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海に生きるⅢ 宇部岬のマンガン漁に密着取材 

マンガン漁でとれたワタリガニ(ガザミ)

 山口県宇部市、瀬戸内海に面したこの街に、山口県漁協宇部岬支店がある。宇部空港のすぐそばに位置する港からは、毎日のように海面すれすれを飛んで離着陸していく飛行機の姿が見える。巨大な堤防で囲まれた漁港の周辺一帯は、昔からの漁師町だ。穏やかな瀬戸内海の恵みを受けて育った魚介類を、季節に応じて漁法を変えながらとることで漁師たちの営みが成り立ってきた。かつては黒のダイヤと呼ばれたノリ養殖や、有明海から漁法が伝わったとされる潜水業が盛んだった浜としても知られる。岬支店では、11月半ばから4月20日まで、約30隻の漁船がマンガン漁をおこなっている。気温も和らいできた3月半ば、村上守さんと息子の幹男さんが乗る胡子丸に乗船させてもらい、その1日に密着した。(記者・鈴木彰)

 

海底を掻いていく爪

 マンガン漁は底引き網漁の一種で、海底を曳く網の手前に熊手のような鉄の「爪」が付いているのが特徴だ。この爪で海底の砂を掘り起こし、砂の中に潜んでいる多種多様な生物を網ですくいとっていく。水温が低い時期に、海底へ潜ってじっとしている魚介類を狙ってとる漁で、宇部市が瀬戸内海最大の水揚げ量を誇っている「ワタリガニ」(ガザミ)もこの漁でとれる。冬に旬を迎えるワタリガニだが、カニといっても足よりも主に甲羅の中にある身とミソが重宝される。産卵前に卵を持つ「内子」の状態の雌ガニにはとくに高値が付き、1㌔㌘あたり6000円することもあるという。ワタリガニの他にも貝、エビ、カレイ類など海底に生息する生物がとれる。

 

 この漁法は全国各地でおこなわれており、様式はさまざまに異なるが、岬の漁師たちは「二丁マンガン」という漁法を用いている。「ビーム」とよばれる竿を漁船の両側に張り出し、船から送り出しているワイヤーとその先にくくりつけたマンガンを両側のビームの先端につなぎ、二つの仕掛けを使う。ビームを両舷に張りだしたその姿から「トンボ」とも呼ばれており、早朝から夕方まで網を曳いては上げ、くり返し漁をおこなう。

 

 取材当日の午前3時、船着き場へ着くと、港に並んで停泊している漁船に漁師たちが乗り込み、エンジンをかけて出漁前の準備を始めていた。マンガンの先に付いている爪のボルトを締めたり、機械に油をさしたりしながら手早く作業を進めていく。そうこうしているうちに、一隻、また一隻と仲間の漁船が港を出て行き、胡子丸もゆっくりと岸から離れ、高い堤防の合間をすりぬけて港をあとにした。宇部岬の漁港から瀬戸内海を東へ2時間半ほどかけて移動し、防府市の野島沖にある漁場を目指す。

 

 地図上では一見狭い海峡のように見える瀬戸内海だが、漁船で海上へくり出してみると、その漁場はいかにも広大だ。沖に目を向けると遠くの方に航行する内航船やフェリーの明かりが灯り、前後では仲間の漁船が同じ漁場を目指して海上を進んでいた。3月とはいえ、夜中の海上は冷気が刺さってくる。操舵室の暖房で体を温めながら、漁場に到着するのを待った。守さんは寒風に吹かれながら、収納されているビームを両舷へ張りだして固定する作業をおこなっていた。午前6時前、漁港を出発して2時間半ほどかけてようやく漁場に到着した。周囲には下松市の笠戸島、上関の祝島、大分県国東半島沖の姫島が見えた。

 

海底を掻いていく爪

 

