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のどぐろ水揚げ日本一の下関漁港

下関港で水揚げされる「のどぐろ(赤ムツ)」

水産業に光を当て振興を

 

 山口県下関市大和町にある下関市中央卸売市場では、毎年お盆過ぎから「沖合底引き網漁業」(以東底引き)が解禁となり、水揚げが始まっている。

 山口県萩市の見島から長崎県の対馬周辺までの海域で4~5日かけて操業し、豊富な魚種を下関に持ち帰ってくる。この時期にもっとも目玉商品としてとり扱われているのが「のどぐろ」(赤ムツ)で、近年はテニス選手の錦織圭が「のどぐろが食べたい」と発言したのを契機にしていっきにその名を全国に轟かせ、都会での需要が増大して値段も高騰してきた。

 ところが、地元ではなかなか流通せず、スーパーなどで一般市民が手に入れることも難しい。そして昔から獲れている魚でありながら、地元の食文化として定着している印象も乏しい。

 下関ではトラフクやアンコウが有名だが、実はのどぐろの水揚げも全国一の港町であることはあまり知られていない。近年は水産都市の低迷が叫ばれて久しいが、漁港市場の主力である以東底引きがどのような活躍をし、全国にタンパク源を供給する役割を果たしているのか、のどぐろの産地としての魅力とあわせて見てみた。
 
 あまり地元流通しない不思議

 下関中央魚市場では全国でももっとも早い1時15分から競りが始まる。夜10時半頃になると、市場の岸壁に寄せた漁船から発泡スチロールや木箱に詰めた魚が次次とベルトコンベアで運び出されて場内へ並べられ、積み上げられていく。そのなかでもきっちりフタをして、厳重な品質管理のもとに発砲スチロール箱が積み上げられた一角がある。箱には「ムツ」と赤マジックで書かれ、何匹入っているのか数字が記されている。これが「のどぐろ」(アカムツ)だ。多い日には1組の漁船(以東底引きは2艘で1組)からのどぐろだけで3000箱以上水揚げされることもある。他にもアンコウやカレイ、レンコダイなどさまざまな魚種が何千箱と水揚げされていく。


 こうした魚を獲ってくるのが以東底引き網漁船だ。東経128度30分から東側の日本近海でおこなわれる底引き網漁で、毎年8月16日から翌年の5月15日までおこなわれる。「底引き」といっても地域によって漁法はさまざまだ。下関市場に水揚げしている以東底引きは2艘の漁船が1組になり、1つの網を引く「2艘引き」という漁法で操業している。2艘引きは西日本特有の漁法だ。島根県の浜田市や出雲市の以東底引きも2艘引きで、長崎市の以西底引きも2艘引きの拠点となっているが、そのなかでも下関魚市場は2艘引きの最大の拠点となっている。


 下関の以東底引きは出港してからだいたい4、5日、長くて1週間ほど漁をおこなう。遠く離れた海域が主戦場であるため、行き帰りの時間や効率的な操業を考えると日帰りというわけにはいかない。数日かけて漁から帰ってきたら、獲ってきた魚を夜のうちに市場へ水揚げし、そのまま市場から氷と発泡スチロールを船に積み込んで、またすぐに沖へと繰り出していく。このサイクルが8月から5月までの9カ月間続く。時期によっていろいろな種類の魚を獲り分けており、秋から冬にかけてのどぐろを獲り、冬になれば本格的なアンコウのシーズンになる。今年はウマヅラ(カワハギの仲間)がよく獲れており、中国へ輸出してカワハギロールの原材料として加工されている。他にもカレイやアマダイなども以東底引きの主力級の魚だ。


 漁船の乗組員は1艘に10人ほどが乗り込む。1艘の船が網のロープを一本ずつ引き、この状態でだいたい1時間半から2時間、狙った海底のポイントで網を引く。夜は睡眠時間をとるために網を引く時間を延長して3時間ほど引く場合もあるという。網を引き上げる時は、片船ずつロープを巻きながら船同士の間隔を狭めていき、最後は一方の船が巻き上げたロープを片船に託し、最後はロープ2本ともを1艘の船で巻き上げて網を回収する。引き上げてきた網から魚を船上で選別、発泡スチロールに箱詰めし、船内の冷蔵庫に保管していく。この選別の作業がもっとも大変な仕事だといわれている。一連の流れを沖に出てから市場へ帰るまでの間、くり返しおこなう。かなりの肉体労働だ。


