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隠れて進む漁業権の民間開放 9月臨時国会で法改定の動き

水揚げ漁港の集約化も

 

長崎県対馬沖で操業する下関の以東底引き漁船(乗船取材の記録写真より)

 国民が生きていくうえで不可欠な日本の食料生産が、今重大な危機に直面している。農業はこの間、TPP(環太平洋経済連携協定)や種子法の廃止、種苗法の改定によって存亡の淵に立たされているが、ここにきて漁業についても、「成長産業化」を旗印に漁業権の民間企業への開放が俎上にのぼってきた。安倍政府の「水産政策の改革について」がそれで、養殖の区画漁業権を民間に開放するとともに、沖合・遠洋漁業の漁船のトン数制限の撤廃や、産地市場の統合・水揚げ漁港の集約化が盛り込まれており、それを九月の臨時国会で法制化してしまおうという急ピッチの動きになっている。水産関係者や研究者から、豊かな海を子子孫孫に残すために漁業者がやってきた長年の努力を無にし、漁業生産や地域社会を崩壊させるものだとして強い反対の声が上がっている。

 

 漁業権の民間開放の動きは、東日本大震災の直後、宮城県が水産業復興特区を実施したことが突破口になっている。今回の動きはそれを全面化したものだが、政府の進め方があまりにも拙速だと水産関係者が指摘している。

 

 水産庁が規制改革会議の強力な圧力のもと、「水産政策の改革について(案)」を出したのが5月24日である。それまで水産庁は庁内で厳しい箝(かん)口令を敷き、内容が一切外に漏れないようにしながら、漁業権の専門家と称する何人かで秘密裏に案文を仕上げたという。都道府県にも説明していないし、漁業者は何も知らなかった。

 

 改革案は何の修正もなく同30日に自民党水産部会を通過し、6月1日には政府の「農林水産業・地域の活力創造プラン」にそのまま盛り込まれて正式な政府方針となり、安倍首相が速やかに法案を整備するようゴーサインを出した。漁業者の組合であるJF全漁連(岸宏会長)も、理事会で具体的な内容を理事に伝えないまま白紙委任をとり付けたうえで、会長が改革案を受け入れると表明したという。

 

 当然にもその後全国6会場(札幌、仙台、東京、神戸、松江、福岡)で開かれた水産庁の説明会では、漁業者や水産関係者から疑問や怒りの声があいついだ。とくに質問が集中したのが、これまでは地先の漁協・漁業者を優先していた区画漁業(養殖業)の漁業権の優先順位を廃止したことで、養殖業をやっている漁業者が「タイやブリは生産調整をしており、民間企業が参入したら需給バランスが崩れる」と危機感をもって発言した。

 

 6月2日には全国の水産研究者らでつくる漁業経済学会が「沿岸漁業の企業的利用と漁業権制度」をテーマにしたシンポジウムを東京で開き、緊急にこの問題を論議した。直後に帝京大学教授・加瀬和俊氏、鹿児島大学教授・佐野雅昭氏らが記者会見を開き、漁業経済学会の有志約50人で政府の水産改革に対して反対声明を発表した。そのなかでは、養殖業への民間企業参入を促進する「漁業権の優先順位廃止」について、「行政が“よい経営体”と認めれば漁業権が付与される。許可をもらえなかった漁業者の不満が行政とぶつかる」と、日本漁業の将来への懸念をのべた。有志は反対の署名運動を開始している。

 

 安倍政府の「水産政策の改革について」は、主に次のような問題点がある。

 

次は共同漁業権が標的 水産関係者語る

 

 第1は、区画漁業権の民間企業への開放である。政府の水産改革は、「養殖業の規模拡大や新規参入は漁業の成長産業化にとって重要」という観点から、「区画漁業権は個別漁業者に対して付与する。個別漁業者が要望する場合には、漁業者団体(漁協)に付与する」とし、「都道府県が漁業権を付与するさいの優先順位の法定制(地元の漁業者を優先してきた)は廃止する」「既存の漁業権者が海面を有効活用していない場合は、都道府県は漁業権の取り消しをおこなう」などを盛り込んでいる。また、「養殖のための新区画の設定も積極的に推進する」「沖合に養殖のための新区画を設定することが適当と考えられる場合には、国が都道府県に指示する」としている。

 

 その狙いは、地元漁業者から養殖業をとりあげて民間企業に開放し大規模化することである。だがそれは、地元漁業者の生活基盤を崩壊させることにつながる。また、生産性を高めるといって餌をたくさんまけば、赤潮の発生要因にもなり、50年、100年先を考えた漁業の持続的発展に逆行するし、民間企業はもうけ第一だから、事業収益が上がらなければ撤退するという事態も考えないわけにはいかない。

 

 第2は、沖合底引き網漁業や巻き網漁業などの沖合・遠洋漁業(許可漁業)について、「生産性の向上・国際競争力の強化」の観点から、漁船のトン数制限など漁船の大型化を阻害する規制を撤廃することを盛り込んでいる。また、生産性が著しく低い漁業者に対しては、許可のとり消しをおこなうとしている。

 

 現状でも沖底漁業者や巻き網漁業者と沿岸漁業者との間での紛争は絶えないが、沖合漁業の漁船のさらなる大型化を認めると、その矛盾は全国各地で収拾のつかないものになると予想せざるをえない。零細な沿岸漁業に対する手厚い政策を訴える研究者もいる。

