いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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上関を10年放置すればどうなるか 売町政治の転換が課題

 福島第1原発の事故をうけ、戦後の原子力行政が抜本的転換を迫られているなかで、「国内最後の新規立地」といわれてきた山口県の上関町では9月25日の町長選挙が控えている。本紙はこの間、数次にわたり町内全域に入り世論調査を繰り返してきた。町民のなかでは、計画浮上から29年がたった上関の実情が口口に語られ、破産した原発推進の売町政治をこれ以上継続するわけにはいかないし、なんとか町の立て直しの道筋を見出さなければならないという切実な心境が語られていた。原発29年で上関はどうなったか、打開する方向はどこにあるか、記者座談会で論議した。
  自民党の石原伸晃(幹事長)が宇部市でやった政経セミナーで「上関原発はあと10年はできない」と発言したことが地元推進派にショックを与えている。「民主党だけならともかく自民党までそんなことをいうようになったらアウトだ」と。自民党にしてみれば、山口県全体や全国的な選挙を考えたときに、今ある原発をどう動かすかが精一杯で、「新規立地をやるんだ」とはいえない。党利党略が第一であり上関のことなど構っておれない関係だ。しかし10年放置したら、上関は間違いなく人が住めない町になってしまう。ここで、どうするかが最大の関心になっている。
  この間取材したなかで、原発立地のメドがないことは歴然としているが、上関町の現状をどうしていくのか、という問題意識が多くの町民のなかで語られていた。原発交付金で室津地区には巨大な温浴施設・レストラン整備ができたが、だれが入るのだろうと語られていた。上関小学校は屋根付きの室内プールを完備したデラックスなものになったが、子どもの人数は減るばかり。原発騒ぎできて、気付いてみたら、廃村まっしぐらの状況だ。「私たちが子どもの頃は1学年で70人くらいいたが、今は1年生から6年生まであわせて80人しかいないのだ」と語る住民もいた。
  室津地区ではかつて映画館もあった西町で、何年か前から歯抜けのように更地が出現しはじめていた。最近は中通りを歩いても家屋が解体されて更地になっていたり、過疎化がスピード感を増している。他の地域も同じで、四代や白井田でも独居老人が亡くなったり引き取られたりで、廃屋が増えている。「香典料で首が回らない」と冗談めかして語る人も多いが、労働人口や高齢者人口などのバランスが崩れはじめている。あと10年原発の幻想を追いかけるなど、「いい加減にしないといけない」「もう限界だ」と話題になっていた。

 6000人いた人口は半減 原発売町政治の犯罪

  昨年段階で上関の総人口は3332人。終戦後に1万3000人近くまで膨れあがったのから比較すると、4分の1まで縮小している。原発計画が持ち上がった当初の選挙で片山は、「6000人の人口を倍加させる」と訴えていたが、30年を経て半減した。高齢化率も全国トップクラスで09年段階で49・4%に達している。町民の2人に1人が65歳以上の老人だ。5年前の国勢調査のときには「全国14番目の高齢化率」といわれていた。
  上関の人口減少は都市流出の社会現象だけでは説明がつかない。よそと比較しても減少率はグンを抜いているし、萩市周辺の北浦地域よりも減り方がすさまじい。町内で住めないからだ。光輝病院や住民票を移さずに子どもたちに引き取られていった年寄りを省くと、実質人口は約3000人といわれている。
  食料を調達できる商店もめっきり減って、買い物難民地区が増えている。食料やちょっとした日用品が揃っている商店が室津に1軒、上関に1軒、白井田に2軒、四代に3軒あるだけ。町外から野菜や食料品を積んでトラック販売にやってくる商店が年寄りにとっては便利な存在になっている。車がやってくる定刻になると人人が道路沿いの一角に出てきて、青空市場のような感じで買い物をしている。
  高齢者は病院通いでも難儀な思いをしている。上関の松岡医院と室津の近藤医院があるが、治療を本格的に施すような場所ではなく、何かあると周東病院や平生クリニックなど町外まで足を運ばなければならない。柳井市や平生町まで出かけるのに一日仕事になると語っていた。
 B 人が住めないから出ていって人口が減る。若者も出ていくが、年寄りも都市部の息子娘たちに引き取られて出ていく。このすう勢に歯止めがかからない。福浦の町営住宅のことを「マンション」と呼んでいるから驚いたのだが、聞くと家賃が四万~五万円もするという。これでは若い層もキツイ。若年世代が住める条件、子育てができる環境を整備しなければならないし、高齢者の増加に対応した町作りが待ったなしだ。町民が生活する基本的な条件が失われ、地域コミュニティーが崩壊している。
 C 町政は原発交付金にしがみついて贅沢な建物をつくり利権事業にうつつを抜かしてきた。そのあげくに「来年度からの交付金の見込みが立たない」状態になった。原発推進町政は破綻している。福島県双葉町は原発をつくって財政破綻したが、上関は原発ができる前に財政破綻だ。双葉町民は「夢を見たあげくに町をとられた」「原発は麻薬だ」といっていた。上関は町がとられる前に麻薬中毒からの転換が求められているということだ。
 A 原発売町政治がもたらした犯罪性は大きい。「原発がくればなんでもできる」といって30年を失った。あと10年「夢追いの麻薬中毒爺さん」たちにゆだねて40年たったときには町が消滅してしまう。原発推進の町政は要するに交付金とか中電の寄付金にたかって利権事業をやり、一部の人間だけがもうけて町を売り飛ばすものだった。行政も議会も「町民のために」「町の発展のために」などと心配する者が一人もいない。町を食いつぶして廃村政治をやってきた結果、人が住めない町になってきた。問題は単純に原発に賛成か反対かではない。その土地に住む町民にとっては、基本は売町政治か郷土愛に立った政治かの対立だ。