 各漁船には1組に1人「漁労長」という全体の指揮を執るリーダーがいる。漁労長の一声で網を入れるポイントや網を引く時間、巻き上げるタイミングなどすべてのことが決まっていく。漁労長の存在は絶対的なもので、この感性によって水揚げは左右されるという。「それまでいくら獲っていた船でも、漁労長が交代すればまったく獲れなくなることもある」と市場関係者は話していた。装備のよしあしや船の新旧ではなく、長年の経験や蓄積が水揚げの内容を決定づける。なかには「神」と呼ばれる漁労長までいて、高級魚ののどぐろに狙いを絞って獲ってきたり、腕がいいことからみなが一目置いている。結果がすべての世界のようだ。

 地元での加工望む声も ほとんどが「上送り」

 このなかで、近年急激に人気が高まっているのがのどぐろだ。とくに東京や大阪などの大消費地で鮮魚として流通しており、下関市場で仕入れをおこなう仲買業者はほとんどの品を「上送り」で県外の消費地へ輸送して販売している。より高値で売れるからだ。さらに島根県浜田市が歴史的に加工業が盛んで技術もあるため、小ぶりであったり、鮮魚として使えないものは干物やふりかけ、丸干しなどの加工用として下関から送られている。


 以東底引きが操業する海域のなかでも「のどぐろがよく獲れる」とされているのが長崎県対馬周辺の海域だ。とくに対馬の西側にあたる海域に深く沈み込んでいる部分があり、のどぐろが溜まりやすいといわれている。


 この海域における近年ののどぐろの漁獲量の変化を見てみると、漁獲量、CPUE(一つの網あたり何㌔㌘の魚が捕れたか)ともに2014年に急激に増加している。


 その生態系の特徴について国立研究開発法人水産研究・教育機構・西海区水産研究所(長崎市)の研究者に話を聞くと「資源の増加というよりも、各漁船がのどぐろを狙って獲っていることが影響している」と分析していた。


 この魚のもっとも特徴的なところは、白身魚でありながら脂の乗りがいいことだ。とくに炙りや塩焼き、煮付けなど、刺身で食べるよりも火を通す料理が好まれている。そして同じのどぐろであっても、長崎県の以西底引きがとってくるものや、日本海側で水揚げされるものと、下関の以東底引きが獲ってくるものは味が異なるという。


 前述の研究者曰く、以西底引きの海域で獲れるのどぐろは、東シナ海の沿辺部で産卵をおこなうため腹に卵を抱いているものもいることに特徴がある。それに比べて、以東底引きが獲ってくるのどぐろは卵を抱いているものはいない。卵に栄養や水分などが多く必要となるため、脂の乗りに影響が出るのか、詳細な分析はわかっていないものの、以東ののどぐろは脂の乗りや質が非常に良く、「のどぐろといえば下関」という評価が業界人のなかでも常識となっている。他の海域とのエサの違い、成長スピードなども含め、生態系についてはまだまだ解明されていない部分も多いが、「味が違う」という事実だけが認知されている状況のようだ。なお、市場でも発泡スチロールではなく、木箱に入れられて加工用として水揚げされる十数センチほどののどぐろ(バラムツと呼ばれている)で生後1年。1匹3000円で売られるような30㌢近い大きさに育つまでには相当の時間がかかるようだが、こちらもどのような成長過程をたどっているのか、その生態は未解明な部分が多い。


 他県から下関市場の競りに来ていた水産関係者は「下関で揚がるのどぐろは量も多いし、品質も高くてうらやましい。だが、全国一の水揚げがありながら、アンコウやフクほど広く知られていない。あまり積極的に宣伝していないことが不思議なくらいだ。産地で加工や消費ができていないことが宣伝しにくい要因になっているのかもしれない」と話していた。フク加工や練り物にかけては技術力を誇っているものの、衰退著しい下関市場の周辺には魚の加工設備がほとんどない。市場に来る仲買や他の水産業関係者も「地元で加工ができて付加価値を付けて売るのが一番もうかると思うのだが…」と語っていた。


