いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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暗く冷たい海の底から

 83年の時を経て、ついに暗い海底に眠っていた長生炭鉱水没事故の犠牲者たちの遺骨の一部が発見された。昨年の坑口の発見からおよそ11カ月、昨年10月末から断続的におこなわれてきたダイバーたちによる潜水調査によって徐々に坑道内の様子はつかめていたものの、崩れて水没した炭鉱内という極めて危険な現場で障害物を地道に取り除き、ダイバーたちの安全を確保しながら格闘は続いていた。なにもないところから手探りで真っ暗な海底を進んでいくまさに命がけの潜水であり、伊左治氏をはじめとしたプロダイバーたちの執念、必ず遺骨を持ち帰るという熱意にまず敬意を表したい。彼らの専門的な知識や経験なしには為し得ない遺骨送還事業であり、今後とも亡くなった183人の犠牲者(うち136人が朝鮮人労働者)の遺骨の一片一片を拾い集め、遺族のもとへと送り届けていく作業は危険と隣り合わせである。

 

 遺骨はしっかりとした形状で海底に眠っている。今回、そのことがはっきりと証明された。これらの遺骨は日本人も含まれているとはいえ、その大部分が朝鮮半島(半数近くが大邱出身者)から強制的に連れてこられ、日本の戦時産業に動員された人々であり、「合宿所」なる施設に牛馬のように押し込められ、そこにはピストルを持った監視までつき、食料もろくに与えられず、過酷をきわめた非人間的な扱いのなかで炭鉱労働に従事させられて生き埋めにされた犠牲者である。10代から30代が大半を占め、彼らは祖国を見ることもなく、家族にも知られることなく、83年もの年月にわたって異国の海底深くにそのまま眠っているのである。そこにあることがわかっている肉親の遺骨をひきとりたいと思うのは、誰でもかわらない人情であり、戦時動員をした国の為政者たちは痛切な反省とともに特別にその責任を負わなければならないことはいうまでもない。

 

 こうした遺骨の存在をわかっていながら放置する、あるいは見て見ぬふりをするということは人道的な立場からもできるものではない。歴史の真実を掘り起こして明らかにし、死者に礼を尽くして、朝鮮半島で暮らしている遺族たちのもとへ送り届けることが人道にかなったやり方であり、そのことは昨今ようやく正常化に向けて歩み始めた日韓の友好関係を深めることにもなる。

 

 2005年の日韓協議では、朝鮮半島出身の旧軍人・軍属及び旧民間徴用者の遺骨について、「人道主義、現実主義、未来志向」の三つの原則でとりくんでいくことを合意している。あれから20年、日韓国交正常化60周年の年に、日本政府をして、あるいは日韓共同プロジェクトとして海底に眠る183体の遺骨を引き上げ、厳粛な態度でもって遺骨送還することの意義はとてつもなく大きい。こうした事業はあくまで人道的なものであり、日韓友好を促進するためのものであり、政治的な色彩をもったものではない。こうして本来であればかつての大戦で日本を無謀な侵略戦争に駆り立てたものが負うべき責任についてきっちりとけじめをつけることこそ、現代を生きる日本人としての誇りある態度であるし、礼節を重んじるならなおさらである。

 

 遺骨の発見までたどり着いたのは、長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会をはじめとした人々の地道な運動の賜であり、志を持って参集したダイバーたちの決死の潜水の賜であり、それを全国からクラウドファンディングで応援してきた人々の熱意の賜でもある。

 

 遺骨は暗く冷たい海の底から次々とみつかりはじめた。ここからは日本政府が前面に乗り出して遺骨送還事業を国家プロジェクトとして動かすべきで、そのことを通じて揺るがぬ日韓友好の深い関係を築いていくべきである。

 

吉田充春                

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