いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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祝島島民が埋立着工阻止 

 上関原発計画を巡って、祝島住民が10日間にわたって中国電力の埋め立て着工阻止の行動をしている。それは全町内、周辺地域、岩国、広島など全県、全国を奮い立たせている。それは上関原発27年を迎えるなかで、バブル経済とその破たん、そして小泉・竹中の市場原理・新自由主義改革と、昨年のリーマンショックによる破産、そして今度の総選挙において自民党政府を全国民の意志でたたきつぶしたという確信をもつにいたって、下から斗争意欲がわき上がり、大きな転換点を迎えていることを示している。来年初めの町議選挙を前にして上関町内では俄然活気づいている。
 この間の中国電力の作戦は、二井県政と結んで漁協合併策動で祝島漁協を締め付ける一方で、漁業補償金受けとりによる反対派崩しの策動を進め、「祝島の反対派が崩れた」といって全町の反対勢力を「何をやっても無駄」といった「あきらめ」に導き、土地売却その他の推進のプログラムを進めるというものだった。中電のこのもくろみは破産したことをあらわした。
 祝島の反対行動は、山戸、清水氏が主導して、3日坊主の形だけというものであった。しかし今度はそうはいかなくなった。全島的に、「今度は簡単に止められない」「とことんやれ」の声が圧倒するものとなっていた。いつも抑えてきた山戸氏の神通力が通用しなくなってきたのである。まさに下からの島民主導の行動となった。これは全町内でも周辺地域でも、大いに激励され、喜びを持って迎えられた。
 祝島住民のなかでは、目の前に原発ができるなら、漁業はつぶれ、島の生活はできなくなること、「海と山を守れ」という切実な怒りが改めて噴き上がっていた。埋め立てが予定されている海域周辺は昔からタイの産卵場として知られており、漁業者にとってはただでさえ漁獲量が減っているなかで壊滅的な打撃となる。建設予定地は祝島の目の前に位置しており「人が住めなくなる」というのは、農民やその他の島民のなかでも強い危惧となっている。
 上関原発計画が持ち出された80年代前半、「農漁業では生活できない。若い者は都会に行って働けばよい」とか、「原発誘致で地域振興をする」といっていた。今ではこれが大間違いだったことが歴然としたものとなっている。
 近年、都会に出ていた人たちのUターンが目立っている。都会で働いて定年を迎えた人たちも「老後を過ごそうにも都会は金ばかりかかってやれない」とUターンして上関に戻り始めている。昨年のリーマンショックを起点に新自由主義経済が大崩壊し、都会は失業者で溢れかえっている。都会で生活ができなくなっているのである。「ふるさとの海と山を守れ」の声は以前よりもっと深い内容を持った要求となっている。

 推進派の原発離れ進む 町内の世論大激変
 町内では世論の大激変が起こっている。推進派のなかでは本気で町の発展を考えてきた部分ほど「中電にだまされた」「原発はもう終わり」となって、原発離れしているのが特徴となっている。土建業者は仮に工事が始まっても、大手ゼネコンや、暴力団系の人たちの手にかかれば、入り込む余地は全くない様子。その他中電に共同販売をしようとしてきた業者もお呼びではない。長年町民同士が争って、推進の旗を振ってきたが、いざ仕事が回り始めると町内業者はお呼びではない。利用されただけとなった。農民や一般町民は「振り回され、町民同士が疑心暗鬼で争わされて、バカを見ただけか!」と怒り心頭に発している。
 漁業者は補償金を貰ってしまい、現在はおおむね満足の表情だが、税金でがっぽり持って行かれて、「だまされた」となるすう勢と見られている。すぐに反対で行動するとはならないにしても、積極的に推進をする理由もなくなったと語られている。こうして町内の推進派は瓦解状況になっているのが重要な特徴となっている。
 推進派・柏原町政は一部のものだけの利権政治を続け反発を買っている。推進派議員も80を過ぎても椅子にしがみついて放そうとせず、原発が来たとき30代の若手が60代のじいさんになってしまった。若手リーダーをつぶしてきたのだ。
 「反対派」看板の幹部連中を見ると、最大勢力である祝島で山戸、清水氏らのインチキの正体が暴露され、下からの高揚がそれを乗り越えて進み始めた。埋め立て着工まで来て「これ以上は絶対許さない」という島民の結束が、口では反対を叫び、行動は推進するようなものを許さないところまで来ている。
 正面の推進派と「反対派」の顔をした推進派の二種類の政治勢力を使った原発推進の政治がすっかり破たんして、中電にとって使い物にならなくなっている。以上のような状況が、中電が表向き「すぐできる」というポーズをとっても、簡単に進めることのできない力関係をあらわすところとなっている。
 上関原発を推進してきた最大の力は、平井県政につづく二井県政であるが、自民党が惨敗し、二井県政の原発推進の尻を叩いていた自民党政府が消滅して、後ろ盾がなくなった。二井知事はその他の陳情に行くあてもなくなってあわてふためいている。連合山口の自治労出身西島民主党県議は「連合は原発推進」といったが、山口二区の平岡衆議院議員は、自民党が上関原発と岩国基地増強を推進することに反対する世論で議席を得ており、推進といえば椅子がなくなる関係。
 祝島住民の意欲に満ちた行動はこのような推進勢力瓦解の情勢を表したものとなっている。

