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沖縄・「米国の植民地」と憤り 住民生活無視し米軍優先

米兵の基地外住宅。駐車は二台できる(北谷町)

 米兵による女子中学生暴行事件に端を発して、日常的に住民生活より米軍最優先となっている沖縄の現状から「沖縄は植民地だ」「もう我慢ならない」と世代をこえた憤りが語られている。在沖米軍はこの事件以後も続発する米兵による事件で、「反省」として20日から全米軍関係者を対象に外出禁止としたが、25日には解除することにしている。

 学校上空を飛び回る米軍機


 砂辺地区の老婦人は、「米軍住宅が建ったら事件が多いし、日本の警察は信用ならない。沖縄はアメリカの植民地だよ!地位協定もおかしい」と強い口調で語る。
 鉄血勤王隊として沖縄戦を体験した80代の男性は、「女子中学生暴行事件以後の翌日も翌翌日も事件。日本政府のアメリカ一辺倒が問題だ。1県民として米軍を全部引き揚げてもらいたいというのが本音だ。地位協定があるから彼らはやりたい放題。政府も県民の声を聞かず、歯がゆい思いだ」「子どもたちの教育が、60年のあいだに骨抜きになっている」と、危惧(ぐ)する。
 50代の男性は「95年からの12年を見ても外人はなにも変わっていない。婦女暴行事件はたくさん起こっているし、沖縄はもう爆発寸前だ」と語った。
 住民のなかでは、米軍の飛行経路もいつのまにか変わり「西海岸から帰ってきて、以前はまっすぐ滑走路に入っていたが、今は必ず砂辺を旋回して滑走路に入るから2回騒音がある」ことや、F15やファントムが学校地域は避けて飛ぶという協定があったはずなのに、いつのころからか学校上空を飛ぶようになったと語られる。それも北谷小、第2小、北谷高校の上空を3、4機の編隊を組んでわざと飛ぶ。子どもたちは爆音がひどくて勉強どころではない。夜中の3時4時でも輸送機が自宅の上空スレスレを通って窓が揺れる。「非常事態訓練」として夜中でもサイレンを鳴らして訓練をくり返していることなど米軍が万事最優先となっている。
 50代の父親は、「小泉からまだ悪くなった。その後の事件を見ても、米軍再編を見てもすさまじい。元防衛大臣の久間など、長崎の出身でありながら“アメリカの原爆投下はしょうがなかった”という。そういう人間たちによってむちゃくちゃがやられている」と語る。
 また、米軍再編などと合わせて子どもたちの教育に対しても危機感が語られている。
 北谷町の父親は、「あの中学生がなぜついて行ったのか、少女に責任があるというよりも、なぜついていったのかと考える。米兵といること、米兵をファッション、飾りみたいに思っている子たちや、“連れて歩くとかっこいい”というような風潮がある。問題は、こういう風潮や環境、教育であるし、大人の責任でもある。自分たちも戦後世代だが、おじいやおばあから戦争体験を聞いてきた。その時点でも半減しているが、もっと無感覚やマヒがまんえんしてきている」と語る。
 40代の母親も、“よき隣人”教育があだになっている。国際化教育自体は悪いことではないが、それによって子どもたちが米兵に対して無警戒になることが米兵にとっては格好の遊び相手になる」と真剣な表情で語った。

 規則避ける為に住む米兵も 基地外住宅


 また、子どもを持つ親世代からは基地内外をフリーパスで行き来する米兵や、次次に建設される米軍住宅に、「基地外住宅はキチガイ住宅。アメリカは銃社会。基地外住宅に“ない”とはいいきれず、いつ銃問題、事件が起きてもおかしくない状況だ。規制されているのか、把握しているのかなどだれもわからない」と危機感を募らせている。
 在沖米軍の米軍人・軍属数は1988年に5万8097人で、2006年は4万3550人とされ18年で約1万5000人弱減少している。これに対して住宅は、すべて「思いやり予算」で建設されている基地内の米軍住宅が6870戸(1988年9月)から、約8300戸(06年8月)と大幅に増加。
 「1988年11月現在、県内の米軍人向け貸し住宅は6000戸余。米軍要員の家族住宅の需要数は約1万2000戸と推計される」との資料もある。県内の米兵の入居をあてこんだ外国人向け賃貸住宅の登録数は6098戸で、うち契約数は5107戸とされる。
 町内の関係者によると「軍の返答は基地内が満員状態だから基地外にも住宅がいるということだった。だが、米軍人・軍属数は減っていて、基地内住宅も増えたのに、基地外住宅の入居者は減らない。つじつまが合わない」と首をかしげる。
 住民の話によれば、米軍基地内は家と家の間は20メートル四方開けることになっており、すべて庭付き。だが、基地外にどんどん住んでいるのは、基地内住宅にあるいろいろな決まりが嫌だというのがある。例えば庭の芝生は個人で世話をしないといけないのだが、何ミリという基準よりも伸ばすと罰則があるから嫌がる。それと今回のように外出禁止になれば家族が嫌がると指摘されている。
 64年前の沖縄戦で住民の土地を銃剣とブルドーザーで接収し、住民を収容所に押し込めて、初めて米軍が住民に移住許可を出したのは未開拓の山間地。平坦でのどかな田園地帯だった北谷の大部分は米軍基地にとられ、田畑も民家もない住民たちは住めるように開拓から始め、必然的に住宅は密集した。だが今も、「1日家で生活していたら騒音で気が狂う」と語られている。
 「基地があるから潤うことなどはない。どちらが将来にわたって発展するかを考えないといけない。沖縄、とくに中部は基地雇用員も多いし、地主も多く、基地撤去をいえば、“その人たちの生活はどうなるのか”というのがあるが、こんなものも国がきちんと生活を保証すべきこと」と真剣に語り合われている。

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