午前6時、この日最初の網を投入した

 漁場へ到着すると、すぐに漁が始まった。守さんと幹男さんが準備にとりかかり、船尾に置いてあるマンガンを2人で持ち上げて海へ投げ入れていく。これから約40分、3ノットほどのスピードでマンガンを曳いていく。水深は40~50㍍ほどで、水温が低下するこの時期に深場へ潜り冬眠しているワタリガニを狙う。その他にも貝類やカレイ、ヒラメなどの底物の魚もとれる。ワタリガニがよくとれるのは寒い冬の時期で、漁期終盤のこの時期にはあまりとれない。そのため、アカ貝やトリ貝、アカエビ、レンチョウガレイ、ハゼなどを主にとるのだという。

 

 仕掛けを投入してすぐに、マンガンが着底したことが船の揺れ方ではっきりとわかった。マンガンは、網の入り口に付いている爪が海底に刺さると、土へ深く入り込み、一定の抵抗が加わると、海底の土を跳ね上げ、また爪が海底へ刺さる仕組みになっている。爪が海底へ噛み込む度、船がグッと後ろへ引き戻される。両舷に出したビームにそれぞれマンガンを装着しているため、右舷側が引っ張られたかと思うと、今度は左舷側から引っ張られる。波の上のフワフワした揺れに加え、船を横に振る力が加わり、海底と引っ張り合いをしているのが身体に伝わってくる。幹男さんは「この揺れに慣れるまでがきつかった。若い頃にはカニを手に持っただけでぎっくり腰になったこともある。中腰での姿勢のときに一番堪える」と話していた。そして、できるだけ船の上では座っていることを勧められた。

 

 網を投入して40分ほどしてから、この日最初の網を上げた。船の両舷に付いているウィンチが回転し始め、ワイヤーが巻きとられていく。水面までマンガンをあげると、網にロープをかけ、船尾にあるクレーンで吊り上げて袋になっている部分を開けた。中から貝やエビ、小さな魚がたくさん出てきた。1匹だけワタリガニが入っていたが、この時期は「入ればもうけもん」だそうだ。網を空にするとすぐさま海へ投入し、また40分間海底を曳く。その間に網から出した魚や貝などを選別し、一緒に混ざっているゴミや売り物にならない魚などと分けていく。

 

1匹ずつ手でより分ける選別作業

 

1匹ずつ選別していく

 以東底引きもそうだったが、選別は細かい作業だ。網から出てきた魚のなかには目立って大きな魚はおらず、大きくても20~30㌢ほどのレンチョウガレイくらいだ。その他はハゼ、コチ、オコゼ、アカ貝、ヒメ貝、トリ貝、ブトエビ、アカエビ、ミズイカなどがいた。これらを1匹ずつ手でより分けて、それぞれ別の容器へ分別していく。売り物にならないヒトデやクラゲ、その他の魚やゴミなどもたくさん混ざっているため、熊手や木のヘラを使って分けていく。守さんが甲板の台の上、幹男さんが船尾の甲板上で2人して選別し、全て終えるとそれぞれケースに分けて船首側にある活け間(水槽)へ入れて生かしておく。

 

 とれたもののなかでも、高値が付くワタリガニはとくに丁寧に扱う。生きた状態で出荷するのだが、そのまま水槽に入れていては喧嘩をして互いに鋭い爪で傷つけあってしまう。それでは価値が下がってしまうため、1匹ずつワタリガニの腕を折りたたみ、甲羅ごと輪ゴムで縛る。こうすることで、調理で加熱したさいに、腕がとれてしまうことを防ぐこともできるのだという。

 

 選別は、小さな生物を1匹ずつ手でつまみ上げ、仕分けする地道な作業だった。時間にして約20分ほど。それから甲板をきれいに掃除して次の網上げに備える。20分もすれば同時進行で海底を掻いている次の網のご開帳だ。おやつをつまんだりしながら待っていたが、漁が始まってから夕方までくり返し作業は続き、ゆっくり休んでいる暇はない。