 地方生活を潰した27年 全国共通の問題

 上関原発を巡る27年間は、工業優先で農漁業を破壊し、地方生活をぶっ潰すというものであった。それは原発がなくても全国共通の問題であった。以前は上関だけが特別寂れているような印象もあったが、小泉構造改革が強行され、農漁村は役場も、学校も、郵便局も、農協も漁協もつぶれて、人が住めない「限界集落」だらけとなった。上関より寂れたところがふえてしまった。上関は、そのような農漁業破壊、地方生活破壊とたたかって、地方生活を守る先進地として位置するところとなった。
 「原発が来れば人口は2倍にも3倍にもなる」と中電に騙され一生懸命に旗振りをしてきた人たちが、今では「原発が来る前に人がいなくなった。こんなはずでは」といっている。1980年の国勢調査で6773人だった人口は、2005年の調査で3706人とほぼ半減した。
 埋め立て着工阻止行動を続ける祝島漁民に向かって、中電職員が「一次産業で生きて行けると思っているのか」と小バカにして言い放った。町民のなかでは、だからこそ「海と山を守れ」の声が強まっている。「一次産業・農業、漁業をつぶすから日本人全体が生きていけなくなるのだ」。年寄りは、敗戦後「海と山があったから生きてこられた」「山全体が畑で雑草が生えるような隙間はなかった」と口口に語っている。
 原発の問題は、広島に隣接する山口県で、原爆の何万発分もの放射能をつくりだす原発を「クリーンエネルギー」などといって推進する二井知事など、県民の前に引きずり出して説明させなければならない。
 原発による漁場の破壊をはじめとする農漁業、地方生活の破壊は、アメリカ言いなりの小泉・竹中の構造改革による農漁業破壊、地方生活破壊の象徴的な位置を占めるものである。
 それは、労働者は子どもも育てられず、農業のない餓死する国、医療も介護も福祉もない国、すべて民族的な利益は売り飛ばして、一握りのトヨタやキヤノン、三菱など大企業だけが儲けに儲けて、日本社会などどうなってもかまわない、後は野となれの売国・亡国政治の象徴が原発推進政治となっている。
 そして重要問題は、隣接する岩国に米空母艦載機を移転させ、核攻撃基地として二倍に拡充する計画が進行していることである。自民党政府は、アメリカに向かう核ミサイルを日本本土で防衛する計画を進めてきた。日本を核戦争の戦場にさせる計画をやらせながら、その隣にミサイルの標的となる原発を建設するという二井知事をはじめとする推進派はまさに国を売る売国奴ということができる。
 最近話題となっている「核密約」も、岩国市民のなかでは「原爆なら昔から(岩国基地に) 何発も配備されている」というのは常識中の常識として知られている。地震の多い日本のなかでも特に地震地帯である地域に原発を建設するという異常さも併せて、後は野となれの亡国政治を許すわけにはいかない。
 祝島住民のたたかいの高まりは、アメリカ言いなりで国民生活が成り立たなくさせてきた小泉構造改革を撤回させる全県、全国人民の要求と合致しており、それを激励し支持を受けている関係である。

 二井県政大慌ての様相 原発計画の問題山積

 二井県政は、自民党の野党転落で「県民党」といったり、祝島漁民への発言を巡り中電の役員を呼んで叱ってみたりと、大慌ての様相を見せている。二井知事は、昨年秋から「公有水面埋め立て」や「林地開発許可」など、ろくな審査もせずに、バンバン許可を乱発してきた。
 原発計画の今後を見てみると、高いハードルが幾つも並んでいる。予定地周辺には未買収地が多数ある上、祝島も漁業補償受け取りを拒否して頑張っており、漁業権は放棄していない。また発電所ができても、電気を都会まで送り届ける送電線がなければ意味がない。高圧の送電線は人体に悪影響を及ぼすといわれている。
 平生町のいくつかの地域では反対運動を起こすという話も持ち上がっており、送電線の用地取得も難航すると見られている。また長島に渡る橋も現在のでは耐えられず、架け替えが必要であり、さらに避難道として別の橋が必要となるがそのめどもない。
 中電が「今年度中の早い時期に」としてきた原子炉設置許可申請の時期はまだ見通しがたっていない。申請を出しても、許可が交付されるまでには最低2年間を要するとされている。その間、経済産業省による一次審査、原子力安全委員会と原子力委員会による二次審査があり、その過程では第二次公開ヒアリングも控えている。その後文部科学大臣の同意を得て設置許可交付となるが、更に細かな手続きの後に「工事計画認可」が交付されて初めて着工することができる。
 中電としては、町民がすっかり勘違いして、あきらめて放り投げする以外には、それらの手続きをすすめることはできない。町民がだまされてあきらめさえしなければできない関係である。
 原発は権利者ががんばっているだけでは持ちこたえることはできない。その力は、自民党政府と二井自民党県政が推進してきた上関原発計画にたいして、下から大衆的な力を強め、現地、全県、全国の団結の力を強めることである。
 祝島漁民の粘り強い行動は各地で反響を呼んでいる。日を追うごとに様子をのぞきに来る人が増え、「大畠や平郡、周辺の漁業者はみんな応援に来てもいいのでは」「平生、田布施の反対派もみんな大集合したらいいのに」などと話されている。
 その行動は上関町内はもちろん、岩国をはじめ全県、被爆地広島を筆頭に全国の人人に強い衝撃を与え、活気づける役割を果たしている。それら全ての人人の力を結集するならば、中電側にあきらめさせることができる。

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