(2026年6月22日付掲載)

米国およびイスラエルとの「停戦合意」の覚書締結のニュースを祝うイラン国民(6月15日)
米国とイスラエルが開始したイラン戦争は18日(日本時間)、パキスタンとカタールの仲介の下、米国のトランプ大統領、イランのペゼシュキアン大統領が停戦合意書「イスラマバード覚書(Mou)」に署名したことにより、大きな節目を迎えた。2月28日の米国とイスラエルによるイラン攻撃以来、110日間にわたって続いた戦争は世界を巻き込み、ホルムズ海峡封鎖による原油危機を招いた。覚書は、イラン側の要求がほぼすべて盛り込まれた実質的な「米国の降伏文書」と評され、圧倒的な軍事力、経済力、デジタル・AI技術を誇る米国が、開戦目的も歴史的戦略目標も打ち砕かれ、白旗を揚げたことを意味している。なお予断を許さないが、中東地域のみならず世界の力関係の大きな潮目の変化を物語っており、日本の進路にとって重大な分岐点を示唆している。
米国とイランは交戦開始から1カ月後の4月初旬に中国やパキスタンなどの仲介を背景に2週間の期限付き停戦に合意したが、戦闘終結の条件であった「レバノンを含む全戦域での戦争停止」「対イラン制裁の全面解除」などをめぐり交渉は難航し、米国はホルムズ海峡を逆封鎖し、民間船舶の通航護衛作戦(フリーダム作戦)を実施するも湾岸諸国の反発を受けて48時間で停止するなど失敗をくり返していた。
その後もトランプは「相手を全滅(抹殺)させようとしている時に停戦などするわけがない」「無条件降伏以外のいかなる合意もあり得ない」「イランが行儀よくしていなければ、いつでも攻撃を再開する」「地獄の雨が降ることになる」などと強弁していたが、その言葉とは裏腹に、イラン攻撃の拠点であった湾岸諸国内の米軍基地や施設はイランの報復攻撃によって機能不全(人員の90%が撤退)においこまれ、重大な安全保障危機にさらされたサウジアラビア、カタール、クウェートなどの同盟国の離反や反発が増幅した。
いかなる軍事攻撃をもってもホルムズ海峡の管理権を掌握できず、世界的な原油高やインフレの加速、湾岸同盟国の離反、戦力消耗による軍事コスト増大のなかで、「早期停戦」は中間選挙を控えるトランプにとって死活問題となり、ホルムズ海峡を押さえて徹底抗戦の姿勢を崩さないイランの抵抗の前に膝を屈することとなった。
覚書は、トランプの「史上最大の外交的・経済的勝利」「(イランの)無条件降伏に等しい内容」という言葉とは裏腹に、イラン側が一貫して要求してきた内容が全面的に盛り込まれたものとなった【表参照】。米国内では「イランに有利すぎる」との批判が噴出していることが報じられているが、米国にはそうする以外にイランにホルムズ海峡の再開を受け入れさせる方法がなかったことを意味している。

全戦域での戦闘停止 イスラエルの規制要求
覚書では、第1項で「レバノンを含むすべての戦線における軍事作戦の即時かつ恒久的な終了を宣言」している。これは、パレスチナ・ガザ地区で7万人を殺戮して同地区を占領したイスラエルが、イランが支援するイスラム教シーア派組織ヒズボラの掃討を名目に隣国レバノンへの軍事侵攻を継続していることを指しており、イランは一貫して「イラン問題とレバノン問題は一体であり、イスラエルによるレバノン攻撃を続けながら停戦はできない」と主張し、イスラエルの軍事行動を「米国の責任」において停止させるべきだとして譲らなかった。国際法違反をくり返すイスラエルの最大の支援国は米国であり、米国の庇護と武器・資金支援がなければイスラエルは軍事作戦を継続できないからだ。
米国は4月の停戦交渉後、イスラエルの要求に従い「停戦条件にレバノンは含まれない」としてきたが、覚書締結を前後してトランプが直接ネタニヤフを叱責するなど、これまでの黙認姿勢から直接的な批判と圧力へ対応を大きく変化させた。これはイランが戦争によって疲弊し、自国を保護するためだけに早期停戦を懇願するような状態にはなく、むしろイスラエルのレバノン攻撃を逆手に取り、国際社会が手を付けられなかったイスラエルの暴虐を米国をして停止させ、中東全体の課題解決に乗り出したことを意味している。
