(2026年8月5日付掲載)

早期米の出荷が始まり、全国の多くの地域で稲刈りが近づくなか、生産者米価の急落が始まっている。コメ不足から一転して「コメ余り」になり、民間業者の米価が大幅に下がってきていることから、JAの概算金も下落傾向となっており、今年産米が豊作であれば暴落する可能性も出てきた。ホルムズ海峡の封鎖で農業資材の高騰に拍車がかかるなか、暴落すれば農家の廃業に拍車をかけかねない事態だ。東京大学大学院の鈴木宣弘教授は、備蓄米の買い戻しとコスト割れ補填が急務だと指摘し、「今動かないととり返しのつかないことになる」と警鐘を鳴らしている。
7月から、九州を中心に早期米の出荷が始まっている。しかし、もっとも早く出荷が始まる宮崎県のコシヒカリは60㌔1万8000円と、昨年の3万円に比べて約半値まで落ち込んだ。高知県の場合も1万4000円台(昨年2万2000円台)など、2万円を割り込む水準だ。鹿児島県のコシヒカリはわずかに2万円を上回っているが、昨年の2万7000円と比較すると6400円の下落となっている【表参照】。

昨年、集荷競争が過熱して各地の農協で1俵3万円をこえるような概算金の提示があいついだのから一転して大幅な下落だ。
早期米が新米価格の先行指標となるため、8月に決まっていく各地の農協の概算金も下落することが見込まれている。農家のなかでは昨年、米価高騰を懸念する声が圧倒しており、「1年だけ高額な米価が出たところで、翌年の収入が見込めなければ農機具を買うこともできないし、作付けを増やすこともできない」「農家が求めているのは超高額ではなく、毎年安定して生産できるような安定した米価だ」「消費者が買えないような米価では、食料供給にならない」「これまで買いたたかれてきた国産米の価格水準が上がることは、赤字で農業を続けてきた農家にとって喜ぶべきことだが、もし輸入米がそれにとってかわれば、ますます国内農業が疲弊していく」などと語られてきた。
一部の大規模農家や農業法人をのぞき、大半が小規模な零細農家だ。突然収入が上がり、売上が1000万円をこえると2年間は消費税課税業者になってしまうし、税金や保険料なども上がる。「来年もこの米価が続くとは思えないから、経費で落とすために農機具を更新しようと注文した農家も少なくなかった」といわれるが、注文が殺到して「納品は来年2月(今年2月の意味)」といわれる事例もあいつぎ、確定申告までに計上できる減価償却費はごくわずかで意味がなかったという話も語られていた。
こうした農家の懸念が今、現実になろうとしている。米価が下落している要因は、25年産米の在庫が増加していることだ。農水省が7月28日の「食料・農業・農村政策審議会食糧部会」で示した6月末の民間在庫量は過去最大の243万㌧(玄米)。来年6月末の民間在庫量はさらに今年を上回ると推計している。
関東圏の農協関係者は、「25年産は全量契約済みだが、執行率が悪く、JAの倉庫にまだ残っている状態だ。約3万円の概算金で農家から買ったもので、もしこれが売れ残り、業者から違約金を払ってでも解約したいといわれると、農家に対して清算ができなくなる」と厳しい実情を話した。
卸売業者や集荷業者など、それぞれが25年産の在庫を抱え、その処分に苦戦するなかで、直近のスポット取引価格は1俵1万8000円程度まで落ち込み、相対取引価格も2万5000~6000円へと下落しているという。25年産を概算金ではなく買いとりした農協では、評価損を抱えることが避けられないような状況であり、各農協から再委託を受けて販売している全農も同じような状態に置かれているという。
鈴木宣弘教授は「在庫が急増して、高値で買い付けたコメを安く売れないと我慢比べしていたが、限界になってきた。早く換金しなければ新たな融資を受けて新米を買い付けることができないので、大幅な損切りでも売らざるを得ない状況となり、米価の大幅下落が起こりそうな状況になっている」と指摘している。
背景に民間在庫の急増 政府は備蓄米買戻さず