 

状況の変化に即対応 目離せぬビームの動き

 

 選別をしている最中や選別が終わって一休みしている間にも船は進み、無駄なくマンガンを曳いている。守さんや幹男さんは常にマンガンと繋がっているビームの動きやレーダーに映る魚礁、スクリューの回転や船のスピードなど、さまざまな所へ注意を払っていた。

 

 とくにビームの動きを確認することが重要なのだという。海底で爪が砂に刺さり、跳ね上げる動きがビームに伝わる。ビームが一定の間隔でメリハリのある上下運動をおこなっていれば、適度な力が爪から地面に加わり、うまく砂を掘っていることになる。しかし船は進み続けているため、場所によって水深が変わる。船から出したワイヤーの長さが水深に対して長すぎると、海底をマンガンがなでるように曳くことになり、しっかりと砂を掘り起こせない。反対にワイヤーが短すぎればいわずもがな、獲物は網に入らない。このような海底でのマンガンの様子は全てビームの動きにあらわれる。水の中の目に見えない状況変化をビームの動きやモニターに映る水深表示に目を配りながら常に把握し、状況に応じてワイヤーの長さを伸ばしたり縮めたりしながら正確な棚(深さ)を確保し、確実な漁獲を得ていく。

 

 漁の途中、幹男さんがエンジンを切った。海面に浮遊する海藻がスクリューに巻き付いたためだ。これはよくあることらしいが、海藻が絡まるとスクリューの回転が悪くなり、船のスピードが出なくなる。甲板のフタを開け、絡みついた海藻を長い柄がついた鈎で外し、また気をとり直して漁を再開した。漁の最中にスクリューの掃除は何度かおこなった。「おかしい」と思ったらすぐに問題を解決し、不安要素をとり除いてから漁をおこなう。

 

 この日に操業した海域には魚礁がいくつも設置してあり、その影が船のモニターに黄色く映る。魚礁にマンガンを引っかけてしまうととり返しのつかないことになる。そのため、操舵を担う幹男さんは船尾でとれた魚の選別をしている最中でも、手を止めて何度も操舵室へモニターを見に行って舵を調整し、魚礁の合間を縫って仕掛けを曳いていた。

 

 朝早くから漁を続け、ようやく船の上で昼食を食べながらくつろいでいると、守さんと幹男さんが何かに気づいたのか突然食べかけの弁当を片付け、投入したばかりの網を上げ始めた。引き上げたマンガンを見てみると、海に捨てられた長いワイヤーが爪に引っかかっていた。これでは海底で仕掛けがまともに機能しない。昼食を食べながらもビームの動きから異変を感じとっていた。1日という限られた時間のなかで、必ず何度かトラブルや不具合はあるという。しかし、そのなかでいかにロスやリスクを減らして漁ができるかが、最終的には全て収益に影響してくる。網を上げて選別し、また網を上げて…。単調な作業のくり返しのように見えるが、そのなかでさまざまな状況の変化に即対応するためのアンテナを張り続けながら漁をおこなっていた。

 

 無線からは、仲間の漁師の会話で「大男が2つ(大きな雄のワタリガニ)」などと聞こえてくる。やはりこの時期少なくなっているとはいえ、値段の高いワタリガニがとれるか否か、気になるようだ。幹男さんも収量を報告しつつ、仲間の漁師の情報を集めながら漁場を変えて漁を続けていった。今回の漁では朝6時過ぎから網を入れて、午後2時30分まで、合計10回ほど網を入れた。とれたワタリガニは12匹で、その他に貝類、エビやカレイ、コチ、大きなトラフグやヒラメもとれた。漁期終盤のこの時期にしては「そこそこの出来」だそうだ。

 