「即時かつ恒久的な戦闘終了」とは、幾度も交渉の最中に攻撃を受けてきたイランが強く要求してきた条件であり、米国の責任においてイスラエルの違法な戦争をやめさせることが覚書の全条項を履行するうえで最上位の必須条件となっている。イスラエルが攻撃を再開すれば、それは米国の停戦合意違反となり、ふたたびホルムズ海峡は封鎖されることになる。
次に、イランと米国は「互いの主権および領土保全を尊重し、内政干渉をおこなわない」ことを宣言している。これは国連憲章の原則を再確認するものだが、歴史的にみると米国は1979年のイラン革命以来、イラン・イスラム共和国体制を正当な政府として認めておらず、1980年には国交を断絶し、「最大級圧力」と「体制転換」が米国歴代政権の対イラン戦略の基本方針だった。そのためイランに対しては、軍幹部や政治指導者の暗殺も「合法的」におこなわれ、それが「内政干渉」と表現されることもなかった。
トランプも2月の開戦当初、「イランの体制転換」を声高に語り、それを事実上の戦争目的に掲げていたが、この条項はトランプ(およびネタニヤフ)の願望だけでなく、米国の歴史的なイラン体制転換の目標を公式に打ち砕くものとなった。「内政不干渉」の保証は、米国がイランの現体制を承認したに等しい。
ホルムズ海峡は60日解放 実質の賠償金支払い確約

覚書に署名したイランのペゼシュキアン大統領(18日)
覚書の内容は、今後60日間(双方の合意により延長可能)をかけて交渉される最終合意に委ねられた部分が多いが、イラン側の利益として確定したものも多々ある。
第4項では「本覚書への署名と同時に、アメリカは海上封鎖およびイランに対するあらゆる妨害・阻止行為の解除を開始し、30日以内に海上封鎖を完全に終了する」としている。続けて「この期間中、船舶の通航は戦前の交通量に応じてイランによって確保される。さらに米国は、最終合意後30日以内に周辺地域から軍事力を撤退させることを約束する」とした。
これはイランの海上交通の権利を認め、米国がペルシャ湾、ホルムズ海峡からの軍撤退を認めたことを意味し、イラン側が主張してきた「中東地域からの米軍撤退」に通じる内容となっている。
ホルムズ海峡の管理に関する事項も具体的に明記された。世界の原油取引の25%、天然ガス(LNG)の20%が通過する同海峡の封鎖は、アジアをはじめ世界全体のエネルギー市場を危機に追い込み国際原油価格の急騰を引き起こし、トランプ政権にとってのアキレス腱となった。トランプは「核問題」を最重要課題としてイラン攻撃を正当化したが、最大の交渉カードはホルムズ海峡の開放へと変貌した。
第5項では「覚書署名と同時に、イランはホルムズ海峡からオマーン湾に至る商業船舶の双方向の安全通航を、60日間は無償で最大限確保する措置を講じる」とし、「商業船舶の通航はただちに開始され、技術的・軍事的障害の除去および機雷除去の必要性を考慮し、30日以内に完全に確立される」としている。これにより60日間はすべての船舶が無料で通過でき、現在はイランが設定した安全回廊しか通過できないが、機雷除去等をへて30日後に海峡全体での安全通航が可能になる。
ただし、「イランはオマーンと協議し、ホルムズ海峡の将来の管理および海上サービスについて、適用される国際法および沿岸国の主権的権利に従って協議する。また、他のペルシャ湾沿岸国とも意見交換をおこなう」とも明記している。イランのアラグチ外相は、ホルムズ海峡の管理について「戦前とは異なる形」になるとのべており、同海峡を領内に収めるイランとオマーンの主権を重視し、今後米国やイスラエルの攻撃を抑止するためにもイランが管理権限を握り続けることになる。それまで平和だったホルムズ海峡を一方的な攻撃で戦場化し、世界を混乱へと追い込んだ米国は海峡管理をめぐる交渉の枠組みからもはじき出される形となった。
今回の戦争による沿岸国の被害額は、初期段階の概算でイランは少なくとも2700億㌦(約43兆円)、カタールは200億㌦(約2兆8000億円)、オマーンは4億㌦(約640億円・推定)、バーレーンは約25億㌦(約4000億円・推定)などと試算されており、侵略を仕掛けた米国やイスラエルが相応の賠償金支払いに応じない場合、これらの損害補填は通航料によって賄われる可能性もある。