この状況は、23、24年と不作・品質低下による供給減が2年連続で発生したにもかかわらず、政府がコメ不足を認めず、「コメは足りている」といい続けて備蓄米の放出時期が遅れたことが大きな要因となっている。
25年産米も不作になるという予測から、25年春先の田植え前に高値契約する動きが起こり、農協もコメ確保のために高値の概算金を提示するなど、集荷競争が過熱して米価が高騰した。しかし蓋を開けてみると飼料米を主食用米に転換するなど作付けが増加に転じたこと、豊作だったことなどから、25年産米の生産は若干ではあるが増加。遅れて放出された備蓄米が市場に残ったうえ、高米価のなかで、業務用を中心に輸入米に移行する流れができ、25年のコメの民間輸入は前年の95倍までになっている。加えて、消費者が高いコメを敬遠する動きもあり、民間在庫が急増する結果になっている。
ただ、「民間在庫が過去最大」というものの、放出した政府備蓄米約60万㌧を買い戻していないことを考える必要がある。農業関係者たちは、米価暴落を防ぐため備蓄米の早期買い戻しを求めて来たが、政府は「26年産米の作柄を含めて需給を見定める」などとして、当初は7月下旬の予定だった買い戻し時期の決定を秋以降に先延ばしする方針を表明した。
「備蓄米を買い戻して米価を高止まりさせるのは物価高騰対策に反する」というのが高市政府の言い分だが、一方で、生産者を支える施策はなんら打ち出されないままである。「8月に農協の概算金が出そろい、安値になったところで買い戻そうというのが財務省の狙いだ」と農業関係者のなかで憤りの声が上がっている。
食料安保の「最後の砦」である政府備蓄米は、従来約100万㌧規模(目標水準、国内消費量の約60日分)であったが、昨年からの放出で現在約30万㌧(15日分)にまで減っており、民間在庫(流通中のもの)と合わせても180万~250万㌧(70~90日分)しかない。食料安保の観点からも早期に買い戻し、不測の事態に備える必要がある。
しかし、政府は改定食糧法(7月8日可決・成立)で国の備蓄量を削減し、民間業者に委ねる方向に転換した。表向きの理由は「国の備蓄の放出が手間取ったから」というものだが、実際は備蓄コスト(財政支出)削減のためだ。財務省は25年11月、コメを民間備蓄に移行すれば、403億円の備蓄費用が16億円まで減らせると提言している。食糧法の改定は、令和のコメ騒動を踏まえて「コメの需給と価格の安定のための見直し」を銘打っていたが、その内容はさらに政府が主食の供給責任から手を引くものとなっている。
生産コストは上昇続き 燃料や資材が高騰
米価下落が懸念されるなかで、農家の生産コストは上昇する一方だ。
円安やウクライナ戦争などの影響で肥料や農薬などの価格上昇が続いてきたが、今年はさらにホルムズ海峡封鎖により、燃料・肥料・農薬などの価格高騰に加え、原油やナフサの供給停滞で、農業機械、ハウス暖房などの燃料高騰、輸送費から農業用ビニールなどまであらゆる資材が高騰している。

今年4月に米穀安定供給確保支援機構が発表した「米のコスト指標」では、今年四月時点で生産段階のコストは玄米60㌔当り2万535円だった【図参照】。このコストは利潤なしの生産コストだ。25年4月時点は1万9860円だったのと比べると、3・4%経費が上昇している。内訳は次の通り。
肥料…22・7円(前年比+3・2%)
農業薬剤費…18・3円(同+1・7%)
賃借料及び料金…28・1円(同+6・3%)
農機具費…70・4円(同+5・0%)
労働費…113・9円(同+3・5%)
その他…88・9円(+1・6%)
しかし、この指標が出た後もコストは上昇を続けている。農協関係者によると、5月以降、ビニール関係の資材の値上がりや肥料が5%値上がりするなどしており、10月から来年の春肥(水稲農家が使う一般的な化成肥料)の予約価格を30%値上げするという通知が来ているという。「この状況では、せめて2万円の米価がなければ農家は厳しい」と話す。
鈴木宣弘教授は、コスト上昇のなかで大規模層でも60㌔2万5000円なければ厳しいとし、2万円を割り込むような価格が出ているなかで、さらに廃業が加速すると指摘している。