 最後の網をあげ、選別や片付けを終えると、夕方5時ごろから荷揚げして出荷しなければならないため、港を目指した。2時間ほどかけて帰り着くと、船着き場では軽トラが並び、手伝いに出てきた奥さんたちが待ち構えていた。それぞれの漁船からこの日の漁でとれたもののなかから、ワタリガニなどを一足先に運び出していた。ワタリガニのほかにエビを直接港へ買い付けに来る業者もおり、岸壁は漁船の帰りを待つ人たちで賑わっていた。レンチョウガレイやコチなど、生かしておけるものは翌朝漁に出る前に市場へ出荷する。漁師たちは朝早く漁へ出るため、市場への出荷はおかみさんたちの役目だという。

 

港に着くと魚をきれいに洗って出荷の準備をする

 朝方から14時間船に乗りっぱなしで働き続け、帰ってきても、とれたものをそのまま市場へ出荷するわけにはいかず、もう一仕事ある。マンガン漁でとれたものはみな海の底にいる生物で、網の中では砂や泥にまみれていたり、剥がれた鱗が体にまとわりついて汚れているため、出荷する前にすべてきれいにする必要がある。レンチョウガレイはとれたままの状態で入っているケースの中に水をかけ、それでも泥やゴミがついたものは甲板の上に裏返して並べ、勢いよく水をかける。その後、サイズごとに分けてまたケースに入れる。人差し指ほどの大きさのミズイカは胴の中に泥が詰まって黒く透けているため、1匹ずつ胴の中にホースで水をかけて泥をとり除いていた。大きな殻を持つタイラギは、殻を破って中から貝柱だけをとり出して出荷する。一つ一つ丁寧に出荷の準備を進めていた。

 

 ふと見ると、守さんが選別用とは別の容器に魚や貝を移していた。この日の一家の晩ご飯になるようだ。「子持ちのハゼを煮付けにして、酒を飲みながら卵の部分を頂く。これが最高に美味いんだ。漁が良ければ酒も美味くなる」と嬉しそうに話していた。

 

宇部岬漁港

「うべ新鮮市場」好評博す浜の直売施設

 

 近年、このマンガン漁でとれる宇部のワタリガニは、テレビでもとりあげられて有名になり、県外から買い求めに来る客もいるという。ただ、高値のワタリガニがたくさん網に入るにこしたことはないが、いつも大量にとれるわけではない。一度に網に入る量はそれほど多いわけではなく、とれる種類もほぼ限られている。そうして1日をかけて何度も同じ作業を積み重ねることで、漁が終わる頃にはさまざまな魚が活け間を賑わせ、その数も少しずつ増えていく。さらに、とれた魚を1匹ずつきれいにして、ようやく出荷することができる。

 

 港へ帰って出荷準備や片付けを終え、船からあがろうとしたとき、幹男さんが「他の漁師もみんな無線では“カニがのらん(とれない)”と愚痴をいいながらも、なんだかんだこうやって毎日漁を続けている。1回でとれる量は少ないが、ちりも積もれば山となる」と話してくれた。なるほど、その通りだ。一瞬の連続こそすなわち永遠であるように、ぬかりのない地道な作業の積み重ねこそが糧となり、その質や量を保証しているのだと教えられた。朝方から丸1日、漁の始まりから終わりまで同行させてもらい、自然と向き合い、粘り強く働く漁師の背中を見た気がした。

 

 マンガン漁の他にも、宇部岬では流し刺網漁や一般的な底引き網漁、潜水漁など、季節に応じてさまざまな漁をおこなっている。夏場に旬を迎えるハモは祇園祭りで賑わう京都へ共同出荷したり、協同組合の力を発揮したとりくみも進めている。浜にできた水産物直売施設「うべ新鮮市場・元気一番」も好評で、漁師のおかみさんたちが作る“みさき定食”はいつも完売だ。漁師の営みとそれを支えている出荷や販売、加工を通じた浜の連携やしくみについて、今後も通いながら取材を進めていきたいと思う。

 

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