そして、第6項では「米国は地域の同盟国とともにイランの復興および経済発展のため、当事者間で合意された3000億㌦(約48兆円)以上の確定プログラムを策定することを約束する。この実施枠組みは、最終合意の一部として60日以内に確定される。関連する金融取引に必要なすべての承認、免除および許可は米国が付与する」としている。
これはホルムズ海峡の開放によってイランが直接得る利益であり、「復興費」と称した実質の賠償金を米国(および同盟国)が支払うことを意味する。日本の国家予算の四割におよぶ額であり、米国が政治的責任を負うことを認めた内容にほかならない。「イランへの支払いなど一切ない。フェイクニュースだ!」と叫んでいたトランプだが、戦争の長期化でどれだけ窮地に陥っているかを如実に示している。
原油取引を再開し 対イラン制裁は終了へ

イランと合意した覚書に署名するトランプ米大統領(18日、パリ)
さらに「対イラン制裁の段階的な終了」(第七項)を約束し、「米国は、本覚書署名直後から制裁終了までの間、イラン産原油および石油化学製品、ならびに関連サービス(銀行取引、保険、輸送等を含む)の輸出に関する米財務省の免除措置を発行することを約束する」(第10項)と明記した。米国が主導する対イラン制裁は、1979年から46年以上にわたって継続してきた。「テロ支援国家」指定による資産凍結・禁輸措置、イラン・リビア制裁法(ILSA)による第三国企業への2次制裁導入をへて、2010年代にはドル決済網からの排除、トランプ政権のイラン核合意離脱後にはイランの原油輸出を強制的に禁じるなど、その包囲網は段階的に強化された。イラン国内は通貨危機にみまわれ、医療や医薬品、食料の不足による深刻な人道危機にも陥った。
今回の覚書で定めた、国連安保理、IAEA理事会決議、米国の第1・2制裁を含む対イラン制裁の全面的撤廃は、トランプが離脱したイラン核合意(2015年)の内容をもはるかに凌駕しており、イランにとっては歴史的勝利といえる。
イランの総輸出額のうち、原油、石油製品、天然ガス、石油化学製品などのエネルギー関連輸出は6~7割を占める。米国のイラン制裁は、対イランだけでなく、イランとビジネスをする外国の企業や銀行を制裁の対象にしてきたが、当面60日間ではあるが、これらへの制裁免除によって、外国企業は米国の制裁を恐れることなく、イラン産原油や天然ガスの購入、輸送、保険引き受け、決済に参加できるようになる。これまで決済ができずに滞っていた医薬品、医療機器、食料などの「人道物資」の正規輸入ルートが正常化し、国内の深刻な医療危機や物資不足が大幅に改善されることも予想される。
イランの原油産出量(日量360万~460万バレル)は世界4~5位、埋蔵量は世界2~3位を誇る。覚書が履行されれば、これまで禁輸とされてきたイランの原油輸出が合法化するため、原油価格は下落する可能性が高い。これは世界のエネルギー消費者や企業にとって直接の恩恵をもたらすものでもある。
さらに11項では、「米国は、覚書の実施に伴い、凍結または制限されたイランの資産および資金を完全に利用可能とすることを約束する。資金解放の手続きは交渉を通じて両国が合意する。これらの資金はイラン中央銀行の指定する最終受益者に対し、完全に利用可能でなければならない」とした。対象となる凍結資産は最大240億㌦(約3兆8000億円)におよぶとされ、今後の交渉の進展にかかわらず即時解放される。イランはその使途についての裁量権も確保した。
核問題は先送りに 撤廃された具体的制約
トランプが最大の政治的課題としていた核問題は、第8項で「イランは、核兵器の製造または取得をおこなわないことを再確認する」としただけで、米国が求めてきた濃縮ウランの国外搬出も核開発能力の完全放棄も覚書には盛り込まれなかった。
覚書では、イラン国内の濃縮ウランは「IAEAの監視下で、合意されたメカニズムおよび時間枠に従い、少なくとも現地希釈方式により解決することに合意する。また、濃縮活動およびイランの核利用ニーズに関連するその他事項について、最終合意において合意される枠組みに基づき協議する」としているだけで、イラン核合意で定めた①濃縮レベルの指定、②遠心分離機の数量制限、③ウラン在庫量の上限などの具体的制約は一切とり払われている。