目先「コメ余り」であっても、それはすぐに「コメ不足」に転じる。山口県内の農家は、「今、全国の農協が様子見しているように見えるが、今年の概算金は必ず下がると思う。しかし、今年価格が下がったことで、やめる農家や一枚作付けを減らそうかという農家が増えて、来年は必ずまたコメが足りなくなる」と指摘した。

長期の減反政策が原因 令和のコメ騒動
24年夏から全国的に発生した「令和のコメ騒動」では、店頭からコメが消え、あっても「高くて買えない」状態が続いた。23、24年産米が猛暑で小粒になるなど、収量・品質が低下して供給量が減少した一方で、その他の食料品が値上がりするなかで唯一値上がりしなかったコメを買う消費者が増えたり、インバウンド消費が増大するなど需要が増えたことなどが直接の要因となっている。23年産だけを見れば、主食用の生産量661万㌧に対して需要量は702万㌧。41万㌧不足していた。「毎年10万㌧消費が減るから生産を10万㌧減らす」といった単純計算によるギリギリの生産調整が招いた事態でもある。
その根底には、長期にわたる減反政策(生産調整)と米価低迷によって、国内の生産基盤を弱体化させてきたことがある。
米価が市場に委ねられて以降、生産コストに合わない価格が続き、ここ10年ほどのあいだでも2014年の米価大暴落(1俵8000円台も出た)、コロナ禍明けの2021年の米価暴落などがくり返され、そのたびに農家の廃業が加速してきた。
長年、農家の苦境が放置され続けてきたところにコロナ禍やウクライナ戦争など世界的な状況の変化が加わり、稲作で見ると2020年では1年働いて手元に残る所得が1戸平均で17・9万円、時給181円だったのが、2021、22年には所得1万円、時給10円という状況にまで立ち至った。
赤字でも代々受け継がれてきた農地を荒らさないために踏ん張ってきた昭和一ケタ世代がやめていくなかで、農業経営体数は2005年の約200万経営体から、2024年には約88万経営体へと半分以下にまで減少している。
限界を迎える大規模化 メディアは旗振るが
「零細農家はもうやめてもいい」「大規模化して、その分を大規模経営が吸収していけば問題ない」といった論調がメディアなどを通じて振りまかれ、高市政府は今いる農家を支える施策ではなくスマート農業やフードテックといった政策に予算を投じている。だが、大規模化に限界があることも明らかになっている。
5年ごとにおこなわれる農業センサスにもとづいて東京大学の安藤光義教授がおこなった分析では、2010年の段階では、放棄された面積287万㌶に対して、大規模層が受け皿になった面積は224万㌶と、78%を大規模層が吸収していた。しかし、2015年に大規模層が受け入れた割合は37%に低下しており、2025年には放棄された291万㌶に対して、大規模層が受け入れたのは58万㌶、わずか20%となっている。
中山間地域は大規模化ができないうえ、「大規模農家」「担い手」といわれる農家も高齢化が進んでいる地域が多く、「これ以上は受け入れできない」という実情も語られている。そうした実態を無視して、なお大規模化やスマート農業を推し進めるということは、多くの農村コミュニティの崩壊を加速させることを意味している。
目先は「コメ余り」だが、それはすぐに「コメ不足」に転じる。政府は令和のコメ騒動をへて安定供給に向けたとりくみを進めるどころか、農協や卸業者を悪者にしながら実質放置。むしろコメ市場はわずかな要因で大きく価格変動する市場経済の様相を強めている。農家も消費者も乱高下にふり回される状態を放置すれば農家は激減していき、国民は食料を手にすることができなくなる。生産者が必要な価格と消費者が買える価格の差を補填する制度の実現はますます急がれるものになっている。
政府が動かない今、鈴木宣弘教授は、地方自治体からギャップを補填する仕組み作りを先行して地域の農業を守り、地方から政府を動かしていくことを呼びかけている。





















