辱は、共和制ないし民主主義体制への挑戦という意味を持つ。
同様の事情は、自由・平等・博愛を象徴するフランス国旗にも当てはまる。また、韓国の国旗も、日本から独立して戦後に出発した国家の体制を象徴するものという意味を持つ。
なお、アメリカ合衆国には、表現の自由を保護するために、州の国旗保護法の適用を違憲とした裁判例がある(Texas v. Johnson, 491 U.S. 397, 414 (1989))。これを見た人物の中にこの行為を不快と感じた者がいたにもかかわらずである。政治的表現とは、反対意見の者には不快感をもたらすものだから、それを理由に処罰することは、表現の自由と矛盾するからである。
また、欧州人権裁判所にも、政治的表現として国王夫妻の写真を公衆の目の前で焼損した行為を処罰することを欧州人権条約10条が保障する表現の自由に違反するとしたものがある(ECtHR, Stern Taulats and Roura Capellera v. Spain, App. Nos. 51168/15 and 51186/15, Judgment of 13 March 2018, para 30.)。ここでも、政治的表現は反対者に不快感を抱かせるのは当然であるから、不快感を理由に表現を規制することはできないとされる。よって、欧州諸国では、国旗侮辱行為の処罰には慎重である。
なお、欧州人権裁判所は、欧州人権条約10条の保障する表現の自由は、ヘイトスピーチには適用されないという見解である。したがって、ヘイトの象徴としての「日の丸」の使用を「表現の自由」だと解し、これを批判する行為を「ヘイト」だとする見解は、欧州では通用しない。
残念ながら、現在日本の国旗とされている「日の丸」に、ドイツ、イタリア、フランスの国旗のような民主主義ないし自由と平等・博愛等の象徴という意味はない。戦前から同じ旗を「国旗」としてしまったことが、ここで災いする。つまり、日本で国旗損壊罪を作ることを「これらの国にもあるから」という次元で正当化することはできないのである。
4.「日の丸」に対する考え方に様々なものがある
日本には侵略戦争をした過去がある。特にアジアには「日の丸」がその象徴だと思う人がいるのは当然であるし、沖縄国体での「日の丸」焼損事件で明らかなように、日本人でもネガティブなイメージを持つ人がいる。それらの人々の考え方は十分尊重に値し、立法で無視すべきではない。「類似の規定がよその国にあるから日本でも国旗損壊罪を作るべきだ」というのは、その国の歴史を理解せず、かつ、自国の歴史に対して不誠実な態度である。
5.「不快」を処罰根拠とするのは危険である
それゆえ、「不快だ」というだけで処罰することには、かなり慎重にならなければならない。それを言い出したら、多様な感情を害する罪を作り出せてしまうからである。わいせつの罪でも、どういう見せ方をすれば自己表現で、どこからがわいせつなのかは人の感覚や時代によって異なり得る。ただ、さすがに人前で性器を露出するような行為は今の社会では問題だ、ということは大多数が共有する「規範」になっている。だから、そういう行為には公然わいせつの罪が成立するのである。異論の強いものについて「感情」を理由に処罰規定を作ってはならない。
6.「日の丸」をヘイトの象徴にしてはならない
そのような中で「国旗損壊罪」が成立した場合、人類の普遍的価値を象徴するフランスやドイツ、イタリアの国旗と異なり、これが人種的・宗教的なヘイトの象徴となる可能性も懸念される。外国人排斥デモの先頭に「日の丸」を掲げ、抗議する人々をこれを用いて排除し、その際「日の丸」を汚した人々を現場にいる警察官に逮捕させるという使用法である。
「日の丸」をこのようにヘイトの象徴として用いることがあれば、これを保護する「国旗損壊罪」は、外国国章損壊罪とは反対に、日本国の外交関係を危うくするであろう。ゆえに、そのような濫用の危険のある法律は、決して制定してはならないのである。
〔呼びかけ人 *五十音順〕
安達光治(立命館大学教授)、金澤真理(大阪公立大学教授)、葛野尋之(青山学院大学教授)、笹倉香奈(甲南大学教授)、園田 寿(甲南大学名誉教授)、髙山佳奈子(京都大学教授)、平川宗信(名古屋大学名誉教授)、本庄武(一橋大学教授)、松宮孝明(立命館大学特任教授)、三島聡(大阪公立大学名誉教授)、村井敏邦(一橋大学名誉教授)
呼びかけ人11名・賛同人137名 合計148名(2026年7月7日現在)
【原典リンク】刑事法研究者声明サイト





