覚書には、イラン核合意が求めたような数値的な制限はないまま、「60日間の最終合意に向けた交渉」に先送りされた。イランは開戦前から「核兵器は保有しない」ことを国是としており、今後は、自国の核問題を、核兵器不拡散条約(NPT)にも加盟せず国際原子力機関(IAEA)の査察も受けないイスラエルの核兵器問題解決のための交渉カードにする可能性が高く、米国側の核をめぐる「二重基準」が逆に追及されることになる。
米国とイスラエルがイランを攻撃した2月28日の直前まで、オマーンの仲介でおこなわれた米・イランの核協議では「イランは濃縮ウランを二度と備蓄しないことに合意した」(オマーン外相)と報じられていたが、イラン戦争はイランに核開発の権利を与え、交渉における力関係を逆転させる結果となった。
さらに、米国とイランは最終合意まで「イランは核計画における現状を維持し、米国は新たな制裁を課さず、追加の軍事展開をおこなわない」(第9項)と定め、第13項では、ダメ押しのように「レバノンを含む全戦域での即時・恒久的戦争終結」(第1項)、「米国の海上封鎖解除および軍の撤退」(第4項)、「イランによるホルムズ海峡開放」(第5項)、「石油輸出の制裁免除」(第10項)の履行・継続を、最終合意に向けた交渉実施の条件として明記している。
最後の第14項では、最終合意を国連安保理の「拘束力ある決議」で承認することを定め、米国の政権交代による一方的離脱を困難にするというイラン側の意図が体現された。
ハイテク兵器を消耗 覆った軍事的な優位性
米国は今回の戦争にかかった戦費が、4月時点の公式試算でも290億㌦(約4兆6000億円)に達したとされ、ハーバード大学のリンダ・ビルメス教授(元米国商務省・最高財務責任者)らの分析によると、破壊された湾岸同盟国のインフラ再建支援、兵士の医療・障害補償、復興にかかる多国間基金などを含めると、最終的な総コストは1兆㌦(約160兆円)を超えるとされる。
対イラン攻撃は、ミサイル・弾薬の消費速度が初日の24時間だけで2003年のイラク戦争のほぼ2倍の密度という前例のない凄まじいペースで展開された。一方、性能が向上したミサイルは製造コストも高い。最も高級な迎撃用弾道ミサイルSM3は、1発当り2800万㌦(約43億7000万円)とされ、今回の戦争で83発を消費。年間製造量は12発が限界であり、わずか1カ月で7年分を失った。
高高度弾道ミサイルTHAADは、1発当り1299万㌦(約18億7000万円)であり、年間製造能力は90発であるにもかかわらず、イラン攻撃で1・6倍の158発を消費。迎撃ミサイルの主力であるパトリオット(PAC3)は、1発当り400万㌦(約6億2000万円)するが、1200発以上を消費し、年間生産量の2倍、米軍総在庫量の半分を消失した。枯渇したミサイル備蓄を開戦前レベルに戻すまでに最低5年は要するとされている。
一方、イランの自爆型ドローンは1発当り2万㌦(約310万円)程度とされ、1カ月で約1万機もの量産体制を持つ。「フェラーリに石ころをぶつける」と比喩されるほどの圧倒的な非対称戦をイランが制したことで、「超ハイテク防衛網の優位性」という安全保障神話は完全に書き換えられた。軍事力も経済制裁もイランを打ち負かすことはできなかった。
イランは、イスラム体制がいかなるハイテク兵器による軍事攻撃によっても倒れないことを証明し、ウラン濃縮や核開発能力の放棄を条件にすることもなく、ホルムズ海峡再開と引き換えに石油輸出を正常化させ、46年にわたる経済制裁を解除させ、凍結資産を解放させ、米国にイランの国際的立場を認めさせるという極めて大きな利益を獲得したことになる。
それは、米国とイスラエルの傍若無人な振る舞いに痛打を浴びせるだけでなく、力の論理がはびこる世界の正常化・安定化に寄与するものといえる。世界における米国覇権の弱体化と退潮はより決定的なものとなり、その構造的な変化は、日米同盟(実質の対米従属)だけが「安全保障の要」としてきた日本の進路を考えるうえでも重要な節目を示唆している。





