 破綻した売町政治 箱物作るが運営資金のメドなし 地元業者疲弊

   福島事故まできて、柏原町政に代表される売町政治は完璧に破綻している。室津小学校の跡地にデカイ温泉施設をつくっているが、「原発工事着工」を前提に手を付けていた。ところが原発計画はストップして来年度からの交付金、運営資金のメドがない。室津の埋立地には今秋から総合文化センターもつくる予定だったが延期になった。菅直人が首相になって「原発で50%をまかなう!」と豪語し、上関も先行投資で交付金バブルがはじまっていた。これが破産した。
  柏原町長といえば町職員時代からパチンコやボートなどバクチ好きで有名だが、「原発はできる」とバクチを打った。そのバクチですってスッカラカンになるという状態だ。これは二井関成知事の責任も大きい。先走って公有水面埋立許可を出し、「原発はできる」と祝島をあきらめさせるパフォーマンスの火付け役になった。しかし原発は国策であり、経済産業省直結の上関原発推進だった。歴代自民党政府、それに輪をかけた菅政府の責任だ。
  上関原発の行き詰まりは福島原発が決定的だが、その前に行き詰まっていたことをはっきりさせておくことが大事だ。去年の春頃には「原発はできる」の中電のパフォーマンスで、全国から業者が押し寄せていたが、夏頃にはみな引きあげた。しかし祝島が補償金を受け取らず漁業権交渉が成立しなかったからだ。埋立工事にも手が出せず進捗率は0%。そのうえに福島事故が起きてアウトとなった。埋立工事を請け負っていた関西の業者が倒産したという報道があったが、工事を当て込んで設備投資した業者、民宿を建てて儲けの夢を追った人など、中電にだまされた結果になった。
 D 柏原町政になってからは、片山町政のときより巨額の利権事業をやりはじめた。片山は国から電源交付金が下りてくる前に降板させられた。原発交付金は昨年度までに45億円が入り、今年度予算では11億円を計上している。その他に中電からも07年から24億円の寄付が入っている。その分、箱物事業がドカドカ増えた。といっても、温泉施設も日立建設(宇部市)が受注するなど、よそ者が利権をとっていく格好だ。運営にあたる「なごみ」にも中電関係者が出向してきているという。あるいは町内の工事でも、室津の特定企業ばかりが受注すると問題視されてきた。
  原発の「準備工事」といってきたのも、中電立地事務所の幹部たちが天下った洋林建設や奥村組がきっちり受注していくし、町の仕事にまで食い込んで地元業者を押しのけていく姿が話題になってきた。「原発がきたらみんなが潤う」という幻想は地元業者のなかでも乏しいものになった。「設備投資してきた金を中電に返して欲しい」という関係者もいた。原発建設になればゼネコンが来るし、町外大手がやってきてみな奪いとっていく。ヤクザも都市部の「大手」が押し寄せて、地元はヤクザも業者もお呼びでないというのも、08年以後の「準備工事」の過程でまざまざと見せつけられてきた。そして片山元町長の作った会社が電柱を埋める仕事を中電からもらったり、一部の者だけがいいことをする関係だった。