 

 第3は流通構造改革で、「輸出拡大」を柱にするといって産地市場の統合・重点化を推進し、これとの関係で漁港機能の再編・集約化や水揚げ漁港の重点化を進めることを盛り込んでいる。

 

 下関周辺で見ると、流通インフラを境港、福岡、松浦、長崎の大規模水揚げ漁港に集約化し、下関漁港は置いてけぼりになる可能性があることが指摘されている。以東底引き漁船は水揚げのために福岡まで行くようになるかもしれないことや、小型漁船で地先を主な操業の場にする沿岸漁業そのものの衰退につながると危惧(ぐ)が語られている。政府の水産改革は投資家利益の最大化を意図した、もうかる漁業を対象としたもので、それからはずれる各県の漁業についてはその県の管理力が問われること、下関は地の利を生かして韓国との水産貿易を活発にしたらよいとの意見もある。

 

 そのほか政府の水産改革については、「成長産業化・輸出拡大」をいうだけで「国民への食料の安定供給」にかかわる記述がない、資源管理方法としてクロマグロで問題になっているTAC(漁獲可能量による国別割り当て制)を導入しようとしており、船や漁業者ごとに個別に割り当てるIQの導入も検討しているが、それは欧州のように沿岸漁業の少ないところで導入されている制度で、様様な魚種を獲る日本の沿岸漁業の実態にあわないなど、多くの問題点が指摘されている。

 

 ある水産関係者は、今回の区画漁業権の民間開放はまだ第一段階で、最大のターゲットは漁業者の最後の砦としての共同漁業権であると指摘し、「現行の共同漁業権の一斉更新がおこなわれる5年先を待たずして、企業側から声が上がり、それに応じて国が再度手をつける可能性がある」「企業による漁業権の取得が全国的なブームとなり、外資による漁業権の買い占めも絵空事ではなくなる」と注意を喚起している。

 

海の買占めを狙う外資 研究者が指摘

 

 海岸から1000㍍の沖までに設定される漁業権は、共同漁業権(採貝採藻)、区画漁業権(養殖)、定置漁業権(定置網漁業)の3つがあり、都道府県によって漁協に10年ごとに免許され、漁協がそれを管理するとともに、組合員である漁業者に漁業をおこなう権利が与えられてきた。それは各浜の漁師が先祖代代そこで漁業をおこない、生活を営んできた事実を踏まえたものである。

 

 漁業者は漁協の下に集まって、獲りすぎを防ぐために禁漁期間を設けたり、稚魚や稚貝の放流をおこなったりして、漁場を子子孫孫引き継ぐために努力してきた。また、養殖については、水産庁が生産数量のガイドラインを毎年発表し、それにもとづいて関係府県間・生産者間で割り振って生産をおこなってきたし、それによって生産者の共倒れを防ぎ、小規模生産者の生活を守ってきた。

 

 安倍政府の水産改革は、漁業権の民間開放によってこの相互扶助のルールを崩すものである。東大教授の鈴木宣弘氏は次のように指摘している。

 

 日本に農業や漁業があることで、資源、環境、歴史、文化が守られているし、この一次産業の営みがベースとなって、地域の加工、運送、観光業、商業などの産業が成り立っており、地域コミュニティができあがっている。そうした目先の銭金に代えがたい大きな価値がある。仮に一部の民間企業の農業や漁業がもうかったとしても、それだけでは国民に十分な食料を安定的に提供できず、食料安全保障は崩壊してしまう。コミュニティがなくなれば、自分はもうかったと思っている人たちも含めて誰も暮らせなくなる。

 

 区画・定置・共同漁業権は、海を協調して立体的、複層的に利用している。定置の前で魚を獲ったら定置網は成り立たないし、マグロ養殖のそばを漁船が高速で移動したらマグロがあばれて大変なことになる。漁業は、企業間の競争の原理でなく、共同体的な相互扶助の精神で成り立っている。その根幹が漁協による漁業権管理である。一方、宮城県は2013年9月から5年間、桃浦かき生産者合同会社に漁業権を付与したが、合同会社は自社のもうけを優先させて生食用カキの出荷解禁日を守らず、粒が小さく成育不十分なカキを宮城県産として販売して信用を落とした。

 

 さらに、農林水産業は国土・国境を守っているというのが国際常識であり、沿岸線の海を守るために自国の家族経営漁業の持続へ戦略的支援を強化するのが本来だが、日本ではそういう認識が欠如している。漁業権の民間開放によって、外資が全国の沿岸部の水産資源と海とを、短期の採算ベースにのらなくても買い占めることも起こり得る。海岸部のリゾートホテル・マンションの所有で同様の事態が進行している。主権のない植民地状態がいっそう広がりかねない(筑波書房ブックレット『亡国の漁業権開放』)。

 

 政府が進める水産改革、漁業権の民間開放は、日本の漁業を守り、地域コミュニティを守り、国土・国境を守ることに逆行する重大な問題をはらんでいる。本丸である共同漁業権の民間開放が進めば、住民の反対の強い米軍基地や原発、洋上風力発電の建設がやりたい放題にもなりかねない。しかも漁業法や水協法の改定をともなったこのような歴史的な法改悪が、国民に隠れてこっそり進められている。事実を広く知らせ、全国的な論議を起こすことが求められている。

 

共同漁業権を守り、中電の上陸を阻止する祝島の住民たち(2010年)

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