 歴史的に「上送り」の文化が定着しているなかで、現在は都会に送るだけでも十分な利益になり得る。それを資金力の豊富な仲買が買い占めて、他の仲買は手が出せないという状況もある。しかし高級魚のポジションは時代や流行とともに変化もしていく。いかにして地元で付加価値創造の努力をしていくか、おいしい魚として永続的に全国に認知され、その地位を築いていけるかが課題のようだ。そのためにまず地元庶民の味として今以上に親しまれること、よそで暮らしている人人にも絶対的な自信をもって勧められる状況を作り出すことが、宣伝効果ともつながった重要ポイントになりそうだ。


 現状では、水揚げ日本一であることも知らない市民がほとんどで、さらに食卓でも馴染みが薄い印象が否めない。フク同様に高嶺の花すぎて手が出ないという要因もある。

 全国に誇る多様な魚種 守るべき基幹産業

 以東底引き漁船の乗組員男性は「のどぐろは美味しいが脂も多いため、そんなにたくさんは食べられない。船にのっている時に食べて一番美味しいと感じるのは“ササガレイ”だ」と話していた。淡泊でくせがなく、上品な味わいが普段の食事で食べるには最適な魚なのだそうだ。


 高級で都会で大人気ののどぐろだが、これに引けをとらない魚が下関の以東底引きでたくさん獲れる。下関市場に来ていた卸売業関係者は、「下関ではマグロが売れない。東京では売り込めばよく買ってくれるが、下関の人たちは日本海のうまい魚の味を知っているからお店においても見向きもしない」と歯がゆそうに話していた。“東京猫またぎ”といって、都会人が「美味しい! 美味しい!」といって食べる魚を下関の猫は見向きもしないで素通りしていく――それほど美味しい魚に満たされているのだと年配者は郷土の誇りを口にする。


 ただ、のどぐろをはじめとした豊富で美味い魚を水揚げしている以東底引きだが、現在操業しているのは全部で七組。かつては二十数組が操業し、伊崎の湾内に漁船の大渋滞ができていたことや、船が横付けできずにみな縦付けで市場へ荷降ろしをおこなっていたことを下関の年配の水産業関係者は懐かしそうに話す。かつての活気を知っている人たちにとって、現在の下関市場の現状を寂しい気持ちで見ている人も多い。


 最近は、以東底引きの漁船の老朽化も進んでおり、以前に比べて沖から漁をやめて市場へ修理のために帰ってくる頻度が高くなっている。毎年以東底引きの漁期が終わる5月以降のオフシーズンには「○○が来年からやめるのではないか…」などと廃業の噂が立つほど危うい状況にあるのも事実だ。従って、今は「獲れば儲かる」のどぐろを狙って獲ったり、生後1年ほどの小さいのどぐろの子も他の魚に比べれば割と値が付くために獲っている。


 隣の韓国でものどぐろの漁獲量は増えており、2002年以前は年間1000㌧未満だったのが、2004年以降は2000~3700㌧で推移し、2014年には2828㌧となっている。資源に与える影響についての懸念も強まっている。以東底引き漁船の漁労長の一人は「本来底引きの良いところは多種多様な魚種をまんべんなく獲れるところだ」と話していた。のどぐろも確かに脚光を浴びている魅力的な魚だが、それ以外の魚種も引けをとらない重要な水産資源であることには変わりない。


 漁港市場で毎年開かれる「魚祭り」には黒山の人だかりができて道路が渋滞するほど人人が集まる。新鮮な魚が欲しいという地元の欲求をあらわすような光景でもある。ただ、これらの魚は決して年に一度しか手に入らない縁遠い魚ではない。スーパーが市場を席巻しているなかにあって、いかにして地元消費者とつながるか、以東底引きをはじめとした地元の誇るべき水産業の実情や魅力について発信するか、守るべき基幹産業として水産業に光を当てていくかが問われている。

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