 町民の心配せぬ上層部 推進派も反対派も

  郷土愛のない町の売り飛ばしが町民との間で鋭い対立になっている。今は役場の職員が平生町に住んで通ってくるとかが当たり前になっている。町議でも、「反対派」議員で平生町に一軒家を建ててそこから議会に通ってくる。推進派町議も町外に家を持っていて、子どもたちも町外の学校に通い、本人は議会のときだけやってくるのがいる。上関を住みやすい町にする意志がない。学校や店、病院などよくして、町に人が住んでよそに働きに行くようにするという気などないのだ。
 B 町連協(推進派団体)の会長をしていた吉崎も、町議を引退したら平生町に用意していた新築に移り住んでいった。ボス連中は柳井などに家を建てたりマンションを買ったりしてきたが柳井は20㌔圏内ということでそこからも逃げなければならない羽目になった。上関を簡単に投げ捨てていくような投機的なものが町の上層部に巣くってきた。
  町をつぶしてしまう売町政治と対決して、どの道を行くかが問われている。金があるかないかではない。あってもムダ使いばかりして何のいきめもない。いくら工事をして箱物をつくっても身に付かないのが今の上関の状態だ。「30年間、何も良いことはなかった…」と推進してきた一般住民のなかでも語られていたが、ほとんどの人が思っていることだ。
  「町民の心配などせず、町をどうするのかがないのは推進派幹部だけでなく反対派幹部も同じだ」といわれる。反対派町議は「原発反対」をいうだけで300万円あまりの報酬をもらい自分が飯を食っている関係だ。自分が飯を食うための反対だ。町議をしたおかげで子どもを大学にやったと語られ、町議をやめたら反対派町民の世話は一切せずに漁業補償金をもらった反対派元町議とか、反対派の格好をしているが大きくは原発依存の売町政治の補完物だ。
  対立点を鮮明にして発展方向を鮮明にすることだ。原発に依存した売町政治が続いてきた結果、町民のため、町の発展のためという方向が意図的につぶされてきた。この中電と経済産業省を背景にした売町政治の支配を取り除かなければならない。そして売町政治のもとで分断され争わされた町民の団結を回復し、真に町の立て直しをはかる全町的な合意を実現することだ。町民主導の町作りであり、推進、反対で分断されてきた地域共同体の力を取り戻すことが第一の課題だ。

 地域結ぶ祭りまで潰す 土地略奪で神社攻撃

 B 夏祭りでも「水軍祭り」といって中電の寄付で耳慣れない三流芸人を呼んできて、花火をドカドカ打ち上げて終わるだけになった。本来の町に根ざした祭りは影を潜めた。地域の祭りというのは共同体を結束させる機能を持っている。ところがこれをつぶしてきた。
  室津では以前は初午など賑やかにやっていた。地域のみながお宮に出かけ、中通りには出店もやってきて楽しんでいた。ところが原発予定地にあった神社地の売却問題が騒動になった頃からおかしくなっていった。「土地は死んでも売らぬ」と故林春彦宮司(室津賀茂神社)が拒否したことから、宮司を吊し上げるために中電が裏工作して、解任するために謀略を仕組んだのがきっかけだった。
 尻馬にのって騒いだのが故外村勝磨・室津漁協組合長や浅海努氏、西哲夫町議らで、「祭りをやらない宮司」などといってでっち上げた。祭りの開催すら困難な状態に追いこんで、一方では中電が推進派住民に「不適格宮司なので解任してください」「みんなが困っています」などと記した下書き原稿を手渡して、「あなたたちの直筆で書いて、手紙を神社本庁に郵送してください」と依頼して回っていた。九州電力の「やらせメール」なんて、上関町民にいわせれば笑いものだ。マスコミも警察もはじめて知ったような顔をしていることの方が驚きだ。
  総代会や敬神婦人会などさまざまな組織があって、室津地区では神社を中心にした地域共同体のコミュニティがあった。そのシンボルだった神社を攻め立てて、みなのつながりを崩壊させた。あと、神社地問題では山谷議長(四代区長)の借地料横領問題が放置されているが、共有地のお金にしてもどこに億単位の金が消えたのかわからずじまいだ。そして本人は柳井にマンションを買ったり、四代にでっかい宿泊施設を建設した。警察もメディアも裁判所もみんな知っているのに隠蔽して、盗人のような人間が町議会議長になった。
  商工会や漁協、行政、議会など町全体を牽引すべき組織がみな中電の下請け組織になってしまい、機能不全に陥っている。「町にリーダーがいない」と住民の多くが語るが、コミュニティが崩壊させられた。地域のみんなが共通の目的のために力を合わせて結束するとか、縦横のつながりが分断され、リーダー機能も喪失してしまっている。防災の面から見ても、年寄りだけ残されたら火事や災害が起きたら手に負えないし、みなの力がなければ地域は成り立たない。中電が乗り込んだ30年で植民地的支配がやられ、町が略奪された。ここからの立て直しが待ったなしになっている。

 山ほどある発展の余地 漁業軸に介護福祉等

  上関町の発展の余地は山ほどある。どこかの金持ちに期待するのでなく自分たちの手と足で働いて町を建設するという側に立ったら可能性が山ほど出てくる。上関町の産業の中心は漁業だ。海がひじょうに豊かだからだ。それは福島県の双葉地方とは比べものにはならない。上関でも磯から沖に出て底引きなどが主力だったが、今では魚が捕れず、高い油代を払うために出漁する状態で、多くが沖に出なくなっている。1㌧前後の船外機船でワカメや昆布の養殖、ウニやサザエ、定置網などで年収1000万円以上をあげているという、岩手県の実例などが高い関心を呼んでいる。長い海岸線がありながら、磯、沿岸の開発などほとんどなく、その分開発の余地はひじょうに大きい。
 漁場を開発するには漁協の共同体的な管理が不可欠だ。それが中電の道具になって、原発の金目当てのために機能して、漁民をバラバラにさせるための漁協のありようが障害になっている。新鮮な魚が上関の武器であり、出荷調整をするための蓄養施設を備えるとか、水産物を加工することで雇用もつくり、付加価値を倍にするとかの工夫の余地がある。出荷だが、まずは上関でとれた魚を上関町民が買えるようになぜしないのかだ。それだけでも相当に違う。上関でとった魚を広島の料亭に出してうまい経営をしている漁民の例もある。インターネットで注文をとって刺身などにして宅配で送っている例もある。
  今の町の実態から見て年寄りが多い。だからダメではない。もっと介護保険を使うようにして介護の仕事を増やすとかやればよい。また買い物をする場所がないというのなら、ご用聞きのような配達販売の仕組みを作るとかする可能性がある。そこでは町内でとれた魚や野菜を直接に仕入れて優先的に使うとかすれば、年寄りが畑仕事をするせいも出るし、若者が農業でやれるような可能性も出てくる。また食事ができない老人に給食をやるとか、やるべきことは山ほどある。町には若者がいないからダメではなくて、若者が帰ってきて意欲を持ってやれるようにどうするかだ。要は、原発の交付金にぶら下がることばかりの政治を一掃して、町民の必要としていることに対応する町を作ろうとする発想に転換したら可能性が出てくる。
 C それこそ先進地を視察に行けばいい。あれだけ日本中の原発を視察してきたのだから、原発がダメなら、原発のない漁業先進地や農業先進地、介護福祉の先進地、住民自治の強い町などに出かけて、やり方を吸収すれば得ることは大きい。温泉施設も経営破綻するのは目に見えているのだから、温泉付き診療所付き老人ホームなどにつくり替えたらいい。どのみち人は来ないのだから、今の町の実情に即した施設に切り替えたらよい。 
 A 福島の立地町に比べても上関ははるかに産業振興の条件は良い。“海のチベット”と呼ばれるような僻地ではない。海の豊かさは牡鹿半島、三陸沿岸と同じような条件だ。原発にたからなくても大丈夫な要素が大きい。なにを貧乏たらしい真似をしているかだ。昔「上関は交通の便が悪いからダメ」という漁師がいた。「それなら長崎県の五島や対馬の方が交通の便はいいのか」という話になったことがある。
 工業崇拝、資本崇拝、都市崇拝で農漁業蔑視、働く者蔑視、田舎蔑視のあきらめの流れの転換をすれば見えてくるものがある。都会には失業者があふれ、職はあっても生活できない非正規雇用。その上に世界的な食料難だ。田舎が一番強く農漁村の見直しにならざるを得ない。今度の東北大地震でも田舎が壊れたら東京が悲惨だった。電気はなく水も飲めず食料もなくなる。田舎あっての大都会だ。
  伊方原発も止めなければならない。上関からは伊予灘を挟んで40㌔㍍向こうに伊方原発が見える。晴れたらくっきりと原子炉建屋や送電線が見える。夜には明かりが見える。南海地震によって豊後水道から津波が駆け上がってくることがわかりきっているが、上関町の白浜などは正面から波を受けることになる。伊方は老朽原発で目の前には中央構造断層帯が横たわっている。「上関もだが伊方原発を止めろ」の声も町内では多く聞かれた。伊方を止めたら瀬戸内海漁業の回復の可能性が出てくる。三号機が動き始めて温排水量が倍になり、エビが獲れなくなった。これが確実に回復する。エビをエサにしていたタイやハモなどの味も回復する。
 
 9月に迫る町長選挙 売町政治か郷土愛政治か 30年の大転換へ

  売町勢力は福島原発事故まで来て破産している。「国策で原発をやってきたのだから、国がやる気がなくなったらめどがない」という。そのなかで町長選では推進派の柏原町長が出馬する。「原発がない場合の町づくりも考える」とかいっているが、選挙でなにを主張するか思案中らしい。柏原政治の特徴は反対派の抱き込みだ。これは戦後の上関町政を特色づけている故加納新町政の政治だ。つまり敗戦後シベリア帰り共産党の漁協参事でならし、組合長になって自民党に変わって町長になった。共産党系と自民党系の両方に立脚して町を衰退にまかせ、原発を引き入れた。その一族の政治の延長線上だ。この勝負は上関の戦後決算の課題でもある。
 A 柏原町政は片山町政より程度が悪い。もっと徹底した原発利権政治だし、町の売り飛ばし政治だ。
 D 反対派の方だが、まだ町長選の候補者が決まらない。山戸親子も嫌といい、カヤック隊をつれてきたといわれる氏本氏も嫌で、清水、山根、岩木の反対派町議も嫌のようだ。「だれが出ても負ける」という評価のようだ。しかし福島事故が起こり、「脱原発」が世の中の大勢になっているなかで、上関で反対派が候補者を出さないとなったら、全国から不信が巻き起こることになる。「反対派いなくなったのか」と。推進派幹部のなかでは「反対派は立候補する人材がいるのか?」「いないだろう」と余裕を見せる者もいる。「柏原と談合した」という疑惑も起きる。
  30年の大転換が迫っている。単純な「推進」「反対」の対立ではない。売町政治か、郷土愛政治かの対立だ。反対議員連中にしても自分第一派、売町政治の補完物だ。岩木など「反対」を標榜して議員になったおかげで子どもを大学にまで行かせて喜んでいる。漁業補償も祝島が断固拒否しているのに、この連中は受け取っている。上杉も大阪の企業で労組ダラ幹をやっていたのが「反対派」議員でメシを食った。上関に出稼ぎに来た関係だ。引退したら恩義もそっちのけで反対運動からも身を引いた。社会党出身の外村勉は福島瑞穂を上関に連れてきていたが、推進派に鞍替え。こういう連中ばかりが反対派の幹部として振る舞っている。だから信頼がないし選挙そのものは単純ではない。
 しかし町長選は、上関の原発政治の地殻変動を起こすような町民大衆の動きがある。中電の傀儡、植民地的な売町政治と町民分断を転換し、町の立て直しに向かう町民の世論と運動をつくることが最大の課題だ。とくに近年都会から帰って増えている若い世代が自由に発言できるすう勢を強めることが期待されている。

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